覚醒の兆し
深海五千メートル地点。
ここでは様々な魚逹が優雅な踊りを披露する、とてもにぎやかだ。しかし今は夜…、魚逹は岩影に隠れて休んでいる。それにしても今日は月が綺麗だ、そう…今日は満月。その満月を何か大きな物が覆い隠した、その大きな物は二百…いや三百メートル程はあるだろう。海面からジャンプしてそのまま空中に消える、今のは何だったのだろう。
海から生命は生まれた、だが命を落としていくものも多い。また一つ、海から新たな生命が生まれた。
そのころ、美咲達の町では朝を迎えようとしていた。夏とはいえ、朝は冷えるが学校があるので起きなければ。今日は期末考査最終日、そして明日からはみんながまちにまってた夏休み。思えば色んなことがあった、でももう迷わない。私はそう決めたはずだ、この子達と一緒にやって行こうと。私はまだ寝ている息吹と優美の頭をそっと撫で、体を起こし学校の準備をして下の階に降りていく。妹と瞳が挨拶をしてくる、瞳からは「起きるの遅っ!」と言われたが…。私達の新たな生活はこうして始まった。
“キーンコーンカーンコーン”
「じゃあ後ろから集めて」教室に先生の声が響く、目の前の解答用紙を一番後ろの人が前に持っていく。そう、今やっと最後の科目のテストが終わった、ちなみに教科は数学だった。
「テストどうだった?私は全然出来なかった」私の前の人が話しかけてきた、坂本 優美だ。優美は長い髪をポニーテールにして腕には私がプレゼントしたブレスレットがある、彼女は私と同じ家に住んでいる。同じ家に住んでいるものがこの教室に二人いる、男子の岩尾 息吹と私の右隣の楠木 瞳である。今は隠しているが楠木 瞳の背中には翼があり、強力な力を持っていて今もなお成長中。そういう私も炎と地の使い手でドラゴンとホーンの獣を操れる。そんな仲間を集めて悪の組織を1ヶ月前に倒したのだ、でもそれはもう過去の話である。今からのことを考えよう!
「私は微妙な感じかな?」全然出来なかったのだ、全くではないのだがおそらく欠点ギリギリってとこだろう。
同時刻より15秒前、廊下を突き進む美少女が三人。二人は2年、二人とも長い髪をヘヤピンでとめて一人がもう一人を引っ張っている。その二人の前を走っているのは三年生だ、彼女の髪はショートなので何もつけていない。三人は美咲や優美がいる教室の前で止まり、ドアをガラガラと開けて中に入ってきた。中に入ってきたのは私の妹の河野 桃子とその友達の上野 桃子、3年の板倉 さくらだ。彼女らも能力の持ち主、妹は骨…上野 桃子は風…さくらは草の能力を持っている。みんなは美咲達と悪の組織を倒した仲間である、上野 桃子は私の前へやってきた。
「明日からみんなで旅行に行かない?」上野 桃子が思わぬことを口走る。
「えっ?急に何で?」その問いに私は答えた。
「旅行の券、くじ引きで当てたんだー。一組十名様なんだけど行く?」
「ということは私と優美…それに岩尾 息吹くんと瞳ちゃん、美希っちとあんた達三人…あとの二人は?」私達で8人、残り二人。
「うちの両親がきてくれる、これで十人だね」嬉しそうにそう言うと教室を出ていった、残された二人はその場に立ち尽くしていた。
「二人は明日…用事とかなかったの?」すかさず美咲が言う。
「いや、私はなんにもないよ」妹は私の真正面から言った。
「私も特には…」私の問いにさくらが答えた、でもさくらは何かもっと言いたげだ。
「…えっと、私旅行行ったことがないの。それでえっと…楽しい旅行になるといいよね」さくらは笑顔でそう言った、だが私には怖がっているようにも見えた。なにせ初めての旅行だ、怖いのは当たり前だろう。そして放課後、終業式が行われた。相変わらず何を言っているのかわからない校長の話と教頭の意味のわからない話を一時間聞かされ、式が終わる頃には足が筋肉痛のようになっていた。
「大丈夫ですか?いや~今日もすごかったですね」急に横から声をかけられた、そちらを見ると美しい女性が立っていた。
「あなたは…同じクラスの江口 奈央さん…よね?うん大丈夫よ、明日になったら治ってるはずだから」
「それはよかったです」奈央はにっこり笑顔を見せると体育館の出入口に向かって歩いていった、私達もそろそろ家に帰って明日の準備をしよう。
そしてあっという間に次の日の朝、上野 桃子からメールがきて“学校の前に集合”と書いてあった。
午前9時、私達は電車に乗って学校の前まで行く。だがこの人の多さはなんだ?新宿では1日に三百万人以上の人が電車を利用するというがこのぐらいなのだろうか?
「みんな、離れないようについてきてねっ!」私は優美・息吹・瞳・美希に言った、列車がホームへと到着した。やっぱり列車の中も人でいっぱいだ、この中に乗るなんて冗談じゃない…手を繋いでいる妹から呻き声が聞こえた。
「みんな、今日は飛んで行こう。美希、能力使ってくれる?」
「うん、わかった」七色の光に包まれ、私達は目的地の学校前に到着した。時間は9時15分、まだ五人は集まっていないようだ。それから15分後、巨大なリムジンが到着した。車全体に金箔が張っており、この中にいるのはお姫様ですと象徴させるかのようだった。驚くのはまだ早い、車から出てきたのは上野 桃子だった。
「何ほけ~ってしてるのよ、さっさと行くわよっ」もはやどっちが年上かわからない…私達は早速リムジン乗り込んだ、中には板倉 さくらがちょこんと座っている。しかもイスは机を中心に円状に並んでいる、小さいカラオケボックスと言ったところだろうか?私達は右から順番に河野 桃子・楠木 瞳・木ノ本 美希・坂本 優美・岩尾 息吹・私・上野 桃子の順で席についた、さすがリムジン…座り心地最高である。そのあとはみんなでしゃべったり、歌をうたったり楽しい時間を過ごした。今車は高速道路を猛スピードで爆走中、パトカーに見つかればすぐさま捕まってしまいそうなスピードだ。そのあと車は高速道路を降り、人気がない森の中へ入っていった。
「みんな、舌を噛まないように何かにつかまれ!」運転席のほうから男の声がして車のフロアが大きく揺れだした、つかまれって言われてもつかまる所なんてどこにもない。車は草や枝をかきわけながら道なき道を進んでいた、一方私達は隣の人と抱き合ったり手を繋いだりしながらこのでこぼこ道が通りすぎるのを待っていた。するとまた運転席の男が叫ぶ、声の調子がハイテンションだ。
「森を抜けるぞ、みんな大丈夫か?」そう言っている間に車は森を抜け、国道を走る。私は右を見て驚愕する、海だ。見渡す限りの海、砂浜では女の子達がビーチバレーをして遊んでいる。遊んでいるさらに向こうを見てみると崖が崩れて建物みたいなものがむき出しになっている、あれは何だ?ニキロ程進んだあと車は、ホテルの駐車場へ到着した。さすがリムジンである、通行人がこの車を見てくる。…いや違う、通行人がこの車を見てくるのは珍しいからではない。さっき森を通ったときに金箔が所々剥がれ、車がみすぼらしくなっていたからだ。今すぐこの車から降りたかった、やっと空いている駐車場を見つけ車を止めた。私は今すぐ車を降り、外の新鮮な空気を吸った。
晴れ渡る空・青い海・仄かに香る塩のかおり、最高だ。
私達と上野 桃子の両親は荷物をホテルの従業員に任せ、ホテルの中へと入っていく。私達もそのあとに従った。
ホテルの中に入るとまず一番に目に飛び込んできたのは天井に吊り下げられているシャンデリアだ…五メートルはあるだろうか?周りは夏休み初日だけあって人で溢れている、早速チェックインだ。
