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限定勇者  作者: 大和伊織
11/20

無帝国へ


 無帝国。当然、僕が今いる編音国とは違う国で、その国の国王から、鈴にプロポーズが来たということだ。最近ようやくまともに文字を覚えてきた僕は当然周辺の国の知識などない。杷木とぽぷらが真剣な顔をして話し始めたので、僕はその場を離れた。それに気付かないほど、2人は集中していた。



 城の中は大騒ぎだった。男女の兵士が忙しく行き交いし、奥から十香の泣き叫ぶ声が聞こえる。城が騒がしくて落ち着かないのだろう。僕は見に行こうかと思ったが、面倒係の女兵士が必死であやしている声が聞こえ、止めた。

 僕は城内を歩き、自然と鈴の部屋へと向かっていた。ノックをして部屋へ入ると、僕は息を飲んだ。白く美しいドレス、泣きたくなるほど綺麗だった。

 まさか、もう、嫁ぐのか―僕はぐっと耐えた。胸が痛すぎてどうにかなりそうだが、鈴の前で、今の鈴の前で泣けるものか。

 「鈴様」

 名前を呼んでみたが、その次の言葉が見つからない。おめでとうございます、なんて言えない。言わない。僕の向かいの鈴もまた、泣きそうに笑っていたからだ。

 「断れないんですか」

 そして僕は最低なことを言った。鈴の立場を知っているのに。震える僕を、鈴が優しく抱きしめた。ただ無言で、首を横に振っていた。こんなに弱く小さくなっている鈴は、見たことがなかった。



 ぐずる十香は母親でなければ泣きやまず、急ぎ戻ってきた麗衣に僕は手伝い、ようやく寝付いてくれた。僕の分までお茶を淹れてくれていた麗衣が、少しずつ、無帝国のことについて話してくれた。

 「無帝国。名前そのままずっと王が存在しない土地で、納めるものがいない国は荒れ放題、犯罪者が国民の大半で、女子供は国外へほとんど逃げてしまうような土地です。ですが、何年か前、君成という男が、国一の荒くれ者を決める大会を催し、自らが優勝し、大会優勝品であった王座を手にしました。それからの彼の王政は、まさに国まとめて軍隊そのもの―魔力も剣も無茶苦茶ですが、あまりに強大で、付近の国も遠くに避難してしまったほどです」

 「…っ、そんなところに、鈴様が行くの?」

 「そんなことはさせたくないのです。だからこそ、今まで、無帝国にほぼ無償で強力な魔石を貿易していました。おかげでわが国には何も危害はありませんでした。ですが、なぜか、姫様が、そこの国に手紙を出されたそうで」

 「………え?」

 「私たちの責任です。無帝国は大変危険な為、好奇心旺盛の姫様には、逆に何も教えていませんでした。以前より姫様の魔力を欲していた君成は、手紙を寄越してきた為、姫様が好意的であると思い込んだのかもしれません。もう魔石はいいから、姫ごと妃に寄越せと…断ればきっと…この国は無帝国に…」

 そこまで話すと、麗衣は静かに泣きだしてしまった。僕は、自分の唇の震えを止めるのを必死だった。僕は、その理由に気付いてしまったからだ。

 「僕のせいだ」

 「…千殿?」

 「ありがとう、麗衣さん。辛いことを話してくれて。ちょっと行ってくる」

 僕は麗衣の肩を優しく叩いて、急いで部屋を出ていった。



 しばらく廊下を歩いていくと、城内はずいぶん落ち着いていた。城内は暗いどころか逆に明るい、無帝国が味方につくことは編音の安泰だと皆が馬鹿みたいに笑っている。いちいち腹を立てていてはキリがない。国とは、こういうものなのかもしれない。それでも怒りがおさまらない僕は、似たような表情の杷木を見つけた。

 「杷木兄」

 「…千か。情けない。何の為の兵士長だ。姫様のことを考えれば嫁がせた方が安全に決まっているが…決まってっ…いるのに…」

 だらり、と、杷木の頭が僕の肩にもたれかかった。僕には支えられない。何も言葉が出てこない。

 「兵士長失格だ。姫様と、麗衣と、十香と、お前を連れて、国外に逃げようとか思ってしまった」

 「僕もそう思うよ杷木兄…けど、それでは駄目だと思ったから、杷木兄は泣いてるんだろ?鈴様はあんな顔してたんだろ?泣きやんで、杷木兄。こういうときの為の僕じゃないか」

