合コン開催
その日の数多の授業は、とても授業にならなかった。数多は笑いが止まらず、とても先生として務まりそうになかったのだ。
「ずいぶん楽しそうですね」
「そりゃ、楽しいよ。なんたって、君成様が、自分を殺そうとした男を殺さなかったんだからね」
ふと僕の頭をわしづかみにされた。撫でようとしているとかではなく、単純に、ボールのように持たれた。
「君は本当に、どうなっているのか。全身催眠機か何かで出来ているんじゃないのか」
「そんなわけないでしょう…ところで。もう十分じゃないですか。いい加減、一旦編音に帰りたいし、家族だって探したいんですが」
「…え、君………ははあ」
何かを考えて、何かを勝手に納得した。気になるが、聞かない方がいいような気がする。数多はにたにた笑った後、もう今日は本当に授業をする気がないんだろう、本を閉じた。
「君は、国外追放がどういうものか知っているかい」
「え…この国に住んではいけないから、別の国で暮らすようにするということではないですか?」
「そう、他の国に無事、辿りつけばね。この国の周りは、山々や森に囲まれてる。あんな老人、二日もつかどうか。いっそ殺した方が良かったかもね」
ぱきり、と、僕の手の中で鉛筆が折れた。
「他の国に無事辿りつけたところで、人を殺そうとした男だ。別の国で誰か殺すかもしれない。人殺しを殺さないというのは、そういうことだよ」
「…っ、そ、それでも僕は…友達を人殺しにしたくないです」
「ではむざむざ殺されろと?」
「そのときは!僕が守ります!」
「君成様は君より強いよ」
「人殺しにならないように守ります!」
言ってること、無茶苦茶だと僕も分かっている。でも、僕は、これしか思わない。思えない。僕が情けなくも泣きそうになっていると、今度は、頭を撫でられた。
「どうして君が女じゃなかったんだろうね」
「………は?」
「是非、君成様の妃になってほしい。君みたいな子がいたら、助かるよ。面白いし」
「絶対最後が本音ですよね」
「最近、王はずっと夜伽を断ってるし、君と既にそういう関係なら止めはしないけど」
「違います!断じて違います!」
ていうか止めろよ、世継ぎ出来ないじゃん。勉強しないなら僕が自主勉しよう、僕が大股で歩いていると、誰かが後ろから泣きながらタックルしてきた。来海だ。
「く、来海!?どうした」
「せ、千月様ぁ」
泣きながら、しゃくりあげながら、しゃべる来海の声を拾っていくと、ようやく全貌が見えてきた。
「数多さんから聞いた…王が最近夜伽を断ってるって」
「…はい…わ、私の姉妹みたいに育った子が…もう、仕事がなくなりそうで…もっと酷いお店に下げられそうになっていて…」
もっと酷いお店、いつかみたいな酷い醜態を晒される店だろう。思い出しただけで吐きそうだ。来海の友人をそんなところにいさせられない。
「よし、君成王に相談してみるよ」
「い、いいんですか?大丈夫ですか?」
「多分…」
「無理だな」
ばっさり断られた、これは想定の範囲内だったが、実際に聞くと、やはり凹むものは凹む。来海の友人たちを全て城に雇ってくれなんて、やはり無理だった。
「どうしても…駄目ですよね」
「ああ。お前の恋人は、お前の恋人だから特例だ」
恋人じゃないけど、今は否定したらややこしくなる。
「ここは城だ。客も来る。奴隷上がりというのは、どうしても匂いや所作で分かる。金があるものや権力者のある者ならなおさらだ。城の品位を下げることは出来ない」
うう、まっとうだ。まっとうすぎて、返す言葉もない。
「この国の女の人は…みんな、その、奴隷に?」
