デート
「…んがっ」
浅い眠りから目を覚ます。まだまだ夜、元の世界でいったら夜中の2時くらいだろうか。腹が鳴った、何があっても腹は減るらしい。僕がとりあえず廊下に出て行くと、驚いた。廊下の両脇に兵たちが佇んでいる。微動だにしない、人形だと言われても驚きもしない。徹夜で見張っているんだろうか、御苦労さまです、と僕が思わず呟くが、誰も返事もしないし、そもそもこちらを見なかった。
いつも君成と食事している部屋の隣に、調理場がある。一応ノックして入ると、やはり兵がいた。僕が料理していいか聞くと、兵は調理器具を取ってきますと言って出て行った。時間がかかりそうだ、僕はふと、自分の酷い匂いに気付いた。食事の前に湯あみだ、僕は風呂へと急いだ。
当然風呂場にも兵はいた。さすがに僕が外に出るように頼むと、また機械のように出ていった。全身湯に浸かると、おっさんみたいな声がした。
「あ~…」
これで今日見たもの全て洗い流されればいいが、そういうわけにもいかない。あれは受け止めなければならない現実だ。僕が顔を洗っていると、ふとノックされる。また兵だろうか。
僕が返事すると、そのままずっこけそうになった。産まれたままの姿にタオルを巻いただけの来海が、恥ずかしそうに入ってきた。
「あ、あのお、お背中…」
「いいって!そういうの、いいって!僕はそういうつもりで君をここに連れてきたわけじゃないから!」
「石鹸は、こちらでよろしいですか?」
「話、聞いて!!」
ほぼ裸の圧迫感はすごい、僕は大人しく背中を洗ってもらうことにした。気持ちいいがそれ以上に恥ずかしい。間がもたず、僕は何か話しかけようとしたが、何も浮かんでこない。何か話題、話題、と思っていると、先に来海が口を開いた。
「本当に…ありがとうございます。千月様。こんな生活、夢のようです」
「それは良かった」
「私…実はいうと、12歳より前の記憶がないんです」
「え?」
「きっと、記憶が耐えられなかったんでしょうね。私みたいな子は周りにたくさんいました。けど、私が買われた店はまだいい方で、王への夜伽相手をさせていただけるだけ、食事も寝床も確保されていましたから…他の店の子たちは…っ、こんなこと、お話するべきではありませんね」
「…ううん…辛くなかったら続けて」
「はい…王は…その、大変言いづらいのですが、処女しか買われなくて…私のお店の子は、私含めそういう子ばかりでしたから…王のお手がつかなかったものは、国外に追放されるか、別の店に行くか…」
「も、もしかして、君があの店に行ったのって、僕のせい?」
「いえ…あれは私がドジだったので…王のお手がつかなかったことがばれたのも、私が馬鹿だったからで…あの店に行ったときは、本当に、自分が産まれたことさえ恨みましたが…ふふ、全て、貴方に助けてもらう幸運を待つ為の出来事だったんですね」
ものすごく近距離で笑われ、僕は話に夢中になって、いつの間にかふり返っていたことに気付く。慌てて巻き戻した。見ちゃった。全部見ちゃった。タオル、どこいったんだ。あ、ああ、僕の背中洗ってくれてるんだ!
