11.金銭感覚が違う人と付き合うと疲れる(7章後)
(うん、今日すっごい暇!!!)
ある昼下がり、外から馬の蹄の音が聞こえるコロナエ・ヴィテのギルドハウスロビーでぼーっとしながら、私は元気良く叫んだ。もちろん心の中で。
繰り返すようだけどすっごい暇なんだ。今日の任務はまさかの午前中終了だった。
帰ってきてからご飯食べて、そこからもう明日の朝まで自由。いつもならこういうとき誰かが遊びに誘ってくれるんだけど、今日は日が悪いのか一人でぽつんだ。
ソルは剣士ギルドに用事があると言って行ってしまったし、エナは任務の帰りに遭遇したギルド外の女友達のところへ遊びに行ってしまったし、ヴィーフニルは今朝早く起きたせいで眠気に負けて自室でお昼寝だし。っていうか昼食中に寝たから「しょーがねーなー」とか言いながらソルが運んであげてたし。
ん、あれ? ……選択肢が三つしかなかったことに今気付いた。この三人がいないと一人ぼっちになる私の交友関係が問題だな。
(い、いや違う……ぼっちなんかじゃない……他の人とも仲良いけど、同じようなテンションで遊んだりする空気感じゃないってだけで……)
一人で焦る。どこまでも一人だ。
(死んでもいいですか?)
ひっそり息を止めたくなったところで、私は考え直した。
遊んだりする空気じゃないってことは、遊びに誘えないだけなんだよ。遊びじゃなきゃいいんだ! 誰かの仕事を手伝わせてもらおう、ジェーニアさんの家事とかならいくらでもあるはず、とそう思って立ち上がった時だった。
「ヤマト」
「あ、ジェネラルさん」
階段から下りてきたジェネラルさんに声を掛けられた。
「何をしているんだ?」
「え、えーっと……ぼーっと、してました……」
我ながらこれはないわー。咄嗟に返しが思いつかなくて、なんかものすごい暗い人な返答になってしまった。
だけど器のでかいジェネラルさんはそのくらいじゃ人を見限らない。むしろ微笑ましそうに軽く笑ってくれた彼は、私の頭を二、三度撫でて尋ねる。
「つまり、暇なのかな」
「はい」
「では、俺と出かけないか?」
まさかのお誘い。テンションが一気に上がった。これは、願ってもない。
「いいんですか?」
「ああ、ただの買い物だからな」
「じゃあご一緒させてください!」
暇をつぶせる上にジェネラルさんと一緒にいられるなんて! 暇なぼっち休日が一気に有意義なものになる。
ジェネラルさんは、会った当初はそのオーラの凄まじさに緊張するほどの憧れの存在だったが、最近ではなんだか知らないけどお父さん化してるから一緒にいるとすっごい安心感を得られるのだ。
目を輝かせた私の背中に手を添え、ジェネラルさんが玄関口へと歩き出す。
「では行こうか。外に馬車を待たせてある」
「え。……あ、は、はい」
安心感云々とさっき言ったばかりだが、なんかいきなり不安になった。
(馬車……買い物行くのに馬車……?)
ちょっと、ウォーキングが基本な若者ショッピングしかしたことない私は想像つかないんですけど……え? 歩かないの?
困惑しながら玄関口から外に出た私は、濃く美しい木肌の木材と赤のビロードによる上品な装飾のされた、でっかい四頭立て四輪馬車を見てぶったまげたのだった。
(そういやさっきからやたらと蹄の音聞こえると思ってたよ!)
ちなみに、御者以外は私物だそうです。怖い。
絨毯張りの馬車の中でビクビクしながら連れてこられたのは普段来たこともないような高級店街だった。
「う、うわああ、すごい」
馬車の中で怯えの混じる歓声を上げる。
白亜の石畳が別世界だ……道すがら、音に聞く名家の御屋敷とかも見えた気がする。もしかして、貴族街のど真ん中じゃないのかな、ここ。
(私が美青年で、ニーファチョイスのセンスいい装いでなかったら死んでいたところだぞ!?)
非リア充はそのくらいデリケートな生き物なんですけど……あの、マジで……私これ街に降り立ったら蒸発しそう。目の前のジェネラルさんはそういえばなんかいつもより重装な気がする。ちょっと、私にもここに来る前におめかしさせてくださいよ!