「いらっしゃいませ、お客様。何名様ですか?」
「10人です、部屋を2つに分けてもらえますか?」運転席に座っていた男がフロント係に言う。
「わかりました、少々お待ちください。失礼ですがお名前をどうぞ」
「上野ひろしです」
「かしこまりました」とフロント係はフロントの奥に行ってしまった、優美がそわそわしていることに気付き私はどうしたと尋ねる。
「能力の匂いがする、ここから出たい。美咲、外に出よ」本当に優美は怯えているようだ、優美には私と同じような力を持つ人がわかるという特殊能力みたいなのがある。仕方ない、私は優美を外へ連れ出した。優美の顔は真っ青だ。
「ありがとう、こんな強力な能力は初めて。旅行は中止にした方がいいかも」優美は真剣な表情で私を見つめる、だが旅行の中止はそう簡単に出来るものじゃない…まず優美を落ち着かせることが第一だ
「大丈夫よ、何があっても私が優美を守るから…」そう言った瞬間、優美の肩から力が抜ける。真っ青になってしまった顔にも笑顔が戻ってきた。
「よし、みんなの所に戻ろう」私はそう言って優美の手を引き、ホテルに戻った。みんなはもうフロント前でカギを受け取って待っていた、息吹が心配そうな顔をして駆けてくる。
「どうした?美咲、具合悪い?」息吹が私の顔を覗き込む、息吹の瞳は吸い込まれそうな程大きい。周りからの視線が痛い。
「ちょっと優美の気分が悪くなっただけだから…私は大丈夫だから」私は息吹の肩を持ってちょっとだけ引き離した、こんな近くで男子の顔なんて見たことなかったので私の心臓はバクバクいっている。このままでは理性が吹っ飛んでしまいそうだ。
「ちょっとお姉ちゃん、イチャついてないで部屋に行こうよ!」気がつくとみんなは、エレベーターホールにいてエレベーターの到着を待っていた。このホテルは一階から三十階まであり、私達は二十五階に泊まることになった。
チン!エレベーターへの扉が開く、エレベーターの中はキラキラと光る床、天井には黄金のシャンデリア…とても豪華なデザインだ。
上野 桃子は全員乗り込むのを確認すると25のボタンと“閉まる”のボタンを同時に押す、扉は閉まりエレベーターが動きだす。とたんにエレベーター内の空気が変わる、猛スピードで急上昇しているからだろう。ちなみにこのときにかかる力は2~3Gだと言われている、エレベーターのメーターが25を表し25階到着のベルがなる。
25階の廊下は一階のロビーと違い、しんと静まり返っている。私達の部屋は“250”上野一家の部屋は“256”だ。早速部屋に入ってみるとそこは広々としたリビング、6つ並べられたベッド、奥にはバスルームとトイレもある。それに六人で泊まるには広すぎる部屋の数々、これまでしてきたことのない贅沢だ。この部屋に入ってからだがなんだか急に疲れてきた、今日は色々あったからだが…。まず私はお風呂に入りたかった、だが右手に今もびくびくしている優美、左手にはぴったりとくっついている息吹…つまり私は今自由に動けない状態なのだ。息吹は離れてと言って離れるような男の子ではない、優美は放っておくと何をするかわからない…もしかしたら逃げ出してしまうかもしれない。仕方ない、私は妹にお湯をためるように言った。
「桃子、ちょっとお風呂にお湯をためてくれない?」
「そんなの自分でやれば?」妹としてはそっけない答えが返ってきた。
「今、手が放せないの…」言葉通りの意味だ。
「…わかった」妹はそそくさとバスルームに向かう、桃子ごめん。お湯が溜まるまでの間に息吹にこう言った。
「今から私、お風呂に入ってくるから大人しくここで待っててねっ!」
「うん、わかった」なんとも元気な答えが返ってきた、1ヶ月前は誰とも口をかわそうとしなかった息吹がこんなに元気になったのだ…それは飛躍的進歩と言えるだろう。優美は仕方ないので一緒に入るか。
「優美も一緒に入ろっか?」私は笑顔で優美に言った。
「私を…私を放さないでね」優美は上目遣いで私を見てくる、優美は普段はかっこよくて頼れる女の子なのだが弱っているときの優美はまるで別人だ。上目遣いで見られた私は、一瞬ドキッとした。落ち着け、冷静になろう。優美は可愛い女の子だ、そして私も女の子。女の子同士なのに何考えてんの?私は!
「当たり前でしょ、放したりしないわよ」そう言って優美の手を優しく握った。
「お風呂沸いたわよってお姉ちゃん達何やってるの?」妹は私が優美の手を握っていたのでびっくりして声を上げたのだ、妹が声を上げた瞬間私もびっくりして優美の手を放してしまった。すると優美は私の体に抱きついてきた、なぜ?
「な、なんで抱きつくの?」私は後ろに倒れそうになりながら聞く。
「放っておかないって言ったでしょ?」優美はそう言うと頭を私の腰に擦り付けてきた、あーそうか…私に置いていかれたと思ったんだな。
「放っておかないって、さぁお風呂に行こっか?」私は優美の手を引き、バスルームへと向かった。
バスルームの中はいたって普通で家とほぼ同じ構造だ、脱衣室もちゃんとある。さっさと入ってさっさと出よう、だが優美が上着の袖を掴んでいる…無理に引き剥がしてしまえば優美は泣き出してしまうかもしれない。
「優美、服を脱がないとお風呂に入れないから服を脱いで」私は優美にお願いをした、これじゃいつまでたっても入れない。
「わかった、逃げないでね…」ようやく優美が手を離してくれた、なんか旅行に来ているのに予想以上に疲れるぞ。7泊8日なんて体が持つのだろうか…
だがそれは一瞬のうちに吹き飛んでしまった、予想以上にお風呂が気持ちよかったからだ。今私は優美と一緒に湯船に入り、気持ちよさに浸っていた。
ドタドタドタドタ…なんか外が騒がしくなってきた、何を暴れているんだ?バスルームのドアを細く開け、外の状況はどんなものか見た。だが、脱衣室の外までは見えなかったがどうやら騒いでいるのは息吹のようだ。小さく、息吹の声が聞こえた。
「どこ…美咲どこだよ…」息吹の声はすでに涙声だ、私は優美を連れて脱衣室に出て優美と自分の体を拭き、二人はさっと服を着る。その瞬間、息吹が脱衣室に入って私の胸に飛び込んできた。
「一人は…一人はいやだよ~」やっぱり息吹を一人にしたのが悪かったな…、私は息吹を見ながら反省した。息吹の肩が震えていた、きっとすごく不安になったのだろう。息吹の後ろを見るとさくら・瞳・桃子・美希が険しい顔で息吹を見ていた。
「みんな、仲良くしようよ」私は息吹をかばうように言った、旅行に来て喧嘩などやりたくない。やっぱり息吹の近くにいなければ…この場にいてはいけない。
「ちょっと外に出よっか、息吹?」私は息吹に語りかける、しかし息吹は首を横に振って私の前に進み出てこう言った。
「皆さん、すみませんでした。もう皆さんに迷惑はかけません、だから仲良くしてください」と言って頭を下げる、四人は顔を見合わせて難しい顔をしている。
「まあいいけど…いい旅行になるといいよね」四人とも納得してくれたみたいだ、よかった。それにしても息吹の成長には驚かされるばかりだ、時刻は午前11時15分を回ったとこだ。そろそろお腹がすいてきた。
ピーンポーン。玄関のベルの音だ、さくらが玄関のほうへ駆けていく。
「食事は12時になったら持ってきてくれるから待っててね」玄関のほうから上野 桃子の声が聞こえた、12時!まだ45分もあるよ、何してようかな?
