兄の説教とすっぽんぽんな告白
鈴の捜索、尾行を命じられた僕だったが、正直適当に歩いて「見つかりませんでした」と帰る気満々だった。せっかく外を歩けるようになったのだ、好きに歩かせてやりたい。が、そんな僕の心もすぐに変わった。鈴も馬鹿じゃないから多少変装してるだろう。この国も平和とはいえナンパ野郎くらいはいるはず、そんな男に声をかけられたら―
「ちょっと、お嬢さんお茶でもいかがー?」
「ぶれいもの!妾を誰だと思っておる、壺投げ壺投げえいえいえい!!」
「ぐわあああやられたあああああ」
と、かなりコミカルな様子で僕の頭の中にまるで見たようにしっかりと描かれた。杷木がナンパ男Aに土下座して、なぜか僕まで土下座してる姿が目に浮かぶ。やっぱり探そう。そんで尾行しよう。
探し出して数分、僕の耳はすぐに有力情報をキャッチした。
「…なあ、あそこにいるの、王女様じゃね?」
なんだと、僕が素早くふり返ると、本当にいた。一応変装はしていたらしいのだが、赤ずきんのように大きなずきんをかぶってる、それだけ。あれではばればれだ。おまけに花とか摘んでいるから、ほんとに赤ずきんみたいだ。何をやってるんだろう、僕がこそこそ近くで見ると、鈴はひたすら花を摘んではくしゃくしゃにして捨てていた。植物虐待、僕が可愛そうで見ていられなくなっていると、あることに気付いた。違う、何か作りたがってるけど失敗し続けてるんだ。
「鈴様」
「ひゃ!?」
「もしかして冠が作りたいんですか?」
確か教えた気がする、妹と公園に行って、花を摘んでは冠を作っていた昔話。それを聞いている鈴は、いつもよりずっと楽しそうで、興味ありそうにしていた。
「せ、せせせ千っ」
鈴は真っ赤な顔して、可愛そうな花たちを背中の後ろに隠した。
「なぜここに!」
「鈴様こそ、何してるんです」
「妾は…ご!ごほん!妾は鈴などではない!ただのしがない村娘じゃ!」
「へえ」
やれやれ、隣にこしかけた僕は付き合うことにした。
「じゃあ、ほら、貸してみろよ。僕が作ってみせるから。鈴」
「………うん」
しがない村娘に話すように話しかけ、てっきりはっ叩かれるかと思ったが、鈴は真っ赤な顔から熱が引かないまま、僕に花を渡した。
言いわけになるが、この世界と僕がいた世界では花も違う。僕も久しぶりだったし、ものすごく苦戦したが、どうにか出来あがった。
「はい、どうぞ」
「わあ」
ブサイクだがどうにか花の冠が出来上がり鈴の頭に乗せると、彼女は嬉しそうに目をきらきらさせ、はしゃいでいた。
「やっぱり、鈴様にはほんものの王冠が似合いますけど、それもお似合いですよ」
「…う、うむ」
鈴がそろそろと、彼女が作った更にブサイクな花の冠を僕の頭の上に乗せてくれる。何だろう、何だかものすごくもじもじしている。顔も赤いままだし、何、何かしらんがすごくやばい、早く帰ろう。
「千…」
「さ、さあ帰りましょう。杷木兄も心配してます」
「さっきみたいに、乱暴な口調で話してくれるぬか?その方が嬉しい」
「ぶはっ!!」
汚いが唾を吐きだした。かなり恥ずかしい鈴からの要求に、僕は丁重にお断りした。彼女は不満そうだったが、すぐに機嫌を直した。僕を後ろに乗せて馬に乗り、千、千、と彼女は嬉しそうだ。自分の愛する国を指差して色々教えてくれた。あの家の男は何人殺したとか、あの家の男は何個魔法石を盗んだとか、あの草は食べたら即死するとか、恐ろしい情報ばかりだったが、鈴は実に楽しそうだった。
「あ、あのあたりに杷木の家があるぞ。麗衣の家も」
「へえ、近いんですね」
「そうじゃな、兵同士だからじゃないか?」
近いんだいいなーと思ってしまった僕はすぐに考えを改めた。あんな美人なお姉さんが近所にいたら毎晩毎晩気が気でないのは必至だ。
国は驚くほど狭かった。予想はしていたが。馬に乗って一日かけて歩いて回ったら一周してしまった。やがて大きな巨大な門の前で、鈴が止まる。空へと続くような門は、鈴の国を守る国番に見えた。
「この先には…街道が続き…隣国…そして海へと続く」
「…はい」
