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地球と天界  作者: 橘 蓮
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第8話 イケニエ

山の頂の宮殿で千雨は祈りをささげていた。ここにキリストの像があるわけでもない。千雨がいる場所は宮殿の中にいる大広間。

もう少しすれば、優太たちはここへやってくる。それまでに……!!

祈りをささげると同時に自分の決意を固くした。


イケニエになるのは私。他の誰でもない。決めたのは……私自身だ。

他の皆とは違って優太君と私は天界4ヶ国が滅ぶことになるのを知っていた。『先代の血』を受け継ぐ人、それはつまり生きている人。誰でもなれるのだ。死んでしまってはもう一度死ぬなんてことは無い。そんなことがあるというならそれは『死』ではなく魂そのものが『消滅』することを意味する。転生もない。何もない。

私たちは優太君が事故に遭う少し前、梟の国の国長に会った。というか向こうから会いに来た。

『はじめまして、というべきかのぅ。お前たちに重大な選択をしてもらわなくてはならなくてのぉ』

そして祖父は私たちに話をした。この世界ごと破壊されること。人間の血を必要とすること。

「ねぇ、おじいちゃん。どうしてこんな話をするの?」

優太君は聞く。私は恐ろしくて何も言えなかった。

『お前たち2人が先代の血をより濃く受け継いでおり、身内だからじゃな。生きている人間でも若ければそれだけ血が少なくて済むんじゃ。頼むなんてことはしたくなかったんじゃが……。お前たち2人のどちらかが身を捧げてくれればそれで事が済む。生きている人間なら5人。儂らならざっと100人は必要になるのじゃよ』

「ずいぶんと差があるんだね……」

優太君はこれをすんなりと受け入れているように見えた。

私は口を開く。

「もし……、もし私がその役を引き受けたら何かメリットでもあるの?」

祖父は驚き、そして笑っていった。

「ふぉっほっほ。メリットかぁ。千雨、お前がその役を引き受けるなら1年という短い期間を千雨のものにしよう。1年後、お前が受けなければ運命のルーレットが誰かを選ぶじゃろう。優太かもしれぬし、儂かもしれぬ。誰かは誰にも分からぬ」

「それなら、私は……」


優太君はもうこのことを覚えてはいない。覚えているのは私と祖父だけ。優太君の記憶は消してもらった。

私が持つ力は、引き受ける代わりにもらったもの。皆、特に優太君は生まれつきの力と信じているみたいだけど本当はこういった経緯があった。

でも、今は……生きたいと考えるようになった。だからといって誰かがイケニエになるなら私がなる。そして多く命を救いたい。

「……もっと……生きていたい…………」

命の期限を知って初めて世界が美しいと感じた。もっといろんなものを見たかった。感じたかった。

もっともっとこの世界のことを知りたかった。

そして……。

『千雨ー! どこだー!』

この大広間にあるたった1つの扉が開き、私を呼んだ。

「……ここよ」

そして、もっと優太君たちといたかった。会いたかった。


「イケニエは私だから」

千雨の口から出る言葉は本人の気持ちとは真逆のものだった。

本当はなりたくなんてないのだ。

「な……、なんだよ、それ。確かに5人の中だけど……。天草って決まったわけじゃねぇだろ」

千雨は首を横に振った。

「これは決まっていたこと。私が力を手に入れた瞬間からルーレットの針は私を指していたのよ。……少しでも皆といたかったからここまで来てもらったの。……もう、大丈夫。安心して戻っていいよ。覚悟して決めたことだから」

『何を……、』

「何、そんなこと言ってるの! 何が決めた、よ。私たちの気持ちはどうなるの? 全く考えていないわけ? 甘えてるんでしょ。誰もイケニエなんてなりたくないはずよ。そう……、誰もイケニエになんてなりたくないの。昔からそう、誰もがなりたくてなるんじゃないの。誰かがならなくちゃ……自分かそれとも自分の愛する者がなりうるから進んでこの身を捧げたのよ。貴女もそう思って今の今までやってきたんでしょ? でも、受け入れちゃ駄目。受け入れたら後悔するの。この私のように」

思ってもみないことが次々と口から出てきた。私じゃない、誰かが話しているようだった。

いつ私が後悔したの? それは『私』がしたことなの?

その時、いきなり気が遠くなった。


気が付くと優太と会ったあの場所にいた。今は、翔太に似た少年に殺されている所だった。

「あ……あぁ……」

「……ありがと……バウス。……これで……世界が救われる」

刺されている場所が痛くなかった。どうやら私は誰かの記憶の中にいるようだった。

「ア……ザナ。俺はこれで……良かったのか?」

「うん……。君は……正しい…………。私1人の命で……、済むなら……これでいいんだ……よ」

バウスと呼ばれた少年はアザナという少女の血と彼の涙で頬をぐしゃぐしゃにしていた。

「そ…………れにね、君の手で……最……後をね、迎え……られたんだ……よ。幸……せだ……よ。…………そうだっ、今だけで…………いいから、聞いて。忘れて……いいから。今だけ……」

