07.お古じゃない?(8章後)
「お、いいブーツ履いてるじゃねえか」
今までに見たことのない、淡いタン色のブーツを履いているヤマトに目敏く気付いたパーシヴァルが言った。うるさくない程度のフリンジやストーンで装飾されていて、安っぽさもない。悪くない品だ、と素直に感心する。
だが純粋に褒めただけのパーシヴァルに返すにしては、ヤマトの反応は酷いものだった。
「ひっ!?」
「……なんだその反応」
恐怖に満ちた掠れた悲鳴を聞いて、パーシヴァルは思わず呆れる。普段の壮絶ないじめ行為が原因だとはわかっているが、ヤマトのこういうところがそれを助長しているのだと彼自身が未だに気付かないことに嘆息する。
「こ、これ……ソルが、もう履かないから俺にってくれたんです。だから、パーシヴァルさんにはあげられないです……」
「お前、俺をなんだと思ってんだ」
一度この綺麗な頭部を割って中身を覗いてみたいものだ、とパーシヴァルは思う。
しかし、なるほど。靴の交換が可能なくらいにはソルとヤマトの足のサイズは同程度である。だがパーシヴァルには少し不思議に思う点があった。
「随分新しいな?」
“もう履かないから”という理由で下げ渡されたということはお古だということが予想される。だが、このブーツはそれにしては色褪せもなく、くたびれてもいない。
「な、なんか、見た目が気に入って買ったんだけど、ソルが履くにはかわいすぎたらしくって。だからほぼ新品らしいんですけど」
「……ふーん」
縮こまってびくびくおどおどと言葉を連ねるヤマトに向かって、パーシヴァルは意味深に鼻を鳴らした。
◇ ◇ ◇
明くる日、2人だけになったタイミングを見計らい、パーシヴァルはソルにこう声を掛けた。
「おいお前ソルゥ……プレゼントならプレゼントでそう言やいいのによお」
「は? 何だよいきなり」
突然そう言われ、事態を把握できないソルが疑問符を浮かべる。パーシヴァルはこれ以上ないくらいに顔をニヤつかせながら、ある単語を言い放った。
「ブーツ。……ヤマトの」
途端、ソルの顔色が変わる。
……やはりか。自分の予想が当たっていたことと、見るからに彼が動揺を見せたことにかなり楽しくなったパーシヴァルは、腕を組み直してぴこぴこと忙しない虎耳を眺めた。
「……ち、ちげー! あれは、衝動買いしたはいいけど自分が履いてみたらちょーっとデザインがかわいすぎたから処理に困って……」
「あーわかったわかった」
虎柄の尻尾もぶんぶんと挙動不審だ。慌てたようにまくし立てるソルを、大丈夫だ全部わかってると言いたげな風情でパーシヴァルが宥める。
だがパーシヴァルの内心通り、ソルにはそれが宥める行為だとは考えられなかったようだった。
「聞けって!」
「はいはい、ついつい買っちゃったのなーヤマトに似合いそうだったから。はいはい」
「い、いやもうパースがどう思っててもいいけどさ……ヤマトに変なこと言うなよ」
「変なことぉ?」
聞く耳を持たないパーシヴァルは、嫌な笑顔を浮かべている。ソルは誤魔化すことを諦めた。どうせこの男には隠し事の類が通用しないのだと、わかっているではないか。
諦めるかわりに、この話題を終結させることを提案する。
「……なんでもねーって。もうさ、その話はいいから」
「で、なんでプレゼントって言わねぇの」
だが、そこで攻める手を緩めるようであれば、パーシヴァルは嗜虐嗜好の持ち主だなどと他者に認識されない。
激昂したい気持ちを抑えながら、ソルは声を小にして叫ぶ。
「……ほんと、話聞かねーのな!」
「まさかお前がねぇ……男になぁ……」
「なっ、バッ何言ってんだよ!」
「ああ懐かしいぜ。筆おろしのために花街連れてってやったこともあるガキンチョがまさかなあ……」
話はどんどん不穏な方向へと向かっていく。そう立派な人生を生きてきたつもりはないソルだが、明確に自身の汚点だと認識している過去の出来事を話題にだされ、顔を赤くする。
「くそっ、セクハラだ!」
「お、いっちょまえに人権主張しやがるな? お前のハジメテの相手とその時の様子を詳しくヤマトに教えてきてやろうか?」
「やめばかこの!」
ついついパーシヴァルに掴みかかり、ソルは羞恥に翻弄された思考で考える。自分が何をしたというのか。どうしてこんな目にあっているのか。泣きたい気分だった。
おー怖い、とさして怖くもなさそうな様子でうそぶいたパーシヴァルは、ニヤニヤとした顔を崩さないまま追究する。
「……で?」
「……もう、頼むよ。その話終わりにしてくれ」
「嫌だ」
「この悪魔。……ああくそ」
どうあっても攻勢を緩める気はないらしいパーシヴァルに、ソルは覚悟を決める。
とはいっても、話しだすのには少し時間が必要だった。脱力した様子でしばらく沈黙し、数度催促をされてぽつりぽつりと喋り出す。
「……プレゼント、って言ってもよかったんだけどさ。ヤマト断りそうだし」
「そうか?」
「そーだよ。……それに、恐縮されながら受け取られんの嫌だし。まあお古っつって渡しても恐縮されたけど」
「結局同じじゃねぇか」
そうだ、この男の言う通りなのだが。……他人から改めて言われると、三倍悔しかった。
「同じだよ。……同じだよ、クソ。でも何でもないのにプレゼントってのも変だろ。男同士で」
「まあ気持ち悪いな」
ずばり言われてさらなるダメージを受ける。だからこの男に話すのは嫌だったのだ、とソルは頭を抱えた。
「だから。……ヤマトに変に思われたら嫌だし」
どうしてプレゼントをプレゼントと言って渡さないのか、の理由はそれで終了だ。
ここまで話して、ソルは自らの健気さと小心具合に落涙しそうになった。大の男がそんなことをちまちまと考えていると、よりにもよってパーシヴァルに知られたのもなんか嫌だ。
案の定、パーシヴァルはにんまりと笑っている。
「はっはー。ソーリス坊ちゃんの純情が垣間見えてお兄さん半分満足だ。しばらくこのネタで弄ってやろう」
「マジ悪魔だな。……もう帰れよ。すぐ帰れ。いなくなれ。今すぐニーファに戻ってきてほしい」
「おい、純情なこと言った口で姉貴に浮気か? これだから最近の若ぇのは怖いな」
「黙れほんと」
どこまでも、意地の悪い男だ。
低く低く呟かれた言葉を受けたパーシヴァルは、心底楽しそうに笑う。
「ははっ。……ま、このくらいにしといてやるさ。だがまあ、あんまりうかうかしてると横から掻っ攫われるぞ。あれをテメェの物にしたかったら先手必勝だ。そこだけは覚えとけよ」
パーシヴァルが去った後、ソルはその場に座り込んで投げやりに呟いた。
「……どうすりゃいいのかわかんねーんだっつーの」