食事
一晩寝たら鈴王はすっかり機嫌を直したのか(そもそも何で怒っていたかも分からないが)、僕に質問攻めだった。どんな生まれなのか、どんな生活をしていたのか、なぜ魔法が使えないのか。僕は異世界から来ました、と阿呆丸出しの発言をしていいものかどうか、またそうしたことで何かこの世界に、もしくはこの僕自身に影響が及ばないのか不安だったが、鈴の迫力と壺投げが怖くて、結局ぺらぺらしゃべってしまった。
鈴は大喜びだった。言うこと全てに喜んだ。時折笑顔になったり、両手を叩いて喜んだ。その流れで僕もこの世界のことや魔法のことを聞こうとしたり、僕の世界での話を止めると、途端に壺を構えた。怖い。
彼女は俺をお気に召してくれたようで、日がな一日僕を連れて回り、話をさせた。さすがに風呂と一緒に寝ることは丁重にお断りしたが。
まだまだ話が聞き足りないらしく、僕を食事にまで同席させた。これには兵士たちも驚いていた。兵の一人に聞いた話だが、彼女はずっと一人で食事していたらしい。客人が来たところで、客に振舞いはするが、彼女は何も食べなかったとか。
女王と同じ料理か、僕は素直に嬉しかった。今まで出てきた料理のまずいことまずいこと、悲しき成長期、腹は減るので食べてはいたが、とてもじゃないが慣れる味ではなかった。
わくわくと長いテーブルにつくと、僕は思わず、おお、と声を上げた。当然だが今までの食事よりずっと豪華で、品数が多い。僕は鈴が食べ始めるのを待ってから、そして次に食べ始めた。
からん、と、我ながら漫画みたいにスプーンを落とした。不味い。さすがに美味いだろうと期待していた為、余計に不味い。僕が泣きそうになる。鈴をちらっと見ると、彼女は平気そうにどんどん食べていた。
「どうした?」
「その…鈴王は、この食事、美味しいですか?」
「お主はよく分からんことを言うの…食事とはこういうものであろう。栄養が取れ、腹が膨れればそれでいい。違うのか?それとも、千は気に入らぬのか?かっぷめんとやらではないからか?」
僕は呆気に取られた。不味い料理を作ろうとしているわけではない、この世界もしくはこの国には、美味しいものを食べようという考えがそもそもないのだ。
鈴が自分を気に入ってくれてる間は、少なくてもこの料理を食べ続けなければならない。とてもじゃないがとても耐えられない。僕はあることを思いついた。
「…鈴王」
「なんじゃ?」
「調理場を見せてもらってもよろしいでしょうか」
鈴王に手を引かれ調理場まで行くと、もう何かそこにいるだけで泣けてきた。城なのに料理長のような人間はどこにもおらず、兵士たちが当番制で料理を作っているようだ。しかしその料理の様子は酷いものだった。野菜、肉、米、適当にぶち込み、更に調味料を適当にぶち込んでいる。たしかに栄養は取れるだろうがそれだけだ。
「…おや、女王。どうされたのですか」
今日の当番であろう兵士が、彼女に気付き会釈をした。彼の下では、悲しい色のスープが煮たっている。あれもきっと恐ろしい味なのだろう、げんなりとする僕の横で鈴はきらきらして喜んでいた。
「千が料理をしたいそうなのじゃ」
「は、この者がですか?」
兵は怪訝そうに僕を見た。まあ、僕が彼の立場でも嫌だろう。
数少ない自慢だから言わせてもらうが、僕は料理が出来る。といっても、本当に定番で簡単なものしか作れないが。両親共働きで、食べざかりの三人兄弟、食べるものが足りないからといってそうそう買い食いも出来ない小遣い事情、必然的に料理をせざる得なかったのだ。
僕は嫌そうな兵士を無視し、調理器具、材料、調味料を適当に見て回った。野菜や肉、自分が知っているものと少し違うようだが、どうにかなりそうだった。
「いくら探しても毒などないぞ」
兵士がそんな嫌味を言ってきたが、睨み返した。背中を向けたままだけど。誰がそんなもの入れるか、というか実際毒のように不味いぞこの国の料理。毒なんて食ったことないけど。
「毒なんて入れません。では、作ります」
