売られて、買われました。
僕は、最高に気持ちが良かった。ふかふかのお布団の中で二度寝しているような、そんな気分だった。二度寝最高、特に眠くもないけどいつまでもごろごろしていたい、あれ、でも何か大切な用事があった気が―
「千君、起きてっ」
「…ん…え?」
僕が真っ赤な顔をして、慌てて起きあがる。目の前にいたのは鈴子だった。僕は慌てて前髪を整えると、彼女はくすくす笑っていた。
「鈴ちゃん、どうしたの?」
「千君こそ、どうしたの?どうしてこんなところにいるの」
「どうしてって…」
僕は周りを見渡す。ふわふわの空間、僕が寝ていたベッド、僕、鈴子しかいない。ここは一体どこなんだろう。まあ、いいか。鈴子がいたんなら、もう、何でもいいか。
「千君はやるべきことがあるでしょう」
「やるべきことって」
あれ、何だっけ。僕、何をしてたんだっけ。大切な用事があったはずなのに、何も思い出せない。
「ほら、あるでしょう?大切なお仕事が…あと、浮気、とか」
鈴子が可愛く、ほっぺを膨らませて怒っている。ああ可愛い、可愛いけど僕は慌てる。
「浮気なんてしてないよ!鈴王は鈴ちゃんだよね、それに来海だって妹だったし…」
あれ、僕は何を、何を言っているんだ。誰のことを言っているんだ。
「そう、覚えているんだね。じゃあ、もう、大丈夫だね。いってらっしゃい」
「鈴ちゃん!」
待って、待って、君は、どこにいるの。そして僕は、どこにいくの―
「千!!」
「うわ!!」
「…っ、死んだかと思ったぞ…」
「…君成王…」
寝起きのイケメンは効果抜群だ、眠気が吹っ飛んだ。僕は何度もまばたきし、自分の顔を叩いて、地面を触って、空を仰いで、少しづつ、少しづつ、現実に戻っていく。暑くもないのに、汗が出た。
「僕…今、ちょっと記憶が消えてました」
「だろうな。俺も、目の前にお前が転がっていなければ、記憶が飛んだかもしれない」
こえー、魔空間こえー、ちょっと幸せだったけど、それ以上にこえー。て、あれ。
「来海は!?」
「近くにいない。ここに飛ばされたのは俺たちだけのようだな」
「そんな…」
「しょげるな。探しに行くぞ」
「はい!」
強いなこの人は―いや、違うな。指先が震えている、見ないようにしよう。見ない方がいい。僕まで泣いてしまいそうだから。僕も、来海を探すことに集中しよう。
「ところで千、ここはどこだと思う」
「えーと」
周りを見渡す。山道、うん、山道だな。君成が知らないということは少なくても無帝国の近くではないだろう。編音の近くでもない。そうなってしまうと、僕にはお手上げだ。
「すいません、分かりません」
「気が合うな、俺もだ。そして、あれは何だと思う」
「何って…」
僕は自分の顔の引きつる音を感じた。目の前にいるのは、またもや山賊だ。僕たちを見る目が、金を見る目になっている。僕はどんだけ山賊と会う確立が高いんだ。
「王、さあ、いっちゃって下さい。斬るのを許します。ただ、殺すのはちょっと」
「俺もそうしたいと思っていたんだが、体が動きそうにない」
「え、あー!!」
ここにきて、僕はようやく君成が重傷なことに気付いた。そうだ、彼は死にそうなくらい斬られていたんだった。君成があんまり普通だったから、頭から抜けていた。僕の手には何の魔法もない、君成もこの状態だ。近づいてくる山賊たちが何か叫んでいるか、何を言っているのかさっぱり分からない。まあ、大体何を言われてるかは分かるが。 金を出せとかないなら命置いてけとかそんな感じだろう。
「王、分かります?」
「俺は30ヶ国語くらい勉強したが、さっぱりだ」
「うわああああああ」
もう駄目だ八方塞がりだ、山賊たちがようしゃなく襲いかかってきたので、僕はたまらず土下座した。
「千は土下座が上手いな」
「嬉しくないです、それ」
山賊たちに捕まった僕たちは、馬車に乗せられ、どこかへ連れていかれていく。いつか乗った無帝国の場所とは乗り心地が明らかに違う。どこに連れてかれるのかな。売られていく動物ってこんな気分かな。
「王こそ、すいません髪を」
「ああ、気にするな」
山賊たちは、僕たちに金目のものがないと分かるなり、長かった君成の髪を切り落とし、大事にしまいこんだ。君成いわく、長年、大事に手入れしている毛髪は十分に売り物になるらしい。言うまでもなく僕の髪は無事だ。ぎしぎしのばさばさだからな、文句あるか。
