09.人には人の付き合い(7章後)
ある火曜日の夕刻、ソーリスは愛用する大剣を携え、鍛治ギルド『リャドンナの金槌』リグ西地区支部を訪れていた。
国をまたいで各地にギルドハウスが点在する『リャドンナの金槌』は、厳しい指導体制により、古くから高名な鍛冶師を次々と輩出し続ける歴史あるギルドだ。高い技術と信用を兼ね備えているのは言うまでもないが、特にここリグ西地区支部の支部長は、稀代の名匠とも称される凄腕だった。
その人物こそがソーリスの目当てである。そして、顔なじみでもある。というのも現在ソーリスが背負っている大剣を製造したのが件の支部長であり、定期チェックもしばしば任せているからだ。
『リャドンナの金槌』リグ西地区支部は、こじんまりとした、ギルドハウスというよりは小店舗と呼んだ方がしっくりくるかもしれないたたずまいである。
ソーリスが勝手知ったるとでもいうような足取りで扉を開けて中へと進めば、埃っぽい店内で彼のよく知る顔ふたつが振り向いた。
「お! よっす」
ソーリスが挨拶するよりはやく声をかけてきたのは、茶褐色の髪を編み込みポニーテールに結い上げた蜂蜜色の瞳の人懐っこそうな青年だ。髪と同色の犬耳とふさふさの尻尾から、彼が犬のエディフであるとわかる。犬のエディフの宿命からか、友人と会って高揚する気持ちが如実に耳と尻尾に表れていた。
エドマガル=ヴィントニアという名前の彼は、ベルトにさげた二本の長剣をがちゃがちゃと鳴らしながら軽い足取りでソーリスへと近寄り、片手を上げた。
「おう、エドマ。久しぶり」
ソーリスがエドマガルを愛称で呼び、同じく片手を上げれば、軽いハイタッチが交わされる。
「ほんとにそうだよ。お前どんだけ顔出さねえの」
久しぶり、とその言葉に、嬉しそうな顔をしていたエドマガルが一転して噛みついた。
(そんな久しぶりだったっけ?)
指摘されるほどだっただろうか、とソーリスは考えるが、そういえばエドマガルの顔をみるのは一カ月以上ぶりだと気付く。
(最近ヤマトとばっか遊んでるからなあ……)
ソーリスはヤマトに好意を持っている、しかも部屋は隣、ともなれば、他の人間と接する暇があまりなくなるのも当たり前だった。
じとっとした目でつれなさを責めるエドマガルとはあまり目を合わせずに、店内へと歩みを進めながらソーリスは言った。
「お前らがうち来ればいいじゃん」
「行けるかあんな超人ギルド!」
お互い、お友達の家に遊びに行く、なんてべたべたした関係ではないのをわかっていてソーリスは言ったのだが、どうやら論点がずれる。
ぷりぷり怒るエドマガルを尻目に、超人ギルドって、とソーリスは噴き出しそうになった。コロナエ・ヴィテを知らない外部の人間から見たらそうなのだろうか。意外と所帯臭いところもあるのに。
「なんだそのくくり。別に平気だって、ジェネラルさんとかめちゃくちゃ優しいし……あ、お前小さいからお菓子とかくれるんじゃね?」
ソーリスは、頭一個半分下にあるエドマガルのつむじを見降ろす。
びしり、と空気が凍りついた。エドマガルは身長の低さにコンプレックスを持っている。ぽん、と頭に手を乗せられたことが決め手となり、エドマガルはカウンターへと駆け寄った。カウンターの奥には、ソーリスとエドマガルのやりとりを静観していた人物がいる。
「サリュ、そのハンマー貸して」