 「…千?」

 それは、僕の口から、流れるように、言葉が勝手に紡がれていった。それは、僕が一番言いたい言葉だったかもしれない。

 「命令して。僕は勇者だろう。こういうときの為の。僕が行く。鈴様の変わりに、僕が無帝国に行く」



 我ながら、ものすごい作戦を即効で思いついたものだ。鈴の身代わりに無帝国に乗り込むなんて。けど、こんなことくらいしか思いつかなかった。

 杷木は当然止めた。僕は言い負かされたふりをして、こっそり準備を始めた。目をつけたのは、騒がしい城の中で、比較的どうでもよさそうにしている男、僕がほとんど交流を持たなかった兵一人。彼に衣装と馬車を用意してもらえばそれで良かった。聞けば無帝国は、馬車を一晩中走らせれば着くという。それなら深夜にこの国を出ていけばばれないかもしれない。

 鈴が嫁いでいくのは五日後の夜。早い方がいい、僕は夜中にこっそり出ていくことにした。誰にも、さよならもありがとうも言えないのが辛い。それでも、僕は、ようやくこの世界に、こんな力を持って、鈴子そっくりの女の子と出会ったのが全てこの為であったと思った。そうこじつけなければ、とてもじゃないが震えが止まらなかったからだ。



 夜中にこっそり城を抜け出し、待ち合わせの場所に行くと、男はちゃんと馬車馬に乗り込み、待っていてくれた。僕が乗り込もうとすると、暗闇の中で剣の光が鈍く光った。誰の剣か、すぐに分かった。杷木だ。

 「どうしても行くって言うなら、俺を倒してから言え」

 「…っ、どこまでも典型的だな、お兄ちゃん!」

 笑いながら、余裕に見せながら、僕は内心ものすごく焦っていた。まさか武器を持っていない。腕の中に少し魔力は残っているが、これでは杷木には敵わないだろう。僕が悩んでいる間に、杷木がすごい速さで踏みこんでくる。彼は本気だ。暗闇の上に、いつもつけてくれいる稽古よりずっと早い。僕は避けたり逃げたりするのに必死だった。そのうち、避けるのがどんどん簡単になったり、難しくなったり忙しかった。杷木は泣いて、僕も泣いていたからだ。

 このまま続けていても辛くなるだけだ、僕は最後の魔法を光に変え、杷木に思い切り照らした。一瞬思い切り眩しくした後に、馬車に雪崩れるように乗りこんだ。馬車は出発した。

 僕を呼ぶ声がする。僕は初めて、返事をしなかった。



 馬車が走る。走る。僕はその中で、急ぎ、着替えていた。やがて城壁が見えてくると、道が破壊されていたため、馬が止まった。こんな大掛かりなことをするのは一人しか思いつかなかった。

 「千!!」

 ばれないようにばれないように準備を進めたのに、やっぱりというかなんというかばれてしまっていた。泣きながら駆けつけてやってきた鈴は、僕の姿を見て、固まった。僕がふんぞり返ってドレス姿を見せると、鈴は吹き出した。良かった。笑ってくれて。

 「似合わないでしょ」

 「馬鹿者…馬鹿者馬鹿者馬鹿者!!」

 「鈴様」

 僕は語りかけるように、馬車の中から、ゆっくりと彼女に向かって笑った。

 「大丈夫、僕にはあの力があります。正直言うとものすごく怖いですが、鈴様をそんな国に嫁がせるよりよほどマシです。貴女がどんな目にあわされるか分からない」

 「千は何も分かっておらぬ。妾は、この国の王として産まれたのじゃ。じゃから、いつかはこうなる運命じゃった。それが早く来ただけじゃ。たまたま、それがとても恐ろしい国で…たまたま今、妾が…千を、好きなだけで…」