「みんな外に出て海、見に行こうよ。水着持ってきたよね」私がそれぞれの顔を見ていきながら言う、途端にみんなの顔が笑顔になる。
「当然!」みんなが一斉に叫ぶ、みんなの笑顔を見ていると私も私も嬉しくなって笑った。
それから20分が経った、もう限界だ。みんなはベッドにもたれかかり、時間が過ぎるのを待っていた。
「ねぇみんな…こんな時になんだけど、能力の練習をしない?ヒマだし…」
「えー、あと25分も~ダルいよ」さくらが言う、みんなも何もするつもりはないらしい。仕方ない、私だけでもやりますか!左手に力を入れ、目をつぶった。体が回転している感覚に襲われ、目を開ける。みんなが私の顔を見ていた。
「大丈夫?顔色悪いよ、あと五分で食事がくるから…」は?私は時計を見た、午前11時55分。確かに五分だ、しかしどういうことだ?一人で時間を飛んだというのか?これはおそらく時間、“時”の能力だろう。
ピーンポーン…玄関のベルの音が鳴った、私がドアを開ける。ホテルの従業員が昼食を持ってきた、従業員のおじさんはにっこりと私達に笑いかけてきた。
「それでは皆さま、お食事をお楽しみください。お食事が終わりましたらそこの電話で我々をお呼びください、それでは失礼します」と言って部屋を出て言った。
みんなの目の前には、数々のおかず・肉と野菜の炒めもの・魚のグリル焼きなどとても美味しそうだ。6人分ということもあり、量が多い。だが私達は30分で完食してしまった、空腹だったからかもしれない。
ゴロゴロ!いつの間にか空は曇り、雷がなっていた。これでは海で泳ぐのは無理だ、この部屋の空気がよどんだ。寒い…寒くて堪らない、息吹が能力を発動しているわけではない。夏なので寒いのはいいのだが、寒すぎるのだ。原因は妹の桃子がクーラーをつけたからだ、つけたのはいいがリモコンの設定温度が-5℃だったのだ。何だこのホテルは?明らかに地球温暖化に貢献してるじゃねーか!私はリモコンを取り、温度を25度に戻した。あー寒かった、その時…。
ドーン、雷が近くに落ちた音がした。このホテルは大丈夫だろうか?その時私は見た、窓の外に巨大な影を。それは水しぶきを上げ、海から飛び出した。そして重力の法則に従って海面へと落ちる、それの大きさは三百メートルをも超える…これには私だけではなくニュートンもびっくりだ。それが海面へ消えると空は晴れ渡り、絶好の海日和になった。私達はもう海どころではない、さっきの巨大生物のことで頭がいっぱいだ。私達はとりあえず従業員を呼んでオボンを取りに来てもらうことにした、番号は0057番だ。
「すみません、食事が終わりましたのでオボンを取りに来てもらえますか?」
「わかりました、従業員を向かわせますので少々お待ちください」と言ってフロント係は電話を切った、フロントからここまで少なくとも一分はかかるのに少々って…。
ピーンポーン!玄関のベルの音が鳴る、まさかだよね?扉を開けると食事を持ってきたときと同じおじさんが立っていた、あの…まだ十秒ぐらいしか経っていないのですが…。
「では私はこれで…」おじさんはオボンを持って立ち去ろうとしていた、私はおじさんをあわてて引き止める。
「あの、すみません。話があるのですが…、ここのところ妙な事件とかあったりしましたか?」私はおじさんの顔を覗き込んだ、おじさんは何か深刻そうな顔をして左のポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。それはピンポン玉サイズのガラス玉だ、中には緑色の煙みたいなのが渦巻いている。
「事件といえばこの頃めっきり魚が採れなくなったって漁師の友達が言ってた、あと今年は“破年”って言って…伝説では5千年に一度魔界の扉が開いて魔王がその姿を現すと言う。…あくまでも伝説だよ。あ、そうだ。これを持って」さっきの玉を私に差し出してきた、日光の光に反射して玉が輝く。
「何これ?綺麗ね」私が言うよりも先にさくらが言う、おじさんは得意げな表情になった。
「そうだろう、これは新緑の玉と言われてて売れば何千万円と値がつく宝石なんだ。これを君達にあげよう!」はい?私達は耳を疑う。
「でもこれすごく高い宝石でしょ?そんなものを私達がもらっていいんでしょうか?」
「いいよ、でもこれをずっと持っておくんだ。遊びに行く時も寝る時も…いいね?」そう言うとその玉を私の手のひらの上に落とす、それをさくらがさっと奪う。
「あっ、何するのよ!」そう言って振り返るとさくらが倒れた、でも苦しんではいない。ただ気を失っただけのようだ、さくらの手を見ると新緑の玉が光っている。
「ちょっとおじさん、これどういうことなの?」
「わしにはさっぱり…」おじさんもさくらが倒れたのには驚いているようだ、その時さくらが目を覚ます。
「大丈夫?」私はさくらに駆け寄り、言う。さくらはまだ覚醒していなくてホケッとしている感じだ。
「ごめんね、これ返す」さくらの顔は真っ青だ、何か恐ろしいものを見たような顔だ。
「ごめんね、よかったら医務室に行きますか?」おじさんが心配そうな顔をしてさくらの顔を覗き込んだ、それに気付いたさくらはまっすぐに立とうとする。
「大丈夫ですよ、こんなの。明日になればこんなもの…」さくらは急に立とうとしてよろけた、私は慌ててさくらの体を受け止めた。さくらにはちょっと熱があった、私はさくらをベッドに寝かせた。
「今日の夕方6時からあるディナーパーティーに皆様は行かれるのですか?」おじさんは言う、ディナーパーティー?そんな話は聞いていない、他のみんなも困惑の表情だ。
「わかりませんが行くと思いますよ」と優美が言う、到着した時よりかは顔色はよくなっているがまだ調子が悪そうだ。
「では私はこれで…、仕事がありますので」おじさんは玄関から外に出ていく、海では魚が採れなくなった…今年は破年…そして新緑の玉、何の関係があるのだろう。私は上野さんにパーティーのこと、それと破年とは何かを聞くために256号室のドアを叩く、扉が開いてまず目に入ったのは上野 桃子だった。
「あの、どうしたんですか?」桃子はきょとんとしていた。
「えっと~、あなたのお父様に話があるんだけどいる?」
「まあ、とりあえず入って」私は上野さん達が泊まっている部屋に入った、私達の泊まっている部屋とあんまり変わらない。
「私に用かな?」ソファーの上に座っているのは上野 桃子の父親だ、堂々とした態度でテレビを見ていた。非常に眠そうだ。
「あの…今日の夕方6時に行われるパーティーなんですけど私達は行くのですか?」
「それは行くに決まっているだろう、なんたって日本で最高級のホテルでのパーティーだよ。出席しないと損じゃないか?だろ?」ソファーに座ったまま父親が語る。
「あともう1ついいですか?破年ってご存じですか?」私が父親に訪ねた、一瞬父親の肩がびくっと震えた。
「知らないよ、そんなの。さぁ早く着替えないとパーティーが始まるよ」私が時計を見ると午後5時15分をまわっていた、早く戻って支度しないと。
「ありがとうございます、それでは失礼します」と言って玄関のドアを開ける、玄関まで桃子とその父親が見送ってくれた。
「着替えは部屋のクローゼットに入ってるはずだから好きに使うといい」
「ありがとうございます」私はぺこりと頭を下げる。
「5時45分頃に部屋に迎えに行くから」桃子が私の手を取って言う。
「あ、ありがとう」私は苦笑しながら玄関のドアを閉めた、上野さんって私のこと好きなのかな?
「お帰り、どうだった?」帰ってくるなり、優美が飛びついてきた。私はみんなを見渡して言った。
「みんな急いでパーティーの準備をしよう、クローゼットの中に着替えがあるからあと30分ぐらいしかない」私はクローゼットをがらっと開けた、中には赤・緑・黄色と色々なドレスが入っていた。
「好きなの取っていいよ。私はさくらのそばにいる、心配だから」今さくらはベッドの上ですやすやと眠っている、もしまた調子を崩したら大変だ。私が振り返ると美希は真っ白なドレス、優美は青いドレスにひらひらがついている。瞳と妹は初めてのドレスに悪戦苦闘していた、スカートを踏んづけたりレースをファスナーにかませたりしていた。息吹といえばかっこいいタキシードだ、素晴らしい身のこなしにびっくりした、そんなこともあったが無事に45分には着替え終わることができた。
ピーンポーン。玄関のベルが鳴った、多分上野 桃子だ。扉を開けると上野 桃子がピンクのドレスを着て立っていた、似合っていてとてもかわいい。
「じゃあ美咲、行ってくるね何かあったら携帯に連絡して」
「うん、いってらっしゃい」私はそう言って五人を見送った。
五人はエレベーターに乗り、地下一階の大広間に向かった。地下一階は人でごった返していた、大広間のドアは閉まったままだ。
「みんなはぐれないようにしてね」みんなの方を向き、優美が叫ぶ。5時59分、パーティー会場が開場されるまであと一分。ホテルの従業員が客を押しのけドアの前に立つ、時計を見て6時になるのを待っていた。
「皆様、我がホテルのウェルカムパーティーにようこそ」従業員が勢いよく大広間への扉を開ける、それと同時にみんな動き出す。
大広間の中は小さな体育館程の広さで、大広間全体が派手に飾られている。そして部屋のところどころに丸いテーブルが置かれている、その上に置かれているのは…。
「ご飯だよお母さん、とっても美味しそう!」私、坂本 優美の隣の子供がはしゃいでいた。確かに美味しそうだ、机には色々なおかずが並んでいる。そして私達はディナーを食べ始めた、カチャカチャとナイフとフォークが当たる音が大広間に響く。ホテルの従業員がステージでお笑いや漫才を披露し、大いに盛り上がった。
みんなを見送った私、河野 美咲はベッドの近くにある椅子に腰かけた。板倉 さくらは相変わらずベッドの上で寝息を立てている、あれから寝たきり目覚めない。私は自分のポケットから新緑の玉を取り出し、光に透かす。この玉はさくらに一体何をしたのだろう。
突然新緑の玉が緑色に輝き出した、その光は私を包み込む。その光が完全に体を覆いつくすと私は気を失った。
私は気がつくと周りに何もない、上も下も右も左も白の世界にいた。足場はちゃんとあるようで…、だが変な感じだ。その時私は背後に気配を感じ、振り返る。そこには私を真正面から見据えるドラゴンが立っていた、私のドラゴンよりかは大きさは劣るが間近で見ると体が動かない。ドラゴンの右足を見るとさくらがドラゴンに踏まれている、かなり苦しそうだ。私は右手から炎を噴出させ、ドラゴンを攻撃した。ドラゴンはよろめき倒れる、するとさくらの体の自由が戻った。さくらが私に駆け寄る。
「助けに来てくれたの…、ありがとう」さくらは満面の笑顔だ、そのさくらをギュッと抱きしめる。さくらが笑ってくれて本当によかった、ドラゴンは長い角で攻撃してくる。角が私の体に当たる直前にバキッという音とともに角が弾けとんだ、ポケットの中の新緑の玉を見ると光っている。だんだん私達二人は光に包まれていく。
気がつくと、私はベッドの上で横になっていた。隣には、まだ目覚めていない板倉 さくらが眠っている。つまり真相はこうだ、玉を触ってしまったさくらの魂は玉に吸い込まれ、玉の中にいるドラゴンに捕らわれてしまったというわけだ。
「う…んっ」さくらが右目だけを開け起き上がる、まだ頭が痛いのか左手で頭を抱えている。さくらは部屋を見渡してこう言った。
「ねぇ、みんなは?」きょとんとした表情でさくらは私の顔を見る。
「みんなはね、パーティーに行ったの。それでさくらが調子悪くなったらいけないから、私はパーティーに行かずに残ったの…」私が話している途中から、さくらの顔色が青色から赤色へと変わった。
「私が調子悪いってのに…パーティーに行くなんて信じられない、私のこと心配じゃないの…」そう言ったさくらは両手で顔を覆うと、泣き出してしまった。
「あ、え…えっと心配だけどパーティーの方は上野さんのお父様が予約をとっていて断れなかった。それだけ」そうだったよね、確か。
「ふーん、じゃあ私達もパーティーに行きましょ。あー着替えなくていいと思う」さくらは私に慌てて言う、あれから随分と時間は経っているはずだからパーティーはもう終わっていると思ったのだ。
やはり地下一階は人ごみで溢れていた、私達は人を押しのけてみんなを探した。あ、いた!ベンチに座って何か深刻そうに話している、何かあったのか?
