めがさめた かくれげどうが とてもめいわくそうに こっちを みている!
「椿さん」
呼びかけだけでは起きてくれなかったので、しょうがないの。
誰に向けてかわからない言い訳をしながら、わたしは彼の肩に触れて、何度か叩く。
「んー。おきる」
目を閉じたまま彼はわたしの手を取った。そのまま何度か握って、離してを繰り返されて、一体それが何を意味するか解らないけど、心臓が飛び上がりそうなほどどきどきする。
「ごめん寝ちゃって……こはるさ……んではない。あそっか」
「ごめんなさい。違います」
丁度手が離れたタイミングで目を薄く開けた椿さんは、わたしを見て、のったりと起き上がった。
もう一度手を握られることはなくて、当たり前なのだけどひどくさみしい。
「なにがどうなったか大体覚えてます?」
「うん」
げんこつで目玉を押し込むようにこすりながら、こっくりと頷くさまは大変かわいらしい。よし、起きた。次は、わたしのかけている術の説明だわ。
幻滅される……だろうけど、言わなくちゃ。
「ごめんなさい、あの」
「うん。こちらこそ。なんか限りなく駄目な気がするけど、頑張ってみるね」
「は?」
「山茶花ちゃんがだめなんじゃなくて、ぼくが駄目って感じなんだよね」
大変憂鬱そうにため息をつきながら椿さんは、わたしの両肩に手を置いた。
言っていることがよくわからないけど、まだ寝ぼけてるのだろう。
とろんとした目がかわいいわ。
と、見とれていたところで、視界が揺れた。
天井が見えて、すぐに椿さんがそれを遮った。
背中にベッドのスプリングのはずみを感じるので、さっきまで座ってたわたしは今横になってて、自分の意思じゃないから、多分今わたしがこういう状態なのはわたしの上に覆いかぶさるようにしている椿さんが原因でって言うかこれいわゆる押し倒されている状態よね。
そうよね多分間違いじゃない。
「え、あの、そんな、ことは、期待しないでもないんですけどままままだ早いっていうか」
「やっぱだめっぽい。顔隠せばいけるのかなー……」
起き上がった椿さんがごそごそして、後ろを振り向いて、こっちを向いた瞬間に顔に何かが乗った。
これ質感的に多分、枕だわ。
「……………」
「うーん……」
なんだかおもしろくなさそうな声が段々近づいてくるけど視界はさえぎられているので、状況は解らない。でも多分これこのままおとなしくしてたら駄目なやつだわ。
顔の上にのっかったものはやっぱり枕で、ずらしたら15センチより近い所に椿さんの顔があった。
「椿さん、あの」
「もうちょっと頑張ってみる」
「よくわからないけど無理しなくていいです」
「いやここで恥かかせるわけにもいかないし」
うんうん言いながら彼の手はわたしのから、あ、本当冷静にそんな事確認している場合じゃない。
距離を取らないと。どうやって。
なんか平和的なやつは術を使わないといけなくてそんな準備している暇がないから心の中でごめんなさいして、暴力的な手段をとることにする。
彼の襟元を掴んで、うまい具合にあれこれして、柔道の巴投げに近い形で、わたしの上から投げ飛ばした。
普通はできないので良い子も悪い子も真似しようと思わないで的な、常識はずれの行為である。
とろんとした目のまま、椿さんは口を「あ」の字に開けて鏡台のほうへ飛んで行った。
投げ飛ばさざるを得なくてそうしたが、罪悪感はあるので思わず目を瞑ってしまったのだが、聞こえてきそうな、がしゃん、的な音は起こらなかった。
「………?」
目を開けると天井が目に入る。さっきと同じ体勢のわたし。
あ、投げ飛ばした時にスカートめくれてる恥ずかしい。
いわゆるベッドボードに足を向けて寝ている状態なので、首を動かすと鏡台とかが見えるのだが肝心の彼の姿が見えない。
「どうし」
「あのさあ」
「うわやきゃ―――――――!」
ベッド的には足元、わたし的にはすぐ目の前ああもうよくわかんない、とにかく、さっき投げ飛ばした相手が、にゅって床の方向から勢いよく出てきた。ダメージを受けている様子はない。
怒ってるっぽい。距離を、距離を。
「ここここっち来ないで!無理です!順番とか守ってください!初心者なので!無理!てかなにがどうすると投げ飛ばしたのににゅってでてくれることにななななな」
「まあ山育ちだから身のこなしは軽いからね。そのへんのボンボンと違って。で、ごめん僕も2割くらい悪かったと思うけど落ち着いて?何にもしないから」
「何にもしないって言葉が出てくる時点で何かするっていう妄想が確実に頭にある訳で、だから安心しちゃダメって言ってたもん!無理ィ―――――!」
投げつけた枕二つは華麗によけられたので、かけ布団をあれこれして相手を拘束しようと引っ張ったら布団の端がマットレスになんかもうこれでもか!って感じに巻き込んであってなかなか抜けない。
やだ、四苦八苦してるこの状態隙だらけだわ!
慌てて相手の状況を確認すると、直立し腕を組んで訝しげにわたしを見ていた。
「……山茶花ちゃん、大丈夫。まったくその気にならないから。ならないからこそなんか色々頑張ってみようと思ったんだけど、ごめんね?山茶花ちゃんは性的対象にはならないみたい」
「ハァ!?」
「というか小春さん以外になんかグッとくることがさっぱりなくなっちゃってるから僕がわるいんだよね。山茶花ちゃん、人の家に気付かれずに侵入できる術とか使えるの?」
「え?」
「僕の彼女の家のお父さんの部屋にホームビデオの棚があるんだけどちょっぱって来られたりするの?それ再生しながらだったらいけるかもしれない……けど、あ、だめだこの部屋清算しないと鍵が開かないタイプだー……」
「意味がよく分からないんですけどとても気持ち悪い事はわかります。へへへへ変態!」
罵ったというのに、なぜか微笑まれた。
わたあめみたいにふわふわだわとか思っていた笑顔なのに、今は背筋がうすら寒い。
「仮に僕が変態だとしても、山茶花ちゃんに類が及ぶことは一パーセントもないって話だったんだけど、目で見える証拠とかないからあるかえーと………触る?」
「よくわかんないけど!絶ッ対嫌です!」
とても侮辱されたような気がするので、灰皿を投げつけたが「危ないなあわれちゃうよ。ノーコンだし」と言いながらジャンプしてキャッチされてしまった。
やだ、俊敏な所あるのね。
ちょっとすてき。
―――――じゃない!
「山茶花ちゃん、なんか僕、調子がおかしいんだけど、なんか術つかったよね」
「うっ!?」
灰皿を鏡台に置きながら話しかけられたので、相手の表情は読めない。
けど、声は冷たい。
「……その、わざとじゃないんですけど……そうです……すいません……」
わたしのせいだけじゃないような気もするが(2割悪いって相手も言ってるし)、きっかけを作ったのはわたしなので、これは、わたしが悪い。
振り向いた椿さんは小さく一度ため息をついた。
「……とりあえず話があるんだけど、ここがいやなら場所を変えるけど」
「こ、ここでいいです」
「うん。じゃあとりあえずお茶煎れるね」
言いながら冷蔵庫の横の棚をごそごそした椿さんは電気ポットを取り出し、洗面台兼お風呂に向かい、ポットの中身をすべて流していた。
「……なにしてるんですか?」
「いつのお水かわからないし。そして何か混ぜられていたら困るし」
そんなことしないと反論しようとしたが、ただ見苦しいだけので黙る。