13.男の生足(6章後)
バタンと自室のドアを閉め、部屋の中ほどまで進んだ私は、深い溜息を吐いた。
(つ、っかれたー……)
今日の任務は随分時間が掛かった上に内容もハードだった。
農場に出現する野生の兎をひたすら追い掛けて狩る、というもので……あれですね、畑仕事する人にとって兎って害獣なんですね。
屍骸が山と積み上がっていくのが、もう。途中でリタイアしなかったのが奇跡だ。
しかも兎は当然逃げるわけで、殺すために追い掛けるのは二つの意味で疲れるわけで、全部殺してくれとか言われたら当然時間もかかるわけで、夕食も出先で済ませたわけで。
そんなわけで、肉体的にも精神的にも疲れ切っている。
ギルドハウスに帰りついたのは夜半過ぎだ。エデルさんに労われてふらふらしながら自室へ戻って、今に至る。
とりあえず、汗と泥で汚れている今の服を着替えたい。そう考えた私は、タンスの中から適当に着やすそうな服をひっつかんだ。
のそのそ着替えていると、どんどん眠くなってくる。ヤバい、寝そう。
上は無事着替えられたのだが、ズボンを脱いだところでバランスを崩してベッドに倒れ込んだ。
頬に感じるシーツの感触が気持ちいい。
何故かやたらでかかった上衣と裸の下半身のせいで妙な格好になっているが、なんかもうどうでもいい。
おやすみなさーい……。
◇ ◇ ◇
「ヤマトー、ちょっとい、い……?」
そう声を掛けながらヤマトの部屋へと入ったソーリスの目に、転々と落ちる衣類が入る。
最初に上衣、次に下衣。それを辿って辿りついたのは、ベッドの上のヤマトだった。
「……!!」
声もなく衝撃を受けたソーリスは、よろめきながらベッドへと近づく。
ベッドの上のヤマトは、上は着ているが下は何も身につけていなかった。
ソーリスの今の気分を表すのに一番近い言葉は、僥倖。人生で初めて体験したその気持ちは、思ってもみない幸運に突然襲われるとしばらく思考が停止することを彼にわからせた。
だぼついた大きめの服に隠された上半身が柔らかいリズムで上下するのとか、そこから伸びる長くて白い美しい素足とか、ひとえに、素晴らしいとしか言いようがないのだ。
この光景を目に焼き付けようとまじまじと眺めていたソーリスは、自らがあらぬ状態になるのを自覚した。あれ、まさか、と思いつつも、それは現実。
立っていられなくなって座り込む。そして自嘲気味に呟いた。
「……これでかよ……俺って……」
「んん……」
その呟きに反応して、ソーリスが座りこむことになった原因が小さく身動ぎをする。
座り込んだままのソーリスが思わず動きを止めて動向を見守る中、ヤマトがゆっくりと起き上がった。
「……あれ、ソル、どした、の」
不思議そう、かつ大変眠たそうだ。伏し目がちな色濃い睫毛が、頬に影を落としている。
一方ソーリスは、ヤマトが起き上がったことで一転して直視できなくなった。なぜなら刺激が増しているから。ベッドの上にぺたんと座りこんだ状態の生足が艶めかしすぎて、多分そのまま眺めていたら襲いかかる。
「あ……あのさ」
ソーリスはしどろもどろに、この部屋に来た当初の用件を済ませることにした。
「多分、俺の服、だと、思うんだけど……」
数日前に洗濯に出したいつもの部屋着が見当たらなかったので、ジェーニアが運び先を間違えたのではないかとヤマトの部屋に探しに来たのだ。
「……? ……あっ!」
そう、今ヤマトが着ている服は、ソーリスのもので間違いないようだった。
ちなみに先ほどソーリスが立っていられなくなった理由には、そのことも多分に含まれている。
「ご、ごめんね。道理で大きいと思った」
「い、いーよ。ジェーニアが間違えて持って来ちゃったんでしょ」
なんだか妙な雰囲気だった。
少しの沈黙の後、ヤマトが自らの着ているソーリスの服を示しながら尋ねる。
「すぐ必要だったりする? ……あ、ごめん、お風呂はいらないで着替えちゃったから、洗濯しなきゃだよね。どうしよう」
ソーリスはびたりと停止した。
ここで、すぐ必要だ、いいから返せと言えば。ヤマトはすぐに服を脱いで渡してくれるだろう。
手に入るものは二つだ。
ヤマトの部屋にて、という極めて珍しい状況で裸身のヤマトを目にする機会と、脱ぎたての衣服。
そこから先どうするかはソーリスの自由。
しかし、それは、あまりにも。
どう転んだとしても、人としてやってはいけないことをしてしまいそうで。
(……ベッドに、裸の思い人に、準備万端な俺、だもんなあ)
物事が揃いすぎているのが良くない。とても。
万が一そこで踏みとどまれたとしても、その先、手の中に残る脱ぎたての衣服には抗えそうもない。
具体的には、嗅ぐかナニするかしてしまう。絶対。
人として、という括りで考えるなら……それもしてはいけないと思う、多分。
ソーリスは永遠とも言える時間(実際は数秒だが)悩んだ末、己の中の獣に打ち勝った。
「どこいっちゃったのかなって、探してただけだから……大丈夫」
「そっか。じゃあ、普通に洗濯物に出しとくね」
会話が終了する。勿体ないと思ってはいけない、と必死に自分に言い聞かせている最中のソーリスの頭の中には後悔しかない。
そして落ちる沈黙。
ソーリスは床に座り込んだままだ。
変な空気に、ヤマトが首を傾げる。
「どうしたの? 座ったままで……」
尋ねられ、ソーリスは冷や汗をかいた。
立ったら、ばれる。催した劣情とかその他もろもろがばれる。
「……おなかいたいんです……」
嘘を言うしか、なかった。
「えっ!? だ、大丈夫? 薬貰ってこようか?」
「お構いなく……」
真面目に心配してくれるヤマトに心の中で謝って、ソーリスは座り込みを続けることにした。
結局、ソーリスが立ち上がれたのは、それから四半刻ほど経ってからのこととなった。