 崩れ落ちるように鈴が泣き、僕が抱き止めた。雨がものすごく降ってきた。せっかくの鈴の言葉が、よく聞こえない。

 「妾も行く!」

 「駄目です」

 「行くったら行く!」

 「鈴!!」

 僕が力いっぱい叫ぶと、鈴は泣きながら僕からちょっと離れた。その隙をついたように、僕が強く鈴を離した。ちょっと、いやかなり、名残惜しかったが、僕は精一杯笑った。

 「いってきます」

 「千君!!」


 え


 破壊された道の反対側へと馬車が出る。僕が慌てて扉を閉める。鈴は―鈴子は。どこにもいなかった。僕の目の前から消えてしまった。泡のように。僕の、僕の名前を。『鈴子』の声で。

 え、今、鈴じゃなくて、鈴子だったよな。そして、消えた?消えてしまった?どこに??

 わけも分からず、僕はただ、馬車の窓から外を眺めていた。そしてどれくらい時間が経っただろう、すさまじい音と供に、僕の意識は途絶えた。



 ・

 ・

 ・



 「いっで!!」


 我ながら五月蠅い目ざめだ、僕は傷だらけの体をどうにか起こした。全身痛いが、頭が一番痛い。ドレスなんか着てるから余計に痛い精神が。そういえば雨が降ってた、雨風にも打たれたのだろう、寒すぎる。

 確か―そう、確か。無帝国に嫁ぐ鈴の身代わりになって馬車に乗り込んで―あれ、それからどうなったっけ?雨は止んだらしく、べしゃべしゃの地面をいくらか歩いていくと、ぺしゃんこになった馬車だったものと、その横で草を食べている馬がいた。

 「うわあ!?」

 僕は思わず叫んだ。馬車のすぐ横には、明らかに崖を滑り落ちてきたのであろう滑車の跡がある。崖の上をそっと目で追いかけていくと、結構な高さだ。僕はぞっとした。馬車が落ちたのだ。雨風で滑ったのだろう、ていうかよく生きてたな僕。

 とりあえず無事だった馬をよしよし撫でてやる。可愛そうに、右足を怪我しているが、まあ、元気そうだ。そうなると、後は乗せてきてくれた兵だ。僕はそろそろと馬車の中を見る。少なくてもスプラッタではなかった。馬車内はそれほど損傷は激しくないし、死体もない。助けを呼びに行ってくれたのか、もしくは一人で逃げたか―悲しいくらい後者があてはまる。杷木なら僕が起きるまで、もしくは背負ってでも連れていってくれただろうし、彼はあまり交流がなかった一兵士だ。僕を捨てて逃げても責められない。

 困った、普通に困った。見渡す限り草原だ、馬は怪我してる、ここが一体どの辺なのか、僕には検討もつかない。見たことない草原だから少なくても編音は出ているようだが、そうなると僕は余計分からない。国から一歩も外に出たことがないのだ。

 鈴と一回くらい国外デートしておけばよかった、と、呑気な現実逃避は、割とすぐ終わった。そういえば、あの後、鈴はどうなったのだろう―まさかあのまま消えてしまったなんてことは―

 止めた。分からないことを暗く悩んでも、良いことはない。とりあえず馬は食べ物さえあれば大丈夫だろう、問題は僕だ。寒いし、空腹が半端ない。要はドレスが落ち着かない。もしものことがあったときの為に、編音国の国印のうつしをもらっておいてよかった。これは要は、『私は編音国の要人、怪しいものじゃないよ』というものらしい。編音は小さいが魔石の貿易でかなり名前がしれている、これでいきなり殺されたりすることはないだろう、ということだ。僕だったら、こんな女装した濡れ鼠見るなり通報しそうだが。


 いくらか歩いていると、人がいた。見るからにゲームとかでよく見る野盗の類だ。おまけに三人。三人とも、ネギをしょった鴨を見つけたような目で僕を見ている。まさか女と思っているわけではない。金目のものを持ってると思われたのだろう、こんな格好だし。

 まずいな―僕は顔をしかめた自覚があった。どう見ても魔法は使えそうにないから、僕の力は使えない。当然、僕はあまり上手くない剣すら持ってない。頼るべき国印も通じるような相手ではない。三人から逃げるのは不可能に近いだろう。せっかく助かったのに、またピンチだ。もうこうなったら頼るのは言葉しかない。

