第2話 優太
『綾花』
足があるのに影が見えない。それはそうだ。だって彼は空に浮いているのだから。
「何驚いているのよ?」
里菜の反応を見る限り、見えているのは私だけなのだろう。そう思っていた。しかしもう1人いた。
翔太だ。
「っゆ、優太? ……な、なんで?」
翔太の驚き方は半端じゃなかった。
里菜を含めたクラスメイト何人かが私と翔太の驚きの反応に首を傾げたり、何を驚いているんだと言っていたようだが2人の耳には入ってきていなかった。
『翔太にも見えているんだね。……そっか……ついに……』
優太は少し嬉しそうに、でも悲しい顔をしていた。
「優太、お前は……」
『うん、死んだよ。1年前の交通事故で。……驚いているよね。そりゃそうか。死んだ人間がいきなり現れて驚かない方がおかしいよね』
ここで話を続けると綾花たちが変にみられる。昔、よく遊んでいた公園で待っているから。優太は私たちにそう告げると消えた。
「2人とも、何言ってるの? 優太は死んだのよ。私たちの目の前で幼い子を助けて……、優太1人が」
里菜は優太が好きだった。
私も翔太も優太が好きだった。でも里菜とは好きの度合いが違う。私たちは友情の、里菜は恋愛の対象として、だったのだ。
優太は誰にでも優しかった。だから誰にでも好かれた。告白をされているのも知っていたし、その現場を遠くから見たこともあった。でもすべて断っていたのだ。約束があるから、と。
一度、いつ誰と約束したのかと聞いたことがある。でも誤魔化された。
「いつか教えるよ」
優太はそう言っていた。その時の優太は懐かしそうに微笑んでいた。
里菜は優太のことを思い出し、泣いてしまった。1年前のあの事故の前日。里菜は玉砕覚悟で優太に告白しようを決意していた。そのことを事前に知っていた私と翔太は里菜を応援していた。
優太はその日は委員会活動。委員会が終わるのを待ち、いつものように4人で帰る途中の出来事だった。
ボールを追いかけて飛び出してきた子どもを助けるために優太は盾になったのだ。その時の光景はまるでスローモーションでも見てるかのような感じで、ゆっくりと鮮明に目に焼きつくものだった。
「……っ、ゆ、優太は帰って……こないんだよ。なんで……2人ともいきなり……。優太、いないのに。いるわけないのに! ……おかしいよ。おかしいよ!」
里菜は1人で帰った。いつもなら私と2人で帰るのだが、そんな気分ではなかったのだろう。仕方なく私は翔太と2人で優太の待つ公園へと向かった。
『やっと来た』
優太は昔と変わることのない、あの笑みを浮かべて私たちを見た。
「優太。お前、本当に優太なんだよな?」
翔太が確認するように聞く。
『うん。そうだよ。君たちと1年前まで一緒に過ごしてた。何も変わりはないよ。まぁ唯一変わったことと言えば、死んでしまって生きていないってことだけかなー』
「なんでその優太が私と翔太の前に現れて普通に話してるの? なんで私たちだけには見てて他の人には見えてないの? なんで……」
なんで私の夢に出てくるの? でもこの質問は飲み込んだ。翔太はこのことは知らない。
『ちょっと待って。そんないっぺんに聞かれても……。順を追って話すからちゃんと聞いてね。まずなんで綾花と翔太だけかっていう事だけど、僕は死んでからもずっと君たちのそばにいたんだ。2人が思い出そうとして初めて見えるようになった。だからね、里菜も思い出そうとすれば僕が見えるようになるんだよ』
次の日、登校途中に私は翔太と会い一緒に学校へ行った。里菜は既に到着していたようで自分の席に座って本を読んでいた。
「あっ、里菜。おはよう」
「おはよう」
「……おはよう」
里菜はちらっと顔をあげてそれだけ言うと、またすぐに本に目を落とした。私も翔太もそれ以上は何も言えずお互いの席につく。休み時間になると、窓の外を見ながら昨日のことをぼんやりと考えた。
ふと、翔太と里菜の席を見やる。翔太は机に頬杖をついていた。目は遠くの方を見ている。翔太もやはり昨日のことについて考えているのだろうか。里菜はやはり本を読んでいた。
そんなこんなで私たち3人は、ほとんど口を利くことなく1日が終わったのだ。
放課後、里菜は今日も1人でさっさと帰ってしまった。掃除を終えた私と翔太は今日もまた昨日の公園に向かっていた。
「なぁ、もしかしたら里菜は優太のことを思い出したくないのかもな」
突然、翔太が呟くように言う。
「あぁ、……そういえば里菜は優太のこと…………」
昨日の里菜の涙が思い浮かぶ。それきり2人とも無言で歩いた。
公園につくと、優太は今日もいつもと変わらぬ笑顔だった。
『やっぱり今日も来たね』
「あぁ」
「来ちゃった」
そこから数秒間、沈黙が流れる。