「みんなー、ここにいたの?探したよ」私はパーティーに出席した五人に話しかける、だが五人の表情は暗い。
「何かあった?」私は優美に聞く。
「いや、みんな疲れただけだよ。それじゃあ帰ろっか?」私は一瞬顔を歪めたが、みんなの表情に笑顔が戻るように私は笑った。すると坂本 優美が私に近寄ってきた、優美の表情は五人の中で一番深刻そうだ。
「美咲、ちょっと来てくれない?話があるの」
「え、うん。いいよ…どこで?」優美があまりにも深刻そうなんで私も思わず声を低めてしまった。
「できれば外で…いい?」優美は私の答えを待たずに私の手を引っ張っていった、階段で一階まで上がって正面玄関から外に出る。そして私と優美は人気のない砂浜へと足を運んだ、砂浜に打ち寄せる波は静かで聞いている人の心を和ませてくれる。砂浜を五百メートル程進むと二人は足を止める、遠くにはホテルに来るときに見たあの建物が見える。
「で、話って何かな?」私は首を傾げる。
「パーティー会場で気になる話を聞いたの、新緑の玉に関することよ」優美は真剣な眼差しだ。
「まずその玉は悪魔を復活させるための玉で、その玉の中には恐ろしい魔物が封印されていて今年それが目覚めるとか色々聞いたよ」恐ろしい魔物というのはあのドラゴンだろうか、そうだとすれば私が封印を解いてしまったことになる。なんてことしてしまったんだろう、私は。私はポケットから新緑の玉を取り出し、見つめた。夜なので輝きは弱いが、それでもまだ玉の中では緑色の煙が渦を巻いていた。私は視線を優美に戻す。
「美咲、それ捨てた方がいいと思う。すごく危険なものかもしれないし…」このホテルに来て初めての優美の真っ当な答えだ、今すぐ捨てた方がいいだろう。だが私は何度も危ない目には遭っている、これぐらいなら全然平気だ。だが仲間が危険になるのなら…、私は新緑の玉を海に投げ捨てようとしたその時だ。海面が盛り上がり、中から巨大なロボットが現れた。何だこれ!もしかしてこの玉を奪いにきたとか?ふと私はおじさんの言葉を思い出した、“その玉をずっと持っておくんだよ”ロボットの手の部分が美咲の持っている新緑の玉に迫る。
「いやっ!」私は反射的に玉をかばう、すると玉が光り空に異次元ホールが現れ、中からドラゴンが現れた。体の色は緑、全長百メートルの少し小さめのドラゴンだ。そのドラゴンはロボットを見るなり食べた!そう、食べてしまったのだ!あまりにも衝撃的だったので二度言ってみました。ロボットを食べ終わるとドラゴンは異次元ホールの中に消えていった、何だったんだ今のは!
「美咲、その玉を捨てて」もう一度、優美は玉を捨てるように促してくる。
「この玉持っててもいいかな?」私は優美の顔を美ながら言う、危険なのはわかっている。でも私は、おじさんの言葉通りにしたい…。私の表情を見た優美は何かを確信したような顔をして頷き、こう言った。
「わかった、でも危険なことはやめて。危険になりそうだったら、容赦なくその玉を投げ捨てるから」最初、優美は心配そうな顔をしていた。だが今は、笑顔で私を見ている。優美がわかってくれて本当に良かった。私は優美と手を繋いでホテルに戻った、それを遠くから双眼鏡で見つめている影がいることに二人は気づかなかった。
次の日、私は午前3時に起床した。早起きしたせいか、頭が痛い。もちろん他の六人はぐっすりと眠っている。外の空気を吸うために一階に降りる、一階のフロントは電気がついておりホテルの従業員がおはようございますと声をかけてくる。私はおはようございますと声をかけ、正面玄関から外に出る。驚く程空気が澄んでいて気持ちいい、小鳥たちも森の方では鳴き始めていた。その森の向こうには昨日私がこのホテルにくる途中に見た建物がある、間違いなくあの建物には何かある。私は胸元から新緑の玉を取り出して握る、私は力を手に入れた。どんな敵が待ち構えていようが、平気だ。
「ふ~ん、あの建物に行くつもりなんでしょ、1人で行こうとしちゃだめよ」私が振り返るとそこには服に着替えて髪を整えた坂本 優美と、まだ眠そうな顔をしている木ノ本 美希がいた。
「置いていかないでよ、私達仲間じゃなかったっけ?」美希がウィンクしながら言う、優美も隣で頷いている。美希が私に近づき耳元で言葉を囁く。
「それにあなたは認証契約している、片方が傷つけばもう片方も傷つく。一緒にいたほうがいい!」いや、そんなの初耳ですよ。絶対美希を守らなければ…、もちろん優美も。
私達三人は不気味な建物に向かって歩き始めた、まだ辺りは薄暗いので気を付けなければ。建物の近くに行くためには森を遠ざけ、砂浜を歩いているのがいいだろう、夜の森はあまりにも危険だ。私達は石の階段を降り、砂浜に出る。そこは波の音しかしない、とても静かな場所だ。時刻は午前3時30分、水平線の彼方では日の出を迎えようとしていた、五百メートル程進むと私達の目の前に巨大な建物が現れる。建物は遠くから見ると白い壁をしたマンションに見えるが、間近で見ると巨大な神殿だ。神殿の入口にはロープが張られていて“立入禁止”や“この先入るな”の文字が書かれた看板がある、人間というものは禁じられたり、制限をかけられたりするとそれを破ってみたくなるものである。立入禁止などの看板の言葉を無視し、私達は神殿の中へ入っていった神殿の中はとにかく天井が高く、一番上が見えない。神殿の中が広いだけに足音がコツコツと響く、神殿の中央には何かの像が立っておりこの神殿を支配しているかのようだった。三人はその像の正面にあたる部分を見ると何か文字が書かれている、その下には謎の石も。
“新緑の玉・黒龍の玉・深水の玉集まりしとき伝説の龍現れるされどその玉悪人の手に渡ればこの世の終わりが訪れる”下には黒光りした石がはめ込まれている、この黒光りした玉が黒龍の玉かな?玉の中には黒い煙が渦巻いている、間違いなくこの玉が黒龍の玉だ。私は黒龍の玉に手を伸ばす、その手を優美の手が止める。
「危険かもしれないから先に私がやる、いいよね?」私の答えを待たず、今度は優美が玉に手を伸ばす。あと優美の手が玉に届くまで数センチというところで玉が怪しげな光を放ち、バチッという音とともに優美の手を弾いた。どうやら玉の周りにシールドが張ってあるらしい…、私が触らなくて本当に良かった。
「じゃあ次は、私の番ね」指を鳴らし、美希がやる気になっている。
「パワーレベル10 ソード」美希が叫ぶと手からでかい剣が出てきた、これなら“黒龍の玉”をなんとかできるかも…。次の瞬間美希は剣を振り上げ、玉を真っ二つにするため勢いよく降り下ろす。しかし剣は玉に当たる直前に軌道をかえ、石の壁に剣がのめり込む。玉はといえば石段を離れ、まっすぐに私の元へ飛んでくる私は目の前に手を出し玉が落ちてくるのを待った。ポトッ…玉は私の手の中に収まり、動かなくなった。
その瞬間、玉の中の邪気が私の中に流れ込んできた、気を抜けば気を失ないそうだ。私は玉を手離そうとしたが、玉と手がぴったりくっついていて手離せない。この間にも玉は私を飲み込もうと襲ってくる、もうだめだ。
「美咲、美…咲、……咲…」うすれゆく意識の中で私は、優美の悲痛な叫び声を聞いていた。
午前7時、部屋の中ではちょっとしたパニックが起こっていた。
「そっちにいた?」板倉 さくらは楠木 瞳に聞いた、まったくどこに行ってしまったのだろうか?
