第7話 命の期限と鳩の国
「命の期限って……」
『聞いたまんまの意味だよ。千雨は昔、原因不明の病気にかかったことがあってね。里菜はもしかしたら聞いてるかもね』
「うん。でも入院したことしか聞いてないよ」
手紙で病気で入院したんだ、としか。と里菜は話す。
「それと代償と何の関係があるんだ?」
『うん。その原因不明の病気、どうやら天界の要素が絡んでいたみたいで。まぁ、それは後から知ったことだけど。とにかく一時は生死の境を彷徨っていたんだ。でもなんとか治療法が見つかって助かったんだ。その時、専門の医師が病気が再発しないようにって再発防止術をかけた。それも何重にもね。そうすると誰かが故意にその術を解かない限り、その病気は再発しない。その術の印として彼女の背中には小さな紋様をつけた。まぁそれも見る人が見れば紋様って分かるけど大抵はみんな痣だって思うだろうね。千雨もそう思っていたらしい。だからその紋様が仮に無くなっていたとしても本人も気付かなかっただろうね』
「ねぇ、無かったんでしょ? その紋様。ちーちゃん、どうなるの?」
『……故意に術が解かれた場合、術が解けたその日から本人の分からないところで徐々に進行する。そして2年でその人の人生が……終わるんだ』
言いにくそうに優太は話した。
「ちーちゃんはあと2年で死んじゃうの?」
『……もう2年もないと思った方がいい。術がいつ解かれたか分からないのだから。紋様も確認が難しいほど見えにくくなっているし。千雨の力は一度使うと1週間使えなくなると話したね。それはそれだけの時間かけて元の力に戻そうとするからなんだ。多分、今の力の源は術式の封印だろうね。でも使えば使うほど封印の力は弱まる。まだ、なんとか戻っていたにしても切れるまでは時間の問題だ』
千雨は何回力を使っただろうか。あと何回使えば解けてしまうのか、誰も知らなかった。
「どこを探せばいいんだろう……」
「どんな方法にしろ現場で食い止めようとするだろう。俺ならそうする。もしかしたら被害を最小限に抑えられるかもしれないだろうし」
私も里菜も否定しなかった。同じことを考えていたのだから。
「でもさ、私たちに見つかったら止められる。ちーちゃんはそう思っているはずよ。だったら、その時まで隠れていると思わない?」
「なぁ優太。その場所、つまり最大の被害を受けるのはどこだ?」
『鳩の国だ』
「なら、今から行こう!」
私たち3人は早く準備を進めないと、と何を持っていくべきかなどの話で盛り上がった。
『どうして……? 数日前はあんなに嫌がっていたじゃないか』
「優太、忘れたのかよ。俺たちは友達だろ? 友達は助けるもんだって昔から決まってるんだぜ。優太だって上のお偉いさんからの命令じゃなれば、俺たちを巻き込みたくなんてなかったんだろ? ったく……、いつも申し訳なさそうな顔しやがって!」
『行くことは決まっているけど、残りの時間を現世界で過ごしたくないの? 誰かは戻ってこれないんだよ』
私たちは顔を見合わせる。みんな曇りがなかった。
「うん、そうね。戻ってこれないかもしれない。でも、一番にしなきゃいけないことは残ってぐずぐず残りの時間をここで過ごしていることじゃないもの。ちーちゃんを助ける。それが今、私たちがしなくてはならないことだから」
そして私たちは声を合わせてこう告げた。
「明日、鳩の国へ行く」
「じゃあ明日の朝、8時に公園に集合ね」
そういって昨日、みんなと別れてからのことはよく覚えていない。
私は普段は寝起きが悪いのだが、なぜか今日は6時にパッと目が覚めた。お母さんにも驚かれたくらい。何もする気も起こらず、支度をして早めに公園へ向かう。その時刻、なんと7時。
集合の1時間前。さすがにまだ誰もいるわけないよね……。
「綾花!」
振り向くと、里菜が手を振っており隣には翔太もいる。2人は私を見ると駆け寄ってきた。
「あれっ? 2人とも早いね」
「なんか早く目が覚めちゃって……。綾花こそ早いじゃん」
「私も里菜と同じなんだ。いつも寝起き最悪なのに、今日は全然だったの」
「俺もだよ。何かこれからのことを考えるといてもたってもいられなくってさ」
話をしていると優太が姿を見てた。
『みんな早いね』
「おはよう、優太」
『おはよう。さて、いよいよだ。準備はいい? いくよ』
優太はそういって深呼吸をした。私たちもつられて深呼吸をする。
辺りが一瞬、不思議な空間に包まれたかと思うとパッと一気に明るくなった。
「着いたな。よしっ、始めに何をすればいいんだ?」
「来たか」
不意に後ろで声がしたので振り返る。全員が思わず呆然とした。
『あなたは確か……、相談屋の。なぜこちらに?』
