あらあら、困りましたわお姉様。
いつも通りに寝て、起きたら思い出した。
あら、私には前世の記憶があるみたいだわ?
地球?日本?平成?女子高生?おたく?マンガ?アニメ?乙女ゲーム?あらあら、知らない言葉ばっかりで困ってしまいますわ。
それに、あら、まぁ。
私のいるこの世界、乙女ゲームの設定にそっくりではないかしら。
国名は、シェラール王国。まぁ、同じね。
現王様のお名前も一緒。王子様のお名前も一緒。隣国のお名前も一緒。ここまで来ると、もしかして乙女ゲームの世界に生まれ変わったのかしら?なんて思えてくるわね。
でも困ったわ。問題は私の家族。
私の名前はヴィオレット・レイモン。
そして双子のお姉さまのお名前は、ヴィヴィアンヌ・レイモン。乙女ゲームの主人公、をいじめる公爵家の悪役令嬢なんですもの。
困ったわ。
なんて思いながらも、いつも通りに起きて朝の支度をする。昔から世話してくれるメイドのリサに着替えを手伝ってもらいながら、鏡の中の私を見た。
前世は黒い目に黒い髪だったけれど、今の私は琥珀色の目に黒い髪。しかもただの黒ではなく、陽に当たると青くも見えるものだから、我ながら綺麗だと思うの。お母様譲りなのよね、素敵。
目は猫目のつり目。髪は真っ直ぐで、背中の中程まで伸ばしている。
まぁ、可愛い。なんと言ってもまだ五歳の子供だもの。
悪役令嬢、ヴィヴィアンヌ・レイモンは、小さい頃から蝶よ花よと甘やかされて育ち、正されることなく我儘な子供としてそのまま大きくなった。だからこそ、自分の慕う殿方(攻略対象)が他の女に靡くのが許せなくて、いじめや、その度を越した行いをしてしまう。
そんな彼女の末路は、ありふれているが国外追放もしくは死亡。一家没落、もあったかしらね。あらあら、困ったわ。
お姉さまが国外追放になろうが死亡しようが、没落までいかなくとも評価は下がるでしょう。それに、攻略対象の中にはこの国だけでなく隣国の王子も含まれる。王室に嫌われるのはきっと困るし、他国にまで汚名が広がるのは頂けないわよね。
どうにかしないといけないわ。
長い髪はリサに綺麗に結ってもらい、服も選んでもらった薄い青色のドレスを着せられた。こんな高価そうなドレスが普段着だなんて、今更ながら汚したら大変でしょうね。
転ばないように気を付けながら、リサを伴って屋敷の廊下を歩く。家だなんて言えないわ、大きくて立派で豪華すぎるんですもの。
向かう先は、自室から出て廊下の反対側。長すぎて、途中で二度ほど休憩をとってしまったわ。これは体力をつけていかないと、後々自分が困るわね。お年頃になって、自宅を歩くだけで息切れなんて見苦しいもの。
やっと着いた扉の前で、息を整える。数回深呼吸をして、後ろに控えていたリサに身だしなみを整えてもらい、いざ。
「イヤよ!イヤイヤ!!こんなかみがたかわいくないわ!このドレスだって、もっとヒラヒラしてキラキラしたものにしてちょうだいッ!!」
ノックする前に、部屋の中からお姉さまの癇癪が聞こえてきた。あらあら、まぁ。この年からこんなに我が儘だったのね。
私の前ではそんなことなかったから、知らなかったわ。
「……ヴィヴィおねえさま?」
おずおずと部屋に顔を出した私に、お姉さまは目に見えて焦り始める。
「ッ!?び、ビー、あなたがわたしのへやにくるなんてめずらしいじゃない。でも、はいるまえにノックをするのがれいぎだわ」
「ごめんなさい、おねえさま。でも、おねえさまになにかあったのかとおもって……」
「な、にも、ないわよ。わ、わた、わたしはまだきがえてないの。……とととなりのへやで、まっていて」
言葉をどもらせ、視線を泳がすお姉さま。私は大人しく頭を下げて部屋を出る。
扉を閉めて、フゥ、と一息。
お姉さまにはプライドがある。双子ではあるけれど、妹である私に、決して姉らしくない我儘な素振りを見せようとはしないのだ。だからこそ、わたしは完璧なお姉さまだと思い込んで、敬愛していたのですけど。
と言っても、数年前なら一日中一緒に遊んでいたけれど、今では勉学がある。それぞれ違う家庭教師に学んでいる為、同じく家にいても会うのは食事の時とお茶の時くらい。
食事の作法とお茶会の作法は子供ながらそつがないけれど……。
あの調子だと、他の勉強はどうなのでしょう?
