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限定勇者  作者: 大和伊織
14/20

君成という男


 翌日、僕の目ざめはいつもよりずっとすっきりしていた。やるべきことが出来たからかもしれない。顔を洗い、朝食を食べ、メイド姿が今日も可愛い来海におはようを言って、急に我に返った。人間を真っ当にするなんて一体全体、何をどうすればいいんだろう。まだろくろく自分も出来あがってない中学生の僕が。

 どうしよう、まあ、何はなくても君成に会いに行こう。どこにいるんだ―

 

 「あ」


 考えていたら現れた。君成は僕の顔を見ると、すぐに反らした。割と傷ついたが、これは先日、自分が彼にやったことだ。

 「君成王、良かったら、今日、お話しませんか」

 「おい、客人、控えろ。王は今日、会合が3つも」

 「会合?何の会合です」

 「先日、俺の壺を割った男の斬首の仕方だ」

 あ、やばい、もうくじけそう。いやいや頑張れ僕。

 「その会議…僕も参加していいでしょうか?」 

 「何だと?」

 体格のいい兵士が身を乗り出してくる、うわあ怖え、僕が怯んでいると制してくれたのは君成だった。

 「構わない。一緒に来い、千」

 「ありがとうございます」



 何はともあれ、君成を知らないとどうにもならない。知ってどうにかなるもんではないけど、何もしないよりずっとマシだ。会議室に入ると、そこはものすごく空気が重かった。その中で、君成は僕の為に椅子を引いたり、お茶を淹れたりしてくれている。兵たちがものすごい顔で僕を見ている気がする。これはさすがに僕もいたたまれなかった。

 「王、僕が自分で」

 「いいから千は座っていろ」

 なんだろう、妙に張りきってるな。そうだ、王は、根っからの悪い奴じゃないんだ。


 「では会議を始めます。まず斬首刑に使う道具の種類ですが―王、どちらがよろしいでしょうか?」

 「一番痛みが続きそうなものにしろ」

 多分。


 会議はとどこおりなく終わった。というか、誰も王に意見しない。君成の言葉通りに進んでいく。たくさんの兵が、何のために会議に出ているのか分からないくらい。

 「千にはつまらなかっただろう」

 「つまらなかったというか」

 会議中、まさか僕は、「そもそも斬首なんてやりすぎじゃーん☆」とまさか発言できるわけもなかった。壺といえば鈴を思い出す。彼女があまりにぱんぱんぱんぱん投げていたので、王が壺を大事にするということにぴんとこない。

 「壺…そんなに大事なものだったんですか」

 僕が恐る恐る聞くと、君成は首を横に振った。 

 「いや、大量生産できるものだ。逸品ものでも何でもない」

 「…っ、では、なぜ」

 「今回が壺だっただけだ。これが国宝なら、重要書類なら、どうなる。集中力、注意力、それはいつも完璧にしておくべきものだ。たかが壺でも、その注意を怠ったということは、その者はいずれ、国の大事のものを壊す可能性がある。そんなものは、元から絶たねばならん」

 言ってることはめちゃくちゃだけど理屈は通るな、分からないでもない、分からないでもないけど―

 「王、引き算は出来ますか?」

 「馬鹿にしているのか。出来るに決まっているだろう」

 「今、100人の兵がいたとしますよね。毎日、壺割ったとか、肩ぶつかったとか、そんな理由で殺していって100人続いたら、どうなります」

 「…0になるな」

 「そうでしょう?困るでしょう?」

 これは僕は自分を自分で褒めてやりたかった。命の尊さを叫ぶよりも、まず、困る事実を突き付けてやれば動くと思ったんだ。精神の安定化なんて何年かかるか分からない、ならまず、やたら人を殺すところから止めさせないと。僕が必死で言葉を紡いでいくが、君成はキョトンとしていた。

 「困らない。他国からいくらでも呼べる」

 

 ですよねー!!

 

 最強王国ですもんね、だめだこれじゃ駄目だ、僕がうなだれていると、君成がとんとん資料を束ねている。次の会議らしい、また、誰かを殺す会議だろうか。

 「王!僕、人を簡単に殺す奴は友達に要りません!」

 「………分かった」

 

 え


 呆けた僕を1人置いて、君成が会議に消えていった。その日以来、国から死刑制度は撤廃された。あまりにもあっさりと。喜び踊る数多を横眼に、僕はただ、呆然としていた。こんなに簡単でいいんだろうか。



 死刑制度がなくなったせいか、気のせいか城の中が少し明るくなったように見える。君成に話しかけまくって一週間、僕は、次の段階に進もうとした。つまり、『命は大切だよ☆』授業である。