 「はじめまして。編音国から来た、千月と申します。乗っていた馬車が落ちてしまいました。一文無しです。ここがどこかも分かりません。助けてくれとは言いません、せめて命だけは」

 イエス命乞い、情けなくなどない、僕は鈴の身代わりという大義名分があるのだ。僕は無帝国に行かなくてはならない。僕がありのままの状況を話すと、男たちは首をかしげ口を開いた。

 

 「    」

 「   」


 僕は自分の顔が青くなった自覚があった。やばい、何言ってんのか全然分からん!!そうか、鈴が僕にした翻訳チュウは、編音にしか通じないのか!外国語分からん!

 男たちはとりあえず僕を外人だと認知したのか、すごい勢いで襲いかかってくるなり、僕はダッシュで逃げだした。

 「ヘルプ!ヘルプミー!!」

 僕が必死で逃げていると、ふと、目の前に魔法弾が飛んできた。何でこんなところに―理由を求めるより早く、僕は、その魔力を集中して右手に取りこみ、思い切り男たちに投げた。

 「せえ、の!!」

 哀れ男たちは爆音の中、潰れていった。殺してしまってはないようだ、元気に大騒ぎしている。良かった、自分の命は惜しいが、他人の命も奪いたいわけではない。

 とにかく助かった、今のうち、とばかりに逃げていくと、拍手が聞こえてきた。僕が身構えると、そこには若い男が座っていた。僕より2、3歳上だろうか。長い髪を武士のように高くまとめ上げ、片方には眼帯をしていたがもう片方の目だけで眼力は十分過ぎた。人好きそうな顔をしているが、何だろう、上手く言えないが強そうだ。

 「こんにちは」

 どうせ通じないだろう僕がとりあえず挨拶すると、男は懐を探し、何か見つけたのか、それを僕に差し出した。食え、と言われているようだ。灰色の、ほこりをまとめたような玉。これを食えと、僕はさすがに躊躇したが、男が僕の口の中に無理やり詰め込んだ。

 「うむ!?」

 不味い、僕が咳き込んでいると、男が大笑いした。少なくても毒ではないようだが―僕が涙ぐみながら、顔を上げると、男は笑いながら口を開けた。

 「言葉が分かるか、異人殿」 

 「…え、あ、はい!」

 分かる、言葉が分かる、通じる。今、食わせられたものはホンニ○クコンニャク的なアレだったらしい。不味かったけど。ごり、と、まだ口の中に感触が残る。あまり考えたくないが、これ、すごい細かく砕かれた石だ。魔石―鈴は水のように作れるが、これは高価なはずだ。これを見ず知らずの怪しい僕にくれたりするあたり、彼は少なくてもお金持ちだ。あと少なくても、僕は殺さない。多分。よし、彼に頼ろう。

 「助かりました。ありがとうございます。僕は、千月と申します。呼びづらければ、千とお呼び下さい」

 「よろしく。俺の名前は君成だ」

 喉が渇いてなければ、僕は叫んでしまうところだった。

 「きききききき君成王?」

 「…ん?ああ、まあ、王だな。まだその名前は呼ばれ慣れないな」

 僕が慌ててスライディング土下座すると、君成は肩をすくめて僕を起こしてくれた。

 「止めてくれ。本当に慣れてないんだ」 

 「は、はあ、ありがとうございます」

 あれ、僕は首を傾げていた。彼が嘘をついていないとなると、彼が、とんでもない無帝国を納め、更に、鈴を嫁がせようとしていたのだ。僕はてっきりゴリマッチョのエロオヤジか、魔法使いのエロじじいかどっちかだと思っていたのに。16,7だろう。僕よりも背が高いし、優しいタイプのイケメンだし、あとは何より、強い。背中の剣も決まってる。あれ、もしかして、鈴、嫁いだら幸せだったんじゃ、とか思ってしまっている。

 「さて、その格好じゃ、風邪を引くだろう。今から、無帝国に帰ろうと思う。一緒に行くか?」

 「はい」

 そう、僕はその為に来たのだ。僕は君成が待たせていたのであろう、馬車に乗った。






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