第5話 千雨の力
次の日、私たちは3人で公園へ向かった。
「イケニエ、俺だったら嫌だなぁ」
「それは私も同じよ。ねぇ、里菜」
「うん。だから優太がなんとかする方法を聞きに行ってくれたんだと思う」
公園に着くと千雨の姿があったが優太が見当たらない。
「おはよう、ちーちゃん」
「おはよっ!」
「天草さん、優太は?」
『お待たせ』
優太は私たちの前にスッと現れた。
「どうだった?」
『単刀直入に言う。イケニエを出さずに救う方法はないらしい。今回だけならいつものように書物に従って儀式を行えばいいんだけど、これからずっと先までとなるとイケニエは少なくとも2人必要になる。その場合、僕が入ることは必須条件なんだって』
「そんな……」
私たちは愕然となる。
『みんなの未来のためにと思ったのに逆効果になっちゃった』
「ねぇ優太。それって本当に優太じゃなきゃいけないの? 私じゃ駄目なのかな……?」
『里菜? 何を言っているんだ? 君はここで平和に暮らしてほしいんだ』
でも優太が……! そういう里菜を優太が宥める。
『僕のことはいいんだよ。でも、もう1人なんて選べないよ……』
「ねぇちょっと待って。なんで皆そんな深刻そうな顔をしてるの?」
私たちが混乱しているなか、千雨は平然と聞き発言する。
「それ、どういう意味だよ? 俺たちの誰かが犠牲になるってことなんだぞ。深刻にもなるだろうが」
「でもそれはさ、ここの世界にいるからでしょ。だったら違う世界に行けばいいじゃない。地球でも天界でもない異世界に飛べば、人類破滅もなくなるだろうし天界だってイケニエを出さなくていいかもしれないよ」
「ちょっと、天草さん。なんだかすごいあっさりとすごい発言してるけど、そんなこと……」
出来るわけないじゃない。それが出来たらどんなにいいか。
「うん。出来るわよ」
「……、は?」
私たちは思わず素っ頓狂な声を出した。
「もー、私が何の考えもなしにちーちゃんの学校へ転校してきたとか思ってたの?」
千雨が胸を張って言った。
「信じる信じないは別として、私にはそういう力があるのよ!」
「ちーちゃん、それ詳しく教えてくれないかな?」
千雨は説明を始めた。
「いつだったか覚えていなんだけど、こうなってほしいって思った時にそれが叶ったことがあったの。最初はただの偶然だと思ったのよ。あぁ、そんなこともあるんだなって。だけど、それから何度も立て続けにそういうことがあって私、気付いたの。『こうあってほしい』そう願ったものがすべて私の思い通りになるってことにね。その力も日に日に強くなってる。だからきっと異世界にみんなで移ることだって……」
『バカ!!』
普段おとなしい優太が本気で怒った。
『千雨。君は今、願ったものが全て叶ったって言ったね!』
「言ったけど……」
『二度とその力を使おうとするな。人間1人につき、使える力は限られてるんだ。ましてや自覚できるほど使えているだなんて……。あれはそう簡単に使えるものなんかじゃないはず。千雨、君は何を代償に支払った?』
「代償? 私は何も失ってなんかいないわ」
優太は千雨の言葉を信じなかった。そしてスコープらしきものを取り出し、それを通して千雨を見る。
『……はぁ、やはりか。君はしっかりと代償を支払っているよ。厄介なものだ」
次に札のような物を取り出し、千雨に張り付ける。
『 』
優太が呪文を唱えたと同時に札は千雨の中へと吸い込まれていった。
『一時しのぎだ』
「優太、天草さんの力ってどういうこと?」
『もう少し後になったら説明しようと思ってたんだけど。ここまで来たら力ってものを説明しないと納得しないよね』
―――力。それは人間が生まれつき持っている天性なもの。限りあるもの。自覚しないもの。その源はイケニエの人々のカルマが生み出したもの―――
