第10話 夢は暗示? それとも……
また、夢を見た。アザナが死ぬ前、イケニエにアザナが決まった日のことだった。いや、正確に言うとイケニエに名乗りを挙げた日のこと。
「アザナ、何で君が引き受けたんだ?」
バウスと友人数名に囲まれて、質問攻めだ。
「話によると、もう誰か決まっていたんだろ? アザナはならないってお告げがあったじゃないか」
「そうよ。なんでわざわざ……」
「誰かが命を堕とす必要があるならって思ったから」
「えっ、そんなにあっさりと!? もうちょっと深刻なことだよ、これは!」
バウスは声を荒げてアザナに言う。
「うん、そうだよね。私もあっさり決めちゃった自分自身を不思議に思ってるよ」
一瞬アザナは表情を曇らせたが、笑顔で振り返る。
「でもね……、この世界を守りたいって思ったのよ。他でもない、この私がね」
あの世界とはなんなのだろう。
前世と呼ばれていそうな世界。
活気があって幸せな世界。
そんな風に見えた。今の私たちのように幸せな日常を生きる子ども。
私のこの記憶が正しければ、彼らの話していた場所は千雨が閉じこもっていた宮殿の庭にそっくりだった。もしそれが同じ場所だったとすると、この夢は私に何かを伝えようとしているのかもしれない。
もしそうだとしたら……、どうしよう。
段々と焦ってくる。
なぜなら、いま起こっていることと似ているからなのだ。
アザナは千雨と同じ。自分からイケニエに名乗りを挙げている。
嫌な予感がする。
もし同じ結末を迎えてしまうなら、80%の確率で千雨はイケニエになってしまうだろう。
……あれ?
なんで80%?
普通に考えれば100%って考えるはずなのに。80%だなんて……いったい私どうしちゃったんだろう。
ふと、私の意識が左手へいった。さっきまでは何も持っていなかったはずなのに、手には古い古い紙の束があった。
「なに、これ」
気味が悪くなって、その束から手を離した。
そう、手を離したのだ。なのに、その紙の束は地面に落ちることなく私の目の前まで浮いてきて書かれた文字を読ませた。
《アザナを救ってほしい》
《あいつらが、アザナを殺すためにやってきた》
「アザナって誰よ? そんな人、この世界にはいない」
そう呟いた直後、天界の宮殿で誰かの記憶を見たことを思い出す。そのとき、確かアザナって言っていたような……。
これは優太に相談した方がいいことなのかもしれない。世界の終端に何か関係しているような気がしてならないのだ。
でもとりあえず、学校へ行かないと。私は急いで支度をして家を出る。
「おはよー」
玄関を出るとそこには翔太と里菜の姿があった。
「……おはよう」
「どうした綾花。深刻そうな顔して」
「うん、ちょっと。帰りに公園に寄りたいの。いい?」
「いいけど、今じゃ駄目なの?」
里菜が私に問いかける。
「今だと時間が足りない。というか話してたら遅刻するよ。今日も1時間目はあの鬼の萩原じゃん」
「確かに。ゆっくり話してられねぇよな」
私たちは急いで学校へ向かった。
放課後、私は掃除当番だったがクラスメイトに変わってもらい翔太と里菜、千雨の3人と共に公園へと足を運んだ。
「優太!」
『みんな、おかえり……って、どうしたの綾花? そんなに血相変えて』
「あのねっ、優太に聞いてもらいたいことがあるんだけど……」
私は優太に夢のこと、そして今朝の出来事を話した。
『それは確かに気になるね。ごめん、その内容を共有させてもらってもいい?』
僕の目でもしっかり確認したいんだ。優太はそういった。
「それはいいけど……、え、でも私の夢だよ? 具体的に話せばいいの?」
『それよりも、もっと確実な方法がある。綾花、僕と手を繋いでもらえるかな?』
「うん」
私は言われた通り優太と手を繋いだ。
『そうしたら目を閉じて』
