第3話 千雨の存在
優太の血縁者。千雨は確かにそういった。
「じゃあ優太が見えるのか? お前は何しにここへ来たんだよ」
「今は話せないわ。ほら、先生がこっち向いて頭に角を出してる。転校初日に目なんかつけられたくないからね」
そう言われてしまうともう黙るしかなかった。さすが従兄妹。丸め込むやり方まで同じとは。
「なんなんだよ」
翔太はこぶしを空中に振り上げ、真下にある机へとぶつけた。訳の分からない空想世界が目の前で起きて、それをあたかも普通に受け入れられる綾花。綾花のように受け入れてしまえば簡単なのかもしれないが、こんな人間離れしたことをこの身でもって体験してしまっては否定したくても出来ない。いや、もしかしたら出来ないのではなくしたくないのかもしれない。優太が死んでしまったとき、もう一度生きかえってまた4人で過ごしたい。そう何度も願ったのも事実だから……。
本当になんなんだよ。翔太は今度は口には出さず、心の中で呟いた。
もう何が何だか分からなくなってしまった。一番最初にあの草原へ行った時から今までの一連の事が全て夢なのではないか。いや、夢であってほしい……と思うのだが皮肉なことにこれは夢ではなく現実なのであった。
またいつものように窓の外を眺めてボーっとしていると、不意に背後に気配を感じる。振り向くと千雨が立っていた。
「あなたは確か……中谷綾花ちゃん。よね? あなたの話も優太君から聞いたことがあるわ」
「えっ……」
「天草、話があるからちょっと職員室に来てくれないか?」
私が尋ねようとしたとき、先生が千雨を呼んだ。
「あっ、待って」
先生のもとへ向かう千雨を思わず呼び止める。
「……何?」
「あっ……、あの、その…………」
私は何と聞いていいか分からず、言葉に詰まる。
「ごめん。先生に呼ばれちゃったから、この話はまたあとでね。綾花ちゃん、これからよろしくね」
千雨はそういって私に微笑みかけると小走りで教室を出て行った。入れ違いで翔太がやってくる。
「なぁ俺、もう一体何がどうなってるのか分からねぇよ。天草の奴、本人が言うには優太の従兄妹だとよ」
「えっ、そ……そうなの? じゃあ、天草さんが前に優太が話してた『千雨』って子なのかな? その天草さん、どうして私たちの学校に来たんだろう?」
「俺だってそんなこと分からねぇよ。だから今日、優太に聞いてみようと思って。綾花も来るか?」
「うん、行く」
放課後、今日は里菜も誘ってみようと思った。あの公園に連れて行きたかったのだ。
しかし、里菜の返事はノー。今日は用事があるらしい。仕方なく私は翔太と2人で公園に行くことにした。
公園に行くといつものように微笑む優太の姿、そして公園のブランコに座る千雨の姿があった。
千雨は優太と楽しそうに歓談中だ。
「あっ、来た来た」
千雨が私たちに気付き、ブランコから降りる。
『里菜は?』
「声はかけてみたんだけど、今日は用事があるんだって」
『そっか。今日もダメか……』
「なぁ優太。俺たち、今何が起こっているのか全く分かってねぇんだ。詳しく説明してくれないか?」
翔太が真剣な顔つきで尋ねる。
「そのことなら私が話すわ」
千雨が私たちの顔をじっと見ながら静かに話し出した。
「あなたたち、とくに綾花ちゃんはよく未知の国に飛ばされてるみたいね。優太君から聞いたわ」
未知の国? なんだろう、それ。
「じゃあ、天草は優太が見えるんだな」
「えぇ、そうよ」
「あっ、質問! 未知の国って何?」
「国の説明は私より、優太君の方が詳しいから……任せた!」
そういって千雨は優太に話を振った。
『未知の国っていうのは天界4か国を繋ぐ国かな。天界っていうのは、まぁ天国の事。今、千雨の言った未知の国っていうのは生前、未練を残してしまった人が来る場所。そこから現世界……つまりこの地球ね。ここに来る手続きをするところって言い方が正しいかな。だから未知の国は天界と現世界をつなぐ謂わば橋みたいな国のことだよ。そこにいけばこの世界と行き来が出来るんだ。通常は天界住人しか未知の国はいけないんだけど、綾花みたいなちょっとしたきっかけで飛ばされる人がいたり。逆にこちらから飛ばしたり。とにかく現世界の人でも未知の国は結構簡単に入れる』