隣の部屋で待たせてもらい、数十分後にお姉さまは現れた。
お父様似の銀髪は緩いパーマを生かしてハーフアップにし、私の目の色と同じ琥珀の飾りを付けられている。瞳はお母様譲りの紺碧色。少したれ目なのが可愛いわ。ドレスは、ヒラッヒラの赤いものを着ている。その服装だけで威圧感がすごいですわ、お姉さま。
朝食が終わり、私は書斎に戻ろうとするお父様を追い掛けた。
お父様、と声を掛ければ、振り向いた後、ふやけた笑みで私を抱き上げる。いきなり視点が高く変わると怖いのよ、お父様。
「どうしたんだい、可愛いヴィー?君はこのあと、先生と文学の授業があったろう?」
「そのことでおねがいがあるの、おとうさま。わたし、ヴィヴィおねえさまといっしょにおべんきょうがしたいわ」
言った途端、お父様の顔が固まる。そして吃りながら視線を泳がす様子は、本当に似た者親子ねとしか言えないわ。
「ど、どうしたんだい、びび、ヴィー?な、なにか家庭教師にふふ不満があるのかい?まさかか可愛いいからって何かされたわわけじゃあ……ッ?!」
「ちがうわおとうさま、わたしのわがままなの。だっておねえさまとあまりにもいっしょにいれないんですもの。……さみしいの」
「か、可愛いヴィー!そのくらい、我が儘でもなんでもないさ!!すぐにどうにかしてあげるよ!!」
ありがとうお父様。チョロ甘ですわ。
お父様のすぐは本当にすぐで。おねがいしたその日から、すぐに私とお姉さまのお勉強は一緒になった。
私の為に雇っていた家庭教師には事情を話して、他の家への推薦状と、少々の上乗せでお話はついたようです。お別れの際にごめんなさいと言ったら、そのくらい我が儘でもいいのですよ、と先生は優しく笑ってくれました。けれど、なんだか良心が痛みますわ……。
お姉さまは勉強の時間になって初めて、私との合同授業になったことを知ったらしく。それはもう、面白いくらいに狼狽えたわ。
お父様を隣の部屋に連れて行ったと思ったら、それはもう、烈火のごとくおこっていらっしゃいましまし。小声で。
お父様にとって、お姉さまのそんな態度ですら可愛いくて仕方がないらしい。そんなだから、お姉さまが.悪役令嬢になってしまうのよ。
お二人で戻ってきた際の、お父様のふやけた顔とお姉さまのスッキリした顔は見てて笑えましたわ。あら、失礼。
「おねえさま、このことば、なんてよむのかしら?」
「……すこしまちなさい。そこは、これよ。政策、とよむんだわ」
「まぁ!そうだっのね、おねえさまありがとう」
「おねえさま、このかたはなにをしたかただったかしら?」
「も、もう、しかたがないわね。このかたは、……このページね。へいみんのなかにも騎士への採用策をもうけたかただわ」
「みおとしてましたわ。ありがとう、おねえさま」
「おねえさま、いつみてもゆうがなたちいふるまいですわ。わたしもみならわないといけませんんわね」
「ふふ。あなただってよくできているわよ。でも、わたしのほうがおねえさんだもの、しかたがないわ」
「さすがはおねえさまですわね!」
ヨイショ、ヨイショ、ヨイショである。
お姉さま、やっぱり私が見ていないからか、お勉強はさほど真面目にやっていらっしゃらなかったようね。だって、隣同士で真面目に先生のお話を聞いたり、私に教えたりしているところを見て、どなたも目を丸くなさってましたし。
それを数日続け、私は気付きましたの。
お姉さま、やれば出来るのにやらないから出来ない子だったのね。
ゲームのヴィヴィアンヌ・レイモンは、それはもう我儘で独占欲が強くてお馬鹿なお嬢様でしたけれど、なるほど、あれは勉強から逃げ続けた結果だったよう。
だって今のお姉さま、贔屓目に見なくても、神童、だと思いますし。
教師は舌を巻き、お父様とお母様は手を取り合い喜ぶほど。反対に私は困りましたわ。こんな子供に、この私が、遅れをとるわけにはいきませんもの。
負けん気、強いんですのよ?
お姉さまは私のよき手本になろうと。
私は、お姉さまには追い付かれはしても置いていかれはしないように。
双子の私たちは、それはもう、お貴族様の噂に上がるくらいには切磋琢磨してしまったわ。
……あら、もとの目的、なんだったかしら……?