「いない…」
「そっか…、そっちの部屋は?」今度は違う部屋を探している河野 桃子に聞いてみる。
「こっちにもいない…」250号室から三人がいなくなってしまった、河野 桃子は外を見つめながら大丈夫かなぁ?とつぶやいていた。この頃お姉ちゃんは、私の方を見てくれない。いつもあの優美さんと美希さんの近くにいるような気がする、私のこと大切じゃないのかな…?私の目に涙が溜まっていくのがわかる、涙がこぼれないように顔を上げるとあの白い建物が目に入る。そういえばお姉ちゃんあの白い建物のこと気にしてた、もしかしてあの場所にいるのかも。私の姉が危険かもしれない、そう思った瞬間足が…そして体が動いていた。私は部屋を飛び出し、エレベーターに飛び乗った。
河野 美咲は暗闇の中で目を覚ます、周りには誰もいない。炎の能力を発動させ、周りを見る。そして目の前に巨大な影があることに気づく。それはとてつもなく巨大で私のドラゴンの五倍程の大きさだ。口からは巨大なキバが見えており、鉄を噛ませたら簡単に粉々になってしまいそうである。大きさ・強さ、最大のドラゴン…ブラックドラゴンが二百メートル上から見ている。ブラックドラゴンの攻撃は素早かった。爪による引っ掻き攻撃もしっぽによる攻撃もかわすことができず、床や壁に叩きつけられて私は床に倒れる。次の攻撃がきたらやられる、そう思った瞬間辺りが光に包まれて目の前に小さな影がシュタッと舞い降りた。
「大丈夫か、美咲。だらしないぞ」手を剣にした木ノ本 美希が目の前に立っていた、今の美希がすごくたくましく見えた。
「美咲、早くあの怪物を倒してみんなのところに戻ろう」私の頭の中に友達の顔が浮かぶ、すると体に力がみなぎってきた。私は、心の中で祈った。
“私にこのドラゴンと戦うための力をください”
すると体中の血管に炎が通ったように熱くなり、手から炎が吹き出した。美希は“ソードモードレベルMAX”美希の剣が光り出し、剣の鋭さが増した。強化した剣でブラックドラゴンに立ち向かうが傷一つつけることすらできない、美咲はふと昔先生が言っていたことを思い出す。
“一人がだめなら二人でやる”
「美希、私と一緒に攻撃すればあのドラゴンに勝てるかも…」
「わかったわ、力抜くんじゃないわよっ」美希が笑顔で言う。
「当然」私も美希に笑顔を返す、そうしないと体が震えてしまいそうだったからだ。
美希は剣で衝撃波を発生させる、そして私は手からあふれでる炎をドラゴンに向ける。衝撃波と炎とが混ざり、強力な技となってドラゴンに向かっていく。見事その技はドラゴンの腹に命中し、ドラゴンは悲痛な叫び声を上げ倒れる。
「倒れたのかな?」私は倒れたドラゴンのそばに寄ろうとしたが、美希に止められた。
「まだ死んでない、おそらく私と美咲のフルパワーでしても倒すのは無理。早く逃げないと…」いきなり美希は私を抱き抱え、上へジャンプする。上には光の塊があり、私達二人はその中に飛び込んでいった。
神殿の中では倒れてしまった美咲の右手を優美がぎゅっと握っていた、美希が美咲を助けに行ってからまもなく三時間半が経とうとしていた。その間何もできず、ただ手を握っているので精一杯。そう思っていると涙が頬をつたって床へ落ちた、私は何も出来ない。
すると美咲の体が光り出した、胸の辺りから美希が飛び出した。
「うわーびっくりした」急に美咲の体から飛び出した美希とびっくりして慌てた優美がぶつかり倒れた、目の前には美希と優美の顔がある。ドキドキ…、互いの心臓の鼓動が早くなる。
「あのー、そろそろ離れてもらえませんか?その見てるので…」美希は真っ赤な顔をして言う、私坂本 優美が右を見てみるとすでに目を覚ましている河野 美咲が真っ赤な顔で声を出すまいと口を抑えている。とたんに私は自分の顔が赤くなるのを感じた。
「ごめん…」私はそう言い、美希から離れる。私は周りがもう明るくなっていることに気づく、日は昇った。旅行2日目の始まり、三人は立ち上がり背伸びをした。
「んじゃあ帰りますか!今日は楽しいぞー遊ぶぞー!」私は二人喋りかける、その言葉に二人はにっこりする。
「美咲、玉は持っているの?」美希は美咲の方を向き聞く。
「持ってるよ、持ってないと危ないでしょ?」優美と美希は同時にウンウンと頷く。三人は神殿の出口に向かって歩き出す、神殿に降り注ぐ太陽の光が眩しい。さぁて今日は何をしようか考えて歩いていると突然床がなくなり、私達三人は地面に吸い込まれるように穴へ落ちていった。
「きゃあああ」
「うわぁああ」
私と美咲は叫び声を上げながら下に落ちていく、ってあれ?美希は?美希は私達のずっと下にいて剣を出し、剣を壁に差し込み落ちるのをふさいでいた。私たちはその剣につかまり、落ちるのを防いだ。
「ちょっ、そんなに掴んだら落ちちゃうでしょ!」
「そんなこと言ったって、こっちも必死なのっ」
「どうでもいいから暴れるなー!」細い剣の上で二人が暴れるので剣が折れそうだ。
バキッ!あ、折れた!三人は一緒に地の底に落ちていった。
砂浜を走る影が一つ、河野 美咲の妹の河野 桃子は白い建物に向かって走っていた。お姉ちゃんに会いたい…会ってぎゅっと抱きしめてほしい…、その一心で走る。立入禁止の看板を無視し、建物の中に入ろうとした。が?入口に大きな穴があった。この下にお姉ちゃん達がいる、私は覚悟を決めて穴に飛び込んだ。下につくまでは30程だった、高さからいえば数十メートル程だろう。
「お姉ちゃん…」そう私は小さく呟くと目の前が明るくなり、光の道ができている。私は光の道をまっすぐに進んでいく、もう私の心には“お姉ちゃん”のことしかない。
「寂しいよ、お姉ちゃん」私は涙をこらえながら光の道を進む、絶対にお姉ちゃんに会うと心において…。
私達三人は真っ暗な通路を歩いていた、一応私が手に小さな火を灯しているがほとんど真っ暗だ。歩いている間はほとんど会話はない、それは声が響くからだ。と、目の前が明るくなってきた。
「やった、出口?」と優美が歓声を上げる、三人は明るい方へ走っていく。
そこは眩しい程に明るくて目が眩む程の泉だ、光を発しているのは天井の宝石のような石だ。しかもかなり大きい、十メートルはあるだろうか?私達三人は出口ではないので、ガックリと肩を落とす。でも今はガックリしている時ではない、“いつでも前向き”それが河野家のモットーだ。
「みんな、元気出そう。ほら、水が流れてきているところをさかのぼればきっと地上に戻れるよ」そして私は水が流れてきている方を指で差し、目を煌めかせる。その時、後ろの方から足音が聞こえた、あと微かに鳴き声も…。私達は岩影に隠れ、相手の様子を伺う、美希の手にはバズーカらしきものを持っていた。気になるので早くそれをしまいなさい。優美は手に青色の光を灯して手を泉の方へ向ける、ここは水が豊富で優美は水を操ることができる。戦力なら間違いなくこちらの方が上だ、そしてその人物はこの部屋に入ってきた。その人物はワンピースを着てかわいらしいサンダルを掃いていた、まっすぐにこちらに向かって歩いてくる、まるで私達がここに隠れているのがわかっているかのようだった。私は二人をかばうように岩影から飛び出した、危険なのはわかっていた。だが二人を危険にさらしたくはなかった、岩影から飛び出した私はワンピースの少女に抱きつかれた。
「えっ、え?」ちょっと待って?何?びっくりを通り越して呆然としてしまう、引き離そうとするが腰に手が回っていて離すことができない。
「やっと会えたね、心配したんだよ」その言葉に私の顔は恐怖でひきつる、やっと会えたねって?ストーカーか何かなの?
「誰?」私は一番気になっていることを聞いてみた、それにしてもこの声どこかで聞いたことがあるのは気のせいか?