三途の川って知ってるでしょ? あれに近い状態の国だよ。と優太は言う。
優太の説明を私たちは真剣に聞いていた。千雨はというと……、既に知っている話なのか優太の話を聞きつつ携帯で誰かと連絡を取っている様子だった。
「あ、優太君。説明終了?」
「ちょっと俺も質問いいか? その天界4か国ってのは何だ? あと、そらのひと? とかいうのも」
『それね。天国には天界と呼ばれる場所があって、そこに住む人たちは天界住人って呼ばれているんだ。天界には4つ国があってね。亡くなった時の年齢で入国する国が違うんだよ。まず、小学生までの小鳥の国。小学生から大学生までが鳩の国。還暦までは隼の国。還暦以降は梟の国。僕は去年死んだから、鳩の国に住んでる。まぁ、そこに現世界の人が行くには国長に申請しなきゃなんだけどね』
「面白いな」
『千雨、説明は終わったから現状の話を頼む』
「了解。でもちょっと待って。もう少しで来るはずだから」
誰か呼んだのだろうか。私はそんなことを考えていた。
「ちょっと、ちーちゃん」
そういいながら駆け寄ってきたのは意外な人物だった。里菜だ。
「もー、急な呼び出しやめてよね」
「りっちゃん、ごめんごめん」
「まぁもう慣れたからいいけど」
『千雨、もういいか? 移動しろと頼んできたのはおまえだろ? 申請時間がギリギリなんだ』
そうでした、と千雨はペロッと舌を出した。
優太は何か呪文を唱えた。
アメダスだのセレスタだのよくわからない言葉が聞こえる。アメダスって、天気とかのではなくて? という私の疑問を余所に景色がガラッと変わる。いつもの草原……ではなく、今回は小さな街並みの見える小高い丘だ。
『里菜、久しぶり。元気そうだね』
「ゆう……た? え、うそ? 本物?」
どうやら、里菜にも見えているようだ。
「再会して嬉しいのは分かるけど、後にしてくださいな。さてと、役者は揃ったね。綾花ちゃんと翔太君、従兄妹の優太君と大親友のりっちゃん。改めまして、こちらは優太君の住む鳩の国でございます」
そう切り出し、千雨は話し始めた。
「どうしてここの国へ移動してもらう様に優太君に頼んだのか。天界4か国が壊れかけているからなの。理由がないわけじゃないんだけど……後戻りが難しくなってるんだって。何十年、いや何百年に一度かな。こういうことになるのを避けるため、天界住人は古来に書かれた書物を手にして時代にあった訳をしてこの世界を救ってきた。それでね……」
「なるほど。その書物の解読をしてほしいってことなんだな?」
『いや、翔太。解読はもう済んでいる。問題はその内容だ。書物にはこう書いてあったんだ』
―――先代の血を持つ者 その身を捧げ、この地を救うなり さすればこの地は安定し再び平穏が訪れよう―――
優太は話しづらそうに話した。
「つまり……どういうことだ? ……身を、捧げる?」
『そう。イケニエが必要ってこと。僕ら5人が先代の血を受け継ぐもの。僕らの誰か1人がイケニエにならなくちゃいけない。これから1か月の間、時が全て順調に進むとこの世界は終端を迎える。誰もが嫌って思うだろう。終端を迎えることは人類破滅とほぼ等しいわけだ。でもこれは決まったこと。僕らはそれに従わなければならない。今日から1週間は現世界で生きられる。でも準備の関係上、それ以降はこちらの世界で暮らしてもらいたい。だから1週間で荷物をまとめて。持ってくるのは必要最低限のものでいい。選ばれなかった人はまた現世界に戻って生活が出来るから』
感情のない声で優太は淡々と語った。まるで何かに取りつかれているかのように。
『こっちにきてからは鳩の国の学校の臨時生として通ってもらうことになるからね』
「ごめん。でも、誰も逃げられないから」
千雨のこの言葉も優太と同じように感情がなかった。