さて何を話そうかと考えていた、その時だった。一瞬、周りがパッと明るくなる。いつかも経験したようなあの感じ。
しばらくしてそっと目を開ける。私はまたあの草原に来ていた。今度は翔太も一緒に。
「えっ……、こっ……ここ、どこだよ?」
翔太は何が何やら分からない様子で唖然としている。私は落ち着きを払い、辺りを見回す。
『おーい。こっちだよ。早く早く!』
気付くと優太は前方の小高い丘の上から手を振っている。
「あっ、あそこで優太が呼んでいるよ。ほら、翔太。行くよ」
未だにボーっとしている翔太の腕を引っ張りながら優太のいる丘の方へ向かって走っていった。
丘の上に着くと、優太が砂いじりをして待っていた。
私たちは優太の近くへ行き、この間のことを聞いてみた。
「この間、優太のことを思い出せば姿が見えるって言ってたけど、それってどういう意味なの?」
優太は私たちの方へ向き直ると説明を始めた。
『本来、普通の人には死んでいる僕は見えない。綾花と翔太も現に昨日まで見えなかったわけだし。でも思い出せば僕の姿が見える。だけどね、全員が全員そうとは限らないんだ。里菜は僕のことを必死に忘れようとしている。クラスの人たちだってそうだ。皆、僕の事なんか今じゃ頭の片隅にいるかいないかくらいのレベルの人間。だから見えないんだよ』
里菜はともかく、クラスの人はあまり深い付き合い方していないからね。と優太は話す。
「じゃあ、私たちは? なんで優太のことが見えるの?」
『翔太が見えることには少し驚いたけど、綾花にはちゃんと理由があるよ。この草原が広がる世界、覚えているよね? 君を瀕死状態から救った人がいたと思う。その人と会ったことが僕が見えるようになったきっかけ』
なんだよそれ、と聞く翔太に今までの夢のような世界の話をざっと説明する。口づけの事は伏せて、だが。
「お前の様子がおかしかったのはそのせいか」
「さすがにこんなこと、信じてもらえないでしょ?」
「まぁ確かに」
優太がコホンと咳払いをし、話を元に戻す。
「そうだ。なぁ、優太。里菜はお前のことを見えるようにはならねぇのか?」
『それなんだけど……。里菜が僕を見るにはここへ来るしかない。現実では思い出したって見えない。いてほしい、だけどいるはずがない。その気持ちが一番大きい里菜だからこそね』
「そんな。でもでも! 昨日は見えるようになるって……」
『うん、いったよ。でも彼女の僕に対しての気持ちが友情だけではないとなると話は違ってくる』
恋愛がらみはいろいろと複雑でしょ? と苦笑しながら言った。
「じゃあ、里菜をここに連れてくるよ。どうしたらいい?」
『そのことは今度話すよ。それより僕はやり残したこと……、やらなくてはならないこと……かな。とにかくそれをするために君たちの側にいたんだ』
「何それ?」
『3つある。1つ目は里菜ときちんと話をすること。まぁこれは言わなくても2人が連れてきてくれるって言ってるから安心してる。2つ目は千雨に会うこと』
……千雨?
『そして3つ目は……』
最後まで聞き取れないまま私たちは現実に戻ってきた。
「綾花」
「翔太。大丈夫?」
「あぁ、戻ってきたんだな」
「里菜、大丈夫かな」
連れてくる、なんて言ったけど今のままで優太に会わせられるのか正直不安。それに連れてこれるかも分からないのに。そう考えると少し落ち込んでしまう。
そんな私の様子を見てか、翔太は大丈夫だよと励ましてくれる。
「里菜は大丈夫だ。優太に会えば元気になるさ。だからそんなに落ち込むなよ」
「うん、ありがと」
それから約4か月。里菜も時間をおいたからか少し元気になった。ただ優太のことは未だ話せず、私と翔太は隔週交代で優太に近況報告に行くということを繰り返していた。
そして2学期になった。
私はその日の朝、少しだけ公園に立ち寄った。
「優太、行ってくるね」
学校に着くと翔太も里菜も既に席についていた。
チャイムが鳴り、先生が教室に入ってくる。
「さて、今日は転校生を紹介するぞ。入ってきなさい」
女の子だった。茶髪のツインテール。清楚な雰囲気の漂う子だった。そしてちょっと美人。
「天草千雨です。よろしくお願いします」
えっ、千雨? 私は驚いた。
カタッと不意に音がしたので振り向くと里菜も驚きの表情をみせていた。どういうことなのだろうか。
「席は……後藤の隣があいているな」
「よろしくな」
翔太は新しい隣人を招き入れる。
名前が一緒なだけで優太とは関係ないんだよな……。と翔太はボソッと呟く。
「もしかして優太君のお友達?」
どうやら彼女に呟きが聞こえていたようだ。
「君は……?」
「私? 私は優太君の血縁者よ。里菜ちゃんのことも知っているわ」
優太君は私の従兄妹なの。千雨はそう言った。