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限定勇者  作者: 大和伊織
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血の発見



 「べろべろべろ、ばあああああ!!」

 「ぁ、あー!」

 「ああああああああ可愛いマイエンジェル!十香ちゃん今日も世界一」

 「千っ!!」

 がんっ!

 「いっだ!」

 鈴の得意の壺投げで、十香を相当気持ち悪くあやしていた僕はようやく我に返る。反射的に痛いと自然に口から発してはいるものの、最近この痛みに慣れつつある自分が怖い。

 「いつまで遊んでいるのだ!お前が料理を指示しないと、客人へのもてなしが出来ないだろうが!」

 「分かりましたよ…じゃあ、十香は鈴様が見てて下さいね」

 「…っ、な、なんで妾が」

 「頼みましたよ」

 僕が力強くそう言って部屋を出る。そして扉を閉めるふりをして、そっと隙間から様子を覗く。鈴は十香の周りを落ち着きなく歩き回った後、ようやく腰をおろし、ぐっと顔を覗きこむ。 

 「…べろべろべろ、ばああ」

 か細い声でかなり恥ずかしそうに僕の真似をしている。僕は笑いをこらえすぎて死にそうだった。気分上々で廊下に出る。面白いものを見られた。



 異世界に来て、数えで半年強経った。鈴と過ごし、十香と笑い、料理を作って兵たちと交流を取り、麗衣に勉強を教わり、杷木に剣を教えてもらい、僕は毎日信じられないほど幸せだった。特に杷木といると本当に時間の流れが早かった。恥ずかしい話、僕はかなり兄ちゃん子だったから、杷木との時間は本当に楽しかった。

 

 その日、杷木との稽古は午前中に集中しておこなうことになり、そのまま昼食を食べた。杷木は最近僕が教えたサンドイッチにかなりはまっている。今日持ってきたのは、かなりアグレッシブに野菜と肉を挟んでいる豪快なサンド。その手を持つ杷木の顔が今にもとろけそうだ。誰が作ったかは考えるまでもあるまい。

 「この前な、十香が俺を見て、ああーって呼んだんだ。あれ、きっとパパって呼びたかったんだ。あの子は、魔法もすごいが、頭も天才だよ」

 「うんうん、良かったねえ」

 「…っ、すまんな。家族の話なんかして」

 え、と、僕が食べる手を止める。慌てて笑った。上手くいかなかったかもしれないが、そこは誤解してほしくなかった。

 「そんなことないよ。絵に描いたような親馬鹿だとは思うけど」 

 「お前、すごいことをはっきり言うな」

 「最近…その…正直、あまり考えないようにしてるんだ…家族のこと…杷木兄たちがおふれをしょっちゅう作ってくれてるの知ってるけど、でまかせ情報すらやってこないし…逆に…変に探して、最悪な結果見て…絶望したくないっていうか…」

 言葉にしてみて、本当に僕最低だな、と、ずん、と重くなった。そこまで一気にしゃべると、杷木が真面目な顔して座りなおした。僕も真似た。

 「千…実はな。鈴様が、お前の家族を探してくれてるんだ」

 「…えっ…」

 「これは絶対に秘密だと言われたのだがな。お前には言っておいた方がいいと思ったんだ。毎日寝る前に、魔法で世界中を探しているよ。お前の血を。お前の記憶を。けど、全く見つからないんだ。俺は絵に描いたような親馬鹿だから、彼女の魔法を過信している」

 「…そ、そっか…そうなんだ…あ、ありがとう、話してくれて」

 この世界中探しても家族はいない。鈴子もきっといない。泣くな。泣くな泣くな泣くな。泣くのを我慢し過ぎて変な顔になっているだろう僕の向かいで、杷木はもう一度僕を見なおした。

 「すまん、言葉が足りなかった。記憶は見つからなかったが、血は見つかってるんだ」

 「…どういう、こと?」

 「つまり。生きているのに、お前のことは全く覚えてないということだ。こちらの世界に来た衝撃で記憶が飛んでしまった可能性も高い。世界を渡る力が強すぎて、記憶を保てなかったんじゃないかと」 

 「でも、僕は覚えてる」

 「それはきっと、お前の力だ。世界渡る強大な力を少し吸い込んで、記憶を保てたんじゃないか…」

 そこまで言って、杷木は自分で笑った。

 「なんて。全部憶測だ。けど、千。これだけは言っておきたかったんだ。気付いてると思うが、十香の魔力はもうずいぶん安定している。お前がいなくなったら…もちろん俺も寂しいが。俺たちを理由に、諦めないでほしんだ。別に出ていってほしいわけじゃないぞ」

