調子に飛び乗る午後3時
休憩で喫茶店に入る。
椿さんの彼女さんをわたしは知らないことになっているので、しらばっくれて世間話のていで色々聞いてみたのだが、色々ちゃんと教えてくれた。
手料理がおいしいこと。
笑顔が素敵なこと。
今までどこにデートに行ったのか。
どんなしぐさが好きなのか。
とても幸せそうな笑顔で語ってくれた。
何か疑ってたり不満がある様子はなさそうだ。
「そういえば仲直りできたんですか?」
「うん、まあ。そうだね」
「じゃあ、ラブラブってやつですね」
「そうなのかなー」
垂直の切れ目をいれて本体から分離させた方の一口大のチーズケーキを、口に運びながら椿さんは答える。
断定じゃないのはなんでなのかしら。
突っ込む気がしなくて、モンブランをひたすら消化する。
あーあ。
わたしだって別に料理ど下手くそじゃないし、好きな人が隣にいたら毎日笑顔だろうし、系統が全然違うけど、ラブレター的なものすでにもらってるからもてないわけじゃないのに。
………三月生まれだし。
「――やっぱり、平日は空いてていいねー……」
多分独り言なのだけど、他に話すこともないので彼の視線の先――窓の外を私も観察することにする。
ついこの間まで住んでいた場所に比べれば、外の道は全然空いていない。
「……休日には来たことないんですよね。このへん。もっとですか?」
「うん、もっとだし道のわからない人なんかもいて道塞いでたりしてちょっとカオスだよね。このお店も入るのに大分並ぶし。まあ、待ってる間も楽しいんだけどね」
「彼女さんと」
返答は言葉ではなく、はにかみで返される。
「……学生さんだと休日だけしかデートできないですもんね」
「うん、まあ。学校サボらせるわけにいかないからねえ」
この人に時間があまりないのは、なんとなく知っている。
わたしだったら、緊急事態だから、人間の世界に馴染む修行を後回しにしてずっと一緒にいてあげられるのに。
そういえばなんで隠すのかしら。
べつに、男女交際禁止の学校じゃないのに。
彼氏がいるって言えば告白されることもなくなるのに。
する人もふられることがなくなるのに。
全方向に失礼じゃない?
ちょっともやもやする。
こんなにすてきな人が恋人なのに、隠すし、我儘いうし、デートすっぽかすし、しかも黙って離れようとしてるし。
多分この調子じゃ引っ越す相談とかしてなさそう。
「ちょっと寂しいですよね。もっと一緒にいたくないですか?」
「まあ、でも相手がどんな人でもこういう感じじゃない?会う頻度は」
「一緒に住んだりしないんですか?」
「結局会える時間は今とそんなに変わらないし、家に一人にしておくの心配だし、嫁入り前のお嬢さんだしねえ」
「むしろお嫁さんにしないんですか?」
「うえっ?」
ホットコーヒーが変な所に入ってしまったらしい椿さんは、しばらくむせた。
むせきった後に「いやあの」とか言いながら角砂糖を二つカップに入れはじめる。
「……僕らと違ってむこうはなんか結婚するとき手続きとかややこしいらしいし、僕はそれに対応できないし、出来たとしても、僕がいなくなった後小春さんの人生に不利になっちゃうだろうからそういうのはないかなあ……」
わたしとこの人は妖狐で、よくわかんないけど多分手続きとかないし、人生不利とかが更によくわかんないけど、どんな事があっても大丈夫なのに。
わたしなら。
あの子がこの人にしてあげられることは、だいたいわたしにもできると思う。
出来なくてもすごく頑張れる。
そうしたら、わたしの方が条件いいのに。お得なのに。
……どうすればそうなれたんだろう。
もっと早く自覚して言えばよかった。
人生を思い返して、あそこで、ここでと言えそうなシーンに思い当たって落ち込む。
もう全部あとのまつりなのだ。
今日昼寝ちゃんとしてるかしら茉莉。午前中思い切り遊ばせないと昼寝してくれなくて、ペース狂うのよね。今どうでもいいことなんだけど。どうでもいいことに意識を飛ばさないとやってられないのよ。
作り笑顔を作れるほど元気がないので、テーブルに倒れ込む。
好きな人の前ではしゃんとしたかったけど、無理だわ。
「山茶花ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫な範囲で大丈夫じゃないだけなんで、大丈夫です。放置で」
「あ、はい。放置で」
あ、でもあの子いなくなるかもしれないんだった。引っ越し先予定地は大分遠い。
遠距離恋愛って大変よね。別れるかも。
あれかしら、あの子のほうから告白したけどそんなに好きじゃなかったのかしら。
だから口外しないし、引っ越しも別れられるしちょうどいいって感じなのかしら。
「…………」
あまりラッキー、とは思えない。
あんなに大切に想っている人と離れ離れになって、あまつさえ別れることになったらきっとつらいだろう。この人が嫌な思いをするのが嫌だ。
だったらわたしが失恋した方がいい。
あの子の気を変えればいいのかしら。お母さんと住みたくなくなるように。
そういうことも出来ないでもないけど、定期的にあの子に会わないといけなくなるし、なんかのはずみでお母さんのところに行っちゃうこともありうるし、人の心をおもいきり捻じ曲げるのはあんまり。
「……めんどくさい」
「めんどくさいの?」
「わたしじゃなくて椿さんがです……」
「僕めんどくさいんだ」
「同族以外と付き合うのめんどくさくないですか?……」
「ああ、うん、そうだね。めんどくさいのかも」
――――あれ。
「……えーと、えーと、あ、うちの上の兄うっとおしくないですか」
「こっちが忙しいときに向こうのかまってスイッチはいっちゃうとあれだよね」
「スリッパで頭ひっぱたきたいですよね」
「そうだね、一度やってみたい」
「いなさそうだけど嫌いな人とかいます?」
「ああ、粋連さんの顔はもう生きてる間は見なくていいかなあ」
えっ、そうなの!?
じゃなくて。
しまった、なんとなくわたしの言う事に誘導されちゃう術、自分にかけっぱなしだった。
ていうか妖狐に効くのね。うちの家族には効かないのに。
このひとに術耐性みたいのがないから??
顔を上げると、相手の笑顔が目に入る。
自分の状況をいぶかしんでいる様子はない。
「……もっとめんどくさくない相手が恋人だったらとか思ったことありません?」
「まあ、少しは」
あまりほめられた行為じゃないのは解っている。
でも自分を止められない。
頭が勝手に考えて口が勝手に動く。
「……もっとめんどくさくない相手とつきあいたくないですか?たとえば、わたしとか」