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Trans Trip! +  作者: 小紋
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08.エルザ=リディクの徒然草(8章中)

 私、名前をエルザ・リディクと申しまして、光神の転生体をやっております。周囲からは神だなんだと騒がれ、アスタリア神聖国という大国の重役についてはおりますが、実際はまだこの世に生を受けてからやっと十六年経っただけの小娘。若輩者もいいところでございますので、これより先もより一層精進していきたい所存でございます。


 そんな私は、幼い頃から暇さえあれば物語に没頭しておりました。内容は様々。言ってしまえばジャンルのべつ幕無しに、手当り次第でございます。

 少女趣味な姫と王子の恋物語、小さな男の子が好むような冒険活劇、ピンとくれば、大多数が眉を顰めるようなオカルトものにさえ手を出して参りました。

 そのような感じで物語を読み漁っておりましたら、あっという間に国中の蔵書を読み尽くしてしまいました。そしてその頃には、使い古されたパターンが跋扈するお決まりの物語たちにも嫌気が差し始めておりました。

 今にして思えば、刺激ばかりを求め、時間を掛けて美しく整えられた様式を蔑ろにするのは愚かとしか言えませんが、何しろその頃はただでさえ若い今よりもずっと若かったものですから、多少の言動は若気の至りとしてご容赦いただきたいものです。


 まあそういったこともあり、当時私は刺激を求めていたわけでございます。

 何をトチ狂ったか官能的な読み物などにも手を出し、従者であるウェルーシュに真っ赤な顔で叱られたりもしましたが、それもどうにも私の心を満たすものではありませんでした。

 私は探しました。自身の心を満たす何かを。

 よその国の商人から本を仕入れることは勿論しましたし、時折城下に忍んで自らの足でもまだ見ぬ物語を探し続けました。城下に降りることは周囲の者ほぼ全てから咎められ、禁止され、邪魔されましたが、日々隠密技能を磨き、時間があれば城下に繰り出しておりました。


 運命の出会いがあったのは、いつものように城下に降りたある日のことでございます。

 その時私は、新しく見つけた古書店でどうにも胡散臭そうな書物を二、三点入手し、帰途についておりました。手の中にある書物が私の運命かもしれない、いやどうせまたハズレだろう。と、期待と諦念ふたつの相反する気持ちを抱え、城の者にお忍びがバレる前に自室に帰ろうと急ぎ足で歩いておりました。

 しかし、私の期待した運命は、私の手の中には存在しておりませんでした。


 それは、城に向かうための近道である裏路地にて、突然現れたのです。


 最初に聞こえたのは微かな声でした。若い男性の話声でした。

 私は、いつもならば猫の子一匹すらいないはずの裏路地に人がいることに驚きを覚えました。しかも、話声がするということは複数人です。

 声のする方へ、裏路地の角を曲がってみれば、前方で二人の男性が向き合っておりました。

 この時咄嗟に光属性の魔法『不可視インビジブル』で姿を消してみたのはどうしてだかわかりません。そうしなければ、いけないような気がしたのです。そしてそれは大当たりでした。