 最後の慌てて言う台詞があってこその杷木だ、僕はようやく、自然に吹き出すように笑った。

 「ありがとう、杷木兄」

 「いや。食べよう」

 「うん」



 生きていればそれでいい、よく言葉だが、少なくても僕は完全にそうは思えなかった。僕のことを全く覚えてない家族に出会って、僕はどれだけ悲しめばいいのか見当もつかない。仲良くしていたというよりは、喧嘩の方が確実に多かったように思うが、でも、家族だ。その家族で過ごした毎日が何も残ってないのだ。

 昼以降、僕はどうやって過ごしたかよく覚えてない。夜は更け、城内が寝静まる。全く眠れる気配はない、僕は灯りを持って鈴の寝室へ向かった。ノックをしても返事がしない。もう寝ているのかなと思ったけど、室内から小さな声で必死で何か呟き続けている声が聞こえる。集中して魔法を使ってくれているのだろう。

 「鈴様」

 僕が扉の向こうに向かって声をかけると、明らかに室内が慌てた様子になった。本が何冊も落ちたような音がする。

 「せ、千。どうしたのじゃ」

 「入ってもよろしいでしょうか」

 「良い」

 失礼します、と僕が呟いて、入った瞬間扉を閉めそうになった。ものすごい女の子らしい部屋など期待してなかったが、ある意味その期待斜め上をいっていた。部屋の隅を埋める蝋燭、天井には骸骨と蜘蛛の巣、壁と床中に真っ赤な魔法陣、部屋中央には大量の書物と何かを煮詰め続けている鍋。生贄が倒れていても違和感がないような部屋だ。いや、これも全部、僕のためだ。泣くのを我慢する、今は泣きに来たわけではない。最も今泣きそうな最たる理由は鍋の匂いだ。何を煮ているのか聞くのが怖い。

 「座れ」

 僕が室内まで入ってくると、鈴はいそいそと座布団を敷いてくれた。ピンクだ。急に女の子の部屋に来た感が増して緊張が脳天を突きそうだったが、僕はぐっと耐えた。

 「…鈴様」

 さあ話をしよう、と鈴を見るなり僕の脳天がまた揺さぶられた。部屋がすごすぎて、鈴の格好に全く見てなかった。何だこれ、何だこれ、無理やり述べるなら、ネグリジェに毛が生えたようなものだ。さすがに体は透けてない、ていうか慌てて目を反らしたからろくに見てない。もう見れそうにないけど。とにかく僕が落ち着かないため、自分が着てきた上着をかけてやると、鈴が不思議そうな顔をしていた。

 「千?夜這いではないのか」

 「違います!断じて違います!」

 ごほんと咳払いした。顔がかなり真っ赤な自覚はあるが、深呼吸して、無理やり落ち着かせた。そもそも、鈴と真剣な話をしようと言う方が無理な話だ。よくも悪くも彼女はいつだってまっすぐなんだから。

 「鈴様。僕の家族を毎晩探して下さってるそうですね」

 そう言った瞬間、目が殺気だった鈴が立ちあがった為、僕は速やかに止めた。予想していた行動だ。

 「止めて下さい、杷木兄はもう父親です」

 「…っ、卑怯じゃ」

 そう、僕は卑怯で臆病で、それでいて大事なものが多すぎる欲張り者だ。自分でもどうしようもない子供なことはよく分かっている。

 「ありがとうございます。でも、あまり頑張り過ぎないで下さい。僕のせいで、鈴様が倒れでもしたら」

 「妾の魔力を舐めておるのか」

 「とんでもない。毎日くらっていたんですよ。でもだからといって体力は使うでしょう。疲れるでしょう。僕の為にありがたいとは思いますが」

 ぽたり、と水音がして顔を上げると、鈴が泣いていた。僕は慌てた。まさか泣くとは思わなかった。

 「妾の名前は…お前の恋人の名前だったな」 

 「…え?ええ」

 「妾はそれで、お前の恋人になったつもりでいた。実際お前の恋人はどこにおるか分からんし、毎日一緒におるのは妾じゃ。前日妾と一緒におってくれるし、よお笑ってくれる。だから、いつか忘れるじゃろうと、妾は勝利を確信しておった。けど、十香が産まれて、そんな考えはなくなった」

