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限定勇者  作者: 大和伊織
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杷木の拾い物


 杷木は編音国国王に代々仕える家柄である。一族には圧倒的に女が多く、15になってここに兵士として招かれたときには、「おお久しぶりに男が来たな」と齢400歳の樹木に話しかけられ腰を抜かした。彼が道場に通う為家を離れて暮らしていた場所はどがつくほどの田舎で、魔法など誰も使ってなかったからだ。


 先代の王が病で急死し、その娘が王となった。先代の王と王女が授かったのは娘一人だけ。急きょ王座に祀られたのは、まだほんの子供だ。国民は荒れるかと思っていたが、可愛らしい女王様誕生に国は盛り上がった。謀反なんて起こりようもない、平和そのものの国だったのだ。


 しかし、新しく就いた女王は、超がつくほどわがままでどうしようもなかった。国民の税金をどんどん倍増していき、気に入らない国民、言うことを聞かない国民はどんどん国外追放していった。これは噂になっただけで実際目にしたわけではないのだが、死刑になったものまでいたらしい。

 こんな国で暮らしていけない。一人、また一人と国民が夜逃げしていき、気付けば国には動けない年よりと病気の者、故郷へ帰れないお尋ねもの、国外へ出れない問題を抱えた者だけになってしまっていた。当然税金など入ってこない。ここまで酷くなり女王もようやく落ち着いたのか、無茶なわがままや無謀な命令をしなくなった。しかしそれを言わないだけで、部屋に引きこもることが多くなり、国民はもちろんだが兵も同じように不安になった。要は、給金問題である。

 小さくても城だ、蓄えも金もあるが、このままではいつか底がつく。おまけに王女があの様子では今月の給金だって出ないかもしれない。誰もが口ぐちに言った。こんな城見捨てよう、あんな王女などもう知らない、皆がそうだそうだと立ち上がったが、杷木だけは立ち上がらなかった。彼は亡くした父親と約束したのだ。何があっても編音を、王を守ることを。


 杷木に同情し残ろうとする者もいたが、結局は一人、また一人と夜逃げしていった。国民たちと同じように。気付けば城に杷木と女王だけになった。さすがに城が静かすぎると様子を見に来た女王は驚いていた。

 「…妾とお前だけか」

 「はい」

 「お前は逃げないのか」

 「はい」

 馬鹿もの、そういうと王女は泣きだした。思えば、彼女には恩恵よりも怨恨の方が大きい。国外追放された国民の中には、仲良くしている者もいた。 王女のツボに傷をつけただけで解雇された兵は自分の部下だった。正直、父の言葉などもうどうでもよかった。ここに残っていたのはもう自棄に近かった。あとほんの少し何か感情があれば、自分もとっくにこんな王女を見捨ていたかもしれない。いや、もしかしたら、最悪な手段を取っていたかもしれない。誰もそうしなかっただけで、自分がそうしてしまっていたかもしれない。

 しかし、こうして泣いてるところを見るとどうだろう。まだ、15にもなってない少女だ。まだ泣き虫の少女だ。更にわがままで、世間知らずで、失ってからしか反省しないおバカ、王どころか人としてもまだまだ半人前以下だ。

 怒りも恨みも馬鹿らしい。気に入らないなら、自分が補えて少しずつ変えていけばいい。もうこの城で生きる以外の選択肢など思いつかないのだから。



 それから、杷木は動いた。動きまくった。まず王女には教育係をつけた。勉強、礼儀作法、王としての在り方を教えさせた。しかし彼女は無茶な税金引き上げや国民追放を止めただけで、わがままなところは全く変わってなかった。暴れては辞め、何かわがままを言っては辞め、授業放棄しては辞めていった。金を出せば変わりはいくらでもいる、杷木は正直、女王が立派な王になることなど全く期待してなかった。部屋に一人でこもらず、誰かと話させ、元気に暴れさせること、それだけが目的だった。

 話し相手だけなら自分がなっても良かったのだが、杷木はものすごく忙しかった。まずは農業の指導。自分が農業だけで食って言ってる田舎育ちで助かったとこれほど思ったことはなかった。若い男はほとんど国を捨てたが、まだこの国には残ってる。お尋ね者、問題を抱えた者。彼らも彼らなりに金さえやればよく働いてくれた。晴耕雨読の生活は彼らの人間性の成長にも役立つことを狙っていたが、米一粒の値段で半殺しの喧嘩など日常茶飯事だった。何でもかんでも上手くいくわけではない。まあ、これで農業は問題なかった。