『種類はいろいろあるよ。未来がミえたり遠くのコエが聞こえたり。千雨のように願いが叶ったり……いわば超人的な力だね。超能力みたいなものだよ。一歩間違えれば人か疎まれたり怖がられたりする恐ろしい力さ。上手く使える人は少ないね。いや、居ないに等しいかな。例としてはキリスト。彼はその力を上手に使った。使いすぎて力を制御出来なくなってしまったんだ。だから殺された。過信してしまったんだよ』
「じゃあ今、天草さんに札をつけたのはその力を使えないようにするためってこと?」
『そうこうこと。あの札が中に入ると、その札の力が働く。一時的ではあるけど、その人が力を使えないようにすることが出来るんだ』
ちらっと千雨の方を見ると、彼女は何も言わずただうつむいて立っていた。
「なぁ、さっきお前が言ってた天草が支払った“代償”って…………?」
『それは言えない。今ここで話すととても長くなるから。でもいつか話すべき時が来たらその時に必ず話すよ』
「それにしても、世界の終端を防ぐために何か私たちにできることはない?」
何かできることがあるならしたい。そう思って優太に聞いてみる。
『国長がそれしか方法がないって言うんだから、今の僕たちにはどうしようもない』
「そんな……。じゃあ、ただイケニエに選ばれるのを待ってるしかないってことかよ」
その翔太の言葉で私たちは無言になる。
「……、あれ? そういえばちーちゃんは?」
ふと気付くと千雨はいなくなっていて、その場所に何かが落ちていた。
「これって、さっき優太が天草さんにつけていたお札じゃない?」
『まっ、まさか……。あの札が効かないなんてことはあるはずないのに……』
裏をみると見たことのない文字が書かれていた。
「なにこれ……、読めない。何かの暗号?」
『どれ? 見せて。あ、これは鳩の国だけで使われている文字だよ。えっと……。【天草千雨の持つ力はどうやら君たちには抑えることができないようだ。今後の彼女の行動にはくれぐれも注意したまえ 鳩の国 国長】……なんだって!』
「そんな、まさかちーちゃんが私たちを守るために自分の力を使う、なんてことないよね?」
里菜が心配そうな顔で尋ねる。
『困ったなぁ。これは想像していた以上に厄介なことになった。……とにかく。千雨は世界の終端を防ぐためにおそらく自分の力を使おうとするだろう。いつ何が起こるか分からない。だからみんな、十分気を付けて』
「分かった」
次の日、千雨は学校に来なかった。
『今の状態の千雨は一度力を使うと、再び使えるようになるまで最低でも1週間かかるはずだ。つまりそれだけリスクがあるってことだからね』
昨日の帰り際に優太が言っていたことを私は思い出していた。
「よっ、綾花」
「翔太、天草さん来てないね」
「……そうだな」
そういえば里菜はどこだろう。いつもなら会話に加わってくるのに。
きょろきょろ見回すと、里菜は黒板の前にいて何かを書いていた。次の授業は倫理。そういえば今日は里菜が発表の日だったっけ。
その時、チャイムが鳴り先生が入ってきた。
「それでは授業を始めます」
起立、礼! の掛け声で挨拶をする。
「今日は坂本さんが発表の番ね。じゃあ、お願いします」
こんな調子で倫理の授業が始まる。この先生の授業は面白いから好きなのだ。
あっという間に時間は過ぎ、気付くと放課後だった。
「ちーちゃん、結局来なかったね」
帰りの支度が済んだ里菜が話しかけてきた。
「この間にも力を使おうとしているのかな。心配。力を使ってさ、リスクとかないのかなって思っちゃうよ」
私、ちーちゃんの体が心配だよ。と里菜は心配そうに話す。
「そう思っても、俺たちには成す術がないのが辛いな」
「そうだね」
「……明日は来るといいな」
千雨の心配をしつつ、私たちは帰路に着いた。
その頃、千雨はとある場所でとある人物と会っていた。
「それでは、お願いします」
「本当に儂からでいいのかね? お前さんから言えばいいのに」
「いえ。私からは……。では私はこれから取り掛かりますので、ここで失礼します」
千雨は一礼をしてその場を去る。
急がなければ。この間にも崩壊は始まっているのだ。
千雨は自分に言い聞かせるように呟いた。