「会いたかったよ、お姉ちゃん」その人物が顔を上げると、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった妹の顔だった。
「桃子!何でここにいるの?」
「朝起きたらお姉ちゃん達がいなかったから探しに来たんだよ」
「そっか、みんなに迷惑かけたんだね。でも…桃子、ありがとう」そう言って私は妹を抱きしめた、妹はすごく幸せそうな表情を見せ、泣き始めた。
「…すごく不安だったんだね、私達を迎えに来てくれてありがとう」
「……うん」妹は小さく頷くと私から離れた、そして優美は泉の中に手を入れ目を閉じる。五秒後、目を開け私達の方を向き直る。その表情は笑顔だったが、その後ろに大きなものを秘めているという顔だった。四人はとりあえず水の流れてくる方へ歩く、歩いていくうちに明るい部屋を出て私達は暗い通路を進んでいた。
「みんな、離れないようについてきてね」私達は通路を右に曲がった、そして私は絶句する。下に降りる階段が完全に水没している、間違いなく水はここから来ている。
「行き止まり…」美咲がそう呟くと優美が前に進み出て、もう一度水の中に手を入れる。すると目の前の水が割れだした、みるみるうちに水が道を開ける。
「さぁ、行きましょう」優美が先頭に立ち、階段を降りていく。
「ねぇ、さっき何してたのよ?」私は優美に聞く。
「水がどこから来ているのか調べてたのよ」私から顔を背けながら優美は言う、やっぱりすごいなっ優美は。その時私は下の方から魔の気配を感じた、これまでと違う何か強い力が働いている。
私達はなんとか階段の一番下にたどり着き、今大きな扉の前に立っている。この中からものすごい魔力を感じる、扉の外でもその強大な力がわかる程だ。私は扉に手をかけ、引く。だが扉はぴくりとも動かない、今度は押してみようとした時、私達は背中から吹っ飛んでいった。今扉を押そうとしたら魔力が強まった、今度は美希が目に炎を宿らせながら走る。
「ようやってくれるやんけ、私と勝負しましょか?」ダメだ、怒りのためかいつもの言葉を忘れている。
「美咲、こっちに来て」美希が叫ぶ、私は言われるがまま美希に駆け寄る。駆け寄った瞬間、美希にキスされた。キスされた直後、美希の言葉が心の中に響く。
“パワーレベル0001 ソード第9認証 解放”美希の手が1,5メートルの剣に変形し、しかもその剣には赤いオーラをまとっていた。おそらくは怒りのパワーが実体になって目にみえているのだろう、美希はその剣を扉に叩きつけた。剣はドアにめり込み、折れたが美希の体は扉のシールドによって後ろに吹っ飛び、壁に頭を打ち付けた。私は美希に駆け寄ろうと走り出した瞬間、頭に激痛が走った。まるでたった今壁に頭をぶつけたみたいに…、クラクラする頭を抱えながら美希に近寄る。美希も私と同じように頭を抱えていている。
「美希、大丈夫?」激痛に耐えながら言葉を発した、美希は立ち上がって笑う。私を安心させようとしているのか?それとも違う理由なのか、私にはわからなかった。
「5…4…3」美希はわけのわからないカウントダウンを開始した、腕の時計を見ながらカウントを行っているようだがその腕に時計はない。「2…1…0!」カウントが終わるとさっき扉に刺さっていた剣が大爆発し、扉を破壊した。美希は私にガッツポーズを見せ、部屋の中に走っていく。だが部屋のちょっと手前で止まった、どうした?
「ちょ…ちょっと美希、どうしたの?」美希に駆け寄り、話しかけた。
「入れない」美希は部屋の中を見ながら言う、部屋には花瓶や食器棚など日常で使われるものが置いてある。特に目立っていたのは、部屋の隅にある西洋風の箱だ、青い光を放っている。私は部屋に入ろうとしたが扉があった辺りから部屋に入ることができない、そのとき坂本優美が動いた。
「へぇ~中に入れないんだ」優美は右手を部屋の中に入れてみる、すると部屋の手前で止まらず「チャポン…」という音と共に部屋の中に吸い込まれていった。
部屋の中はひんやりしていて水の中にいるみたいだった、優美は青い光を放っている箱に手をかけた。箱にはカギなどはついておらず、簡単に開けることができた。中には青白く輝く玉が入っていた、これが“深水の玉”なのか?私は玉を右手で掴み、持ち上げる。玉の中では“新緑の玉”のように青い煙が渦を巻いている、そのとき洞窟内が揺れる。私は急いで美咲達のところに戻った、美咲達も揺れ始めた神殿に驚いている。河野桃子にいたっては怖さのあまり、美咲の腕にしがみついていた。
「あんた、また何かしたの?」私が壁につかまりながら優美を睨む。
「この玉を箱の中から取ったら部屋全体が揺れ出したの、だから私のせいじゃない」優美が“深水の玉”を私の前に突き出しながら優美は言う、そう優美が言った瞬間私は気分が悪くなった。
「とにかくここから逃げないと」私達4人は階段を駆け上がり、出口を探す。階段を一番上まで登りきったところで、私の持っている新緑の玉・黒龍の玉・優美が持っている深水の玉が光り出した。緑と黒、そして青の光がぶつかり合う。それぞれの光が私達4人を飲み込んでいく、その直後に頭上の岩が私達の元へ落ちてきた。だが、もうそこには私達の姿はなかった。
私達は白い建物に向かうため、砂浜を走る。始まりかたがどこかで見たことがあるかもしれないが、そんなものはデジャヴだ。
白い建物の前にたどり着いた私達は、信じられない光景を目にする。建物全体が傾き、崩壊していく。あの中にはまだ美咲達がいる、私こと楠木 瞳は建物に向かって走り出す。だがそれを板倉 さくらが引き止める。
「何よ!離してよ!美咲が…美咲が…」私の目からは涙が溢れる、だがさくらは離さない。
「危ない、ちょっと落ちつこうよ」そんな言葉で落ち着けるわけがない、目の前で家族が危険な目にあってるかもしれない、そう考えるといてもたってもいられない。なんとかさくらを振り切り、建物に駆け出した瞬間不思議な力に背中を押され、浜辺に思いっきり顔を打ちつけてしまった。私が振り返ると、なぜか舌戦を繰り広げて美咲と優美の彼方には河野桃子と木ノ本美希が立っていた。
真っ暗な部屋の中央に男が跪いている、左手の薬指には指輪がはまっている。
「理奈子様、プログラムAの準備ができました。今こそ世界を我がものにするとき…」男の右にいる男がその男の顔を殴りつけた、男の顔は腫れ上がっている。
「威張るな、下っ端の分際で…」
「やめなさいアペ、大丈夫ですか?」理奈子は男の頭を撫で、アペに向き直った。
「彼は悪気があって言ったんじゃないと思うわ、落ち着きなさい」理奈子はアペに冷ややかに言った、アペは目を伏せ部屋を出ていく。すれ違いにメイドが氷を持って部屋に入ってきた、その氷を理奈子は男の顔に当てる。
「本当にごめんなさいね、これからも私の下で働いてもらえますか?」理奈子は男に笑いかける、その笑顔は天使のようである。男は立ち上がり、メイドに氷を渡した。
「はい、おまかせください。理奈子様」男は理奈子に深くお辞儀をした。
「もうよろしいですよ」男はその部屋を出て行ったあと、理奈子は笑いが止まらなかった。もうすぐ世界が私のものになる、理奈子の笑いは部屋の中だけでなく廊下まで響き渡っていた。
美咲と優美の舌戦の理由は勝手に玉を取ったとそういうことだそうだ、そして今もなお舌戦は続いていた。
「玉に触るときは私に相談しろって言ってるでしょ、この分からず屋」
「周りにあんたがいなかったから仕方なく玉を取ったんでしょうが」私達が舌戦を繰り広げている間、さくら達はすっかりかやの外だ。
「ねぇ海に行って泳がない?そうしたら気分が晴れるかもしれないから」さくらは二人の顔を見て言う。
「そうね、泳ぎに来たわけだから泳ごうか?」優美は私から目をそらしながら言う、…私のことそんなに嫌いになったの?