「どこに連れて行かれてるんでしょうね、これ」
「人売りだろう」
「ひとうっ」
そうか、売られちゃうのか。僕、いくらの値がつくんだろう。安かったら凹むな、買われなかったらもっと凹むな、我ながらかなり混乱しながら一人で笑っていると、君成が囁いてきた。
「人の匂いがたくさんする。街が近い。俺を王と呼ぶのは止めろ。あと、敬語も外せ」
「え、でも」
「臓器まで売られたいか」
僕が何度も首を横に振ると、君成は満足気に頷いた。
街に着いた。一目見て、ゴーストタウンのようなところだ。店はほとんど潰れているようだし、物乞いも疲れきって倒れてしまっている。中央の泉の周りに、縄で繋がれた何人もの人間たちを、この場には不似合いな着飾った男女が札束をばらまき、買って帰っている。自分の手に繋がれた縄を見る。僕もそのうちあそこにいくのか、とか思っていたら君成がいない。どこにいったんだと目だけで探すと、君成は果物屋に釘付けになっていた。
「千、見ろ。こんな腐りかけた果物が服より高いぞ」
「あら、いい男だねえ。安くしとくよ」
あれ、言葉が分かる。さっき無理やり飲まされた水かな。
「いいから、じっとしとけよ君成。重傷だろ君成。大人しくしとけよ君成。僕だけ売られちゃったらどうするんだ君成」
「…呼び過ぎじゃないのか」
「慣れるためだよっ」
見てますか数多さん。空の上から爆笑してそうだな、あの人。僕と君成がタメ口でしゃべりあって、挙句、今から売られようとしているなんて。
そうだ、数多さんと約束したんだ。君成を頼まれた。けどこのままじゃ売られちゃうな。僕とセットなんて無理だろうし、僕ならまだしも、君成イケメンだから絶対買われるよ。
「ねえ、あそこの眼帯のイケメンの坊や、いくらー?」
「奥様、お目が高い」
う、失礼だけど、太ったぎとぎとのおばさん。手に何本指輪はめてんだよ。あからさまの成金だな。やばいやばい君成が買われていく。
「ぼ、僕もいかがですか!」
「え、あんたー?あんたは要らないわ」
ですよねー、べっ、別にショックじゃないんだからね。
「千も一緒でないとついていけない」
「あん、生意気な奴隷だこと。そこも可愛いけど。やだあ、傷だらけじゃない。前の主人が酷かったのね。お姉さんがいたいのいたいのとんでけしてあげるからねー」
やばい、おばさんが指鳴らしたら馬車がやってきた。あそこに君成が詰め込まれたら終わりだ。少し考えた僕の視界は、奇跡的に魔法の見せ物をやっているところを見つけた。
「奥様!僕はすごいんですよ!ほら見てください!」
僕は見せものの場所まで走り、魔法を少しだけ頂戴すると、そのまま、空へ向かって投げ込んだ。
「せえ、の!!」
思ったより勢いよく爆発してくれた。瞬間、拍手が巻き起こる。目立つことは苦手だ、かなり照れたが、僕を見る目が変わったので、結果オーライだ。
「どうです、一家に一台、この僕を」
「買った!買った買った買った!」
「買った!!」
「ちょ、ちょっと!?」
嘘、おばさん以外もすげえ釣れた。調子に乗り過ぎたか。こんなときにモテ期発揮しなくていい、もみくちゃにされもがく僕のところに、おばさんを振り切り、君成がこちらにやってきてくれたそのときだった。
「待って下さい。2人まとめて私が買います」
ただならぬ雰囲気に、その場にいた全員が止まり、道を開けた。そこにいたのは、長身細身で、顔をターバンのように包んでいるからよく分からないがどうせイケメンだろう。服装はどこにでもいるただの旅人といった感じなのに、なんというか、迫力がある。怖いわけではない、例えるなら君成と少し似ている。気品があるのだ。お金はものすごく持ってそうだ。固まっていた行商人がものすごい勢いで手をこすりながらこちらへ走ってくる。
「へ、へえ、旦那。ありがとうございます。えーと、2人まとめて、まとめてですからお安くしておきますね。えーと」
商人がそろばんを打ち始めると、男が背負っていた包みの中身を地面に向かってぶちまけた。出てくる出てくる、全部金貨だ。これ、元の僕の世界だったらいくらくらいするんだ。更に固まる商人たちを見て、男は少し首をかしげた。
「足りませんか」