 次は商売だ。農業だけで食っていくには困らないには困らないが、杷木は農業で生きることと金に自信をつけた国民が国外逃走をはかることを疑っていた。もうここまでくると人間不信と疑心暗鬼と闇鍋状態になっていたが、まあ無理もない。国の力は、財を成す方法は多いくらいでちょうどいい。

 しかし困ったことに、編音にはびっくりするくらい何もなかった。特産物も観光スポットもない。ただ何もない田舎町。このままでは本当に農業だけで生きていくことになってしまう、それでは少し心もとない。考えが煮詰まった杷木は、齢400年の樹木に相談してみた。疲れていたんだと思う。しかし、彼(多分)は思ってもなかった良案を出してくれた。


 何もないその辺から拾ってきた石に、女王がそっと力をこめる。しばらくそうしていると、石が紫、赤、色んな色に変化し、それt魔法の光を灯し続けていた。

 「おお」

 「おお、出来た、出来たの!」

 女王が喜び笑う姿を久しぶりに見た為、杷木が思わず頭を撫でた。もう最近では、杷木にとって彼女は妹のような存在になっていた。しかし彼女はそうでもなかったらしい、思い切り辞書で殴られた。ちょっと調子に乗ったかもしれない。



 樹木のアドバイスは、魔法石の製造、販売だった。女王は魔力が多すぎるあまり、その辺の石に魔力を移動させては捨てていた。それらは火が出たり、水を出したり、何だったら空を飛ぶことも出来たため、もったいないと兵士がよく拾っていた。そして、そのことを知っていた樹木はこんなことを言い出した。「それ、もしかして、売れるんじゃね」

 結果は大当たりだった。生まれつき魔力がないもの少ないもの、体が弱くて魔法が使えないもの、飛ぶように売れた。貿易まで出来るほどになり、国も潤ってきた。さすがに国民は戻ってこなかったが、再び兵を雇い直すことは出来た。それでも兵は増やし過ぎず、贅沢はし過ぎず、ひたすら蓄えを増やした。決しておごらず、戦争もしない。「いっそお前が王になればいいんじゃね」と樹木から言われ、実際兵の中にもそう思ってる者もいた。杷木も正直それなら全て問題が片付くような気がしないでもなかったが、それはさすがに頷けなかった。

金銭を与えると何をするか分からなかったので、王女には服や靴、装飾類を買い与えた。それで喜ぶから可愛いものだった。たまには一緒に買い物に行きますか、欲しいもの買ってあげますよ、と言ったところ、壺を投げられた。言うまでもないが痛かった。

 ここにきて、杷木が気付いたことはある。王女は部屋からは出るようになったが、城からは一歩も外に出ていない。それだけではなく、兵が数人以上遠征することを絶対に許さなかった。自分など国外に出ることを絶対に禁じられていた。理由が思いついたが、それをさすがに口に出しては割られるのは壺ではなく自分の頭だろう。



 そしてある日、事件は起こった。

 「杷木!杷木はどこじゃ!」

 「は、ここに!」

 やべえめちゃくちゃ機嫌が悪い―杷木は膝まづきながらも内心穏やかではなかった。ここのところ、というかこの数年、女王は大人しかった。大人しすぎた。自分に壺を投げたり、他の兵士の頭を踏んづけたり、もう何人目か分からない家庭教師にテーブルを投げようとしていたりしたが、一時期に比べたら可愛いものだ。本人相当ストレス溜まっているのだろう。また税金を引きあげるとか、兵を追放するとか言い出さないか杷木はハラハラしながら女王の言葉を待っていた。

 「…暇じゃ」

 「…はい」

 「何か面白いものを拾ってまいれ」

 「は」

 杷木が思わず反応に困ると、女王の不機嫌さが頂点を超えたのを感じた。

 「いいから早く拾って参れ!」

 「は…はっ!」

 「ただし行くのは国内じゃ!連れていく兵も二人以下!いいか日没までに帰ってこいよ!」

 「はっ!」

 あんたはおかんか、などまさか言えない杷木は急ぎ王室を失礼した。疑惑は確信になったが、やはりそんな恐ろしいことは口に出せなかった。



 杷木が連れてきた兵士は一人だけ、こんな途方もない用事に忙しい兵を二人も呼んでくる気にはなれなかった。彼は昔からこの国にいる問題児の一人で、力のまま鍬を奮っていたところを発見し、そのまま兵に引き抜いた。

 「旦那ぁ、面白いものって何ですかねえ」

 「いいから、早く探せ」

 「言うけど、旦那も歩いてるだけじゃないっすかあ」 

 「いいから、黙って歩け」

 面白いものを拾ってこい、犠牲者は出ないがある意味今までで一番の無茶ぶりに見えた。女王は基本的に何を与えても喜ばない。暇だと騒いだとき呼んだ旅芸者が何人壺投げの刑にあったか分からない。おもちゃも本もすぐに飽きる、何を拾ってくればいいのか見当もつかない。

