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門前仲町小夜曲  作者: ろじかむ
恐れ入ります、恐れ入ります、当て馬にもならない道産子が通ります。あっ、ご協力ありがとうございます。
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状況が変わったらしいので上京してみたという事情のある次女、甘やかされて生きて来たので当然自重せず(1)

 

 朝の街が、好き。

 特に冬の朝が。


 空気ってもとから目には見えないけど、さらに透明感が増している気がするの。 


 通勤が始まる前のこの時間帯だけ、東都からでもきれいな富士山が見える――ってこち亀で言ってたけど、神田(ここ)からは見えないわ。

 あれってどこだったのかしら。単行本、北海道(じっか)だからわからないわ。今。

 何巻に収録されてた話だったかも覚えていないし。

 隣に中川がいたのは覚えているの。


 冬と言っても、この間までいた北海道(ばしょ)が極寒だったから、今なんて暖冬みたいなものだと思うの。コートの前とか開けて颯爽と歩いたりうーむりやっぱり寒い。


 本当の姿の時はあんまり寒さを感じないのに人間だとどうも寒いのよ。

 毛のあるなしなのかしら。

 でもこの姿で毛深いわたしって嫌だから無理だわ。絶対無理だわ。


 どうしてわたし、散歩なんかしようと思ってしまったのかしら。失敗だったわ。浮かれポンチだった。

 だって久々の生まれ故郷なんだもの。ちょっとくらいはしゃいでもいいじゃない。


 8歳まで過ごした、この街。


 正確に言えばもうちょっと西の方だけど、世界地図で見れば、もうここだから、いい。

 記憶の中よりさらに人と建物が増えたみたい。

 それはつまりにぎやかになったという事なのに、どこかさみしい。

 理由はよくわからないわ。まあ、今が朝の6時で、人はいないに等しいからというのもあると思う。


「ううー」


 寒いと背中丸まってしまう。叱るうるさい人がここにいないので遠慮なく丸めながら我が家に帰る。我が家と言っても仮住まいだけど。


 三階建ての集合住宅は一応鉄筋製らしい。誇らしげに大家が言っていた。

 木造との違いってなんなのかしら。燃えやすいか燃えにくいか?

 各階四部屋……あれ上だけ違うんだったかしら。まあいいわ。とてもどうでも。

 二階まで上がって、階段から二つ目の部屋がそうなので、ひと部屋通り過ぎ……


「きゃっ!?」

「ああ、失礼。お早うございます。山茶花(さざんか)殿」


 やだ、通り過ぎようと思っていた扉が急に開いたからおっきい声だしちゃった。恥ずかしい。

 扉から出てきたのは、当然ながらその部屋の住人だった。そして顔見知り。


 ぱっと見は20代半ばの、彫りの深い顔立ちの男の人。

 元の顔は……あんまり覚えてないけど、彫りの深い狐って想像がつかないから、普通だったと思う。

 妖狐って人間に化けるときあまり、いわゆる狐顔の人ってあんまりいないのよね。

 バレると面倒だから人間の「いわゆる」から離れた姿になろうとしちゃうのかしら。

 そもそも狐も狐顔と結構かけ離れてるものね。目、くりくりしてるし。


「粋連さん、もうお仕事……じゃないですよね」


 妖狐の身でありながら人間の社会になじんで会社にも務めちゃっているというこのひとは、平日見るスーツ姿ではなく、上下揃いのジャージ姿だった。


「ちょっと走りに」

「お仕事前に?どこまで」


「頭が冴えるんですよ。ここから後楽園遊園地まで行ったら引き返して戻ってきます」

「遠っ」


「そうでもないですけど、ああ、山茶花殿は真似しないほうがいいでしょう。何かあったらご両親が心配します」

「失礼ね。もう結構健康そのものなのよ」


 昔は身体が弱かったから、周りの大人は決まってそう言う。

 心配から来る忠告だってわかってるけど、ちょっとムッとする。


「そうですね。立ち話冷えますから、失礼します。あと一人歩き感心しません」


 全くわたしの言わんとしたところが伝わらなかったらしく、病弱扱いしたまま粋連――さんとかつけなくていいや――は去っていった。

 あの人あんまり好きじゃない。

 めんどくさいやつの想い人だからあまり接触を持つとあとあとめんどくさそうというのもある。


 妖狐界隈は世間が狭くて嫌になる。

 大体全部筒抜けなんだもの。


 ため息に扉の開閉音が重なる。わたしが自分の――正確には違うけど――部屋の玄関扉を開けたから。

 夜明け前なので部屋のなかは当然暗いが、勝手知ったると言っていいほど間取りに馴染んだので、電気をつけずに難なく奥へ進む。


 実家だったらこんな時間に外出したことを母にとがめられ、いいからついでに手伝いなさいって朝ごはんの支度の手伝いとか掃除とかやらされるんだわ。きっと。小言付きで。


 ここにはそれがない。

 幸せってこんなところにあったのね。


 二度寝しても怒られない。というか今日は二度寝必須なの。寝不足の、変な顔で出かけられないんだもの。絶対。


 荷物を置いてコートを脱いで、ベッドにもぐりこむ。

 そう。ベッド。

 家は和室だから置くとなんか変だから導入できなかったベッド! 


