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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
恐れ入ります、恐れ入ります、当て馬にもならない道産子が通ります。あっ、ご協力ありがとうございます。
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凝りすぎてる駆け引きが上手くいったのを聞いたためしがない

 ちょっといったん落ち着いて。わたし。


 母様に指摘されるとムッと来るけど、短慮な所があるのは本当だから。

 状況確認をして、今後の段取りを決めなくては。イメトレってやつよ。


 確認って……どこから……


 ここ……ここ……わ、わたしは誰ってほうから始めよう。

 わたしはわたしです。

 今、好きな人と一緒にいます。


 その人には恋人がいるけど、なんだか彼を好きじゃない感じで、しかも彼に承諾を得ずに遠い所に行こうとしているのかもしれない人です。

 わたしから見ると彼の事全然大事にしている感じがしない人に見える。


 そんな色々を比べると、わたしのほうが彼の事大事に、幸せにできると思う。

 小細工して無理矢理引き裂きたいとは思わないけど、好きだと宣言して、彼の視界に入っておくのはありかな、と思えてきてる。


 あの子が遠くに行ってしまって孤独な時に、最初に浮かぶ選択肢になれれば、そのあと恋人に繰り上がれる確率はぐっと上がるし。


 現状、そんな感じ。


 今、一緒にいる、好きな人は隣にいる。

 正確には、斜め下かしら。

 今まで直視できなかったけど、そろそろ、そろそろ。


 薄く閉じられた瞼は時折強く閉じ込まれることがあるが、逆はない。

 彼は今、眠っている。


「………………」


 そろそろ、ここはどこみたいな確認した方が、いいわよね。


 彼――椿さんが寝ているのはベッドである。

 とても大きなベッドである。

 たぶんダブルベッドってやつである。


 部屋にあるのはテレビ。

 枕元に電話。

 窓際にテーブルと椅子二脚。

 小さな冷蔵庫。


 あとお風呂とトイレがある。洗面所も。


 所謂ホテルの客室である。


 でもここに入る時フロントに行かなかったし、部屋まで荷物をポーターさんが運んでくれることはなかったし(運んでもらう荷物はないんだけど)、というか部屋に到達するまで誰ともすれ違わなかったから、ここは普通のホテルじゃないのだと思うの。


 カーテンがあったので開けてみたら窓の向こうがコンクリートででふさがれていたわ。


「………………」


 よくわかんないけど、ここ、たぶん、い、所謂……あ、頭の中で反芻するのもなんかあれだわ、お年寄りのいう所の、つつつ連れ込み宿的な……所……だと……思う。


 あやふやなのは無論わたしが連れ込まれた側だからである。

 もう一度確認するけど連れ込まれた側だからである。

 さすがにこんなところに誘う度胸とかない。


「わたしと付き合うとかどうですか」


 と、聞いたら答えは


「そんなに悪くないかも」


 だった。

 笑顔付きで。


「れ、恋愛対象になりうるってことですか」

「そういうことになるのかな」


   更にそういうやりとりもしたんだけど、そのあと話が続かなくて、ケーキも食べ終わり飲み物も片付き、混んできたお店を出たところで


「今日なんか、時間微妙だしこれで解散しようか。ありがとうね」


 という、流れになってしまい、でもなんかこんなもやもやしたままの気持ちでおとなしく帰るのが無理だったから「あの、もうちょっとお話ししたいです、落ち着いた場所で」と提案したら「そうしようか」と答えた彼に連れてこられたのが、ここです。


「……………」


 予想だにしない事態に戸惑ったわたしは、この部屋に入った瞬間に「椿さん、眠くないですか、なんだかとっても眠くないですか?」と、誘導し、彼の寝かしつけに成功し(茉莉もこの方法で寝てくれればよかったのに)、今、という訳である。


「……………」


 どうしたらいいのかしら。

 これ、ほんとうにどうしたらいいのかしら。


 とりあえず考えがまとまったら彼を起こさなくてはいけない。

 起こしたら彼に色々説明しなくてはいけない。もう術は解いた。

 ずるをして、彼の心を手に入れたい訳ではない。


「……………」


 でも。

 でもですね。


 わたしの使っている術って、わたしの言った事を肯定したくなって、なぜそう思ったのか相手の中で勝手につじつまを合わせて納得してくれるものなのです。


 ですが、相手の中で「そんなこともあろう」と思っている事じゃないと、効きが悪い。


 例えば、例えば……普通の人に「今から~に行ってその辺の人間を殺せ」って、命令しても、しようとは思わない。

 ものでして。


 術を少し強くかければ、例えばそういう願望を抱いている人なら実行に移してしまうかもしれないけど、今日は少し弱めのものをかけていたので、強制力はそんなに強くないの。


 だからつまり彼の中には「わたしと付き合ってもいい」「恋愛対象に入る」って気持ちがちょっとはあるという訳で。

 そしてこういう所に連れてきたいという願望がある―――という事なのかしら。


「……………」


 落ち着いて、落ち着いてわたし。

 顔赤い。今絶対顔赤い。


 ほら、ここに連れて来てくれたのは、この辺にある落ち着いた場所を彼がここしか知らなかっただけかもしれないし。


 別の姿に化けなおす時は混雑するトイレで行うと「あれ、さっきとなんか違う人出て来た!?」みたいに疑われなくて済むよ!みたいな、都会の狐の処世術的な理由からかもしれないし。


 まず、術を解除し忘れていて、彼の心を誘導してしまったことを謝ろう。

 そして、好きだという気持ちを伝える。

 更に、あの子が最近会っている相手の事を、話している事を教えるわ。

 あとは、どうするかは彼に決めてもらう。


「よし、考えまとまった」


 あとは静かに寝息を立てる彼を揺り起こすだけだ。


「…………」


 色が薄いせいでまつ毛が長い事に気付かなかった。

 もっと眺めていたい。

 起こしたら、全てが動き出してしまう。いい結果でも悪い結果でも。

 独り占めできているこの瞬間が、少し惜しい。

 逸る心を抑えておけるほどこらえ性はない。

 起きて。

 それで、好きですって、言わせてほしい。


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