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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
恐れ入ります、恐れ入ります、当て馬にもならない道産子が通ります。あっ、ご協力ありがとうございます。
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むずかしいことをかんがえるとねむくなれるほう

 わたしの知っている情報と、あのお店で盗み聞いた情報を合わせると、こうだ。


 あの子が放課後に会っていた相手は、あの子の本当のお母さん。

 本当のお母さんは、昔あの子にひどいことをして、多分親権をはく奪されたって状態になっているっぽい。


 なのにまたあの子と一緒に住むらしい。


 それで、住む前に、またちゃんとやっていけるか、住んでいた頃起こったトラブルの原因を確認し合っている最中のようだった。


 まだ全部の確認が終わっていないから決定事項じゃないけど、確認が全部うまくいったら、遠くに引っ越すっぽい。


「山茶花ちゃん、もうちょっと割る?濃かった?」

「え、あ、いえ、そうじゃないんです。ちょ、ちょっと考え事してて、おいしいですピーチフィズ!」


「そっか。よかった」


 笑うと目じりが下がる所が好きなの。

 大好きで大切な金曜日の夜なのにどっぷり浸れない。あの子のせいだわ。


「椿さん、今週の日曜日はデートどこ行くんですか?」

「え、どうしたのいきなり」


「その、人間のふりとかして人間の女の子と喋るときに、そういう話題になるんですけど、全然デートスポットとか知らないんで、実際どうなのかなって」

「女の人ってそういう話共有するの好きだよね……」


「わたしはそんなにたのしくないんですけど、ええほんとうに。取り繕わなくてはいけないのがしんどくて」

「……女の人って不愛想で無口でいられないもんね。男ならそんなタイプかでほっといてもらえるけど……申し訳ないんだけど、今週はどこもいかないから参考にならないんだ」


「おうちデートですか?」

「いや、学校の部活の買い出しか何かがあるんだって。だから晩ごはんちょっと食べに向こうのおうちにお邪魔するだけで、別行動」


 はい、うそつき。


 結局この間、お店で話が終わらなくて、日曜に同じ店で会う事になっているんです。


「残念ですね」

「まあ、そうだけど、僕も色々用事あるから逆にありがたいというか、あっ、山茶花ちゃん日曜暇?お昼おごるから買い物付き合ってほしいんだけど」


「えっ!?」


 死ぬほどうれしいお誘いで、思わずハイって言ってしまいそうだったけど押しとどまった。

 だってわたし、その日は中野のドーナツ屋さんに行って、あの子が引っ越すのか引っ越さないのかどうなるのか確かめないといけないんだもの。


「……日曜はちょっと……」

「あ、そうだよね。急にごめん」


「でも、来週の平日なら大体大丈夫です!大安とかお休みなんでしたっけ?」


 ※※※※※※


 やばい。眠れない。目がさえてる。


 落ち着いて落ち着いて。

 今日は2月27日月曜日。

 明日は2月28日火曜日。

 明日は12時に椿さんと渋谷で待ち合わせ。

 間違えてない、手帳もさっき確認した。

 間違えてない。睡眠不足のひどい顔で出かけられないから、早く寝なくてはいけない。


 なのに眠れない!由々しい事態だわ。


 理由ははじめてのふたりでお出かけで馬鹿みたいにはしゃいでいるだけじゃなくて、ほかにもいろいろあるのよ。


 結局、日曜日のあの子とあの子のお母さんの話はまとまらなかったけど、お母さんは間取りの話とか引っ越し先の地図とか持ってきてて、あの子拒否してなかった。


 だから乗り気なんだと思う。

 でもわたしにはあの子が乗り気になってる理由が全然わからないの。


『押し入れの中に丸一日入れられたの、なんでだったんでしょう』

『お母さんがテレビ見てるのにしつこく話しかけてきたからでしょ。けじめって大事じゃない?』


『冬に帰ってこなかったこと、ありましたよね?』

『クリスマスケーキせっかく買ってきてあげたのにあんたが残すからでしょ』

『あれっていつごろだったんでしょう』

『……あー来年三歳になるって時だわ。ババアが数え年で七五三やんないとか常識がないってずっとうるさかった時だもん』


『スカートとか、いっぱい、服、切られたのは』

『覚えてない。でもあの後いっぱい買ってあげたじゃない?』


 二人のやり取りのいくつかを思い返す。


 わたしまだ若いし独身だけど、茉莉の遊び相手とか、父様がええかっこしいで佐藤さんちの子のおもりも引き受けてきちゃってやらされてたから、小さい子にはちょっと詳しいんだけど、そう、小さい子のわずらわしさも知っているんだけど、それにしたってあの子のお母さんの対応はやばいと思う。

 母様が聞いたら正座させられて一晩中説教コースだわ。


 それ以外も話し方とか、もう色々、やばい雰囲気漂ってた。話を追うのに必死でどこがどうとかは今ハッキリ断定できないけど。


『ねえ、向こうの家にバレてない?あの女うるっさそうだもんね』


 とか言ってたし。


 向こうの家って、多分、あの子が今住んでいる家で。


 吐き捨てるような、バカにするような言い方だったけど、それを咎めることもなくあの子は座っていた。

 お母さんと離れて、ちゃんとした家の子になったらしいのに。


 そっちの家も居心地が悪くて、どう見てもヤバいお母さんと一緒に暮らす方がましなのかしら。


 ああでも、母様がその、今のあの子のお母さんと仲良くなったって言ってたからきっと悪い人ではないわ。なんだかんだ人を視る目はあるし。


 ヤバいけど、お母さんを嫌いになれないから、ついていくつもりなのかしら。

 うちだって大分疎ましいけど、母様が憎いとかそういう気持ちにはならないし。


「ねー、ベッドがいいなら変わるけど」

「えっ、だだ、大丈夫!」


 いきなりベッドの上の姉から声をかけられて口から心臓が飛び出そうになる。

 家を空けがちな姉が帰ってきて、二人で寝るときは同じ部屋で姉がベッド、わたしが床に引いた布団で寝る事になっている。姉がいない時はベッドを使わせてもらっている。


「うるさかった?独り言とか言ってたもしかして??」

「んにゃ、起きてる気配がなんとなくするみたいな感じ」


 姉はあの子の今のお家に行ったことがあるのかしら。

 母様よりは姉のほうが更に人を見る目がある、と思う。

 人だけじゃなくて、物事も。

 姉が、その、介入しても無駄、みたいなことを言ってた関係が、今揺らいでいる訳なんだけど、緊急事態なんじゃないかしら。


 いいのかしら。このまま静観していて。


 聞いてみようにも今まで一言も口に出さなかったあの子の話題、しかも家の事とか聞いたらすごく怪しい。


 まあ、いいわ。


 恩もないのにあれこれしてあげる義理もないもの。

 明日のお出かけは別にわたしから誘ったんじゃないし。邪魔している訳じゃない。

 そう、明日。もう今日になりそうなんだけど。


「……お姉ちゃんて、眠くなる術とか使えないの?」

「あー……薬草とかいるから無理。絞め技で、死なないように意識落とせるけどー?」


「自分で頑張ってみる」

「ん」


 姉を信用していない訳ではないが、明日朝起きられなかったらなんだ。頑張る。

 とりあえず三限までは学校にいようと思う。そのあとは仮病使って早退して渋谷に行く。


 明日古文あたるんだったわ。たまにはちゃんと……あ、眠くなってきた。

 この眠気を逃すわけにはいかないから、ちゃんとすることをやめるわ。


 しょうがないもの。

 そうそう。

 しょうがないの。うんそう。


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