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限定勇者  作者: 大和伊織
15/20

デートと料理


 無帝国にきて、ずいぶん経ってしまった。

 僕の一日は、朝飯→君成の精神改善(多分)→昼飯→数多と勉強→君成と剣術(ときどき来海ときゃっきゃする)→夕飯→風呂→寝る、と非常に充実していた。しかし、編音に帰れる気配は全くないし、鈴はもう嫁がなくていいし、そもそもいるかもしれない家族はどうした。先日、勇気を出して聞いてみたが。

 「君成王、僕の家族ですが―」

 「ああ、それならもう探す必要ないだろう」

 と、ダイアモンドのような笑顔で言われ、それ以来聞けないでいる。どういう意味ですか。どうとっても怖い。気が弱くてごめん、家族に、世界中にごめんなさい。

 正直、国から出てしまってもいいような気がするが、それだと半人質にとられてる来海が心配で、僕は生きた心地がしないだろう。なので僕は、今日もここで頑張るしかない。


 そうえいば編音から手紙が来ないなー、寂しいなー、みんな結構薄情だなー、と1人たそがれていると、かしこまって兵が訪ねてきた。僕も慌ててかしこまる。

 「失礼します。今日は王も、数多様も、一日お忙しいそうです」

 「あ、わざわざありがとうございます。ええと、じゃあ…」

 「千月様!今日はお暇だとかっ」

 喜び過ぎて、勢いあまって飛び出してきた来海は、兵と目が合ってばつが悪そうに引っ込んだが、兵はすぐにその場を引いてくれた。2人で力なく笑った。街に出ることにした。



 洋服屋さんに入り、来海が出てくるのを今か今かと試着室前で待つ。しゃっとカーテンが開かれると、少し恥ずかしそうに、来海が赤を基調にしたワンピースドレスで出てきた。

 「ど、どうですか?」

 「うん、可愛い!百点満点!」

 「もう、さっきからそればっかりじゃないですか!」

 「そうは言っても」

 何着ても可愛いしなあ、ぷりぷり真っ赤になって怒る来海をどうどうとなだめる。そういえば、元の世界にいたときも、来海や母にこんな風に怒られていた。何が似合うかなんて、少なくても僕に求められては困る。

 「うーん、さっきの青いのが一番可愛かった気がする」

 「ああ、あれですね。あれは私も好きです」

 来海が喜んで青いワンピースを持って、会計へと持っていく。何であれを選んだかというと、あれが一番露出が少なかったからだ。独占欲が強い恋人みたいだな、脳内で鈴子と鈴にすげえ怒られる。ごめんなさい。

 しかしこういうのは男が買ってやった方がいいんだろうけど、と、値札を見て、僕はすぐに戻した。高い。規格外だ。来海は城から給金を貰ってどうにか買えてるんだろう、僕は数多から必要最低限しか貰ってない。元王の家庭教師と同等の金額と最初に言われたが、それを最初に断ったのは僕だ。そんな立派なこと教えてるつもりもないし、これからだって貰うつもりもない。けどやっぱりこういうときに格好つけられないのは辛い。

 「お待たせしました」

 「おおっ」

 買ったのをそのまま着てきた来海は、喜んでそのまま僕の手を繋いだ。凹んでた僕のテンションは最大限まで上がりきった。つ、繋いでていいの?このまま繋いでていいの!?

 「い、行きましょう」 

 「はい!!」



 にへらにへら、来海と手を繋いでへらつきながら、街を歩く。君成が死刑制度を撤廃してから、街は少しは平和になったように見える。物乞いのような店はなくなったし、奴隷も、減ったようには見える。しかし、それでもまだ、あちこちに目をそむけたくなるような姿の子供や、やせ細った大人も見える。何もかも潤滑に、とまではいかないのだ。

 「千月様は何か買わないの………あ」

 来海がしまった、と口を塞ぐ。彼女は時折、こうして敬語が外れることがある。僕は全く構わない。

 「そのままの話し方でいいのに」

 「いえ、いけません…本当に、仲良くして頂いて、嬉しいんです。嬉しいから、大事にしたいんです」

 「ありがとう!」

 可愛い、可愛い、世界一、僕が大げさに泣きそうになっていると、ふと、足を止めた。すごく大きな本屋さんだ、古書店だろう。僕が覗きこむと、奥から、座敷わらしみたいなおばあちゃんが、いらっしゃい、と言ってくれていた。