「いや、それは、金のあるものに嫁げなかった娘の顛末だ。職があるものと結婚すれば、何も身を売って生計をたてる必要はない」
あれ、そうか、そうなのか。別にみんながみんな、無理やり、奴隷にされているわけではないのか。
「その男の人たちは、みな、結婚してるんですか?」
「いや、結婚してないものもいる。2人目が欲しがってる男もいるんじゃないのか。この国は一夫一妻制は設けていないしな」
僕の第六感が冴え渡った。
「………王。すごいこと言っていいですか」
綺麗なドレスを着た美少女が、真っ赤な顔でもじもじやっているのを、大小年齢さまざまな男たちが何かはあはあ言いながら囲んでいる。震える可愛い唇を、少女がようやく開いた。
「こ、こんばんは…あの…私…お嫁さんになりたくて…」
「「「喜んで!!!」」」
僕が提案し、君成が主催した合コンは大盛況だった。あちこちで老若男女が口説き、口説き合い、目をあてられない。元奴隷なんて気にしない金持ちはいくらでもいる。今まで縁のなかった兵、メイドさんまで参加し、大騒ぎになっている。数多が参加費で儲けすぎて笑いが止まらないのを横眼で見ながら、僕がジュースを飲んでいると、向こうから君成がやってきた。
「大盛況だな。お前、商人の才があるんじゃないのか」
「いや、僕も、正直、こんなに上手くいくと思いませんでした…ありがとうございます。これで、来海が泣きません」
「やはりそれか…お前は少し、優しくするということを控えろ。身がもたんぞ」
「分かってます。でも、見えるものは、助けたいんです」
呆れたように、それでも笑ってため息をついた君成を、女性陣が真っ赤な顔で見つめている。当然、彼女たちの最大の狙い目だろうが、彼は虫を見るような目で無言で断っている。もったいない。
「王は、結婚されないんですか?」
「千は家族を探しているといったな。愛しいか」
「そ、そう、素直に聞かれると、返答に困るんですが」
「そうか、そもそも、俺はそれがよく分からない。俺は、家族を全員殺しているからな」
え、と、グラスを驚いて落とそうとしていると、次々とカップル誕生に拍手が起こっている。明らかな中年おっさんに、僕と同じくらいの年の女の子が抱きついているところはさすがに驚いた。君成はいつの間にかどこかにいっていて、入れ違いに来海がやってきた。彼女も拍手している。
「え、もしかして、あれが友達?」
「はい!おめでとう!おめでとう!!」
「いいの、あれでいいの!?」
「ちゃんとご飯が食べられて、ちゃんと、生活が出来ます。家族も出来るんです」
あ、そうか。そんなことが、彼女たちには、ものすごく幸せなんだ。僕には当たり前すぎるものが。かける言葉がなく、僕は情けなく話題を変えた。
「来海は参加しなくていいの?」
「…っ、私は…」
ぎゅ、と、手を握られ、僕は一瞬で耳まで赤くなった。え、待って、これってどういう―なんて、さすがにとぼけらるほどではなかった。じっと汗をかく、僕が何も応えられないでいると、ふと、また拍手が起こった。僕は、つられて拍手した。手は離れた。
悪いことしたかな、情けないな―僕がふらふら歩いていると、見慣れない廊下を歩いていることに気付いた。ホテルの客室の廊下みたいだ。
「いや~ん」
ピンクな声が聞こえ、僕が耳まで真っ赤になる。カップル同士になったものたちが、さっそくやらかしてるらしい。僕が逃げるように歩き出すと、どのドアの前からもやらしい声が聞こえた。なんだよみんな手が早すぎるよ、誰だよこんなやらしい会、提案したの!僕だよ!!