サリュ、と呼ばれたカウンターの奥にいる人物は、整髪料を使って上げた銀色の髪と、濃い灰色の瞳を持つダークエルフの青年だった。ソーリスよりも背が高く褐色の肌をした彼は独特で硬質な雰囲気を身に纏い、ダークエルフという種族柄か体格にも恵まれている。名前をサリュグナ=ハーロイといい、今エドマガルが呼んだ通りサリュが愛称だ。そして、エドマガルとサリュグナは古くからの知り合い、幼馴染みである。
サリュグナは嫌そうな顔で、エドマガルに向かってしっしっと追い払う動作をする。
「血がつくから嫌だ」
『リャドンナの金槌』のギルド員であるサリュグナにとって、ハンマーは大事な商売道具だ。鍛冶以外の用途に使われたらたまったものではない。例えば、人を叩くとか。
「洗えばいいだろ。ソルは死ね」
「百年後くらいにな。……あ、サリュ、アヤジさんいる?」
怨嗟を軽く聞き流したソーリスは、本日の主目的を果たすべく、サリュグナに尋ねた。
『リャドンナの金槌』リグ西地区支部長アヤジ=ロムチカへと自らの大剣を預けるべくしてやってきたソーリスだったが、尋ねられたサリュグナは首を振った。
「残念、先週から本部出向」
「げ。無駄足……」
ソーリスは軽く項垂れる。『リャドンナの金槌』の本部は、二つほど隣の国の首都にあるため、本部出向となれば半月は戻ってこない。出発したのが先週ならば、最低でもあと一週間は掛かる。
「アヤジさんいたら俺がいるわけねえだろ」
エドマガルがあっけらかんと言い放った。彼は職人気質で厳格なアヤジのことを苦手としている。
ソーリスはなるほど確かにと半分納得した後、無駄足が悔しいやら納得したことが悔しいやらであることを指摘した。
「そういやお前サボりか」
「ちげーし。自主的な休日だし」
「いい加減解雇されるぞ。カヴァリエ厳しいんだろそういうの」
エドマガルは、剣士ギルド『カヴァリエ』のギルド員だ。
ギルドマスターであるイクサーが真面目であるからか、多すぎる人員をまとめ上げるためにだかは知らないが、カヴァリエは就業規則が厳しめに設定されている。規則などあってないようなものであるコロナエ・ヴィテと比べたら雲泥の差だった。
そしてそんな中で、エドマガルはサボタージュが多い。しかしエドマガルは何故か得意げな顔だ。
「俺強いから平気」
ソーリスが思い切り失笑する。得意げな顔で何を言うかと思えば。
「俺より弱いくせに」
「あ゛あ゛?」
半分嘲り半分冗談のその言葉に、エドマガルの声が三トーンほど下がった。
サリュグナがまたか、と呟く。
「あんだてめぇソルこのやろー調子のってんなよ」
「それそっくりそのまま返すわ」
「俺の本気知らねーからそういうこと言えんだぞお前」
「俺の本気見せてやるとか言って三十秒でノックアウトされたのどこの誰でしたっけ」
「う、うぐっ……あっ、お前イクサーさんに前負けてたじゃねえか!」
「それ今関係ねえだろっつか殺す」
「やってみろオラー!」
ソーリスが背負った大剣の柄を手にとり、エドマガルが腰にさげた長剣を抜こうとした時だった。
「埃立つから止めろ」
静かな、だが確かな一声で二人が停止する。そのまま静かに戦闘態勢を解いた。
サリュグナは怒ると怖い。
「……っていうかさあエドマ、なんでお前イクサーはさん付けなのに俺は呼び捨て?」
露骨な話題逸らしだが、エドマガルに否やはなかった。先ほどの言い合いはその辺りに放り捨て、普通に会話が始まる。
「イクサーさんは上司、お前は違う。当たり前だろ」
「なんかムカつく」
「アホか」
ぶつぶつ言うソーリスを、エドマガルは呆れた顔で見た。
と、サリュグナがエドマガルへと視線を向け、ふと気付いたように言いだす。
「エドマ、お前今日ソル誘うって言ってたろ」
「あ、そうだったそうだった。ソル、今日来いよ」