言われるがままに目を閉じる。すると驚いたことに私が見た夢と全く同じものが見えた。しかも早送りされているみたいに。優太もこれを見ているのだろうか。
『……うん、ありがとう』
優太はそういうと黙り込んでしまった。何か考えている様子である。
「……見えた?」
『うん。大丈夫。綾花、君は夢を通して過去の世界を見たんじゃないかと思う。今の状態の綾花がこれを見るってことは何かの暗示なのかもしれない』
「やっぱり? 私もそうじゃないかと思って。あの庭がどうしても宮殿の庭のような気がしてならなくて。何か伝えようとしているのかな」
「ねぇ、俺らにはさっぱり分からないんだけど。きちんと説明してくれねぇか?」
綾花がどんな夢を見たかとか聞いてねぇんだよ、と翔太は言った。
『ごめんごめん』
そういって優太は私の夢のことをみんなに話した。
「確かに不思議だよね。綾花の見た夢と今回の状況が似てるのが気になるし」
「やっぱり? 私も。何か伝えたいんじゃないかと思って」
昔はこうだったけど、今は駄目みたいな。と私は言った。
『もともと違う人がなるようだったけどアザナが志願した……。綾花の夢だとどうやらそんな感じだよね。でも、それは間違ってたってことなんだろうか』
うーん……、とみんなで唸りつつ考えるが、具体的にどうしたらいいのかが思いつかなかった。
『とりあえず僕はいったん鳩の国へ戻るよ。戻って図書館で調べてみる』
明日には多分わかると思うから。そう言って優太は早々に鳩の国へと戻っていった。
残された私たちは私たちなりに考えてみることにした。
「なぁ、綾花。朝見た紙にはアザナを救えって書いてあったんだよな?」
「うん……」
「でもアザナなんて人、聞いたことないよね。なんか日本人っぽくない名前だし」
「生まれ変わり……」
千雨がボソッと呟く。
「え?」
「だから、生まれ変わり。アザナの生まれ変わりが狙われるって可能性は?」
確かにそれなら分かる。でも……。
「天草、そういうけど生まれ変わりなんてどうやって探すんだ?」
「翔太の言う通りだよ。生まれ変わりなんて、どこにいるか分からないんじゃないの?」
死んだ人の魂はまた生まれ変わって次の人の魂になる。つまり転生があるということはなんとなく知っている。よく、誰かが死んだときに同じ時間に生まれた人はその死んだ人の生まれ変わりだ、なんて言うけれどそれが真実なのか分からないし。そもそもイケニエになった人は転生できるのだろうか。
「……だよねぇ。やっぱり優太君を待つしか方法は無いかなぁ」
千雨は残念そうに言った。
その頃、優太は鳩の国国立図書館で過去の出来事について調べていた。
『浅瀬……明後日……あざとい…………、アザナ。あっ、あった! えっと……。アザナはバウス説で語られている人物でこの世界で唯一、自らイケニエになった人物である。……バウス説?』
優太はバウス説について書かれた書物を探し、調べ始めた。
『我、バウスの幼馴染アザナは幼い頃に原因不明の病気にかかる。当時は原因が分からず、再発防止術をかけることで病気の進行を抑えた。月日が経つにつれ、医学が進歩し病気の原因が分かってきた。それは千年前の大反乱を予兆するものであったのではないかと考えられる』
バウス説を読み進めていくうちにどんどんと血の気が引いていくのが分かった。
『……これがもし、本当の出来事なら一刻も早くアザナを見つけないと大変なことになるな……。とりあえず見つける方法も探さないと』
事態は一刻を争うかもしれない。大反乱の原因物質を持っているのが本当にアザナなら、それを取り除かないと。現世界の崩壊では済まなくなってくる。
とにかく分かったことを綾花たちに報告しなくては。そう思った優太は情報を整理し、現世界に戻る支度を始めた。