数年、そんなことを続けて、そろそろ私たちも社交界デビューしなければなりません。
ドレスは私が青色を。お姉さまはオレンジとピンクの間、サーモンピンクだけれど、この世界にサーモンはないからなんて言うのでしょうね?
まぁ、幼い頃の真っ赤なドレスを卒業してくださったのはよかったですわ。だって、今のお姉様が真っ赤なドレスなんて着たら、美少女具合も相まって吸血鬼のお姫様みたいですもの。男が色香に惑わされますわ。御姉様に寄るなモブな男共。……あら、失礼。
お揃いの髪に結い、お互いの目の色の髪飾りで飾る。
もうね、いい加減理解しましたの。私たち、お互いに結構なシスコンになってしまったようですわ。お姉様が素敵すぎるんですもの。仕方のないことですわね。
「そういえば、ヴィヴィお姉様?」
「どうかしたの、ヴィー?」
隣には、綺麗に可愛く着飾ったお姉様。目の前には、豪奢な扉。
すっかり忘れていたのですけど、こういう社交界、今日のような舞踏会の場合、エスコート役の男性が必要なのではないかしら?私の勘違いかしら、ねぇ、お姉様。
「エスコート、要らないのかしら?」
「何を言っているのよ、私はお父様がエスコート役を務めてくださるわ」
お姉様は。
それなら、私は?
「あなた、しっかりしてるようでしていないのよね。私、ちょっと抜けてるヴィーのこれからが心配だわ。この世界でやっていけるのかしら?」
お姉様は短く溜め息を吐き、数日前に説明したでしょう?と、すこし眉間にシワを寄せる。あらあら、お化粧が崩れてしまいますわ。
……説明、されたかしらね?
「準備はできたかい?可愛い娘たち」
「お父様」
「お父様、ヴィーがエスコート役の心配をしてますの。やっぱり聞いていなかったようですわ」
告げ口はひどいですわ、お姉様。
呆れたような、それでいて可愛くて仕方がないと言った顔で見下ろしてくるお父様に、私は小さく微笑んだ。誤魔化されてくれないかしら。
呆れと可愛いの比率が可愛いに傾き始めましたし、怒られはしないでしょうね。
「あ、あの!」
背後から、声を掛けられる。私たちの身分的に、そうあることではない。
「おぉ!やっときたね、待っていたよ」
けれどお父様は難色を示さず、快く応対される。同じ公爵の身分の方かしら?それとも、王族の方?お父様の対応からして、きっと前者でしょうね。
お姉様と二人で振り返り、相手に向き直る。
そこにいたのは、人懐っこそうな笑顔の、チョコレート色の髪に緑の目をした、同じ年くらいの男の人。
あら?あらあらあら?
私、この人、知らない筈なのに、知ってるわ?
「初めまして、レイモンのお嬢様方。私はロラン家の、アリス・ロランと申します」
「初めまして、アリス様。私、ヴィヴィアンヌ・レイモンと申します。本日は妹をよろしくお願い致しますわ」
「は、初めまして。ヴィオレット・レイモンと申します……」
うっかりボンヤリとしていて、挨拶が一拍遅れてしまいましたけど、今はそれどころでありませんの。私、きっと大切なことを忘れてますわ。
彼の顔をよく見れば思い出すかしら?不躾にならない程度に顔を伺いますが、やっぱり、何か忘れてますわね、私。
「アリス、様。ですか?」
女の子の名前。不思議に思って聞いてみると、彼はにこりと笑って、母が付けてくれたんです、と答えてくださる。ニュアンス的に、もう亡くなった方みたいですわね。お顔が寂しそうですもの。
舞踏会は、アリス様にエスコートされて無事に終わりました。
問題はその後。帰りの馬車に何故かロラン家のご当主とアリス様も同乗し、家に帰った途端、婚約を言い渡されてしまいました。……貴族ですもの、そんなもの、なのかしら?もう少しこう、事前に言って頂けるものじゃ……、あ、私が聞いてなかっただけですのね。ごめんなさい、お父様。
舞踏会に疲れ果てて眠りに就き、目が覚めた時に思い出しましたの。
これ、例の乙女ゲームのスピンオフ、美少女ゲームの世界だったみたい。
私、悪役令嬢の妹ではなく、攻略される側の立場でしたのね。あらあら、困りましたわ。私、お姉様以上にアリス様を好きになれるかしら?
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