状況が変わったらしいので上京してみたという事情のある次女、甘やかされて生きて来たので当然自重せず(4)
わたしは姉がちょっと苦手だ。
「……けちけちするよりはいいけど、この信玄餅って、容器に対してきな粉とお餅張り切りすぎじゃない?」
「食べ方書いてあるでしょ。一個持ち上げて。積んで、開いてるところに黒蜜を投入したらこぼれないの」
「あっ、本当だ」
このように、わたしが愚痴って、そのままなあなあにしようとしている事柄の解決方法を持っている人だ。
すごいんだけど自分の至らなさが浮き彫りになる。
わたしが悪いんだけど。でも人間社会で生きて来た時間が全然違うし。
「あら、お茶煎れるのうまくなったわね。美味しい」
「でしょ」
「うん。偉い偉い」
母様だったら「調子に乗るんじゃありません」だし、父様だったらべた褒めだけど、姉に褒められるときは厳しくも甘やかしもない……なんていうか、適正な評価をもらえている気がするので、褒めてもらうのは好きでうれしい。
でもなんだか照れくさい。
「晩ごはんどこで食べてきたのー?」
「不二家で、あ、パフェおいしいって茉莉が言ってたから」
「ふーん」
深く突っ込まれるかと思ったが、姉は興味なさそうに返事をした後、信玄餅をつつきだした。
しゃべりすぎるとあれなので、わたしも彼女に倣う。
信玄餅はきな粉でむせるのに黒蜜が甘いのについ食べたくなる。
どこのお土産なんだっけ。
姉はどこに行っていたのだろう。
姉は姉で謎の人である。
「銀座でからまれたりしなかった?」
「電車の中で若干。でもうまく逃げた」
「気をつけなさいよ。酔っぱらいめんどくさいから」
「うん」
「相手しないでスルーがいいのよ」
「あ、そうなんだ。失敗した」
「話すと話してくれるってぐいぐいくるからね。センセイとか面倒だったでしょう」
「え、そう?結構優しいお兄さんだったけ………!」
あ、はめられた。
姉はこういうところ油断できない。
内心臍を噛みながら顔には出さないようにお餅を食べる。
スルー。もうこの話に応じる気はないからスルー。お餅おいしい。
「あのさ、神様がわさわさいて失礼があるといけないから、もし行きたいなら一緒に行こうって言ったのに別に興味ないって言ってたのにどういう風の吹きまわしなのかしら?それって家探しして、紹介状探さないと入れないのに。そこまでして」
「ご、ごめん、謝る。なんか気分転換に覗いてみたかっただけで、別になんか吹きまわしとかそういうんじゃない」
「…………」
ぶっちゃけうちの家族で一番おっかないのは姉だと思う。
わたしを叱る時、母様は感情に任せてガーって言ってくるから、それが落ち着くまで耐えてればそのうち終わるんだけど、姉は途中で終わらせてくれない。
相手が反省したなという事を自分が納得するまで終わらせてくれない。
しかも正しいし冷静である。
自分が間違っているのをモロに自覚させられて、納得してその通りにすればいい話なんだけど、どうもおもしろくなくて、でもそんなの顔とか態度に出すのは子供みたいに悔しいのでぐーって押し込めるんだけどもやもやすることはもやもやして、と、心の中がしっちゃかめっちゃかになるので、そうなってしまう自分がなさけないので、一緒にいるのが苦手だ。
完全にわたしが悪いんだけど。
あえて目を合わせないように色々部屋の中を無駄に見回していたけど、結局見る所がなくなってしまったので姉の方を向く。