「い、いえ、とんでもない…!ありがとうございます!ありがとうございます!!」
商人が土下座しそうな勢いで感謝している中、男は僕らを見て、あごで促し、歩き出した。おばさんよりははるかにマシに見えるが、若い男に買われる意図が分からない僕は情けなくも怖かったが、君成がついていったので、僕もついていった。
暫く歩いていくと、辿りついたのは大きな建物だった。看板の文字は読めないが、薬品の匂いと怪我人と病人を見て察しがついた。病院だ。
男は受付らしきものを済ませると、君成を通していた。恐らく医者だろう、白衣を着た男は君成を見るなり大きな部屋に連れていった。手術室かな、ああ君成こんな安そうな病院の薬でお腹壊したりしないかな、僕はおかんみたいに心配していると、ふと、男と目が合った。とりあえずは、君成を病院に連れてきてくれた人だ。
「あ、ありがとうございます。助かりました。酷い怪我だったので」
「いえ、構いません。名前を聞いても」
「千月です。呼びづらければ千でどうぞ」
「千ですか。怪我をされてた方は」
「え…と」
困った、名前を言ってもいいんだろうか。この人、実は天地の部下だったりして。じゃなくても、君成を狙う誰かだったりして。いや助けてもらった人を疑うのはよくないんだけど。僕があわあわしていると、彼はにこりと笑う。なぜかドキリとした。
「では、彼に問いましょう。私のことは、詩歩、と呼んで下さい」
「詩歩様」
女の子みたいな名前だな。僕が何の躊躇もなく様付けすると、彼は目を泳がせた。
「お願いします。私のことは呼び捨てで。敬語も止めて下さい」
「え」
あれ、なんかデジャブ。君成も似たようなこと言ってたな。
「けど、それでは」
「主人の命令が聞けないんですか」
「ごめんなさい!!」
それから、詩歩と僕はソファと椅子の中間のようなところに座り、君成が手術室らしきところから出てくるのをじっと待っていた。お昼頃だったのが、日が沈み、夜になっても部屋から誰も出てこない。僕はどこかで、君成なら大丈夫だと過信していたが、僕の目の前でたくさん人が死んだことを、嫌になるくらい思いだした。僕が震えだしたそのときだった。上半身ほぼ包帯に巻かれた君成が、医者と供に部屋から出てきた。
「千、ずっと待っていてくれたのか」
「君成っ!」
「おっと」
飛び付いた上に鼻水つけてしまった、僕が情けなくも笑うと君成も笑いながら僕をくしゃくしゃに撫でてた。恥ずかしい。隣の看護婦さんの生温かい目も恥ずかしい。
「僕、お兄ちゃん、お医者さんとお話しあるからもうちょっと待っててね」
「は」
僕はいったいいくつだと思われたんだ、つうか君成吹き出したぞ。看護婦さんに飴を渡され、僕は要りませんと怒ろうとしたが、腹が鳴った。そういえば暫く何も食べてない、君成が無事で安心したのだろう。看護婦さんにもっと笑われた。うう、畜生。
「はあ、とにかく無事で良かった…詩歩も飴、食べる?」
ん?
僕が思わず後ずさった。先ほどまで割と人当たりが良かったように思える詩歩の雰囲気が一変していた。負のオーラが半端ない。詩歩の周りだけどす黒い紫で、気のせいか髪から蛇が生えているように見える。
「ふっ!!」
「え!?」
ターバンのせいで相変わらず顔が分からないが、声は泣いている。そんな詩歩が、泣きながらいくらか頭を下げた後、なんと、両手いっぱいに魔法弾を抱えて、僕を睨みつけてきた。魔法使いだったのか、つうか僕に当てる気だ。僕が慌てて両手に取り込むと、彼の怒りは更に増した。
「きーっ!!」
「わー!なんか知らないけど、ごめんなさい!ごめんなさい、落ち着いて!ここ病院!!」
「千?」
「君成!」
まずい病み上がりいやこの場合傷上がりか、いやどうでもいい!君成をかばいながら戦える技量は俺にはない。どうしようどうしようと必死で足りない頭を回転させていると、彼は何事もなかったかのように佇んでいた。
「傷は癒えたようですね。食事にしましょう」
それだけ凛とした姿で言うと、背を向けて歩き出した。幻覚を見たんじゃないかと思うくらいの変わりようだが、僕のまだ熱い手首には、彼からくらいかけた魔法弾が眠ってる。不思議そうにしてる君成に笑いかけ、僕も何事もなかったかのように詩歩についていった。とりあえず、君成に何か食べさせなくては。ついでに僕も。