「ここでお前たちをサポートするよう、国長や先生から頼まれている」
『国長……? えっ? 国長とお知り合いなんですか?』
「まぁな。私と先生は隼の国の住人でな」
隼の国は知っているだろう? と秘書は言う。
『はい、もちろん。隼は隣国ですから』
「おい、みんな早くいこうぜっ! で、天草はどこにいるんですか?」
「待て。そうあわてるな。全員これを持っていなさい」
渡されたのは10枚の厚めの札だった。
「この札はお前たちを怪我やほかの災いから守ってくれる。それから……」
男は手に持っていた袋の中から鏡と笛を取り出し、優太に渡した。
「この鏡は唯一、彼女の力に対抗できるものだ。ただ、よく聞け。これは使い方を間違えるとお前たちの身に危険が生じることになる。十分気をつけろ。それから私に用があるときはこの笛を鳴らしなさい。すぐに飛んでいくから」
『ありがとうございます』
「天草千雨は今、あの山の頂上にある宮殿にいる。彼女を救えるのは君たちだけだ。それと、先生から頂いた水晶は持っているな?」
「はい、もちろん」
そういって翔太は巾着袋を取り出してみせる。
「よろしい。では行って来い。健闘を祈る」
「よぉし、行くぞ!」
翔太が高くこぶしを振り上げる。私たちも真似をし、こぶしを高く振り上げた。そして山に向かって歩き出す。
少し行ったところで振り返ると、もう男の姿は無かった。
「さて、あの子たちは千雨をどうやって止めるだろうねぇ」
「そうですね……。でも、あの子たちならきっとやってくれますよ、先生。上手くね」
「優太。ちーちゃんに封印の術をかけたのって誰?」
『それは……』
「その人が分からないと、止めたって死ぬかもしれないだろ? 教えろよ」
『梟の国の国長だ。僕の祖父だよ。大丈夫。既に千雨のことは伝えてある。もう一度、防止術をかけてくれるから』
それなら安心だ。
「なら早くいこう。天草さんのこと、止めなくちゃだもんね」
その時だった。地面から何かが湧き出てきた。うん、きっとこの言い方が正しいはず。水のお化けのようなものが、ゆらゆらと揺れて私たちの行く手を阻む。
"オマエラ ココヘ ナニシニキタ……"
"ココハ アマクサ様 以外ハ ハイッテハナラヌ"
「何こいつら」
「ちーちゃんの……力?」
『千雨の化身だろう。僕は千雨の……兄だ。ここを通してほしい』
"キイタカ? アニ、ト イッタナ"
"アマクサ様 ハ ダレモ オアイニハ ナラナイ。タチサレ"
「そうもいかないの。天草さんを助けたいの」
"チュウコクヲ キカヌナラ ヨウシャハ シナイゾ"
『通す気はないようだね。じゃあ、こちらも力ずくで行くのみ』
「どうするの?」
『みんなは下がって』
優太はミニチュアサイズの剣を出した。呪文を唱えると、それが大きくなる。
『里菜。さっきの秘書の人から貰ったお札を1枚持って、僕の前にかざしてくれないか?』
「分かった!」
里菜がお札をかざす。すると、それは結界のようになり私たちを覆った。
『これで、しばらく攻撃を受けても無力化される』
「ありがと。優太はどうするの?」
『僕はこいつらを倒す』
剣を携えた優太は指をパチンと鳴らすと、騎士のような装備になり左手には盾のようなものを持っていた。
優太は剣を振り上げ化身を切り裂く。あっという間に解けて消えてしまった。
「なんだか、あっけないな」
『まだ来るよ』
地面から湧くように次々と化身が出てくる。
『翔太。悪い、手伝ってくれ!』
「そうこなくっちゃ!」
優太がパチンと指を鳴らすと翔太も優太と似たような装備になった。
「使い方は……?」
『そんなの、翔太が一番知っているんじゃないか? 翔太がいつも好きでやっているゲームのリアル版みたいなものなんだから』
「それは分かりやすい」
翔太も優太と同じように化身を次々と打ち破っていく。
宮殿に辿り着くころには私たちも参戦し、何とか敵を打ち破ることに成功した。
そして宮殿の中に入っていく。その宮殿はもう使われていないのか廃墟と化しているようだ。
『天草ー! どこにいるんだー!』
「ちーちゃん。どこー?」
私たちは決して狭くないその場所をあちこち手分けして探した。キッチン、リビング、迎賓室、書庫、保管庫……。長い廊下から中庭を見下ろしたりもした。
「天草さん、どこ?」
『千雨ー! どこだー!』
優太が大広間に通じる扉を開ける。
「ここよ……」
そこに千雨はいた。私たちは千雨に駆け寄る。
「ちーちゃん! どうしてこんな危険なこと……1人で……」
「そうだぞ、天草」
「相談してよね。私たち友達でしょ? 帰ろう。みんなで一緒に」
「気持ちは嬉しいけど、答えはNoよ」
千雨は切なそうな顔で言った。
「なんで……?」
「イケニエは私だから」