「千…ここをくぐるなとは言わん。じゃが、せめて、行く前に必ず妾に会いに来い。いいか、必ずじゃ」
「はい」
そんなことしませんよ、なんてヘタれな口が言わなくてよかった。僕はいつかここを出て、彼女を泣かせてしまうのだろうだと思った僕自身が、早くも泣きそうだ。
街を、国を見てきたことを何気なく麗衣に話すと、彼女はその夜、特別授業をしてくれた。鈴よりもっと詳しい、国の内情だ。といってもご近所さんの注意のような。麗衣は国の地図を広げ、ばすばすと×印をつけていった。
「いいですか、特にこの家は要注意です。人斬りじじいがいます」
「そんなじいさん、追い出そうよ…」
「駄目です、追い出せないからこそ厄介なのです」
まあ僕も近づきませんけどね、などと思っていると、あれ、と僕は呟いた。離れたところについてある×印のある家は、鈴の注意も、麗衣の注意も聞いてないはずの家だ。
「ここは?」
「そこは…死んでも近づかないで下さい」
「そ、そんなに?何があるんだよ」
「言えません」
麗衣はかたくなに口をひらかなかった。あの麗衣が汗さえかいている。僕はそれ以上は聞かず、ひたすら『この家はやばい』と脳に刻みつけた。死んでも近づかないようにしよう。
「ああそうだ、このあたりの草は食べられますよ。ただし紫色のものは死にます」
「食べない!何も食べない!!」
文字通り道草は食わないようにしよう、そう決意した翌朝、杷木との稽古が終わると、僕のもとへ鈴が訪ねてきた。今日も赤ずきんをかぶっている。
「千…また出かけぬか?」
「…は、はい」
後ろからテンプレートみたいな冷やかしの声が聞こえ、すかさず壺を投げようとする鈴を僕が必死で抱き止めた。余計からかわれた。
それから、僕と鈴は毎日僕の用事が終わる時間から日が暮れるまで遊んだ。といってもこの国に娯楽施設はなく、ただ手を繋いで歩いたり、馬に乗ったり、魔法合戦を(控えめに)したり、丘の上でずっと夕日を見ながら話したりしていた。それだけなのだが、正直、ものすごく楽しかった。その姿は毎日続けば当然兵たちに見られ、からかわれてはまんざらではない僕も自覚していた。だが、そのたびにまだ見ぬどこかにいる鈴子が泣いている気がして、胃を痛める日々も送っていた。
そして、とうとうというかなんというか杷木に呼び出された。
「…座れ」
僕は無言で正座した。いつも杷木に剣を教えてもらってる稽古場だが、今日は全然違う場所に見える。中流家庭の客間、おまけに後ろに杷木の奥さん(妄想)まで見える。僕は『娘さんを僕に下さい』と言いに来る男の10分の1くらいは緊張してる自信があった。杷木も、稽古しているときはまた違う怖い顔をしていた。
「単刀直入に聞こう。お前、姫様のことが好きなのか」
「す…好きは、好きだけど…杷木兄が言う好きじゃ…」
「少なくても、姫様はそう見えるが」
「うぐっ」
いくら可愛くない性格に育っている自覚あるとはいえ、僕もそこまで卑屈にはなりきれなかった。正直鈴の好意は強烈でまっすぐすぎて、触れないようにする僕の心にぶすぶす刺さりまくっていた。これで自惚れない男がいたら、今すぐ弟子入りしたい。
「す…鈴様は、は、杷木兄のことが好きなんじゃないの?」
「それはお前の勘違いだ。あの方は、俺のこと小五月蠅い教育係くらいにしか思ってないよ」
うわ駄目だ、この人も大概だ。そして話そらそうと思ったけど、駄目そうだ。僕は大きく息を吐き、正座し直した。背筋も伸ばし直した。
「姫様に求婚されたらお前、どうするつもりだ」
「きゅうこん!?」
チューリップですか、なんてそんなお約束のボケはしない。話が急きすぎる、変な汗かいてきた。向かいの杷木も自分が突拍子もないことを言ってしまったことを悔いたのか頭をかきだした。場の空気は少し緩んだ。
「…正直な。最近、お前がこの国の王になってもいいと言いだす奴までいるんだよ」
「………はい!?」
「半分冗談だと思うんだけど、半分マジだ。お前の力を知らないのに、だぞ。あのお化け大樹…ぽぷらって名前つけたのお前だろ?あの爺さんもおまえのこと気にかけてるし、あの麗衣を教師にしてるし」