「ありがとう、辛い話を。じゃあ、僕、先に出るから!」
「でも、まだ前を」
「勘弁して下さい!!」
背中はともかく前まで現れたらたまらない、僕は慌てて逃げるように寝室に引っ込んだ。空腹は忘れた。色々情けないことになってる体を布団で覆い隠し、必死に眠ろうとしていると、ふとノックが聞こえた。
誰、僕が布団の中からなかなか返事出来ないでいると、僕の体は固まった。訪ねてきた相手は名乗らず、用件も言わず、布団をめくって、僕の背中にぴたりとくっついてきた。
顔を見なくても分かる。来海だ。僕は緊張しすぎて心臓が口から出そうだった。何で一緒に寝てるんだ何で何で何で―僕の脳内がピンク一色になりかけたそのときだった。
「…っ、ひ、ひ…っ、…う…」
来海は僕の背中にしがみつき、声を押し殺して泣いていた。僕の頭の中は、一気に冷静さを取り戻した。さすがに抱きしめて、優しい言葉をかけられるわけない僕は、ただひたすら、彼女の涙を拭くでかいタオルとして、横になっていた。
僕も僕だが、来海も来海で朝まで熟睡してしまった。来海は酷く恥ずかしそうにしていたが、僕は力なく笑った。来海も笑ってくれた。
「そういえば、来海は日中、何をしてるの」
「何もしなくてもいいと王がおっしゃって下さったのですが、落ち着かないので…働かせて頂いてるんです」
それだけ言うと来海がおもむろに着替え始め、僕は慌てて背中を向けた。いいですよ、と、来海に声をかけられふり返った僕は思わず何度もまばたきした。
「えへへ、似合いますか?」
「…おう。」
僕は思わず、へたくそなお父さんみたいなリアクションしか出来なかった。ただ頷き、小さく拍手した。いわゆる、メイドさんだ。僕はメイド萌えがよく分からなかったが、こういうのはあれだ、可愛い子が着れば、何でも似合う。
「う、うん、すごい可愛いよ。世界一」
僕の馬鹿丸出しのお世辞にも、来海は嬉しそうににこにこしてくれている。
「ありがとうございます。そうだ、良かったら、出かけませんか?今日、夕方まで、お暇を頂いているんです」
「ほんと?じゃあ、街にでも」
「―失礼致します」
ふと兵がかしこまって入ってきたため、僕と来海は思わず身を固くした。兵は構わず続ける。
「国王陛下がお呼びです。今日は、供にお出かけになるとか」
「…っ、あ…」
そうだ、忘れていた。そもそも今日は、君成と一緒に出かけるはずだったのだ。兵からその言葉を聞くと、来海は泣きそうだが無理に笑っていた。
「残念ですが、では、また、今度」
「…いや。今日は、来海と出かける。王に断って下さい」
「えっ」
「かしこまりました」
兵は少しだけ眉を吊り上げたがそれだけで、また機械のように去っていった。彼が見えなくなってしまうと、来海が慌てて僕の近くに駆け寄ってきた。
「大丈夫なんですか?王との約束を断ったりして」
「大丈夫。今日は君の傍にいるよ」
かなり歯の浮いた台詞だが、口からぼろって出てしまったものは仕方がない。来海は喜んでくれたし、何より、僕はしばらく君成の顔を見れそうにないのが本音だった。
昨日みたいな目には間違ってもあいたくない為、僕と来海はひたすら城下町だけをうろうろしていた。何を見ても、どの店に行っても、来海は楽しそうだった。それだけで僕は満足だった。
似たようなところをぐるぐる歩いてさすがに疲れたため、近くの飲み場に入った。こんな明るい時間はさすがに酒以外も出してくれるらしく、助かった。しかしメニューを見て、困った。僕はこの国の文字が読めない。
「えっと…コーラみたいなもの、あるかな」
「こーら、ですか?えーと」
「あ、ごめん、分かんないよね。来海と同じやつでいいや」
「はい。すいません、では、これを二つ」
「かしこまりました」
店員が去っていき、ふと、店の中を見まわす。明るい時間だからか、僕たち以外に客がいない。
「いつも、こんなもんなの?」
「さあ、こんないいお店に来たことがないので…」
「え、い、いいお店?」
しまった、文字が見えないから値段も分からない。この国、税金もすごそうだから、すごい高いんじゃないか。着替えの服にお小遣いが入ってたから、ここくらいなら大丈夫だろうと思ったんだけど―
「あの…大丈夫ですか?出ましょうか」
来海が不安そうだ、僕は慌てて笑顔になり、張らなくてもいい見栄を張った。
「だ、大丈夫。大丈夫だよ。そうだ、あのね」
僕は、来海に編音での過ごした日々のことを話した。来海は目をきらきら輝かせて、じっと話を聞いていてくれた。
「素敵な国ですね。遊びに行きたいです」
「そうだね、一緒に―」
言いかけて、僕は、ふと、思った。僕は編音に帰れるんだろうか。君成が、帰してくれるんだろうか。そして、来海も連れていってあげられるんだろうか。
「お待たせしました」
きたきた、美味しそうなジュースらしきものに、僕はとびついた。しゃべりすぎて、僕の喉はからからだった。
ぶっ!!