 「本が好きなんですね」

 「うん」

 好きっていうか、情報が少なすぎる。僕が一冊手に取っていると、君成をたたえる本が出てきた。次の本も、その次の本もそう。なんだろう、尊敬するのはいいことなんだけど、て、これじゃ来海が退屈だろうと思っていると、彼女は彼女で服やお菓子の本に夢中になっていた。僕は更に奥に進んだ。


 ようやく君成のこと以外の本が出てきた。世界地図だ。編音で見たのとはずいぶん違う、というか、編音を探すのにものすごく時間がかかった。点だ、点。どこかの国の世界地図で、日本がないって話聞いたけど、そんな感じなんだろうな。

 しかし―いくらなんでも遠すぎやしないだろうか。無帝国をでかく描いている、というわけでもない。間に国がありすぎる。一晩で行ける距離ではない。

 「ん!?」

 僕は思わずうめいてしまった。そこの文字を見て、僕は驚いた。


 『魔空間』

 一瞬で移動できる道があります。これにより、諸外国へ一瞬で移動出来ます。君成様の許可がないと、開かれません。許可なく入ると、異空間へ飛ばされる危険性もあります。


 なるほど、ど○でもドアみたいなもんか。しかし、困った。これで、何かあっても、君成の許可なしに編音へ帰れないことが分かった。もしここまで辿りつけたとして、もしかして元の世界に帰れるかもしれないが、危険すぎるし、何より、この世界には家族がいるんだ。帰れない。

 その後は世界地図を題材に、君成のことを永遠に褒めまくり、僕はまた本を置いた。しばらく指で題名だけなぞって回っていると、ふと、指を止めた。『君成様の軌跡』

 こういうのって普通死んだ後に書くもんなんじゃ―なんというか、友人の日記を読んでしまう気まずさに似てるなーて。そもそも本になってるからいいのか。僕は本を開き、そして、すぐに後悔した。相変わらず、君成の称賛ばかりだ。これ絶対妄想とかが八割含まれてる気がする。また本を棚に戻そうとした直前で手が止まった。

 

 『王を選ぶ戦で、剣士天地を破り、王に就かれた君成様は―』


 別の名前が初めて出てきた。天地、有名な人なんだろうか。僕が本棚を探しているが、駄目だ、君成の名前しかない。どれだけ盲信してるんだ。

 ふと、後ろから、腰が曲がり過ぎてるおばあちゃんからぼすぼすお尻を叩かれる。しまった立ち読み禁止だったか、すいません、僕がふり返ると、しわしわの手で指差された先は、待ちくたびれた来海が涎垂らして寝ていた。僕は笑って、おばあちゃんにお礼を言った。



 古書店の値段は良心的で、僕はシンプルな世界地図だけ買った。来海をおぶって歩いていく、来海はおんぶされるような年ではないが、この国では、こういうのを珍しがって見たりしない。

 城に帰り、謝り倒すメイド長をなだめながら、僕は自室へと帰っていく。世界地図を買って帰ったせいだろうか、魔空間のことが頭から離れない。気になって気になって仕方がない。頭がもやもやしてるため、僕は調理場を借りて、ひたすら卵を割ったり野菜を炒めたりした。気分転換が料理なんて、僕は女子か。

 ちょっと作り過ぎたか、いい加減手が疲れてきた、僕がふり返ると、皿の中がほとんど空になっていた。あれ、と、僕が顔を上げると、吹いた。もりもり食べているのは君成だった。

 「き、君成王!?」

 「おお、千…これは不味いが、こちらは美味いな。これはなんて言う料理だ」

 「そ、そうですか不味いですか…ああ、これは、チャーハンっていいまして」

 「王!」

 兵が青い顔してぶっ飛んでくる、君成はきょとんとしているが、僕はこういう現場を一度知っている。

 「君成王、毒見もしないで食べたから、兵のおじさんの方が死にそうですよ」

 「…そういえば、毒見をしないで食べたのは、久しぶりだな」

 「そうですか、それは光栄です」



 何だ何だ何事だ、兵が次々とやってくる。結局、僕の料理の大味見大会となってしまった。恥ずかしい、僕の隣で起きた来海がずっと手伝ってくれている。

 「ごめんなさい」

 「運んだこと?いいよ、別に」

 「そうじゃなくて…それも、ですけど…」

 野菜の皮をむく来海の手は、小刻みに震えている。すぐ後ろに、君成が物珍しそうに覗いて立っていたからだ。すぐに彼は飽きたのか奥に引っ込むと、来海の手の震えが止まった。

