小手毬ちゃんは竹之内派(1)
「―――は?」
シミュレーション、するじゃない。どんなことでも。
会話をしながらも、相手の反応を2パターンくらい、そう肯定と否定が来た場合とか。
それに自分はどう対応しよう、とか考えるじゃない。
この場合「やったあ!僕も!でも小春さんも大事なんで三人で仲よくしよう?」とはならないのはわかり切っている。
だから、戸惑った後に困ったように笑いながら「気持ちは嬉しいけど……」パターン一択じゃない?ね?そしたら「わかってたんです。困らせてごめんなさい」とかいって解散、帰り道、新宿高野でケーキ買って家に帰り布団の中で号泣コースだと思っていたのよ。
なぜこのひとは悪質な訪問販売もしくは大量の毛虫に遭遇した時のような嫌な顔をしているのかしら。
「あの」
「それさ、もうしまっておくべき案件じゃん。ここまで来たら。お互いなんとなく濁して帰りたかったよね。うわー……困るわー……」
「―――――はい?」
座っているわたしが見上げた椿さんは、不機嫌そうに髪をかきあげてから、ベッドにどさっと腰かけてうなだれた。
え?
え?
心にしまっておくべき……え……
「椿さん、わ、わた、わたしが椿さんのこと好きだって、気づいてたんですか?」
「センセイに指摘されてそんなばかなと思ってたんだけどそれっぽいなとは思ってたよね。で、今日で確定だよね」
「えっ、センセイ」
「センセイどころじゃなくて、店長さんまで僕より早く気づいてたんだけど」
「えっ、店長さんまで」
あ、でも女の人ってそういう嗅覚すごいし。やだ恥ずかしい。
「……ていうか居合わせたお客さん全員に言われたよね」
「えええええ!?」
ちょっと、めっちゃ秘めてたのにバレ、バレバレ、え、恥ずかしい。どうしよう。
皆で言うってどういうことなの?
普通気がついても気づかないふりするもんじゃないの?
わたしのこと、笑いものにしてた……?
「……ひ、ひどい……」
ルール違反、今日、したけど。
人の恋路に割って入ったけど、べつに悪気はなくて、だからそんな風に話のネタにされるようなことじゃないのに。
悪い事したら罰が当たってもしょうがないけど、当たりすぎじゃない……?
ものすごく悲しくなって涙が出て来た。
涙が出ると反射的に鼻をすすっちゃうのどうしてかしら。泣いてるってバレちゃう。
彼はわたしの方を見ない。
こんな顔見られたくないからよかったけど。
「……だったら、彼女さんいるのに二人で出かけようとか言わないでください。たとえそれが彼女さんへのプレゼント選びだったとしても……」
完全に見当違いの八つ当たりだ。わたしどうしてこんなに性格悪いんだろう。
傷ついて、防衛反応みたいの出てるんだわ。多分。
ハリセンボンのとげとか、うみうしの変な色の汁とかああいう感じ。
自分の身を護るために相手の落ち度を探そうと、今必死。
「あれだけのろけて無神経なこと言われたりされたら、幻滅するだろうなと思ったんだけど、火を注いでしまったのかな。計算違いだった」
今日わたしはそこそこ楽しかったのに、この人はずっとそんな事考えてたの。
身体が冷たい。
「―――――――」
というか今、冷めたわ。恋的なものが。
冷たくされたからじゃないわ。
なんかそこそこ歳喰った妖狐のくせにボロボロ矛盾のある事言ってるからよ。
見損なったとか、幻滅とか、そういう理由で。
このまますいませんでしたさよならでもいいんだけどここまで言われて、しかも本人不在のままわたしの話をされて、このあとも報告とかされるって考えるとなんかむかむかする。
なんか一言言ってやらないと。
淹れたばかりでまだ高温のお茶を飲み干し、わたしは立ち上がる。いつの間にか涙は引っ込んでいた。
怒りで蒸発しちゃったのかしら?まあいいわ。
立ち上がって彼の元へ移動する。彼は顔を上げない。
「椿さん、お気持ちはわかりましたけど、脇が甘すぎじゃないですか」
「何がかな?」
「そんな対応とられたはらいせにわたしが、あなたにここに連れ込まれた事を吹聴したらどうするんですか?そしてそれが彼女さんの耳に入ったら」
顔を上げた彼は微笑んでいた。取り繕う余裕はあるみたい。
「証拠はあるのかな?」
「え」
「たとえば今日の僕らの後ろをフライデー記者みたいについて回っている人がいて、ここに入る瞬間、出る瞬間を写真かなんかで撮っている人がいるの?」
「い、いないわよそんなの、でも、そう、わたしが噓泣きとかすればコロッと騙されるでしょう」
「普通の女の子ならそうだろうけど、山茶花ちゃん、抵抗しようとすればいくらだってできるでしょう。なんで逃げないの?ってなるんじゃないの?」
「うっ」
「あと僕も言うからね。術使われたって。何人かは山茶花ちゃんの言い分信じるかもしれないけど、多分抑えるべきところの人は僕の方信じると思うよ。堅香子さまとか」
「うっ」
「立場悪くなるの山茶花ちゃんだからね。だいたいその言い分通っちゃったらこの後何百年もその辺のモブっぽい妖狐に手籠めにされたことがあるってレッテルはっついちゃってお嫁に行くの難しくなるんじゃないの?」
「きょ、脅迫だわ!」
「まあ好きにしたらいいよ。僕、評判落ちても痛くもかゆくもないし。妖狐で小春さんにつながりがあってなおかつ僕の事きらいなやついるけど、小春さんはそいつの言い分信用しないからね」
妖狐で小春さんにつながりがあってあなたの事もうあんまりすきじゃないやつが目の前にいるんですがという事実は口には出さなかった。
話したことのないクラスの女がいきなり「あんたの彼氏と不健全な宿に行ったわよ!」とか言っても何言ってんだこいつってなるし。
これからしばらく学校通わなきゃいけないし。ていうか―――
「なんなの?いきなり態度変わりすぎだわ。いつもは猫かぶってたって事?これが本性?」
おだやかで優しい所を好きになったのよ。
今はそんな気配がない。
なのに笑い方だけいつも通りで。
「――僕も最近まで、自分の事そこそこ善良だと思ってたんだけど、違ったみたいなんだ」
彼はわたしに向かって微笑みを絶やさないまま、立ち上がった。
当然身長差があるから見下される形になる。
「今まで僕の周りにいたのがたまたま神様とかそんな、いわゆる【いい人】ばっかりだったから、それに応えようと思ったり、そういう考え方に知らず知らずのうちに染まってたけど、僕敵対する相手にはけっこうひどいのかも」
「敵対って……」
「まあ、敵だよね。変に同情かけて優しくして、まだチャンスあるかもとか勘違いされたラ困るから、敵扱いでいいや」
「さらっと言いましたけど、覚悟はできてるんですか?そんなこといって、逆上したわたしが逆恨みで彼女さんに危害を加える危険性とか、考えないんですか?バカなんですか?」
しないけど。
そんなことしないけど。
でもそんな敵を作るやり方だとこの先危ないんじゃないのっていう忠告みたいなものだわ。
もっと上手に振りなさいよ。
ああ本当にパッとしない。
なんでこんな男の事好きだったのかしら。
人生の汚点だわ。