【R15……?】踏まれて蹴られるために果敢に自ら滑り込んで行くスタイル
「さて。山茶花ちゃん」
向かい合って座る相手は怒っている。実家を出て以来のお説教の雰囲気だ。
お説教って言っても母様のはなんか理不尽なのよね。
期日が決まってるものは期日までになんとかすればいいのに余裕をもってやれって言うし、術を使えばさっとできる事をわざわざ手でやらせようとするんだもの。
意味が解らない。
締めは必ず「もうお姉ちゃんなんだから」だし……
お姉ちゃんじゃなかったらやっていいのかっていう。
お姉ちゃんじゃなくても言うでしょ絶対。
納得できないのよね全く。
「あのね」
「あ、は、はい!」
椿さんはわたしを見た後に、ため息をついた。今日何度目だろう。
このため息が理不尽でないのはわかっている。全部素直に従う覚悟はできている。
「なんかこう、感化されちゃったんだろうけど。女の人って集団に埋没したいっていうか横並びになりたいって気持ちが強いらしいから、なんか色々あるんだろうけど、手近で済ませようとするの本当良くないから。あと、このへんにいる妖狐はちゃんとしつけられているけど、人間の男はまた違う意味でこわい人とか結構いるから、軽率な行動は慎んだ方がいいから。その……ちゃんと好きな人を見つけてしたほうがいいからね。うん」
あのう、目の前にいらっしゃるのですが。好きな人。
わたしの好きな人は満足げというか、自分の発言の肯定をさらに強めるかのようにうんうんと頷いている。ちょっと照れてる。かわいいわ。
「椿さん……おっしゃっている意味がよくわかんないです」
「え、や、あ―――――あー、だから、人間の女の子に混ざって生活してるから、話の流れで恋バナとかになっちゃったものの彼氏いないので話にうまく乗れないから、適当な相手ととりあえずサクッと終わらせておこうみたいな事でしょ。で、僕に白羽の矢が立ったというか。あれなんていうんだっけあーそうAからCまで的なのを一気に終わらせようみたいな」
「ち、全然、違います!」
「えっ、じゃあ、誰でもいいから抱かれたいみたいな感じなの?女の人にもあるらしいけどとっかえひっかえもよくないよ?男の人の嫉妬も怖いらしいからね」
「だから違いますって、そんな、だからわたし、とっかえひっかえなんて―――」
好きなのは一人きりなのに。
そんな風に見えるから、こんなこと言われるのかしら。胸が押しつぶされそう。
悲しみが伝わったのだろうか、椿さんが困ったような表情を浮かべる。
顔色が悪い。
「じゃあ……まさか……僕に似た超かわいい子狐を産み育てたいから子作りだけ協力してとかそういう―――」
「そ!んなわけがありますか!というかなんで全部そっち系なんですかバカ―――――!しかもなんですかその自信、そんな醤油顔でもソース顔でもない、出汁、そう!一番出汁みたいな顔しといてナルシストなんですか!?ちょっと気持ち悪い!」
「人間の顔の時はそうだけど、狐の僕端正じゃない?……自分で言うの恥ずかしいけど」
「見た事ありません」
「そうだっけ?」
「ないです。そして椿さんのかっ……!身体目的じゃないです」
わたしの言葉を聞いた椿さんは、ふわんと、微笑み交じりのいつもの顔に戻った。
「あ、そっか、ごめんね。なんかこの時期にこういうことしてくる女子妖狐、いつもそんなんばっかりだから、僕も身構えちゃった」
「は?誰が」
「いや、言えないけど……大騒ぎになるし……なんか、都合がよかったんじゃないかな。彼女達にとって。付き合いが密な同レベルの妖狐だと一回付き合ったら結婚しないといけない雰囲気みたいなんでしょ?人間は好きになっちゃうと色々大変みたいだし。遊び相手にちょうどいいって言うか」
「達、って、それ、全員と、そのー……か、からだのご関係を」
ふわんとした笑顔のまま、椿さんは「ないない」と言いながら自分の手を否定の形に振った。
「まさか。さすがに自分の分はわかってるし、いちおうプライドもあるから、そういう事にはいそうですかありがとうございますって言いなりになるのは癪だからね――でもそれが生意気に見えたみたいで、ムキになって付きまとわれたり大変だったなあ。小手毬ちゃんがいなかったらどうなっていた事か」
「姉が」
「うん。なんかほら、小手毬ちゃん女狐界の番長みたいな感じだから。一緒にいれば舎弟みたいな扱いだから手を出してこなくなったから」
ちょっと待ってそれ、誰。
すっごい気になる。
姉様に敬意を払うってことは姉様より年下で、わたしより年上で、さらに都会暮らしをしていた―――だめだわ。あまりそういうの詳しくないのよね。幅もありすぎる。
まあ、これは暇な時に探るわ。
今はなごやかムードだから、謝るなら今だわ。
「そうだったんですね――あの、すいません。その、今日わたし、午前中人間のふりをしていて、その時にその、ちょっとした術を使ってて、解除し忘れちゃったんです。それで、椿さんにもかかっちゃって……本当にすいませんでした」
「そうだったんだ。なんか大変なんだね。そんなに気にしなくてもいいからね。でも、この発情期に男子妖狐にああいう誘い方すると、もうモロにそういう意味だから、気を付けた方がいいよ。二人で出かける誘いですら危ないからね。お父さんにも口を酸っぱくして言われてるでしょ」
「えっ。でもみなさん親切ですが」
そうそう。ちょっと身構えてたんだけどコンビニで会ってもふつうに会話しながら一緒に帰ってきたし、「部屋に入れてくれ」とかもないし、粋連なんか参考書買いに行くのつきあってくれたし。
椿さんは薄ら笑いを浮かべて、首を横に振った。
「それ、あれだよね、山茶花ちゃんになんかしたらご両親からお兄さんからお姉さんまでメチャコワだからすっごい我慢してるんだと思うよ。特に特定の相手がいないなら好みでも何でもない女の人まで運命の人に見えてしまうことがある期間だから。好きになる相手を探す時はこの季節以外でやれって男子妖狐、忠告されるくらいだから」
「そうなんですか」
「ラッキーでもなんでもなく迷惑だと思う。終わり時、個人差あるし、桜が散るくらいまでは自重してあげた方がいいよ」
「気を付けます」
「うん。いい子だ――じゃ、そろそろ行こうか」
完全に見慣れた、いつもの椿さんは、いつもの微笑みを浮かべて席を立った。
特定の相手。
運命の人。
もしタイムマシンがあったら、あの子がこの人に好きだって伝えるより前の、いつかの冬に行けたら。
そこで彼に好きだと伝えられることが出来たらどうなってたんだろう。
「……………」
そんなことはできない。わかっている。
あの子とのことが駄目になったって、ほいほいわたしのところに来るようなタイプじゃないわ。多分そういうひと。優しい人だから。
だから、これからしようとしている事は、わたしが諦めるための、儀式。
「椿さん」
「うん?」
「その、そういう下心はないんですけど、椿さんの事が好きなんです。わりと、ずっと」
言って、しまった。
返事はもちろん、「ごめんね」だ。わかっているの。
それでも、本人からその言葉を聞かないと区切りがつけられなそうで。
困らせてしまうのはわかっているけど、けど―――
「―――なんでそれ、言っちゃうかなあ………!」