「私は行かない、みんなで海でもどこでも行っちゃえば!」私はそう言うと乱暴に玄関のドアを開け、エレベーターに飛び乗った。
「なんなのよ…」私は急に悲しくなり、泣き出してしまった。一階到着のベルが鳴り、私は真っすぐに森に向かった。森の中は静かで私の心を癒やしてくれる、なぜ私は優美にあんなことを言ってしまったのだろう。早く帰って優美に謝らなければ…、そのとき森の奥から声がした、それは低い男の声だった。
「理奈子様、ここがプログラムAの本拠地でございます」
「すごいわ、アペ。何と言っても海がきれいね」私はできるだけ音を出さないように声のするほうへ近づく、森が開けたところに2つの人影を見つけた。一人は男、もう一人は女だ。二人ともまだ私に気付いていないようだ、アペが口を開く。
「理奈子様、施設の入口にご案内いたします」そう言うとアペは、理奈子を連れて森の中へと消えていった。私はそのあとを、こっそりと追いかけた。二人は大きな扉の前で止まる、私の身長の二倍はある扉だ。
「理奈子様、ここがプログラムAの本拠地の入口です。この中には様々な武器が保管されています、中をご覧になりますか?」アペは理奈子に質問する、だが理奈子はアペの口を人差し指でおさえて私のいる茂みを睨む。
「中を見る前にお客さんを歓迎しましょ、アペ。もう出てきてもいいわよ、美咲」私は仕方なく茂みから出る、一瞬理奈子の表情が和らいだみたいに見えたがそれはアペの頭で見えなくなった。
「何者だ!」アペは理奈子をかばうようにして前に出る、だがアペの質問に理奈子が笑いながら答えた。
「私の娘なのよ、教えてなかったわよね。この子が私の子供の河野美咲よ」
「お母さん、今度は何を企んでるの?」私は理奈子を睨んだ、しかし理奈子は怯まずにこう言う。
「世界征服よ、美咲。この世界は腐った人間がたくさんいて戦争やらで人間が死んでいる、そう思わない?だから私がその腐った人間をどうにかしてあげようってことよ、わかった?」お母さんの思考がわからない、どうしてそんなことになるのだろう。
「そんなこと…私が絶対にさせないっ」私が叫んだ直後、三つの玉が同時に光った。そして三つの玉は一つの玉になり、私に力を与えてくれた。私の体には力がみなぎり、私の上には四体のドラゴンが現れる。理奈子は右手を振り上げると突風が起きて私の体を吹き飛ばした、なんてパワーだ。理奈子が私に近づき、耳元で言葉を囁く。
「ごめんね、美咲。もう私達の邪魔をしないでね、あと…この地から早く立ち去りなさい。計画が始まる前にね…」理奈子はそう言うと扉の中へと消えていった、空が曇ってきて雨が降ってきた。だが私は体を動かすことが出来なかった、あともう少しでお母さんに手が届くと思ったのにまだまだだ…。私はそんなことを心の中で想いながら意識を失った、それから数十分後…優美が私の体をホテルに連れ帰った。
私が目覚めたとき、部屋のベッドで横になっていた。ベッドの横には心配そうな顔をした、坂本 優美がいた。
「美咲…大丈夫、ごめんね。私もついていればこんなことになってなかったかもしれない」優美は泣きながら話を続ける、それにしても優美の話し方からして私をどこかから見ていたかのようだった。私は立ち上がって外を見る、外は台風みたいな雨と風が吹き荒れていた。
「優美とあなたが帰ってきてからずっと降り続いているわ」さくらが心底がっかりしたように言う、それはそうだろう。私達は海に泳ぎにきたんだから…
「ねぇ美咲?何があったのか話して」美希は私を真正面から見つめる、その目は私を本当に心配している目だ。私は6人の方を向き、話し始める。
「私は森の中で私のお母さんと出会ったわ、その横には少年が立っていたの。名前はアペって言ってた、えっとーあと“世界征服するためにここに来た”“計画が始まる前にここから去れ”って言ってた。まあ、これくらいかな?私が聞いたのは」
「世界征服をわざわざなんで日本でやるの?」珍しく岩尾息吹が発言する、息吹の一言でみんな黙ってしまった。
「大変よ、みんな」玄関のドアが開いて上野桃子が入ってくる、彼女の服はなぜかビショビショに濡れていた、彼女は大きな深呼吸をして涙をこらえながら言葉を発する。
「このホテルに私達以外誰もいないわよ、お母さんもお父さんもどこかに行っちゃった」彼女以外誰も、体を動かすことができなかった。
私達はエレベーターで一階のロビーを目指した、一階はがらんとしていて誰もいない。私はフロントのベルを鳴らし、従業員を呼んだ。ベルの音がフロント全体に響く、フロントの奥からひょっこり出てきたのは私達の昼食を持ってきてくれたおじさんだった。
「どうかなさいましたか、お客様ってあれ?フロント係はどこに行ったのかな?」どうやらたった今、人がいないことに気づいたらしい。
「どうなってるんだ、みんなはどこに行った?」おじさんの慌てた声がフロア全体に響いた、そのとき放送案内がホテルに響く。
“この区域に大雨洪水警報が発令されました、まだ外におられるお客様は…”フツッという音とともに放送案内が途中で切れてしまった、また沈黙が私達を支配した。
「とりあえず、あなたがたは部屋に戻っていてください。私はここの従業員でお客様を守ることが仕事ですから…」そう言うと従業員のおじさんはフロントに戻っていった、仕方なく私達は部屋に戻ることにした。
部屋についた私達は特にすることもなく、おじさんからの電話を待っていた。5分後、内線電話で“一階に降りてきてください”とおじさんが電話してきた。私達が下に降りていくとフロントの前にかなりの重装備のおじさんが立っている、山にでも行くつもりなのだろうか?
「少しホテルの中を回ってみたんだけど地下2階の廊下に大きな穴が空いていて誰かが侵入した形跡があった、そこが一番怪しいと思う」
「じゃあ早速行ってみましょう」私達とおじさんは地下2階の廊下を目指す、階段を降りていくにつれて周りが暗くなっていく。おじさんはポケットから懐中電灯を取り出し、行き先を明るく照らす。地下2階の廊下は、シーンとしていて私達とおじさん以外誰もいない。
「この先だよ、大きな穴があるところは…」そこから10メートル程進むと、目の前に巨大で地面をえぐったような穴が見えてきた。私達とおじさんは穴の中に入り、どんどん下に降りていった。
「ここは…」私達の目の前に永遠と続きそうな通路があった、通路の向こうから微かだが声が聞こえたような気がした。
「ここを進むしかないみたいだね…」おじさんはそう言うと私達を連れて通路を進む、1キロか2キロ程進むとおじさんが足を止める、通路の明かりがぱっとついて目の前に理奈子が現れた。
「何しに来たの?」理奈子が私に話しかける、その表情は怒っているようにも見える。
「もちろん、お母さんのやろうとしていることを止めるためよ」私は理奈子を睨んだ、すると理奈子が笑った。
「強くなったわね、美咲。さすが私の娘ね」一瞬何を言われているのかわからず、その場に立ち尽くした。
「ここから先に進みたいなら私を倒してから進みなさい」理奈子は堂々と言う、まるで自分には絶対に勝てないとでも言うように…。
「いやだよ」河野桃子が前に進み出ながら叫ぶ、その瞬間理奈子の耳についているイヤリングが怪しげな黒い光を放つ。おそらくイヤリングの力が暴走しているのだろう、理奈子は苦しそうな顔をして倒れる。
「「お母さん」」私と桃子が同時に叫ぶ、二人は思わず駆け出す。いくら敵とはいえ、私達のお母さんなのだ。
「動くな!」振り返るとアペが銃を構えて立っていた、そのあとアペは理奈子に近寄り額に触れる。
「何をしてるの?」瞳がアペに質問する、アペは一瞬瞳をキッと睨みつける。
「治療だよ、このままじゃ理奈子様が死んじゃうかもしれないからね」その言葉に私と桃子は耳を疑った。
“お母さんが死ぬ”そんなことは想像できない、こうなったらアペが頼りだ。
「ねぇちょっと、助かるんでしょうね?」私はアペの肩を揺さぶる。
「ちょっと黙ってろよ、集中してるんだからさっ!」アペが私に怒鳴る。
“何よ、あんた達がこんなことしなければお母さんはこんなことにはならなかったのよ”私は心の中でそう叫んだ。
「…終わったぞ、大丈夫!!あと5分で目を覚ます」私と桃子は、ほっと胸をなで下ろす。そして5分後、理奈子は目を覚ます。
「お母さん…大丈夫?」理奈子がキョロキョロと周りを見ているので私はおずおずと話しかける、理奈子は私の目を見て言った。
「……あなた…誰?」理奈子のその一言で空気が凍る。
「わ、私はわかる?桃子よ!」目をうるうるさせながら桃子は理奈子に聞く、だが理奈子は首を横に振る。
「誰の顔も思い出せない」ついに妹は泣き出してしまった、私も胸に鋭い痛みを感じた。私と桃子はキッとアペを睨む、それを見たアペは慌てて言う。
「多分、軽い記憶障害を起こしているんだ。計算のうちだよ、落ち着いて」アペは頭を抱え始めた、何かを考えているらしい。
「……わかった、理奈子をボスの所に連れていこう。あのお方ならどうしてこうなったか、わかるはず」そう言うとアペは理奈子をおんぶして歩き始めた、私は歩きながらアペに質問する。
「ボスって誰なの?それにあなたの名前、アペが本名?」アペは溜め息を漏らし、私を見る。
「あのなぁ、俺とあんたは敵同士だぞ!!用件が済んだらお前ら全員あの世送りにしてやる」
「アペはやらない、いや…できないと思うなぁ」
「はぁ?何でだよ!」
「みんなとこうやって歩いてるから」アペは全員の顔を見ている、そして溜め息。
「勝手に言ってろよ」アペは肩を震わせながら言う、そうこうしているうちに何もない壁に突き当たった、言うなれば行き止まりだ。
「行き止まり…」8人はがっくりと肩を落とす、だがアペは壁の方に歩いていって左手をかざす。すると壁が左右に割れ、道が現れた。どうやらオロジアースの団員でしか壁を割ることはできないらしい、…ということはもし私たち8人とおじさんだけで進んでいたらこの道を引き返す羽目になっていただろう。
私達はだだっ広いホールみたいな部屋にたどり着く、おそらくここがこの施設の深層部に違いない。天井は高くて一番上の部分はドームのようになっている、そして目の前には階段があり、その上にはすごく美しげな女性が立っている。
「誰ですか?アペ、その者たちは」女性はそうアペにいい放ち、階段を降りてくる。
「すいません、理奈子様のお知り合いの方々です。それよりも奈緒様、理奈子様の様子が…」奈緒の目が私達から理奈子に移る、理奈子は何もない方向を見ている。
「どうしたの、理奈子?」奈緒が理奈子に優しく話しかけるが、反応はない。
「何があったの?説明しなさい」奈緒がアペを睨んで言う。
「はい」アペは、ここまでの経緯を話し始める。
「まず私と理奈子様は奈緒様に言われた通り、通路の見張りをしていました。急に理奈子様の具合が悪くなり、私は理奈子様を座らせて様子を見ることにしました。すると突然理奈子様のイヤリングが光り出して…、そして現在に至ります」アペは嘘をついている、アペは必死で私達を守ろうとしている。
「そう…、じゃあとりあえず私の部屋にベッドがありますから理奈子を連れていってもらえますか?」奈緒はアペの顔を見ながら言う。
「はい、おまかせください」そう言うとアペは理奈子を担いだまま、奥の部屋へと消えていった。奈緒は私達の方へ向き直った、その目は何かを探っている目だった。
「一体あなたがたは何ですか?能力を持っているようですが…」奈緒の目が優美を捉える、優美の顔が真っ青になって私の後ろに隠れる。
「あなたたちはここに何しに来たのかしら?」
「聞きたいこととお願いしたいことがあってきました」
「あら、何かしら?聞いてみたいわ」奈緒は私達に笑いかけてきた。
「ま、まず私達が泊まっているホテルのお客さんと従業員が全員姿を消しました。どこに行ったか知りませんか?」
「うーん、知らない…かな?ごめんなさいね」
「…もう一つのお願いしたいことというのは…」私は妹の顔を見る、妹も私の顔を見ていた。
「河野理奈子についてです」奈緒の表情が曇る。
「あの人は私達二人のかけがえのない家族です、理奈子を…いやお母さんを返してください」私は奈緒を睨みながら言う、奈緒も向こう側からこっちを睨んでいる。
「残念だけど、それは無理ね」奈緒はきっぱりと言った。
「ど…どうして…」
「それは理奈子がこの組織と契約を交わしているからよ、ちなみにこの契約は入ったら最後、解約できないのよ」
「じゃあ私が無理矢理、解約させてあげる」体がどんどん熱くなるのを感じた、体中を炎が駆け巡っているのだろう。こんな女にお母さんをとられてたまるもんか!