 「…彼が怖い?」

 「も、申し訳ありません…王で…千月様のご友人なのに…」

 「いや、それは」

 正直、僕も、慣れたというだけで、君成が完全に怖くなくなったわけではない。いつ、また怖くなるか分からない。チャーハンを食べてる様子は、ただの普通の、同世代の男子なのに。いや、だからこそ、怖いのか。

 「よし、来海も食べて」

 「わ、私は、そんな」

 「いいから、いいから。これは美味く出来たよ」

 来海は甘党みたいだから、甘めの卵焼きを作ってみた。いただきます、と、来海が食べていくと、ふと、目から涙が落ちた。

 「え、え、ど、どうしたの!?ごめん、不味かった!?」

 「いえ、ちが…違います…っ、あ、あれ…どうしたんだろう…美味しいです…」

 「よ、良かった」

 わたわたと来海が泣いたことに僕が情けなく動じていると、ふと、君成が来海の涙を自然にぬぐうと、その流れで卵焼きにかぶりついていた。何、このイケメン。来海もびっくりして涙が引っ込んだようだ。

 「………甘い」

 「おおおおお王様!!」

 「王、来海に手を出したら呪いますからね」

 「怖いな、千は」

 「王!その料理は毒見はまだです!」

 数人の兵士が、耐えきれず吹き出していた。僕も来海も小さく笑った。この城で、こんな兵に囲まれて、こんな風に笑えるなんて、想像もしていなかった。



 翌朝、君成が僕のチャーハンを食べたいと言って聞かないらしく起こされた。僕が寝ぼけながら卵を炒めていると、後ろで君成がいったりきたりしているのが分かった。

 「千、まだか?」

 「まだです」

 どんだけ腹ペコなんだよ、僕が苦笑しながら炒めていると、ふと、老いた兵が調理場へ入ってきた。

 「やあ、美味しそうですなあ」

 「すいません、これは、王ので」

 「分かっております。お茶を頂きに来ただけです」

 こんなお爺さんも現役なんだすごいな、そう思いながら、僕が背中を向けて炒めていると、ふと、何か物音がした。ん、と、僕がふり返るともう老兵はいない。首を傾げて、僕が出来たチャーハンを出しておいた皿に注ぐと、君成がやってきた。

 「出来たか」

 「はい、どうぞ」

 君成がスプーンを手にとったそのときだった。僕の目は、スプーンについた紫色の物体を奇跡的に捕えた。

 「王!!!」

 僕が叫ぶのとほぼ同時に、数多が君成の手からスプーンを奪い、毒です、と呟いた。



 近くにいた兵が全て捕えられた。きっとあの老兵は殺される、僕は震えが止まらない。五人の兵の中には、老兵もいた。

 「千、毒を入れたのはこの男か」

 僕は震えながら、顔もあげられない。

 「この男か」

 違う、が、まだ震えが止まらない。

 「この男か」 

 老兵だ。僕は頷くことも何もしなかったのに、僕の何かの変化に気付いたのか、君成は剣を振り上げた。僕はぎゅっと両目をつぶった。これはさすがに殺すなとは言えなかったからだ。僕の料理を、君成が毒見させないってことを突かれたせいだ、それがなければ彼がこんなことしなかったかもしれないのに―


 からん。


 どよめきが起こる、僕が震えながら目を開けると、老兵が切られたのは甲冑だった。中から彼の私服が出てくる。兵はもちろん、僕も驚いた。

 「この男は国外追放だ。すぐに連れていけ」

 「…っ、はっ!」

 殺さないことに驚きながらも、兵は言われた通り、老兵を連れていく。老兵はわしじゃない、わしはやってないと大騒ぎしていたが、すぐに彼の自室から毒が見つかった。やがて君成と僕しかいなくなり、ようやく僕の震えは落ち着いてきた。

 「…王…どうして…切らなかったんです」

 もしかして、彼にもようやく、僕が感動で君成が見れないでいると、彼は満面の笑みを向けてきた。

 「今、切っては千の服が汚れるからな」

 「ですよね!!」

 人間そんな簡単に変わらないな、と思いながらも、僕は、君成が自分を殺そうとしている人を傷つけないの見て、単純に嬉しかった。




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