だらだらと冷や汗を流しながらここを通り過ぎて普通の店が立ち並ぶ商店街にでも行ってくれと思っていたら、無情にも馬車が止まる。
彼の長身でも十分余裕があるコーチ内で、ジェネラルさんが立ち上がった。その姿にあの……と声を掛けかけて、止める。
「このあたりを適当にぶらつこうか。俺の用は少し大きな買い物だから、最後に回すことにするよ。馬車で来ているとはいえ荷物になるからな」
「……は、はい」
ちょっと逆らえないですね。だってすごい楽しそうなんだもん!
「二人で出かける機会というのもなかなかないから、今日は楽しい一日にしよう。まずは服でも見に行くか」
外套を翻して歩む姿がここまで様になる男もいないだろう。そんなジェネラルさんが馬車から降り、振り返る。
「さあ、段差に気をつけて」
馬車を降りるのに手を貸されてしまった。逆らえなくてジェネラルさんの手を取る。
普通にエスコートされてます。怖い。
「ジェネラル様、本日は当店を訪れていただき誠にありがとうございます」
もう嫌だ怖い。門構えから既に貧乏人を威嚇してる高級そうな洋品店に入ったら、正装してる一番偉そうな髭が整った男の店員さんがとんで来た。
既に私はこの時点で服を見るテンションではない。非リア充の買い物に店員さんは不要です。怖い。
だけどジェネラルさんは慣れた様子で店員さんに言葉を返す。仕草が流麗で怖い。
「ああ、今日は公用ではないから、硬くならないでくれ。この子に服を選びたくてな」
「これは、お美しい。さぞかし選び甲斐がありますでしょう。すぐに用意をさせますので、奥でお待ちくださいませ」
えっ、あの、私に服を選ぶって……えっ。っていうか買い物って商品の並んだ店内を自分の足で歩き回るものじゃ……あ、あの陳列棚ここにあるんですけど、奥って……えっ。
怖い。
奥へと連れていかれてしばらく。鏡の前で着せ替え人形と化す私。
あのこれ、普通テンションの高い女の人が可愛い男の子に女装させたりする時にやるイベントじゃ……ジェネラルさん冷静にめっちゃ選んでるし、なんかこう……テンションが……。
「ヤマト、これはどうだ?」
「……た、高いです」
詳しく言えばゼロが二個多いです。
私が拒否したにもかかわらず、ジェネラルさんは気にした様子もなく手に持った高そうな服を検分している。
「値段は気にしなくていいぞ。布はそれなりに上質なもののようで、デザインは流行に走り気味だが……ああ、これは好みの問題かな。どうだ?」
「い、いや、あの」
既に押し切られて五着ほど会計台にあるんです最低でもゼロが一個多いのが。そもそもなんでいつの間にかジェネラルさんが私に買い与えることになってるんですか。いや目上の方に払ってもらうのが花を持たせることになるってそれはわかってるんですけど、値段が。
これは、駄目だ。無駄遣いだ。なんとかして断りたい。
「もう、これ以上は」
「そうか……ヤマトはあまり服に興味がないのかな? ソルとエナを連れて来たときなんか二人で三十着は買ったぞ」
(がっつきすぎだよ二人とも! そのせいでジェネラルさんの常識が「人に服を買ってあげる時は数十着が基本」になっちゃってるよ!)
怖すぎる。珍しくソルとエナを恨みながら、無言で青くなって首を振る私。
だけどジェネラルさんは期待した顔でこっちを見ている。
「うーん、他にも似合いそうな服がたくさんあるんだが……着てみるだけでも、どうかな」
そんなキラキラに満ちた目で言われたら、断れるわけがないのだった。
結局八着も買ってもらってしまった。お会計は怖くて見れなかった。
もう疲労困憊である。普通物を買ってもらうって嬉しいイベントのはずじゃ……いや、私は恐縮だからあんまり得意じゃないんだけど……。
店員さん勢揃いで見送られて高級洋品店を後にする。
すぐ近くに停まっておいてもらった馬車に乗り込む前、ジェネラルさんが懐中時計のような魔導器を取りだして言った。
「服屋でずいぶん時間を食ってしまったな。もう暮れ三の刻か」
「あ、は、はい」
服選びすぎなんですよう、と思いながら返事をしたら、ぐーとお腹が鳴る。
一気に顔が真っ赤になった。これ、恥ずかしい! 食いしん坊キャラでもこのタイミングじゃ鳴らないと思うんだけど……もう嫌だ……。
ジェネラルさんは肩を震わせて笑っている。
「くく、ヤマトは燃費が悪いな。軽食でも取ろうか」
おやつタイムだ。しかしさっきの服屋のような高級店に連れていかれてはたまらないぞ。
「はい! あの俺、ジャンクな気分です!」
