10.嗚呼、男子会(『人には人の付き合い』後)※会話文
前日約束した通り、ソーリスはエドマガルたちと宴会を開いていた。
宴会といっても、ソーリスとエドマガルとサリュグナ、三人でだらだらと飲むだけのこの上なく小規模なそれは、気安さゆえかたいした盛り上がりもない落ち着いた雰囲気で進む。出会い頭、昨夜の飲み会が大変盛り下がった恨み事をエドマガルにこぼされ鬱陶しそうな顔をしていたソーリスも、今はだいぶリラックスした表情をしていた。
高い長椅子に囲まれたボックスシートで男友達と駄弁って酒を飲む。表には出さないが、心を許せる友人を大切だと思うソーリスにとってはこれもそう悪くはないものだ。ギルド飲みの時とはまた別の安心感がある。その証拠に、ソーリスの杯をあけるペースはいつもよりはやい。
コロナエ・ヴィテではそういう話をすることができるのがキルケくらいしかいないから、若い男が集まって酒に顔を赤くしていれば自然と導かれる下衆な会話もできるのもいい。ちなみにヤマトもそういった話題を好むことを知ってはいるソーリスだが、ソーリスとしてはヤマトと下衆な会話をするというのが心情的に無理だ。
まあそれはいいのだ。下衆な会話、そう、例えばそれは、柔らかくも弾力のある果肉を持つ四角形のフルーツであるコナフが卓に並んだだけで唐突にはじまったりする。
「え、何、ごめんもう一回言って?」
「だからさあ、コナフに穴開けて突っ込んだら気持ちよかった」
「念の為聞くけど、何を?」
「ナニを」
「……きめぇ……」
「いやいやいやいや、キモくねーって、やってみろよ!」
「うわー……」
「なんだよ引くなよサリュまで! いやマジですげーんだって。すげー気持ちいーの。搾り取られる」
「ないわー……」
「あんだよ!」
「いくらイイったって、一人でやるよりゃ女とヤったほうがいいんじゃねえの」
「……」
「……こっ、この」
「何」
「死ねえええええええこのヤリチン野郎!!」
「ああ? ヤリチンじゃねーよ別に……特に最近ご無沙汰」
「あー、そういや昔よりかは女の子たちのお前に対する罵詈雑言聞かなくなったな」
「ヤリチン野郎! このヤリチン野郎め!」
「うるせーぞエドマこの万年オナニスト。お前はがっつきすぎだからオナニーしかできねーんだ。サリュの余裕を見習え」
「うぎゃあああああああああマジムカつくううううううううう」
「俺を巻き込むなよ……。……ああソル、アーラ・アウラの虎娘、エイミーだっけか? どうなったんだ? この前の祭の時来たんだろ」
「や、なんとか逃げたよ。あいつ一回寝たぐらいで恋人面してウゼェし……ってか俺、ちゃんと一晩だけって言ったんだよ。あいつしつこい」
「うっわ最低」
「あんだよ」
「なんで女の子たちからの苦情が減ってるのか不思議なくらい変わってないねお前」
「死ねよヤリチン野郎」
「エドマはそろそろ水でも飲んどけ。……まあ俺、本命できたから」
「………………え?」
「はああああああ!!?」
「うわうるせーんだけどエドマ」
「だ、だってお前、本命って……そんなんお前……槍が降るぞ!?」
「降らねーし……」
「いや今回ばかりはエドマに同意……本命ってマジか」
「……マジ」
「えー! えー!! しんっじらんねー! どんないい女でも長くて一カ月で捨てるお前が!?」
「そんな短くねぇよ、一カ月はないわ」
「そんなんどうでもいーよ! ……え、何日続いてんのその本命さんとは」
「……なんでお前にそんなこと言わなきゃいけないわけ」
「んだよソル! 友達甲斐ねぇな! ほらサリュも聞きたいって!」
「サリュ巻き込むなよ」
「いや、俺も聞きたい……」
「ええ?」
「ほらソール! ソーリスちゃん、ゲロれゲロれ!! どうせお前聞いてほしくてチラッと零したんだろ?! チラチラこっち窺ってないで言っちまえよ構ってちゃん!」
「う、ウゼェ」
「言えよ構ってちゃん!」
「……ねえサリュ、酔ってる?」
「お前の衝撃発言で酔いが回った。責任とってゲロれ」
「……まだ告白もしてない」
「……………………はあああああ!!?!?!」
「うるせー」
「……うわ、これは、マジだ。大ニュースだな」
「え、何お前何お前何お前。大事すぎて手が出せないとかそんなお約束の?」
「……そーだよ悪いか」
「うっわーマジでか! お前いつの間に少女向け物語の一員になったんだよ!? あ、事の重大さに俺気持ち悪くなってきたちょっとトイレ」
「いってらっしゃいエドマゲロ。……そんでソル、お前もゲロれ。どんな子?」
「お前にしては珍しく突っ込むね」
「いや、流石にここまでイレギュラーだと好奇心を抑えきれない」
「……そんなに変か俺」
「変だ。ものすごい変」
「なんかショック」
「お前がショックを受けてようがなんだろうがどうでもいい。……美人?」
「……めちゃくちゃ綺麗な子だよ。んで優しくて気が小さい。人のことばっか考えてる。自分は二の次」
「おっ、尽くすタイプなわけ?」
「友達付き合いしかしてないから、恋愛になるとどうなるかはわかんね。……でも、なんかそういうのに苦手意識あるみたいで」
「そういうのって……恋愛?」
「そう」
「何、お前それアタックして引かれたってこと?」
「違う。まだそれすらしてない。一緒にいる時間長くて話する機会も多いから、いろいろ聞けんの」
「一緒にいる時間長いって……どういう付き合い? どうやって知り合ったわけ?」
「黙秘」
「……なんで」
「なんでも。……ほんっと、可愛くてさ。……手、出したりして拒否られて友達ですらなくなったら、俺、生きていけない……」
「……ほー……お前、ほんと惚れてんだなあ」
「悪いか」
「悪かない。……で、どうしたいの」
「どうしたいのって、今手も足も出せねーんだって」
「そうじゃなくて、お前の希望的にはどういうふうになりたいのって話」
「……そりゃ、あわよくば恋人に」
「体の関係は?」
「欲しいに決まってんだろ」
「だよなあ……ああなんか変な感じ」
「何が?」
「まさかお前にこんなこと聞くことになるとは」
「俺もまさかこんなに苦しい思いすることになると思ってなかった」
「天罰だな」
「まさにそれか。……うー」
「はー気持ち悪かった。ただいまー……ソルなんで突っ伏してんの」
「ソーリスくん二十才はやっとこさ青春の痛みを味わっています」
「やめろそれ」
「ざまあああああああああああ」
「うぜー死ね」
この後サリュグナがエドマガルへと事細かに説明し、またもぎゃーぎゃー騒ぐエドマガルとそれをうざったく思ったソーリスとの小突き合いが発生。しまいには殴り合いにまで発展し、容赦のないソーリスの右ストレートをあびたエドマガルが昏倒したことにより飲み会はお開きとなる。
翌日、ソーリスは何か重大なミスを犯したような心持ちで二日酔いに痛む頭を抱えていたが、会話が進むと共に進み過ぎた杯のせいで、自分が喋ったことなど何一つ覚えていない。
よって、左頬を腫らしたエドマガルが、腹いせにあることないこと付け足した“ソーリス=ディー=リンド初恋の報”をそこかしこに広めていることなど、さっぱり気付きもしないのであった。