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Trans Trip! +  作者: 小紋
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06.ホテルのお風呂(6章中)

 神聖国キングズホテルの1階から階段を下り、進んで行ったその先。

 そこに、コロナエ・ヴィテのギルドハウスの大浴場と負けず劣らずの大きなお風呂があると聞いて、本日は自室の浴室ではなくそこに入ろうかと思い、やってきた。


 誰か他のお客さんと鉢合わせるとちょっと気まずいし目の毒なので、太陽が昇りきらないような早朝を選び、脱衣所の戸を開ける。


(うーん、脱衣所だけならここの勝ちだな……)


 床が大理石っぽいつやつやの石だ。裸足をぺたぺたとつけると気持ちが良い。不特定多数が出入りする場所とあって、脱いだ衣服を置く棚にも施錠・解錠の術式が組み込まれた魔石が埋め込まれた扉がついている。

 ……私は何と戦っているんだろうか。特に対抗意識を持って来たのではなかったはずだが、いちいち比べてしまう。

 さっさと服を脱ぎ去る。そしてもういい加減見慣れた息子を隠すために腰にタオルを巻き、浴場の扉へと向かった。


(さあ、風呂はどんなもんかな……)


 がらり、と扉を開けた瞬間、私は固まった。

 中にいた一人の人物と目が合ったからだ。


「……」

「……」


 無言で見つめ合う。

 そこにいたのは、イクサーさんだった。驚いた私同様彼も驚いたようで、鋭い目つきを少しだけ丸くしている。


(……び、びっくりした……!)


 まさか中に人がいるとは思わなかった。物音も気配も、何もなかったのだ。湯船につかってゆっくりしていたからだろうが、水音ひとつたてないのはどういうことなのか。


「……あ、お、おはようございます……」


 とりあえず挨拶をする。掠れた声で挨拶を返された。

 もしかしたら彼も私と同じ目論見で、一人で入浴を楽しみたいからこんな早朝にここにいるのではないだろうか。それだとしたら、悪いことをした。

 だが服を脱いで入ってきてしまった手前戻るのも体裁が悪く、そのまま入っていく。


 ……無言で体を洗う。イクサーさんには、酒場で怒られたばかりだから少し気まずい。

 しばらくして体も洗い終わってしまった。どうしたものか……湯船に入るにしても……うーん、近くに入れば会話しないと不自然だし、遠くに入るのもまた不自然だし……。


「……どうした、体を冷やすぞ」


 びくり、と体が震える。まさか声を掛けてもらえると思ってなかった。


「あ、す、すいません。……お、お隣いっても大丈夫ですか」


 緊張しすぎ、私。しかしそりゃそうだ、知り合ったばかりの異性と一緒に風呂なんて……体は違うけど……ああ面倒臭い。

 うだうだと考えているとイクサーさんから了承が貰えたので、湯船に入りあまり近づきすぎないくらいの隣に腰を降ろした。


 しばし無言。だが……。


(め、めっちゃ、見られてるぅ……っ)


 お、恐ろしい。何か彼の気に入らないことをしただろうか。できるだけ波を立てないように湯船に入ったというのに、それでも駄目だったか。


「君は……」


 ひっ、と心の中で悲鳴を上げた。恐る恐る顔を上げ、イクサーさんと目線を合わせる。彼の深い青色の瞳は何の感情も浮かべていないが、怒っている様子はない。そのことに少し安堵した。


「色が白いな……それに細身だ」


 予想していたどれとも合致しない言葉をかけられ、驚く。そのため、用意していた返答も全て無駄になった。……まさか体つきを話題に出されるとは。考えてみれば、脱衣所ではじめて裸になったときソルともこんな会話をしたかもしれない。

 とりあえず返答を返すべく、彼の体に視線を合わせた。


「……そうですか、ね。イクサーさんも白いと思いますけど」


 色の白さは私のこの体ほどではないが、彼も一般男性にしては色白なほうだと思う。そして、体つきに関してはソルと同様着痩せするタイプのようだ。初見ではスレンダーな長身だと感じたが、今まじまじと見てみると、筋肉がしっかり付いている。

 ……イクサーさんとソルって、雰囲気は全く別物なのに、似ているところがかなり多い。やっぱり、そのあたりが同族嫌悪に繋がってあんなに嫌いあっているのだろうか。


「……そうか?」


 そしてそれきり会話は終了した。……ううっ、気まずい。






 気まずい沈黙が落ちたまましばらく温まった後、もうこの沈黙には耐えられんとばかりに湯船からあがろうとしたらイクサーさんも同じタイミングであがってきた。

 あああー……と思いつつ、2人して脱衣所に出て服を着替える。その時もなんとなく視線を感じたが、もう気にしないことにした。


 結局自室の階層が同じということもあり、本当に言葉少なに会話をしながら9階までご一緒して、別れることになった。


「……では、またな」

「あ、はい、また……」


 言葉を交わして、自室へ。ぱたんとドアを閉めて、まずでたのは溜息。


(私のコミュニケーション能力の低さが思い知らされる……)


 喋るネタを見つけるのにいちいち苦労し、返ってくる短い返事に対する返事を作るのにも苦労し……。ああ、どうやったらぺらぺら喋れるようになるのだろうか。

 イクサーさんの感情は最後まで読めなかった。彼は本当に無口で無表情だ。ヴィーフニルもそんな感じではあるのだが、年上か年下かだとだいぶ違う。

 しかしついてきてくれたのを見ると、どうやら一緒に行動しようとしてくれたようだし……ジェネラルさんの言うように、同年代の友達を欲しがっているというのも本当なのかもしれない。


(よし、今度はちゃんと会話のネタを仕入れておこう……)


 イクサーさんの好きな話題ってなんだろう……剣? ああ、思いつかない。とりあえず今度会ったら、彼の得物である江刀の話でも聞いてみるかと思ったのだった。






 イクサーさんと一緒に風呂に入ったとうっかりソルに話して、以前の絶対連れション宣言に加えて絶対連れ風呂宣言までされたのはまた別の話である。


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