 すっかり冬の冷気で冷えてしまった上掛けだけど、いまほてっている身体には心地いい。

 楽しみで眠れる気がしない。でも寝ないと。

 頑張る。ちがう、頑張らない。身体の力を抜いて、寝る。


 ※※※※※※


 目覚まし時計より早く目が覚めるなんていつぶりだろう。

 寝直すにも微妙な時間なので起きる。朝ごはんはさっきの早朝散歩で手に入れてあるの。

 コンビニで買ったパン。


 そう、コンビニが本当に24時間営業していてびっくりした。すごいわ都会。


 緊張していて味がわからないのか、それとも普通にコンビニの落ち度なのかよくわからないけど、あんまりおいしくないパンをもさもさ食べて、牛乳で無理矢理飲み込む。


 あー、そう。都会(こっち)の牛乳なんか薄いのよね。実家で飲んでいたのはご近所さんの牧場のやつだったから、今まで飲んでいたものの方が正しい牛乳のはず。

 水で薄めているの?


 やだ、そんな疑問に思いを巡らせている場合じゃないのよ。早くしなくちゃ。


 慌てて洗面台に向かう。

 鏡には、一番美しく人間に化けられると評される堅香子という名の妖狐似……まあ、母娘だからあたりまえなんだけど。

 似、というか母親から泣きぼくろを引いて少し若くして、髪をこげ茶色にしたら天嵐さんちの次女(わたし)です。


 顔に寝不足の感じはない。

 化粧はするとしつこくなるので粉だけはたいて、髪をまとめる。


「ああっ!」


 着替えてから髪をまとめるべきだった。声を上げてから少し遅れて目覚まし時計が鳴った。

 目覚まし時計も着替えがあるのも寝室なので慌ててそこへ向かう。


「あっ、いったあーい!」


 走って急いでいたから脱いだままのコートを、よりにもよってよく滑る裏地を踏んずケてしまい盛大に転んだ。床に置いてあった本に膝がめり込んでしまい、ものすごく痛い。

 痛すぎてしばらく起き上がれないけど、自分を励まして身を起こす。


 あんたが急かすから!


 忌々しい気持ちで目覚まし時計の息の根を止め(むろんオンオフスイッチを切っただけである。電池を抜くような極悪非道な真似はしない。というか電池の所ドライバーで開けるやつだから無理だ)、お出かけに適したワンピースを物色する。


 大人の、黒のシックなやつ発見。白いコートにも合う。これで決まり!

 元の服を脱いで新しい服を着たらやっぱり髪が乱れてしまっていた。洗面台で直して鏡の前で一回転。


「うん、いい」


 自分ではいいと思うけど、実際はどうなんだろう。


 父様は何を着ても「すごくかわいいよ」としか言わないので異性の意見としては参考にならない。

 母様は「ほかに気にするところあるでしょう」だし、弟は戦いやすそうか否かしか感想をくれない。

 姉様はなんかチェック細かすぎて参考になるんだけどしんどい。兄様は……


 どうしてうちの家族はこう、極端なのかしら。

 普通の意見が欲しいのよね。

 ほどほどの知識を持った……


 今住んでいるこの建物の住人は全員妖狐。

 そして全員人間の世界歴が長い。

 おまけに全員顔見知り。


 インターホンを片っ端から押して行って「これ、人間の世界的にどうですか?」って聞いてもいいんだけど、多分親切に答えてくれるんだろうけど、なんだかお上りさん丸出しだし、色々めんどくさいことになりそうだからこれで大丈夫!大丈夫!


 かわいい!元がいいし!


 いざ出陣しよっと。

 コート羽織って鞄もって、靴はこの……ストラップ付のパンプス。ヒール高いのに歩きやすいやつ。

 準備万―――


「じゃない!」


 一番大事なものを忘れていた。

 でも靴を脱ぐのがめんどうだから膝歩きで寝室に戻る。

 ストッキング伝染しないかしらだいじょうぶかしら。


 小物入れの一番下の引き出し。

 チケットの半券とかが入っている場所から一枚のコースターを取り出す。


「これでよし」


 あと、部屋の鍵閉めないと。

 実家は大抵誰かがいたから開けっ放しでよかったし、誰かが閉めてたからわたしがってことあんまりないのよね。


 これも新鮮。


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