「あ、やめたほうがいいと思う。無理矢理解約させようとしたら理奈子が死んじゃうかもしれないよ」私と妹は絶句してしまった、お母さんが死んじゃう。でもオロジアースのボスのこの人を倒せば、契約を解除できるかも。
「奈緒様、理奈子様をベッドに寝かせてきました」いつのまにかアペが後ろに立っていて、奈緒を見ながら言う。
「そうですか…、そうだ!アペ!」奈緒が高らかにいい放つ。
「はい!」
「この子達に力の差を見せつけてやりなさい、この子達は私を倒そうとしているわ」
「おおせのままに」奈緒はそのまま部屋を出ていく、その顔にはひとかけらの笑みもなかった。
部屋を出た江口 奈緒は真っすぐに自分の部屋に向かった、理奈子の容態を見るためだ。部屋に入るとすやすやと自分のベッドで寝ている理奈子の姿があった、とっても気持ち良さそうに眠っている。私は理奈子にそっと近づき、額に手を乗せる。
「まさか家族がいたなんてねぇ、これは使えそうね」そう言うと額に乗せた手に力を入れた、手が七色に輝いて理奈子を癒やす。
「くっ…」それと同じに私は膝をついた、力を使いすぎたか。私は部屋を出て、地下に通じる階段を降りる。頭がクラクラして今にも倒れそうだ、私はこの組織のリーダーなのだ。もっとしっかりしなければ…。階段を降りていくと目の前に巨大な岩が現れる、その岩は不気味な紫の光を放っている。その岩の横には人体強化装置が置かれている、その影から一人の男が出てきた。その男は奈緒に歩み寄り、顔色をうかがう。
「顔真っ青だぞ、大丈夫か?」
「今はね、今からこの装置を動かせますか?」
「動かせるけど…本当に大丈夫?」
「何度もしつこいです!では装置を使わせ…て…」奈緒はついに倒れてしまった、男は奈緒を装置の中に入れて作動させた。5分後、装置から奈緒が出てきた。
「ありがとう薫、随分楽になったわ。ところでさっき警報音みたいのが聞こえたんだけど…、あれって…」
「はい、“屋外退避命令が下ったんだ。この建物、さっきから揺れてますし…」薫がそう言うと地面がぐらっと傾く、まるで上で大きなものが暴れているような…。
「いくわよ!薫、この施設は放棄する。理奈子を連れて逃げるわ、急いで」私と薫は階段を駆け上がり、私の部屋に飛び込んだ。理奈子はまだベッドの上で寝息を立てている、その理奈子を私は抱きかかえて薫にいいわよと言う。薫は手に白い光を灯し、江口 奈緒・河野 理奈子・坂倉 薫の3人は施設内から姿を消した。
ついにアペとの対決がきた。
「ちょっと待って、仲間同士で戦うのはやめようよ」上野 桃子はアペに言う、そのとおりだ。私達はアペと戦うためにここに来たわけではない、そう…平和的解決を求む?
「仲間?違うなぁ、俺とあんたらは敵同士だ」アペが軽く手を振ると私達8人は後ろの壁に叩きつけられた、言うなれば磔状態だ。床に立っているのはアペと…おじさん?
「なぜだ?」
「それは君の攻撃は私に当たってないからだよ」おじさんの表情を見ると余裕の表情だ、おじさんは小さな石を空中に投げて叫ぶ。
「いでよ!ファイヤーコンドル」2メートル程の輪の中から鳥が現れた、だが普通の鳥ではない、火の鳥だ。
「攻撃だ、奴を焼き尽くしてしまえ」火の鳥は口から、火を吐いた。
「くっ…」なんとアペは火を剣で防いでいた、このままではおじさんもそのうちやられてしまう…。そのとき3つの玉、黒龍の玉・新緑の玉・深水の玉がそれぞれの光を放った、私は目が眩んで目をつぶってしまった。
「ウォォン」何かの唸り声が聞こえ、私は目を開ける。すると目の前に十メートル程のドラゴンが立っていた、そのドラゴンは他の何ものにも負けないオーラを放っていた。ドラゴンは真っすぐアペとファイヤーコンドルの戦いを見つめている、アペの攻撃がファイヤーコンドルに届く前にドラゴンは赤黒い玉を放った。ドラゴンの攻撃をまともに受けたアペは壁で頭を打ち、動かなくなった。
「やった…の?」よほど痛いのか上野 桃子が頭を押さえながら言う、直後に天井が爆発して大量の岩が落ちてきた。
「さくら、ワープだ」私が叫ぶと私達とおじさんは、この奇妙な施設から脱出したのだった。
逃出した奈緒たちは用意していた車に乗り込んだ、運転席には…。
「奈緒様、お疲れ様です」なんとアペがいた、そう…美咲たちが倒したのは偽物だったのだ。
「『お疲れ様』ってあなたのほうはどうなの?ロボットはどうなったの?」
「あー、壊されちゃったみたいです。自信作だったんですけどねー」アペは残念そうに言った、アペは車のハンドルを握った。
「車を出してちょうだい、行き先は…」奈緒は言葉を切った。
「行き先は?」
「羽田空港」
「奈緒様、あそこに行くつもりなんですね?」
「ええ、Aプログラムがダメだったら今度はBプログラムよ。あのお方も納得してくれるわ」手をポンと叩いて奈緒は言う。
「そうですね、早く行きましょう」そう言うとアペは車を急発進させた、速度のメーターは120を表していた。
「河野美咲…面白そうな子ね、次会うのが楽しみだわ」
「私は会ったことがないので次回会わせていただきます」薫はそう言うと、欠伸をした。
ホテルに戻った私達は帰る準備をしていた、従業員も上野さんの両親もいなくなってしまったので家に帰るのだ。帰る準備をしているとき、上野さんはずっと泣いていた。
「上野さん、大丈夫?」私はおずおずと話しかけるが、無視された。
「帰る準備が終わった人はロビーに集まってね」さくらがみんなに呼びかける。さくらは部屋を出るとき私を呼んだ、玄関の前まで来てさくらが言った言葉は…。
「バカ…」
「へ?」いきなりバカと言われてしまいました、でもなぜ?
「上野さんの気持ちも考えてあげなさいよ、両親を失って彼女傷ついてるのよ」そう言うとみんなのところに歩いて行った、一人残された私はただ立ちつくすしかなかった。私達はさくらのワープで私の家に帰ってきた、上野 桃子の両親がいなくなったことにより、桃子は河野家で暮らすことになった。そのとき私達は知らなかった、この世界が異常な状態になっていることを…。
世界のバランスが崩れ、いよいよオロジアースの陰謀が動きだす…