「いや、だめぇ!!」
まだ幼いだろう少女の声が僕の耳をとらえる。やっぱり無理やり連れ込まれた女の子もいるんじゃないだろうか、助けに行くべきか、僕が足を止めると。
「ふはは、ここか、ここがいいのかあ」
「いやん、すご~い」
うん、楽しそうだな、僕は猛ダッシュでその場を去った。その日の合コンは盛況で、全ての元奴隷が幸せに旅立っていって、来海は泣くほど喜んでいたが、僕は何だか解せないものがあった。
「飲むか」
「はい」
何かを察した君成から勧められるまま僕は酒を飲んだ。不味かったが、飲まなきゃやってられなかった。
翌朝、僕は中学生にして二日酔いで目を回していた。全然覚醒しない頭が、横に寝ている物体を認知すると一気に覚醒した。来海だ。まさか、となるが、すぐに馬鹿らしくなって止めた。僕は彼女を起こし、正座させる。
「昨日はどうしたんだ」
「こ、怖いおじさんがたくさんいて、怖くて」
「それで僕の布団に?」
「うん」
「僕が何かしたらどうするんだ」
「千月様は…大丈夫だもん」
だもんじゃねえよ、可愛いなあ、寝起きだからか完全に敬語外れちゃってるよ可愛いな畜生、絶対嫁にやんねえ、花婿候補きたら、まず殴る。
「あのなあ」
こうして僕の甘やかしまくりお説教は始まった。
お説教はすぐに終わった。というか、僕の腹が空いた。僕が作った朝ごはんを、来海ともりもり食べる。
「反省してるか?」
「してまふ、してまふ」
「…ご飯ついてる」
「ふへっ」
畜生可愛い、僕が何だかよく分からん感動に泣きそうになっていると、ふと、調理場の奥が光っていることに気付いた。
「え、何、これ」
「あら珍しい…魔空間ですよ」
「ま、え!?」
僕が驚き過ぎて立ち上がる。地図の上でしかないはずのものがそこにある、向かいの来海は、驚く僕を首をかしげて不思議そうに見ていた。
「そうして、ごく稀に現れるんですよ。危ないから触っちゃ駄目ですよ。どこに飛ばされるか分かりません」
「怖いな」
一つの仮説が出来た気がする。もしかして、僕たち家族と鈴子がドライブ中に遭遇したのはこいつじゃないのか、と。やはりかなり低確率だろうが、これが、これだけが、元の世界に帰れる手段だろう。
僕は来海に見えないように、それを手の中にとりこんだ。
「千月様、おかわり」
「はいはい」
腹が膨れた僕が廊下を歩いていく、今日は君成と何をしようかと考えながら歩いていくと、来海ではないメイドさんとぶつかってしまった。
「も、申し訳ありません」
「いいえ」
僕もぼーっとしていた、ありがとうございますありがとうございますかしこまった彼女に落とした郵便物を渡していくと、ふと、彼女が一枚忘れていることに気づいた。
忘れてますよ、言いかけて、僕の目から涙が溢れた。編音の文字だ。僕は急いで自室にこもり、震えながら封筒を開けた。杷木の字だ、涙が止まらなかった。
しかし喜びと感動はすぐにひいた。手紙はやけに分厚いと思ったら、九割九分十香の描いた絵で、手紙も、十香の自慢ばかりだった。親馬鹿め、それでも嬉しい僕が、ふと、あることに気付いた。角度を変えていくと、全然別の文章が出てきた。
『ひ め き え た』
どくん、と、僕の胸が早鐘になる。
『み つ か ら ない これ 10 通目 千 ぶじ か』
十香の自慢から浮き出た文章に、僕の震えが止まらなくなる。鈴が、消えてしまった。消えてしまっているんだ。僕が見たのは幻ではなかった。編音を出て、何カ月も経った。ずっと鈴がいないことになる。どこにいった。どこにいったんだろう。そして、この手紙10通目って―僕、初めて見たのに―
捨てられていたのか、僕は腕をだらりと落とした。捨てられる前、僕だったら中身をみる。鈴が消えたこと、僕が気付くくらいだから誰かも知っていることになる。僕の顔に、一番に浮かんできた人物は数多だった。