話の流れは直前で寸断されているうえ、エドマガルの誘いには主語もくそもないため、ソーリスは不可解な顔をした。
自然と問う言葉を返すことになる。
「どこへ」
「エルドラータ」
「なんで」
「飲み会」
「えー……」
「頼むよー。女の子いっぱいいるの。みんなお前を御所望なの憎らしいことに。悔しい。女の子たちにお前の最低具合教えてやりたい」
「途中から悪口になったから行かない」
バッサリと切って捨てたソーリスにエドマガルが縋り付く。
「えっ、ちょっ、ソル様!!」
鬱陶しそうにエドマガルを足蹴にするソーリスだが、悪口だから行かないは冗談だ。今日は付き合えない理由がきちんとあった。
「いや、ほんとに行けない。今日ギルド飲み」
ソーリスが来れないことが本当だと知るや否や、エドマガルから不満の声が上がる。
「えー! お前最近マジで付き合いわりーぞ!!」
「先約が優先ってだけ。明日ならいーよ」
今日は別に好んで付き合いを悪くしているわけではないソーリスは、妥協案をだした。しかしエドマガルはお気に召さないようで、口をへの字に曲げたまま叫び出す。
「明日じゃ女の子たち都合つかねんだよぉー!! 今日のセッティングだってやっとだったのに!」
ぎゃーぴー喚くエドマガルを見て、ソーリスは一気に面倒になってしまった。今から俺は話を流す、そう決意してあっけらかんと言い放つ。
「じゃ、三人で飲めばいいじゃん。俺とエドマとサリュ」
「……え? あの、今そういう話はしてなくて……」
喚くことも忘れたエドマガルは呆然とした表情を隠せない。
しかしソーリスは顧みない。面倒臭い。今日は早く帰りたい。ギルド飲みでヤマトに癒されたい。
「俺の付き合いの悪さの話だったろ?」
「そうだなー」
どうやらサリュグナもソーリスと同じ気持ちだったようで、同調をしてみせた。
「違う……」
エドマガルの弱々しい否定の声は二人には聞こえない。
「さー、アヤジさんもいないし俺帰るね。じゃ、また明日夕方くるから」
ソーリスはそれだけ言い残して手を振り、さっさと歩きだした。
「あっ、ソル待って……」
追いかけようとしたエドマガルだが、大股で去られては追い縋れない。
「……待つ気なしだな」
「くそぉ……。……サリュ、今日暇?」
縋るような目を向けられたサリュグナは、しまったさっさと奥に引っ込めば良かった、と後悔した。せめてもの反抗として、視線は決して合わせない。話も。
「ソルに確約貰ってから女の子集めればいいのに」
「だって……ねえ暇?」
しかしエドマガルも今日の飲み会の男女の人数比が掛かっているためしつこい。
もう半分諦めて、サリュグナは嫌な顔でエドマガルと目を合わせた。
「ソルが抜けた枠に入るの嫌だ」
ソーリスのモテは半端ではない。飲み会では女子人気を総なめにし、その様はまるで虎のエディフだというのに獅子のハーレムである。
女の子たちはソーリスが来ると思っているのだろう。そこに自分が行っては……サリュグナには女子たちの非難が容易く想像できた。
「抜けたままはもっと嫌だー!! お願いお願いお願い」
そんな気も知らず、エドマガルが手を合わせて頼み込む。数秒の沈黙を返して、サリュグナは溜息を吐いた。
「……しょうがねーな……」
「ありがとー!!」
喜ぶエドマガルを苦々しい気持ちで見つめるサリュグナ。どうして自分はこの幼馴染みの頼みごとには逆らえないのだろうか、とか思いながら。
なんとか頭数揃えた! と喜ぶエドマガルだが、多分今夜の飲み会の結果は芳しくないだろうと想像してみたサリュグナだった。