第9話 つかの間の休息
『ったく。千雨、もう1人で勝手な行動しちゃだめだぞ』
優太は千雨に向かって注意した。
「はーい。すみませんでした。で、これからどうするの?」
『とりあえず、さっきの奴らは現世界には入ってこれないはずだからゆっくり考えるとしようよ。ところで千雨。君、学校はいいの? 綾花たちは大丈夫だろうけど』
「そうだ! 私、まだ学校履歴まで消してなかったんだ。まずい。急いでいかなきゃ!」
そういうとともに千雨は走り出した。
その頃、私たちはなんとか間に合って席についていた。
「ギリギリだったけど、良かったー」
「そうだな」
「……あ。そういえば、ちーちゃん連れてこなかったけど……よかったの……かな?」
里菜が思い出したように呟く。
授業が始まって10分ほど経った頃、千雨が駆け込むように教室に入ってきた。案の定遅刻。
「天草千雨さん?」
先生は満面の笑みで話しかける。空気がピリピリしてい。この先生が授業中ニコニコしているとか最早、恐怖でしかない。
「あなた、私の授業に遅刻するなんていい度胸じゃないの」
今まで見た中で一番怖い。その場の誰もがそう思った。
「天草ー、大丈夫かー。目が死んでいるぞー?」
「天草さん。萩原先生はなんと……?」
「……課題70問。今日中に提出」
ドンマイ。私は千雨の肩にポンと手を置く。
「ちーちゃん。大丈夫。私もなったことあるから。私の時は課題80問……だったかな。もう終わらなくってさぁ~。いいや、と思って家で解いて次の日提出したら締切すぎた罰で課題20問追加されちゃったの。結局100問だったよー」
「フォローになってねぇよ。しかも何も大丈夫じゃないし」
「あはは☆」
「『あはは☆』じゃねぇだろ!」
要は頑張ってねってことですよ! と里菜は他人事のように言った。
「とりあえず、休み時間と放課後使って頑張って。手伝ってあげられないけど、一緒に残って付き合ってあげることならできるから。あの先生は鬼の萩原って異名があるくらい怖いので有名だから、怒らせない方がいいよ」
「ありがとう、綾花ちゃん。今度から気を付けるわ」
「俺も英語の課題があるし、付き合うぜ」
「じゃあさ! せっかくの週末だし課題が終わり次第、遊びに行かない?」
少し前に可愛いカフェのお店を見つけたの! と里菜が言う。
「ご褒美があると思えば、頑張れるでしょ?」
「いいね! 行こうよ。翔太はどうする?」
「カフェって女が行くイメージなんだよなぁ……」
俺、男だし。3対1じゃちょっとな、と翔太が渋る。
「優太も誘うし、カフェのあとカラオケも考えてるけど」
「行く!」
カラオケという言葉が出た途端、即OKを出す翔太。本当、カラオケって言えば釣れるんだから。分かりやすい。
でも、カフェかぁ。里菜が見つけてくるってことはお洒落なところなんだろうな。どんなところなんだろう? 可愛いのかな? それとも大人っぽい感じかな? なんだかワクワクしてしまう。
「よっし! じゃあ、早く課題終わらせようぜっ!」
「まったく、翔太ったら調子いいんだから。それで綴りミスとかしないようにね」
「わーってるよ! 天草、お互い頑張ろうぜー」
「みんな……。ありがとう」
千雨が笑う。それをみて私たちも笑顔になった。
「ふぅ~……、終わったー! 天草、お前はどうだ?」
「うーん、待って。あと少し……」
教科書と資料集を交互に見ながら千雨は答える。
「できたー!」
「おつかれ、ちーちゃん」
時計を見ると4時。
「急いで提出してくるから、先に玄関で待っててもらえる?」
「分かった」
私たちは下駄箱で靴を変えて玄関で待つ。
「天草さん、なんとか終わって良かったね」
「本当、良かったよー」
その時、千雨が私たちのもとへ駆けてきた。
「おまたせ」
「じゃあ、いこっか」
「ここだよ!」
そういって里菜が連れてきてくれたところはすごくお洒落な所だった。
アンティーク調のお店のようだ。
『へぇー、こんなところにカフェがあったんだね』
「最近、出来たばかりらしいよ。さっ、入ろう」
里菜がお店に入ったので、私も続けて入った。白とピンクを基調とした可愛らしく、しかし品のある感じ。いかにも里菜が気に入りそうなお店である。
「素敵だね!」
「いいでしょ? ここ、パンケーキが美味しいんだって。雑誌に載ってたの」
店員さんに案内され、窓際の席に座る。
テーブルの上には小さなキャンドルが置いてあり、伝票置きも犬の陶器と洒落ている。
「いらっしゃいませ。こちらがメニューでございます。また本日のパンケーキは、3種のベリーソースのパンケーキとなっております。それではごゆっくり」
店員さんがメニューとお冷を持ってくる。
「美味しそうだね」
「私、本日のパンケーキにしようかなー」
「私も里菜と同じ。翔太たちは?」
「俺は……、このチョコレートのパンケーキだな。生クリームも付いてるし」
千雨はうんうん悩んでいる。
「ちーちゃん、決まった?」
「まだ迷い中。苺にするか、はちみつレモンにするか……」
『確かにどっちも美味しそうだよね』
「店員さん呼んでいいよ。みんなが注文している間に決める!」
すいませーん、と店員さんを呼びそれぞれ注文していく。
「ちーちゃん、平気?」
「うん。えっと、この苺のパンケーキを」
「はい、かしこまりました」
店員さんはそういうと調理場へ入っていった。
「ちーちゃんはやっぱり苺か……」
『千雨は昔から苺が好きだもんね』
「苺無くして私は無い! ってね」
ちょっとはちみつレモンにも目移りしたけど、と千雨は話す。
「そういえば、優太は頼まないの?」
『ここは現世界だからね。普通の人に僕のことは見えないから。勝手にパンケーキだけ無くなっていったら不自然だろ?』
確かに。明らかに変な噂が広まりそうだ。
そんな話をしていたからか、注文したパンケーキが席に届けられる。
「じゃあ、頂きましょうか」
「そうね」
私たちは食べ始めた。
「お、美味しい!」
フワフワの食感。ベリーだからか甘すぎず、ほどよく酸味がある。どうしたらこんな美味しいパンケーキが焼けるのだろうか。
「美味しいね! って……、翔太、はやっ!」
「え? そうか? 腹減ってたし」
気付くと翔太のお皿は空っぽ。
追って私たちも食べ終わり、カラオケへと向かう。
一番歌っていたのは翔太だけど。
でも、こんな日常がすごく平和で。
皆で笑いあって過ごす日がすごく自然で。
私は千雨が狙われていることや、天界と現世界の混乱、すべてが夢で会ったらいいのにと願う。ずっと平和であり続けてくれればいいのに……、と。
"アマクサチサメハ イタカ?"
"イヤ ミアタラナイ"
"アイツハ 千年前ノ 反乱ノ タマゴ"
"ナントシテデモ 見ツケダシ イケニエト シナケレバ 天界モ 現世界モ ホロビテシマウ"
「まぁ、焦るな。時間はまだある。ゆっくりと解決をしていこうではないか、わが部下よ」
"カシコマリマシタ"
『平和な世界なら良いのにね』
さきほど私が心の中で思ったことを隣で優太が口にする。
けれどもそんな願いは届くことなく、どんどんと事態は悪化していくのであった。