 僕が必死こいて、命の大切さをとく昔話や童話を恥ずかしげもなく永遠語っていると、君成は思いのほか真剣に聞いていてくれていた。壁の向こうで数多が笑いをこらえていたけど。



 「王を優しい王にする授業は順調かな」

 「まあ、話は聞いてくれます」

 「それだけでも、君は勲章ものだよ…ああそこ、また、間違えているよ」

 「ああ、すいません」

 同時に僕は、数多に、この国の文字と、平行して、この世界でほとんど使える言葉を同時に教えてもらっていた。もといた世界でいえば、英語のようなものだろう。

 数多の授業は早い。麗衣みたいに優しくない。だが何度が教えてもらって気付いたことがある。早いが、同じところを何度も何度も繰り返してくれている。軽い僕の頭にも、少しずつ、確実に入っていっていく。

 「そういえば、編音から、嫁げないと正式なお断りが来たよ」

 「えっ」

 「手紙だけだったし、君は王の授業中だったから、声をかけなかったし、手紙はもう処分してしまったけど、問題なかったかな」

 「はい…それは、もう」

 そうか手紙だけだったか―誰も会いにーまあ、こんな怖い国だし―て、駄目だ。気を抜くと、すぐにホームシックになる。

 「さあ、では、応用編をいきましょう。女性をベッドに誘う言葉を」

 「要りません!」

 「はははっ」



 「千、描けたぞ。これでいいのか」

 「どれ…わあ。上手い。さすが王」

 そして、今度は僕が先生の番。命の大切さを教える話はさすがにネタ切れのため、僕は君成に絵を書かせたり散歩に連れていったりしていた。こういうのは精神安定にいって前に見たような気がする。

 世辞でもなんでもなく、君成は本当に絵が上手かった。上手すぎて写真みたい。

 「千は、酔っ払いが描いたようだな」

 「はは、すいません…あ、あの、王、楽しいですか?」

 僕の身勝手に付き合わせているようでさすがに申し訳なくなってきたが、君成の顔は穏やかだった。

 「楽しいか、楽しいんだろうな。毎日、千との時間が楽しみで仕方がない」

 うわ、イケメン最強だな。普通に照れるな。

 「千、次は何をするんだ」

 「はい!次は」



 -かあん!

 「踏み込みが甘い!」

 「はい!」

 「もっと強くこい!」 

 「はい!」

 

 授業がひと段落ついたら、今度は、僕と君成の手合わせだ。室内でじっとしてばかりでは君成にストレスが溜まるだろうと、数多からの助言もあった。それには賛成したが、あいかわらず僕は弱かった。君成の足元にも及ばない。

 しかし負け惜しみを言うわけではないが、君成の剣がどういう動きをするのか、ある程度予想がつくようになった。しかしそれに刃向かうだけの技量が僕にはない。せいぜい、剣で殴られるようになったが、転んでどうにかこうにか避けれるようになった程度だ。頭は痛くないが、尻は痛い。

 「千はずいぶん強くなったな」

 「そうですか?」

 「はっはっは」

 最近、君成は本当に楽しそうに笑ってくれる。僕も笑った。考えたら、僕には彼女がいたが、同世代の友達はいなかった。だから君成の存在は、僕も嬉しかった。


 「おい、千のタオルがないぞ?」

 

 このまま、このまま、ずっと。


 「誰が洗濯をしていいと言った」

 「           」


 ず っ と?


 「王!!!」

 現実に引き戻るまでずいぶん時間がかかった。僕が駆け寄ったときにはもう遅かった。来海くらいの年のメイドが、手を切りつけられてしまった。

 「なぜ、なぜ、あれくらいで…っ、もうひとは殺さないと!」

 「殺してはいないだろう。手が使えなくなっても、奴隷として働ける。何の問題がある。王の許しを得てない方が悪い。さあ、次は何をする、千」

 返り血を浴びた君成が嗤う。僕は返事が出来なかった。

 何を、何を、僕は思い違いをしていたんだろう。いや、思い違い、何か間違えていたとしたら、そもそも、この人を救えると思ったことすら間違いだったんじゃないだろうか。



 救う、救うって何だ。じゃあ、今度は、君成に誰も傷つけるなっていうか。それなら万が一、君成が誰かに襲われたらどうする。むざむざ殺されろってことか。何かする前に僕に聞けっていうか。僕は君成に命令したいわけじゃない。

 「ああもう…っ」



 眠れない、と思ったが、悲しき成長期、結局寝てしまった。一晩考えたところで、答えなんて出なかっただろう。

 「おはよう、千」

 何事もなかったように、君成が微笑む。僕はこの人に何が出来るんだろう。

 「おはようございます、君成王」

 いや、今はともかく逃げないようにしよう。この人から。この国から。僕はどうしたって、こんな損な性分なんだから。



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