 日没という時間制限こそあるものの、さすがに何か持って帰らないとまずい。一緒に連れてきた男も焦っていた。彼はこの国の堕ちるすれすれだった日々を直接肌で感じていた一人だ。

 「旦那…こうなったら、行ってみます?あそこ」

 「あそこ?」

 指差される先は、迷いの森だった。名前の通り、中は迷路のように複雑で、一度入ると生きて帰ってこれないと言われている。が、それはあくまで魔法があまり主流でなかった時代の話だ。魔法で城にいつでも帰ってこれるし、空が飛べれば迷ったところで何も怖くない。

 「同期から聞いたんすけど、そこの森の中にすげえ不味い実があって。それを自棄で献上したら、女王が吐いたあと大喜びしたそうですよ」

 「マジかよ…じゃあ、行くか」



 「うわ、降ってきたな」

 「さっさと引きあげましょうや」

 男は元気に、実を探しに行った。そっちは男に任せ、杷木も杷木で歩き出した。何か珍しい生き物でもいないか、と。しばらく歩いていくうちに、杷木はあるものを見つけた。

 少年が、倒れていた。ぴくりとも動かないが、息はある。気を失っている少年だが、服も、靴も、この国では見たことのないものだった。国外から来たにしても、その方法がすぐに思いつかない。こんな森の中で倒れていることからすると、彼は魔法が使えないのだろう。服の汚れ具合と靴の擦りきれ方から、数日は歩いていることになる。よりによってこの森を歩いていることからして、ますますこの国の人間ではないだろう。魔法が使えないものがこの森に入るとどうなるか知らない国民はいないからだ。

 容体が悪そうな彼には悪いが、杷木は『これ以上面白い拾いものはない』と思った。よし持って帰ろう、どっこいしょと抱きあげると、後ろから元気に男が走ってきた。

 「見て下さいよ旦那、いっぱい実が取れ…うわ、行き倒れっすか?」

 「ああ。これなら大喜びだろう。おまえも肩貸してくれ」

 「うす!」



 少年を持って帰ると、王は踊りそうな勢いで喜んでいた。実を食べて泣きながら吐きながら、大喜びでテーブルを何度もばんばん喜び叩いていた。

 「面白い!面白いぞよ!ようやったな杷木!」

 「ありがとうございます」

 少年は酷い熱だった。雨の中、何日も歩いたからだろう。魔法医が忙しく生き気し、起きるまで何日かかかるだろうと言っていた。女王はますます嬉しそうだった。調べたい放題じゃ、と危ない犯罪者みたいなこと言っていた。

 

 女王は少年を調べ始めた。まさか服をひんむくことはしなかったが、魔法の総力をもって、彼の記憶や体内の様子を辿っていた。この様子にはさすがの杷木も驚いていた。こんな魔法まで使えるのか、彼女は。

 そして調べていくうち、彼女は震えながらこう言った。何か怖いことでも分かったかと思ったが違った。彼女は喜び過ぎて涎を垂らしそうだった。

 「すごい…すごいぞ…こいつの記憶も、言葉も何を言ってるか全く分からぬ」

 「他国の言葉ということですか?」

 「妾を誰だと思っておる…他国の言葉なら魔力でどうとでもなるわ…だが、この男は…全く分からぬ…言葉も文化も…面白い!おい、早く起きぬか!!」

 女王のテンションは上がりきり、少年を蹴り起こそうとした為、杷木が慌てて止めた。



 少年は王女と添い寝するなどと言いだしたが、それは兵総出で止めた。兵の中には、彼が他国からのスパイではないかというものもいた。念には念を、少年は牢に閉じ込めた。しかし、閉じ込めておいて何だがただの牢だ。魔法が使えれば何のことはない。

 しかし目を覚まし、何日経っても少年は外へ出る気配はなかった。女王の命令で剣を与えてみたが、全く使い物にならなかった。演技ではないことはすぐに分かった。

 本当に剣も魔法も使えない、どれだけ平和な国に生まれ育ったか検討もつかない。しかし、彼には実はもう一つ実験していた。そしてその実験結果に女王は大満足で、今度こそ本当に涎を垂らしていた。

 「よし、剣を使えないことを確認したら、妾の元へ連れてまいれ。話がしたい」

 「言葉は通じないようですが」

 「それなら何とかなりそうだ…まあ、あまりやりたくないがな」

 珍しく歯切れが悪い女王を見て、まさかあんな方法とは杷木も想像していなかった。そしてようやく言葉を話せるようになった少年は、名前を名乗った。千月、と。




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