姉の視線は信玄餅の器の中だった。黒蜜ときな粉をねりねりしている。
「……こういうの言われたくないだろうけど、無理だからね」
「何が」
なんで聞き返しちゃったんだろ。スルーすればよかったのに。
わたしは姉から目が離せない。姉はわたしを見ない。
見ないまま開かれた唇は予想通りの形に開いた。
「椿」
「………」
「正直入る隙間も時間もあんまりないから、ひっかきまわさないであげて」
あ、どうしよう。自分が抑えられない。
すっとぼけないといけない場面なのに、出来ない。
お茶を飲むけど熱くて火傷してさらに余裕がなくなるけど黙っていないといけない。
「……わかってるもん。別にそういう訳じゃなくて!」
いけないのに。
「普通に、こっちに来られるタイミングが今しかないから、そうなっただけだもん。だって今しかないでしょ母様も茉莉も落ち着いたし」
「あんたにばっかりおっかぶせて悪かったと思ってる……」
「そこ別に怒ってないからお姉ちゃん謝らなくていいんだけど、とにかくそういうのじゃないの。だからその忠告は全然的外れ!」
「そう、ごめん」
「お茶!お代わりいる?」
「んー。いただく」
空の湯呑と急須をお盆にのっけてキッチンへ向かう。
本当はまだ急須にお湯入ってるんだけど、この場にいたくなかったから。
まだ冷め切ってないやかんに無駄にお水を足して、コンロで再加熱。
火にかけといてなんだけど、沸くなと念じながら、お茶っぱを緩慢な動作で替えたりして台所でいろいろのろのろする。
のろのろなので余計なこと考えてしまう。
わたしの好きなひとは初恋の相手だ。もう出会って15年くらいだろうか。
好きだと伝えた事はない。
姉が家に連れて来たひとで、そのあとも家に来るときは姉と一緒だったから、姉の恋人だと思っていたからだ。姉にもそのひとにも直接聞いたことはない。
けど、勝手にそうだと思っていた。
でも、最初からそうじゃなかったんだか途中からそうじゃなくなったんだかわからないけど、今はわたしの好きな人には姉ではない恋人がいるらしい。
あのひとの事は好きだけど、好きに度合いがあるとして、恋までは踏み込んでないんだと思う。
今も。
横やりを入れたいとは全然思っていなくて、会いに行ったのも気持ちの整理をつけるためで、だから姉の心配は見当違いなんだけど、負け惜しみって思われるのかな。
なんにせよ迷惑をかけるつもりはないので、もうこの話には触れないでほしいのだ。
この話題も、わたしに完全にその意思がないことを確認するまでやめてくれないのだろうか。
「ちょうやだ……」
姉に聞こえないように、こっそりとか細い声で心境を吐露してみる。
やかんの底がじりじり鳴ってる。中でぶくぶくしてるせいなのかしら。
沸いたら急須にお湯を注いで、姉のところに戻らなくてはいけない。
憂鬱だ。大変に憂鬱だ。
「あれ」
そんな憂鬱を丸無視したような、能天気なピンポンが聞こえて来た。
無論人間の家と同じく、玄関の外に設置された、来客が住人を呼び出すために設置されたインターホンの音である。あれ、は姉の声。
こんな時間に誰だろう。
遊びに来るにはそこそこ非常識な時刻だ。
しかも姉は若い妖狐とはいえ若い妖狐グループの重鎮くらいのポジションにいるので、軽薄な男子狐がほいほい遊びに来る感じの女狐ではない。
あ、もしかしてわたしお店に忘れ物しちゃった?