 おそらく気配を感じたのでしょう。『不可視インビジブル』により私の姿が掻き消えてから数瞬後、男性のうち一人が私を振り返りましたが、そこには何もおらず。

 彼は一度不可解そうに首を傾げましたが、気のせいか、とひとつ呟いてまたもう一人の男性に向き直りました。


 私を振り返った方の男性は、綺麗な緋色の短髪を持つ美丈夫でした。体格にも恵まれています。この方を男性1といたしましょう。

 もう一方の男性は、肩口まで伸びた美しい金色の髪が印象的な、若干華奢といってもいい方でした。この方を男性2といたします。


 男性1は、狭い路地で向き合う中、男性2の方へ一歩踏み出し、言いました。


「返事、考えてくれたか」


 真剣な声色です。どうやら、男性1は男性2に頼みごとをしているようですが、その内容は深刻なもののようでした。返事を促された男性2は、難しい顔で黙っています。

 しばらくして、絞り出すような小さな声で男性2が尋ねました。


「本気なのか」

「当たり前だ」


 即座に、男性1が答えます。淀みのない返答に困惑したらしい男性2が、目を瞑って頭を振りました。


「なんで僕なんだ。男だぞ」


 このあたりで私、「ん?」と思いました。何か展開が不穏です。展開の不穏さだけならいいのですが、この時点で私の胸の内に何かが発生しておりました。

 私の胸の内に何かが発生している間も、男性1と男性2の問答は続きます。

 男性1の表情が切なそうに歪みました。


「俺だって悩んだ。……悩んで、悩んで、そうしたら余計お前のことが頭から離れなくなって。わかったんだ。好きなんだ、って」


 その時、「えっ?」と声が出なかったのは奇跡といっても良かったのでしょう。

 男性から男性に向かった愛の告白、という衝撃に、私は薙ぎ倒されました。私の胸の内にあった何かが、破裂しそうに膨らんでおりました。


「頭、おかしい」


 感情の読めない声色で、男性2が言います。それを聞いた男性1が俯きました。拒否をされた、と考えたのでしょう。


「……そ、うだな。……すまない」


 沈みきった表情と声で謝罪する言葉が紡がれます。

 落ちる沈黙。どうしましょう、と完全部外者のまったく関係ない私がおろおろしかけたその時、男性2が口を開きました。


「僕も、おかしい、んだ」

「え?」


 男性1と私、異口同音。私は心の中で、ですが。

 突然発された意図の分らない言葉に驚いて男性2の顔を見てみれば、耳まで真っ赤に染まっています。これは、もしかして。


「頭、おかしくなった。……あんたのせいで」

「……それって」


 恥ずかしさからか、真っ赤な頬と潤んだ瞳で男性2が男性1を睨みつけます。

 男性1の表情がみるみる明るくなり、もう既に男性2を抱き締めたいのを我慢しているかのようでした。


「責任取れよ」


 そして発された男性2の決定的な言葉。男性1が勢いよく男性2を抱き締めました。


「……ああ! 勿論だ!」


 男性1の輝くような笑顔と、恥ずかしそうな男性2の真っ赤な仏頂面。それを見て、私の胸の内の破裂しそうだった何かが、轟音を立てて大爆発いたしました。


 私はそっとその場を引き返すと、無言で歩きました。

 速く歩きました。

 終いには駆けだしました。

 淑女としてあってはいけない雄叫びを上げたいのを我慢しながら、私はひたすら駆けました。そして気がついた時には、自室へと戻っておりました。

 どうやって戻ったのかは覚えておりません。


 これが私の運命との出会いです。


 それからはもう、暇さえあれば男性同士の恋愛を描いた物語を探し回る毎日でした。

 しかしそう簡単にはいきませんでした。あれだけ本を読み漁っても一度も出会うことのなかった分類の物語でしたから、そもそもの絶対数が少なすぎたのです。


 数か月探して成果物が片手で足りる冊数、となった時、私は開眼しました。

 この分類を盛り立てるためには、私自らが書くしかない、と。

 というわけで、私は自分が感じたあの素晴らしい衝動を他の方にも味わっていただくために、今でも執筆活動を続けています。

 気心の知れた教育係に作品を読んでもらったところ、何故か国内の出版ギルドと契約して著作を出版することにもなりました。もちろん、エルザ=リディクという名を使うわけにはいきませんから、別名を使ってですが。

 著書の売れ行きは悪くありません。購買層は主に女性だとか。やはり、皆様刺激に飢えていらっしゃるのですね。


 執筆活動を続けるとなると、創作の元となる情熱リビドーが必要になってくるわけです。そのうえでリアリズムも追求したくなるわけです。

 ですから、一番身近な情報源、私の双子のような存在である闇神の転生体のアストラくんに男性のあれやこれを聞きました。性生活や性衝動のお話、そして同性に恋愛感情を抱いたことがあるかも聞きました。

 とっっっても嫌な顔をされました。アストラくん、ひどいです。

 アストラくんから情熱リビドーを搾取することを諦めた私は、アンテナを広げ、騎士団や兵団、有名ギルドの見目麗しい方を観察することにしました。

 男所帯というものはいいですね、情熱リビドーに事欠きません。

 騎士団の同輩同士のライバル関係が次第に恋愛関係に昇華していく様を書いたり、兵団での上官と部下に芽生える信頼以上の何かを書いたり、ギルド間の抗争の中に生まれた敵同士の禁断の恋を書いたりしていると、私の著書はあっという間に二桁を超えました。