「分かった。聞くよ、聞くから! もうそれ以外は何も言わないでくれ! 頼むからもう……」

「バ……ウ……ス。私は…………君の……こと…………をあ……い……し……て……る。魂が……なく……なっても……ずっ……と」

段々と視界がぼやけてくる。多分、これがアザナの最期なのだろう。バウスがこのあと何か言っていたようだが聞こえてこなかった。


「……綾花!」

「翔太……?」

目を開けるとそこには心配そうな顔で覗き込む翔太と里菜がいた。

「よかったー。ちーちゃんにお説教している途中で急に倒れちゃうんだもん。貧血? 大丈夫?」

「天草さんは?」

「綾花に言われて泣き出しちゃったんだ。それで今、優太が慰めてる。あっ、立つの? 支えようか?」

里菜に支えられて立つ。そしてそのまま千雨のもとへ向かった。

「天草さん。一緒に見つけよう。私、誰かの記憶を見たの。このままじゃ駄目だ。それを教えてくれるものだと思うんだ。誰も傷つかない方法、私たちならきっと見つけられる」

アザナやバウスの夢。それは私たちの希望だ。方法はあるはず。アザナが辿ってしまった運命みちを進んではいけない。私は千雨に手を差し出した。

「探そう」

『そうだよ千雨。頼むから全部1人で抱え込まないでくれよ』

「優太は人のことを言えた身じゃねぇだろ?」

「翔太、一言余計」

千雨は少しの間うつむいていたが、不意に顔をあげ微笑んでいった。

「皆……。ありがとう。分かったわ。みんなで方法を見つけよう」

「そうこなくっちゃね」

「でも、探すって言ったってどうやって探すんだよ?」

私たちはうーんと唸る。

『それは今から皆で考えればいいさ』

「そうね。まだ時間はあるし、ゆっくり考えましょ」

「なんか私、疲れちゃった。綾花も疲れているみたいだし、ちょっとどこかに座らない?」

「それなら向こうに食堂があるから休憩ついでにお昼食べる?」

確かに。いい匂いが漂ってくる。しかしもうそんな時間だっただろうか? 時計をみると12時を回っていた。

「あれれ? もうこんな時間なの? まだこっちに来てから1時間くらいしかたっていないと思ってたのに」

『こっちの世界は現世界より進みが速いんだ。現世界の1時間はこっちの5時間に当たる。さぁ行こうよ』

さきほど通った扉を開けて外に出ようとした。しかし、開かない。

「あれ? どうなってんだ? 開かねぇぞ」

扉は押しても引いてもびくともしなかった。

「うそっ、私たち……閉じ込められた?」

その時、宮殿内を照らしていた何本かの蝋燭が一斉に消えた。

「キャー! 何? 何が起こったの?」

里菜が私の手を強く握ってきた。私も咄嗟に翔太の腕をつかむ。

"アマクサチサメ。オマエハ ヒトリデ イケニエニ ナルト キメタノデハナイノカ?"

どこからか声が聞こえてきた。

「えぇ、確かに一度はそう決めたわ。でも考えが変わったの。私、やっぱり死にたくない。これからもずっと友達や家族に囲まれて向こうの世界で暮らしたいの」

"ダメダ。スデニ アノトキカラ オマエガ イケニエニ ナルコトハ キマッテイタ"

"オマエモ オボエテイルダロウ"

「もちろん。忘れるわけないじゃない」

でも、もう決めたことだと千雨は言う。

「私はイケニエにならない。ううん、なれないの」

"デハ オマエハ コノセカイヲ ミステルノダナ?"

「そうは言っていないわ。でも……」

"コノセカイノ オワリヲ クイトメル チカラヲ モツノハ オマエダケダ"

"ダカラ オマエヲ ゼッタイニ イケニエニ スル"

"ニガサナイゾ アマクサチサメ"

勝手に決めつけないで! 千雨は声のする方に向かって叫ぶ。

「何を言っているのよ。イケニエになるかならないかを決めるのは私よ」

"ソウカ ソコマデ イウナラ シカタガナイ"

"イッソノコト オマエラ ミンナ マトメテ イケニエニ シテヤル!!!"

その時、突然宮殿の天井が崩れ始めた。

「危ないから皆、逃げて!」

「逃げるったってどこへ逃げるんだよ!? 扉は開かねぇんだぞ!」

『皆、こっちに集まって』

優太が私たちを呼び寄せる。そして例の呪文を唱えた。


気が付くと私たちは公園に戻ってきていた。

『ふぅ……。助かった…………』

「良かったー」

「マジで死ぬかと思ったぜ」

「本当。ちーちゃん? 大丈夫?」

見ると千雨はガタガタと震えていた。

「皆、ごめんね。どうしよう……私…………」

『大丈夫だよ僕たちがついているから。ただ、いつ向こうから追手が来ないとも限らない。このままじゃ全員の命が危ういな』

「これから私たち、どうなるの?」

私は心配になって聞いた。さっきのコエの言うとおりになるのなら全員イケニエもありうる。

『綾花たちは心配しないで。普通に今まで通り生活していればいいから。今後のことは僕と千雨で考える。それより、授業の時間は大丈夫?』

「えっと……、今すぐ行けば1限に間に合う。今日の1限は…………やべっ! 生物!」

「大変! あの先生、遅れるとすごく怖いから。急がなくちゃ!」

「でも、カバン……」

あっ、そうだ。私たちは最低限の荷物まとめの格好。私服。まずい。

『大丈夫』

優太が呪文を唱える。すると私たちは学校の制服に変わっており、カバンも持っていた。

「ありがとう優太。2人とも早くいくよ!」

そういった里菜は既に学校の方へ走り出していた。それにしても優太の力、便利すぎる。

「あっ、里菜。ちょっと待ってよ! じゃあね、優太。また放課後に来るから。翔太も早く! 急がないとまた遅刻するよ」

私はそういいながら学校へ向かって走る。翔太も数秒遅れて走り出した。

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