飲み始めてすぐにぶっ放した。向かいの来海はびっくりして僕を見ていた。僕もびっくりした、この甘さに。何、これ。何、これ。甘いものは嫌いではないが、いくらなんでも、嫌がらせみたいに甘い。
「ごめんなさい、お口に合いませんでしたか?」
「く、来海は平気なの?」
「はい、大好物です」
「そう…」
そういえば、妹も、甘いジュースの中に更にマシュマロをひたひたにさせて喜んで飲んでいたな―女の子ってみんな甘党なのかな―
「美味しい?」
「はい」
「良かった、僕の分もどうぞ」
水は普通で助かった。今度暇なときにでも、簡単な文字くらいは読めるようになっておこう。さあ、いよいよ緊張する会計の瞬間だ。申し訳なさそうにしている来海は店の前に待たせた。もしものときに格好悪いところを見せるわけにはいかないからだ。
「えーと、これで、足りますか?」
「お代は結構です。お口に合わなかったようですし」
「え、いえ、でも」
「結構でございます。お、お許しを…」
「え…?」
僕はふと、店の人の異変に気付いた。彼女がじっと怯えている僕の脇下―僕は、思わず、あっと呟いた。それはすっかり私忘れていた、君成の書類だった。印鑑らしきものがある、王のものだろう。
「ぼ、僕は王ではありません。ですからお代を」
「ひいいいい!子供がいるんです!!」
話にならない、彼女は奥に引っ込んでしまった。僕は台に所持金を置いて店を出ると、来海を小さな子供たちが囲んでいた。全身泥んこで、淀んだ目をしていた。
「ねえ、お金」
「お金―」
「え、え、えと」
来海は文字通り物乞いされていた。僕が助けに行こうとするより早く、近くの兵がやってくるなり、子供たちをゴミのように馬車の中へ放りこんでしまった。泣き叫ぶ声が聞こえる、僕と来海が言葉をなくしているが、周りの人たちは、何事もなかったかのように、談笑を、歩みを再開する。
「ごめん、1人にして。帰ろう」
「はい」
どちらか言うまでもなく、僕たちは手を繋いで帰った。何もしゃべらなかった。
城に帰り、来海と別れ、僕が寝室で横になり、ぼーっと天井を見上げる。ここで鈴が嫁ぎに来るか、もしくは誰か断りに来るか、要は編音の誰かが来るまで待っていようかと思ったが、考えたら、僕はここにとどまる理由はない。少なくても君成は鈴と結婚するつもりがなさそうだ、それで十分じゃないか。
一旦編音に帰ろう、というか、帰りたい。しかし、気になるのは、家族のことと、それと来海のことだ。どうしてこんなに彼女のことが気にかかるのか分からなかったが、気になるものはしょうがない。しかし、相談しようにも君成の顔は見づらい。しかし、僕の視線の先には君成の書類がある。あれを返さなければならない。
うだうだ考えていても仕方がない、僕は布団から飛びあがり、彼の元へ行った。
「あ、お留守ですか」
「はい。明日まで戻られないかと」
兵がかしこまって君成の留守を告げ、僕はそうですか、と項垂れた。彼は王だ、そりゃあ忙しいだろう。僕はとりあえず書類だけ渡してしまうと、再び寝室へと戻った。
またごろごろしていると、ノックが聞こえた。来海かと思って返事をすると、思わずかしこまった。
「数多さん」
「ああ、そのままで」
いやいや、いくらなんでも、目上の人の前でひっくりかえってるわけにもいかない。僕が床に座ると、彼も続いた。もてなさそうにも、座布団もお茶もない。
「突然すいません、実は、相談したいことがございまして…君成王が、ずっと元気がなくて」
「王が?」
「はい。初めて出来たご友人に、そっけなくされているせいかと」
この人はものすごい勢いで核心をついてくるな―僕は顔から営業笑顔を思い切り引っぺがした。
「お言葉ですが、僕は、平凡に生きてきました。ここは色んな意味で異世界です。君成のことも、この国のことも全く理解できない。人の政治についてどうこういう筋合いありませんが、僕は、この国が好きになれません」
偉そうなことを言っておいて、僕は内心、腹が立っているだけだった。来海みたいなまだ小さい子をあんな―あれ、いや、来海は僕より年上だよな。いや、でも、それでも、問題だ。
しかし言いたい放題言ってしまった、怒鳴られるだろうと思っていたら、数多は大笑いしていた。
「やはり、面白い方だ。王がご執心されるのも分かります。そんな貴方に、お願いがあるのです」
「お願い?」
「王を、この国を、真っ当にして頂きたいのです」