「千!妾、横で見ていてよいか?」
「え、ええ、もちろん」
鈴は絶対に邪魔してくると思っていたが、意外にも邪魔してこなかった。それどころか目をきらきらさせて、卵を取ってきたり塩コショウらしきものを探してくれたり手伝ってくれた。何が出来るか楽しみで仕方がないのだろう。目がきらきらするとほんとうに鈴子に似ている、いやいや、今は考えまい。
色んな調味料がなかったし肉も何の肉か分からなかった為不安だったが、まあどうにか食べれるものが出来上がった。僕がどうぞ、と鈴に渡すと、彼女はフライパンの中に菜箸を突っ込んで食べ始めた。
「あ、女王!!」
兵が慌てて走ってくる。毒見の為に待機していたんだろう、が、もう遅かった。鈴はどんどん食べ、ごくり、と飲みこみ、そして何度か瞬きした。無表情、が、二口目も食べ、そして、目を輝かせた。
「美味しい」
良かったお気に召したようだ、兵が取り上げるように毒見するが、普通に食事をするようにもりもり食べていた。
これが、編音王国の料理王、千月の誕生の瞬間である―
なんつって。この日から僕は、料理を教える係に任命された。美味しい料理を作るという習慣がなかっただけで、味覚だけはまともで助かった。
こうして食生活も安心、寝床は客間で快適、昼は料理を教えたり材料や調味料を調べたりして、充実した生活が送れるようになった。しかし人というのは欲深い生き物で、一個満たされれば、また一個と願いが生まれる。
外に出たい、この世界の様子を見たい、そう思っていた僕を鈴が呼びだした。
「おう、料理長」
「はい、お呼びでしょうか」
僕が膝まづくと、向かいの王座に座る鈴がきしっと笑った。彼女は最近こうして、僕をふざけて料理長、と呼ぶことがあった。まあその言葉も僕が教えたのだが。
「先日の料理も、まっこと美味かったぞ!妾としたことが、客人と取りあったわ」
「は、ありがとうございます」
「思えば、お前はペットということで給金はやっておらぬかったの。どれくらい欲しい?兵と同じくらいでいいかの。何せ、ペットもお前が初めてじゃし、料理長なども城におったことがないからの」
「え、と…」
金があればそれは欲しいが、中学生らしい小遣いしか貰ったことのない僕にとって、給金など恐れ多かった。が、お金をもらえるということは、少なくても買い物には行かせてもらうのではないだろうか。
「給料とか、その、もったいなくて頂けないのですが…もし頂けるのであれば、外に買い物に行きたいです」
言った瞬間、しまったと思ったときにはもう遅かった。頭に壺が飛んできた。
「千!」
奥に控えていた兵―確か杷木だったか。彼が飛んできてくれる。治療呪文がありがたかった。もろにあたった、額から血がかなり出てる。向かいで座る鈴は、出会ったばかりの冷たい目でこちらを見ていた。
「ならぬ。それだけはならぬ」
「な…なぜです。では給金を何に使えば」
「行商人も、服職人も、色事も、城に呼べばよかろう。何もわざわざ外に出て買い物に行く必要はどこにもない」
なるほど、確かにそうだ。あちこちを旅してるであろう行商人に聞けばもしかして異世界からやってきた人間の情報を知っているかもしれないが、それは探しにいくよりよほど確立が低く思えた。やはり自分の足で探して、自分の目で見なければ納得しない。
「それは、そうですが…その、外の空気も吸いたいし」
「ならぬものはならぬ!」
「鈴様!」
さすがに引けない僕めがけてまた壺を投げようとしてきたため、杷木が僕を脇に抱えて王座から失礼しますと走り去った。猫の子か、僕は。
しばらくそうして走っていると、ふと、降ろされた。彼は鈴とも長いそうだ、怒られるかな、僕が顔を伏せていると、彼がそれ以上に頭を下げていた。
「すまぬ」
「ちょ…や、止めて下さい杷木さん。鈴様を怒らせたの、僕なのに」
「これは他言無用にしてほしいのだがな」
杷木の声が真剣になり、僕は無言で頷いて返事した。他に話そうにも、城内で僕の話し相手といったら、杷木と鈴くらいしかいなかった。