で、お店の人が届けに来てくれたとか。
そんな期待がわいてきてしまい、足早に玄関に向かう姉の後を追う。すでに玄関扉が開かれていた。
期待は打ち砕かれる。
「あら、粋連、どうしたの」
「夜分遅くに申し訳ない。起きていらっしゃる気配がしたので。これもらったんだが、好みじゃないので処分に困っていて。迷惑じゃないなら処分に協力していただきたく」
「え、いいの。お金払うけど」
「本当に困っているので、いりません」
「あ、そう」
「では」
「あ、うん」
なんかそんなやりとりをして、来客――お隣に住んでいる嫌味な粋連――は帰っていった。
姉は中身の入ったビニール袋を持って首をかしげながらこちら側に向かってくる。
「何貰ったの」
「ハーゲンダッツ」
「めっちゃ高いアイス!」
「しかも4個も」
「とりあえず今一個食べる」
「太るわよ」
「じゃ、お姉ちゃんの分はしまうね」
「いや食べるけど」
スプーンを用意して、お茶を煎れてとしているうちに、さっきの話題はうやむやになったらしい。
姉はアイスを食べていて、視線はテレビ。
わたしに話しかける様子はない。
「おいしいのに。甘いの嫌いなのかな」
「あんまり見たことないわねー。味も味だし。というか粋連いらないものもらったりしそうにないのにね………あっ!」
姉は急に立ち上がり窓際に移動し、カーテンを開ける。窓がほんの少し開いていた。
それを慌てて閉めた姉は目頭を押さえて「あー」と唸った。
「空いてた。そうだった。換気で開けてたんだった。しくじった。悪いことしたな」
「……粋連に?」
「うん。あれよー多分……このアイスは「喋り声うるさいから静かにしろ」っていう意味だわ」
「えっ、そうなの!?」
「関西の……なんかそういうのあんのよ。相手に察させるみたいな……」
「うわー陰険。だから西の狐嫌いなのよ」
「そういうひとまとめにレッテル貼るのよくない。あー悪い事しちゃった……このアイスわざわざ買ってきたのかしら」
「そこまでしないんじゃない?コンビニ遠いし……あ、あの彼女さんの置きアイスじゃない?ストロベリー味だし」
前に一度すれ違ったんだけど、粋連の彼女にしては笑顔がかわいい、天真爛漫っぽい女の人だった。
この手の中のピンク色のアイスが似合いそうだ。
「ああ、そうかも。あの彼女さんいちご味好きそう」
「いちご味ってばばくさ……」
「なんですって!?」
「ごめんいちごかわいいですいちご!ででで、でも、置きアイス減ってたら彼女さん怒るよね!?大丈夫なのかな」
わたしだったらもうめっちゃ怒る。粋連オレ様っぽいから謝らなそうだし。
「あー。補充させるの忍びないわ。買って返そうハーゲンダッツ。でも明日とかだと明日土曜だから、返す場面で彼女と鉢合わせとかしたらなんか面倒なことになるから、今、買いに行って渡そう」
「食べてからでよくない?」
「これから遊びに来て鉢合わせしたらさらにややこしいことになるから、早い方がいい。えーと、あたし買ってくるから、あんた粋連ちに来客ないか見張ってて、来なかったらそのままアイス返却しに行くから」
「わかった」
食べかけのアイスを冷凍庫にしまって足早に出ていく姉の後姿を見送る。
上着を羽織って財布をつかみ靴を履いて部屋を出ていく動作によどみがなく、見とれてしまう。
部屋はとっても静かになった。
冬だからあんまり溶けないアイスにスプーンを無理矢理ねじ込む。
ふと、わたしにやたら突っかかってくる粋連に片思いしている女狐に、粋連の彼女さんの存在を教えたらどうなるだろうという意地悪な考えが浮かんだがすぐにやめた。
公言していないってことは、何かあるのだろう。
そう人間とお付き合いするには、何かしらあるらしいので。
スプーン山盛りにすくえたストロベリーアイスを口に運ぶ。
甘くて酸っぱくて、癖になる味だった。
恋も甘酸っぱいってよく評されるけど、こんな感じなのかしら。
考えると思い浮かんじゃいけない人が浮かんできちゃうので、アイスはお茶で流しこんだ。
そして姉が帰ってきたら残りを一緒に食べようと、アイスを同じく冷凍庫につっこんだ。
あーあ。本当、どこぞの歌じゃないけれど、恋がシャーベットみたいならいいのにほんといいのに。
「あーあ。ほんと、あーあ!」