 「…十香?」

 「あれはお前がつけた名前らしいな…名前を呼び、十香を相手にするお前の顔は、なんというか…妾と一緒にいる顔と全然違う。杷木が、麗衣と十香とおるときと同じ顔じゃ」

 そこまで話すと鈴はしゃくりあげ始めた。僕は、手を伸ばすことが出来なかった。ただじっと、鈴の話を聞いた。

 「妾は、恋人の真似ごとを出来ても、家族にはなれん。お前は家族が恋しいのじゃ。会いたいのじゃ。じゃから、じゃから…もうそれくらいしか…お前を喜ばせる方法が…」

 そうして、鈴は泣き叫んだ。僕はただ何も出来ずにいると、いつの間にか、泣き疲れて眠っていた。僕はそんな彼女をベッドに抱きあげ、布団をかけることしか出来なかった。僕は、泣けもしなかった。ただ、胸が痛すぎて、何も考えられなかった。



 「千、千、起きろっ」

 「………ん?」

 いつ寝ていたんだ、僕が体を起こし、ぎょっとなった。朝だ。鈴の寝室で一晩過ごしてしまった。僕が慌てて床から起き上がり、自分の体をあちこち触って急激に馬鹿らしくなった。何かあるわけない。そんなことよりも、鈴が嬉しそうだ。

 「お前に近い血の場所が分かったぞ」

 「…っ、本当ですか」

 「ああ…一つだけじゃが。血がある。少なくても生きてはおる」

 一人。家族が誰かいる。生きている。この世界に、生きている。僕の心臓は起きぬけに高鳴り過ぎて、口から吐き出してしまいそうだった。

 「妾は冷たいことをはっきり言う。杷木にも聞いたかもしれんが、お前の記憶を探せなかった。つまり、お前のことをまるっきり覚えてない可能性。更に、ものを考える余裕がないくらい体もしくは精神が傷ついている可能性もある。それでも会いに行きたいか」

 後半は今初めて聞いたが、確かに、その可能性もあっておかしくない。僕は本当に、彼女のこういうところが好きだ。僕は高鳴る胸を叩き、まっすぐ鈴を見た。

 「行きます」

 「そうか…よし。では早い方がいいの。ちと遠いから、まずはその土地を納めるものに手紙を出そう」

 いそいそとはりきって紙とインクを選んでくれている鈴は、ふと、どうしたのか真っ赤な顔してこちらを睨みつけた。

 「べっ、別に、お前が出ていくのを止めたいわけではないからの!危ない土地やもしれんし」

 ツンデレキタ―、僕は震えながら笑った。

 「だ、大丈夫です。ありがとうございます。ありがとうございます」

 「笑いすぎじゃ!」

 「あっはっは、すいませ」


 -がちゃ!

 「姫様、いい加減、起きて下さ」

 ………パタン。



 杷木が入って来て、部屋内を見て、閉めて去られた。うん、まあ、僕もそうする。こんな格好した鈴と、昨日と同じ服の僕がベッド近くにかなり近距離で座りこんでるんだもんな。

 もう否定するのも面倒くさい。鈴もそう思っているのか、そもそも気にしてないのか、何ごともなかったかのように手紙を広げた。邪魔してはいけない、僕が部屋を出ようとすると、鈴から呼び止められた。

 「もし直接行くことになったら、護衛をつけてやるからの。あまり危険なところじゃなかったら、妾も行く」

 「はい。本当にありがとうございます」



 顔を洗って、着替えて朝食を食べ、僕はずいぶんすっきりしたが、どこか精神がふわふわしていた。鈴の魔力を信用していないことはもちろんないが、家族に会えるかもしれないと思ったら、落ち着かなかった。

 そして、僕は、一つ最低なことを思いついていて、きっとそれを実行しようと思っていた。もし家族に会いに行けるとして、僕は、鈴だけは置いていこうと思った。一緒に行きたくないわけない。喧嘩もしそうだが、彼女といると絶対楽しい。けど、それだけじゃない。僕を知らない、もしくは僕が知らない姿になってしまっている家族に会ったとき、僕の反応を見られたくない。万が一にでも、彼女に当たりたくない。

 要は、彼女に格好悪い姿を見られたくないだけなのだ。もうこの時点でそうとう格好悪い。



 この世界での郵便事情がよく分からない僕は、気長に待とうと、とりあえず忘れたふりをしてまたいつも通りの生活に戻った。今日は杷木も麗衣も忙しく、鈴はまだ寝ていたため、僕はぽぷらと井戸端会議をしていた。井戸ないけど。

 おじーちゃん、朝ごはんはもう食べたでしょーとか馬鹿なことを言いながら2人(?)でげらげら笑っていると、真っ青な顔をした杷木が向こうから走ってきた。

 「…どうしたの」

 「…っ…無帝国の国王が…姫様を妃に欲しいと…」

 風が吹いて、ぽぷらの葉っぱがたくさん舞い踊り、いつまでもいつまでも地面に落ちなかった。




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