「た、たまたまだってば。二人とも話してみればすげえ話しやすいし」
「それに何より、三度の飯より壺投げが好きな姫様に、ちゃんと三食ご飯を食べさせ、その上………恋まで」
かなり恥ずかしい台詞だったのか杷木は顔を伏せ、僕は悔しくも耳まで赤くなってしまった。もうこれ以上話しを続けても不毛だ、僕が立ちあがると杷木が顔を上げた。
「せ、千、悪かった。大事な話をしたいつもりだったが」
「いや、いいよ。大丈夫、鈴様のことはその…今まで通り。何か言われたら、そのとき考える」
「そうか、じゃあ、あと一つ」
「何?」
「避妊はしとけよ」
「杷木兄!!!」
子煩悩なはずの父親は性関係は認めるのか、境界がよく分からん。いや、しませんよ。僕には鈴子がいるし、ていうか、手しか握ってないじゃん。手…そうあの柔らかい…
「んがあああああああああああ」
邪念を払うように僕がひたすら剣のすぶりをしていると、後ろから千、と可愛らしく呼ぶ声が聞こえた。鈴だ、僕は剣を落としてしまいそうになった。
「精が出るの。これ…食べろ」
「あ、ありがとうございます…これは?」
「差し入れじゃ」
そう言って鈴がぷいっと顔を反らす。まさかの鈴の手作りらしい、杷木が知ったらまたパーティーを開きそうだ。僕もさすがに嬉しいが、包みを開けた瞬間萎えた。石炭にしか見えない。驚いてる僕を見て、失敗した自覚があるのか鈴も少し申し訳なさそうな顔をしていた。
「…ちょ、ちょっと焼きすぎたかの」
「…っ、いただきます!」
「―ああ、千!馬鹿者、全部食べるやつが…」
ごくん、と、異物が体内に入ってくる感覚があったが、僕の口内はすごくすごく幸せだった。正直ものすごく不味かったが、それ以上に幸せだった。
「ありがとうございます、僕は編音一の幸せ者です」
「大げさな奴じゃの…千」
ん、と顔を上げた僕はせっかくいただいたもの全て吐き出してしまうかと思った。鈴がいきなりおもむろに服を脱ぎ出した。意外と胸あるな―じゃ、なくて!
「すすすすすうすすs鈴様!!?」
僕は思わず顔を反らすが遅かった。見ちゃった。全部見ちゃった。鼻血出すかと思った、鼻がずげえ痛い。もろもろの理由でうずくまる僕に、恐らくまだ全裸の鈴が話しかけてくる。
「千、のう、見てくれ」
「す、鈴様、困ります!僕は、その、鈴様と、そのっ」
「のう、千。これは何じゃ」
これ、と、聞かれて僕が思わずふり返ると、鈴の胸元は熱くほてり、彼女の顔は熱かった。まどろうように魔力が全身から鼓動をうち、彼女の手から粒のような魔石が水のように落ちる。
「千を思うと、体がこうなり、顔も熱い。これは何じゃ。何の病気じゃ」
「………鈴様…」
下手な告白よりよほど恥ずかしい。僕はとにかく、鈴に自分の上着をかけた。
「だ、大丈夫です。それは病気ではありません。まさしく医者でも治せませんが」
「…?病気でもないのに、医者が治せんのか?おかしなことじゃの」
「とにかく、服を着て下さ―」
「―お、千か?なあ、王女様、見なかっ」
そしてお約束な展開は、お約束にも人に見られた。
完全に誤解された。まあ無理もないが。慌てて弁解する僕に、杷木が避妊の仕方を教えてくれはじめたため、僕はとうとう自分の部屋に引きこもった。
「うわあああああああああ」
鈴子以外の女子に告白され、更に裸まで見た。鈴子のも見たことなかったのに。心がもだもだし過ぎて仕方ない、もしかして僕は告白された女子は全員好きになっちゃう最低男じゃないだろうか。
「鈴ちゃん…」
申し訳ない、申し訳ない、灰になりたい。会いたい。今すぐ会わないと、おかしくなりそうだ。今、どこで何しているんだろう。せめて、せめて無事でいて、そして、この駄目な僕を怒っておくれ。などと僕が最高に気持ち悪いことを思っていると、扉がノックされた。
「千?千」
鈴の声、僕は思わず布団にもぐりこんだ。
「鈴様!?すいません、今はとてもお会いできません!」
「千…何か怒っているのか!?.千っ」
「ごめんなさい!!」
今出てったら絶対顔赤い、僕は亀の子のようにベッドから出なかった。もちろん扉も開けなかった。