「この国の歴史は少し話したな」
「はい…鈴様がわがままで、かなり国民が減って、兵も減って…かなりやばかったって…」
「そう。恐らく、その記憶は、女王の中でかなり色濃く残っている。彼女は、私が知ってる限り、もう何年も外に出ていない」
「…えっ」
そういえば、鈴は自分の手を引いて城内を歩いているが、一度も外へは出たことない。特に気にとめてなかったが、王とはそういうものだとどこかで思っていたかもしれない。だが彼女の性格を考えたら、例えばどこかの将軍のように馬を乗りとばしたり、外で暴れたりしてもおかしくない。
「恐らく自分が留守にして帰ってきたとき、城がも抜けの空かもしれないと恐れているのではないかと」
「…そんな」
「兵が何人も連れだって外出するのも許してない。私など、日帰りしか許してない。兵士長などと呼ばれているから、皆をまとめて逃げ出すのではないかと思われているかもしれない…それに、千。お前のことを、女王は大変気に入っている。お前こそ、逃がしたくないのだ。傍にいてほしいのだよ。だから、絶対に外に出したくない」
「…杷木さん」
違う、それは多分、鈴がどうしようもなくあんたのことが好きだからだ。だから一番門限が厳しいのだ。両親がいない彼女にとって、彼は唯一の肉親のようなものなのだろう。だが、それを口に出すことは出来なかった。それを言うと、鈴が自分をどれだけ気に入ってるか、自分で肯定する形になるからだ。
「…杷木でいい。料理長殿から、敬われては困る」
「…いやいやいや。料理長が兵士長より偉かったら、大変ですって」
笑った。杷木も笑い返した。優しい人だ、自分が笑うようにしてくれた。これでは鈴も一番手放したくないだろう。一通り笑った後、また杷木さん、と呼ぶと、彼が顔をしかめた。これには困った。
「えと、じゃあ…何て呼ぼうかな…」
さん付けは駄目、かといって呼び捨てはあんまりだ。この人絶対25歳くらいだし、どうしたものかと迷っていると、ふと、ある呼び名がよぎった。
「…杷木兄…」
ぽろり、と呼んでしまうと、一気に恥ずかしさが爆発した。杷木の目が丸い、僕が慌てて撤回しようとすると、彼の手が優しく頭に降りてきた。僕は首まで赤くなった。肉親がいなくて恋しいのは僕も負けていなかったのだ。
-ばあん!!
びっくりした、王室がいきなりぶち開いたからだ。僕と杷木が身を固くして待っていると、鈴は不機嫌なままずかずかこちらへ歩いてきた。先ほどよりは顔色がいいような気はする。
「傷は」
「えっ」
自分で壺投げたくせに―とは、さすがに言わなかった。自重した。
「だ、大丈夫です。杷木兄が治してくれたので」
「杷木兄!!?」
「ひ!?」
また何か地雷を踏んでしまったらしい、鈴の後ろで炎でも燃えているように見えた。だいぶん後になって分かったことだが、このとき鈴は、大好きなペットと大好きな年の近い父親がいっぺんに取られたようで泣き叫びそうだったという。
「千、お前、外に出たいか」
「え…」
「出たいか!」
「はい!」
僕はすぐに返事した。彼女が壺を抱いてなかったので、僕はまっすぐ姿勢を正して答えた。それだけは、何度壺を当てられても覆す気にはなれなかった。
彼女の同じ気持ちにはなれない。自分にはいつも当然のように家族がいたし、最近では鈴子という彼女も出来た。でも、彼女の寂しさと恐怖を想像することは出来る。でも、だからといって、このままでは駄目だ。いつまでも、ここにいては駄目だ。こんなゲームは売れない。
「では、こうしよう。妾と毎日喧嘩しろ」
「女王!」
目をまんまるくして驚いてる僕に変わって、杷木が抗議してくれた。
「彼は剣も魔法もまともに使えないのですよ。決闘になどなりません」
「大丈夫じゃ、妾も鬼ではない…こうしよう。私と決闘してお前が無傷ならお前の勝ちじゃ。どうかえ」
無傷―要は避け、逃げ続ければよいのだ。それでも情けないことに勝てる気など全くしないが、展開が少し動きを見せた気がした。
「やります」