「こら、不摂生は良くないぞ」
「き、今日は特別で」
苦笑して窘められても食い下がる。ジャンクな、できれば安価な店でお願いします。
必死の思いで空色の瞳をじっと見つめると、ジェネラルさんが折れた。
「……まあ、たまにはいいか。手軽なものばかり置いている店が近くにあるから、そこにしよう。特殊な栽培方法で育てられた野菜のみを使うこだわりがある店で、なかなか悪くないんだ」
(えっ)
ちょっと何言ってるかわかんないです。
しばらく呆然。我を取り戻してから困惑。聞くからに高そうなんですけど。そもそもこだわりがある店はジャンクじゃないと思うんですけど……あ、こだわりがあるジャンクフードのお店に失礼か……ってあるのかなそんなとこ。
なんかいろいろ余計なことを考えつつも、逆らえなかった。
「……は、い」
ジャンクな店を希望して、おしゃれ一直線の高級店に連れて行かれた方がお客様の中にいらっしゃいますでしょうか。私はそうでした。その気分、まさに想定外。
なんでおやつを食べた後にここまで疲労困憊しているんだ私は。
その店は、綺麗な五階建てホテルの三階、なんかお洒落な外国語っぽい名前の付いた店で、ドレスコードまでありました。リボンタイなんてはじめてつけちゃったうふふ! 怖い。
メニューに値段が書いてなくて、というか毎日メニューが違うみたいだった。怖い。
最後、私が食べたのはサンドイッチみたいな食べ物であるカブルガというやつなんだけど、さっぱり見たことのない不思議な質感の肉が入ってた。聞いてみたら高級神聖豚っていう品種の豚なんだって! なんかもう名前からして怖い!!! 神聖国だから神聖豚ってなんなんだよ洒落にもなってない!!!!!
まあ当たり前に味もわからないほど緊張してたら、店を出てからジェネラルさんに心配そうに聞かれた。
「ヤマト、具合が悪いのか……?」
「はっ?!」
「いつになく少食だった。辛いなら今すぐ帰ろう。俺の用などいつでも済ませられるものだから心配することはないぞ。……明日の仕事も休養するといい。いや、ヤマトは頑張り屋だからみんなが働いていると気後れしてしまうな。……明日の仕事内容は……ああ、明日は全員休日にしてしまおう。確か後日に回せる仕事だったからな」
どうしてこの人、ここまで過保護なんだろう。何かにつけてやりすぎです。
「い、いやいやいや。違います違います。ちょっと緊張しちゃって」
「緊張?」
「あ、あんまり高級すぎて」
正直に言えば、ジェネラルさんの顔が「その発想はなかった」というものに。くそう、貧乏人ですみません。
「……そうか、なんだか元気がないと思ったら。それならそうと早く言えば良かったのに」
「すみません……」
「こちらこそ、すまなかったな。今からは気軽な店へ行こうか」
「は、はい!」
気を使わせてしまったことを申し訳なく思いつつ、これで高級店縛りから解放されると安心した私だった。
◇ ◇ ◇
「俺らもさ、最初のうちは楽しかったんだけどだんだん怖くなってきちゃって」
「人間、身の丈に合わない買い物はするもんじゃないよねー」
後日私は、ソルとエナにジェネラルさんの買い物についての話を聞いていた。
面の皮厚めだと自称しているソルたちにもあの高級っぷりは恐怖となったらしい。ですよね。
ちなみに、先日の買い物で気軽な店に行こうと言ったあの後も、行ったのはかなりお洒落なお高めの店だった。何かが切れた私は、良い経験だと思って開き直ることにしたのでした。おしまい。
私の物語は終了したが、ソルとエナの実感のこもった話は続く。
「ジェネラルさん、人に物買ってやりたがりなんだよ。ヤマトも覚えあるだろ? どっか行ったりすると土産を超大量に買ってきたりさ。エナなんかこの前手のひら大の宝石貰ってなかったっけ?」
「ああ、あれ……いくらしたんだろうと思うと怖くて触れないよぅ。値段気にしなさすぎて、もはや値札の存在を知らないかのような人だよね、だんちょーって」
どこからそんな無尽蔵なお金が湧いて出てくるのかと不思議に思って二人に聞いてみれば、曰くジェネラルさんのお金は、昔いろいろやっていた時に貯めたものらしい。何をやっていたのかが果てしなく気になる。
使いまくった結果貯めきった当時の半分以下の額に減ったらしいけど、いまだに十年ほど豪遊しても使いきれないくらいあるそうだ。
(……貯める期と使う期があるってこと、なのかな)
なんにせよ、今のジェネラルさんの金使いは、相当荒いようです。