 そして、どこからかその著書の作者の正体が私だと聞きつけた人物(主に貴族の奥方様や城内の侍女ですね)に熱烈な応援をしていただけることも多くなってきた、その頃のことです。

 私は、運命に出会ってから、一番大きな情熱リビドーに襲われたのです。


 それは毎年行われている神結祭の闘技大会での一幕でした。

 闘技大会、大剣部門の本戦。私はウェルーシュとアストラくん、そしてアストラくんの従者であるノキアメルトさんと一緒に、それを見ていました。

 筋骨隆々の大きな方ばかりが並ぶ大剣部門では異彩を放つしなやかな体躯であるにも関わらず、ここ数年優勝し続けているソーリス=ディー=リンド様。その方目当てです。

 虎のエディフであるソーリス様は、洗練された立ち居振る舞いで大剣を操る、冒険活劇のヒーローのような方です。おまけに二十歳と年若く、整ったお顔立ちに、都会的な垢抜けたセンス。彼がひとたび舞台上に上がれば、女性の黄色い悲鳴が途切れません。

 しかしソーリス様は準決勝になって突然、不調としか言いようがない様子になりました。危ない場面も多く、私は、はらはらしながら見守っておりました。その時はどうしたのでしょうと心配ばかりしておりましたが、決勝戦では違いました。

 決勝戦。いつも通りの調子で……いえ、いつも以上の強さで対戦相手を下したソーリス様。私がわあっと歓声を上げ、ソーリス様はこうでなくっちゃ、とにっこりした時です。

 控室に通じる通路口から舞台上に向かい、どなたかが走って行くのが見えました。

 そしてその方の流麗な姿に、目を奪われました。

 雪のように真っ白な肌、オリーブ色の美しい髪、髪と同色の宝石のような瞳に、美しく整った鼻筋、理想的な線を描いた桜色の唇。凄絶、といってもいいほどの美貌です。ええ、目を奪われついでに拡大鏡でしっかり観察致しましたとも。

 目の前にいるにもかかわらず、この方は本当に現実に存在しているのかと疑うような美しさでした。仕草が可愛らしいため一見女性かと見間違えましたが、体つきから間違いなく男性。

 そんな方が、その美貌を笑みの形に崩してソーリス様と抱き合っていたのです。

 私がソーリス様に当て嵌めていた情熱リビドー、それまでに考えていた全てを、目に映る光景が凌駕しました。ソーリス様の相手には誰がいいかしら。ライバル関係にあるというのカヴァリエのイクサー様かしら。いいえ所属しているギルドであるコロナエ・ヴィテのギルドマスタージェネラル様が妥当かしら。そんな風にいろいろ考えていた私が吹っ飛びました。

 あまりの衝撃にぶるぶる震える私を、ウェルーシュとノキアメルトさんが心配し、いろいろ察したらしきアストラくんが気持ち悪がりました。アストラくん、ひどいです。

 その後、奉納試合でアストラくんと演舞をしたのですがよく覚えていません。どうやら私は、強すぎる衝撃に出会うと記憶が飛ぶ人間のようなのだと、このあたりで気付きました。

 さらに、ほぼ正気を失った頭で様々なことをした気がします。コロナエ・ヴィテのギルドハウスに押し掛けた気もします。あの美しい方の名前も聞きました。ソーリス様と出会い結ばれるべくして生まれた存在、ヤマト様です。

 全てが終わった時、手元にはダンスパーティにて寄り添うソーリス様とヤマト様の肖像画や、楽しそうにダンスをするお二人の転写板が残っていました。

 たまには正気を失うのも悪くない、と思ったのは、秘密です。


 今日もこれから、ヤマト様を招待したお茶会です。同年代の方とのお茶会に興味津々だったアストラくんも引っ張りこんでしまいました。

 きっと、楽しくなるでしょう。

 それでは、行って参ります。

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