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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
門前仲町小夜曲
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夏休み、定番の交錯などは如何でしょうか/彼女のターン

【1994年 7月】

 背の高い椅子に座り、足をぶらぶらさせながらカウンターに頬を寄せてまーったり。

 市松模様の床に、暗い照明。

 外国の音楽が流れていて、カウンターの中には色んなお酒がずらり。

 そうです。ここはバーです。

 私はりんごジュースをいただきます。

 なぜなら私は16歳、未成年だからです。

 どうして未成年がこんな所に通っているかと言うと、答えはカウンターの中に。


「おまたせしました。パンケーキです」

 それぞれ厚さが3センチ、2段重ねのパンケーキをこつんとカウンターに置く大きな手。

 手の持ち主は……というのもなんだか変ですがいい言葉が思い浮かびません。

 少し不機嫌そうに、私を見る目の色は紅茶色。髪の毛はそう、ミルクを少しだけ入れた珈琲みたい。

 アームバンドで袖をとめた白いシャツに、黒いチョッキに黒ズボン。

 背筋がぴんと伸びた、大人の男の人。

「ありがとうございます。椿さん」


 それがその人の名前です。私はこの人にぞっこんでこのお店に通っているのです。

 と言っても、私は高校生ですからおこづかいもあまりありませんし、こういう場所に頻繁に来てはいけない事を知っています。


 こうしてお店に来るのは第1と第3土曜日の月2回だけ。今日は7月16日です。


 椿さんは私の命の恩人です。

 子供の時に死にそうだった私を助けてくれて、それから偶然再会して助けてくれて、また偶然出会いました。

 3度も続けばもはやこれは運命の相手だと私は思うのですが、なかなかうまく行きません。


 まず椿さんは人間ではありません。

 人間に化けることのできる妖狐だと言うのです。

 子供のころ見たきりなのですが、間違いなく狐でした。

 人間の時は全然目がきっ、てなってないので本当に信じられないのですが狐です。


 更に私の事は全然タイプではないそうです。

 そもそも私はまだ子供で椿さんは大人なのでこれは仕方がないことなのです。


 最後に椿さんは、もうあんまり長く生きることが出来ません。

 病気などではなく寿命なのだそうです。苦しくも痛くもなく、それはやってくると言います。

 だから恋人を作る気が無いのだそうです。椿さんに告白した時にそう告げられました。


 それを聞いて私は、大好きな椿さんを困らせるのをやめようと思ったのですが、椿さんの側にいたいという気持ちを捨てることは出来ずに、お友達になって下さい、と食い下がってしまいました。


 椿さんは困ったように笑って、それを受け入れてくれました。

 本当に優しい人です。

 椿さんは今まで私にたくさんのものをくれました。

 お腹が空いていた時にくれたたまご蒸しパン、暗い部屋で寂しくてどうしようもなかった時には頭を撫でてくれて、私を大切にしてくれなかった親から離れる方法を考えてくれて、新しい両親と上手く行っていなかった時には相談に乗ってくれました。


 どうにか恩返しがしたいのです。

 しかし私は鶴ではなく人で、椿さんは妖狐ですが見た目は若い男の人です。

 好きでいる事を()めることは出来ませんでした。

 なので、迷惑にならないようにお友達として今までのご恩を返しつつ、なんとか好きになってもらえないかな。

 という複雑な日々を送っています。あ、冷めちゃう。

 あつあつのパンケーキにきれいな飾りの入ったナイフとフォークで切れ目を入れてぱくり。


「……おいしいです。椿さん」

 椿さんはとってもお料理上手です。

「それは、ようございました」

「やけるのー。お二人さん」

「クーラーもっときかせてたも」

「次は甘酒お願い椿くん」

 カウンターの少し離れた席からそんな声が聞こえて来て、そちらを向けば大人のお客さん達が。

 妖狐の椿さんが働いているバーなので当然普通の人ではありません。


 なんと神様です。


 いつもは色んな神社とかにいるらしいのですが、神様も東都見物などに来るらしく、ここはそういう際に立ち寄る場所だそうです。

 営業時間はお昼すぎから終電まで。

 だから私が通いに来れるんですね。今は丁度お昼の3時です。

「私が押しかけてるだけなので、そういう風に言わないでください」

 そうです。本当はここは人間は入ってはいけない所なんです。

 祟りとかはないみたいなんですが、やっぱり線引きはあるそうです。

 本当は私だってここまでするつもりはなかったんです。

 第4日曜日にお昼前から夕方5時まで。

 そこだけ椿さんが時間を空けてくれたので、その日に会えるだけでよかったんです。


 年1回だったのが3年間会えなくて、そこからいきなり月1回になったんですから。ものすごい大進歩です。


「そうそう、まとまるものもまとまらなくなっちゃうからねえ。皆々様、御静粛に。さもないと、粛清しちゃうよ?」

 そう言ったのは私の右側に座る、背の低いグラスを回して氷の音を鳴らす男の人。

 その声にお客さんたちはびくり。

「センセイ、脅かさないでください。あとまとまりません」

「はいはーい。おかわり頂戴おかわり」

 男の人は椿さんにグラスを渡しながら私ににっこりと笑ってくれます。


 トレンディドラマに出てくる俳優さんみたいに格好いい、眼鏡のお兄さん。なぜかいつも白衣を着ています。

 あだ名はそう、先生です。

 私は子供の頃、一度このお店に来たことがあるのですが、先生はその頃と姿が全然変わりません。先生も神様です。

 2か月前、椿さんとすれ違わないかな、などという下心から東都駅をうろうろしていたのですが、そこで先生に声をかけられました。あの頃から身長も伸びてすごく変わったのに私の事がすぐわかったらしく、しかも私が椿さんの事を好きな事も知っていました。

 神様ってすごいです!


「ねえねん、椿くんに会いたいでしょ?ねえねえ」

 会いたくない訳がありません。

 先生は私の手を取り、このバーに連れて来てくれたのです。


 椿さんは大変驚いた顔をして先生を叱りましたが、先生は大変有名な神様らしいので逆にやりこめられていました。

 ひそひそ話だったので内容は聞こえませんでした。

 基本的にこのバーは人はご遠慮くださいという決まりで、そもそも東都駅の通路にあるお店の入り口の扉は見えても、開けられないそうなのですが『紹介』があればお店に入れるらしいのです。


「ボク、こいに落とすの(・・・・・・・)が得意な神様だからさあ。応援、したくなっちゃうんだよねえ」

 先生はお店のコースターの裏側に筆ペンでさらさらと文字を書きだしました。

 達筆すぎて未だに読めないのですが、それが『紹介状』の役割を果たしていて、これさえ持っていればあの扉に入り、このバーに来ることが出来るのです。

 でも迷惑では、と躊躇っていると


「ま、物珍しさに客が増えて売上上がるかもしれんからのー。嫌じゃなかったらおいで」

 と、言ってくれたのはものすごい美人のお姉さん、店長さんです。店長さんも神様です。

 先生より凄い神様だそうです。

 なので当然店長さんも私が椿さんの事を好きなのを知っていて、ここに来ることを許してくれました。


 椿さんはそれをもらって欲しくなさそうでしたが、気づかない振りをして受け取りました。


 1か月に1回会えるだけでよかったはずなのに、欲張りです。

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