僕の恋人
夜の12時に携帯が震える。
「ハーフムーンにいるから、おいでぇ」
ハーフムーンっていうのは彼女の行きつけのBarの名前で、多分カウンターに座ってバーボンなんか飲んでる筈。
「補導されちゃうよ」
「なあに気弱なこと言ってるの。夜遊びしないとイイオトコになれないぞお」
「明日、試験があるんだけど」
「付け焼刃の勉強なんて、意味なーい。とにかく来なさい」
こうなると、彼女は「行く」と言うまで電話を切らない。
溜息をついてジーンズを穿き、MA-1を羽織る。
僕の自転車は二人乗りできないので、母の自転車を借りる。
「伊織、どこに行くの?」
「ちょっとコンビニ」
「あんたのコンビニは片道1時間だもんねえ」
はいはいすみません、とかなんとか言いながら、玄関を出る。
僕だって、好き好んで夜中に出るわけじゃないんだよ、まったく。
「あ、来た来た。まーちゃん、伊織君が迎えに来たよ」
ハーフムーンの中には、マスターと真昼さんだけ。
もう、閉店時間過ぎてるもんなあ。
「伊織、おっそーい。遅いから、ちょっと飲みすぎちゃったじゃない」
「僕が来なくても、酔っ払ってるくせに」
スツールから降りるのに肩を貸すと、焦げた樽の匂いがした。
男の子みたいに短い髪で、身体にピッタリしたシャツとカーゴパンツ。
職業は、建築士。
化粧っ気のない顔で細い肩の彼女は、酔っ払った顔で僕を見て機嫌良く笑う。
「手のかかる人だなあ」
「伊織に手をかけさせたいの」
「我儘なんだから」
自転車の後ろに彼女を乗せて、夜の街を走る。
「深夜徘徊と道交法違反なんだからね、もう」
「意気地なし。男が小さいこと言わないの」
どっちが子供だか、わかりゃしない。
部屋まで送って、冷蔵庫からミネラルウォーターを出すのは僕の役目。
お礼はいつもキスひとつ。
「伊織も早く大人になればいいのに。いろいろと楽しいよお」
自分は僕の首に腕をまわすクセに、僕が腰に腕をまわそうとすると、するりと逃げる。
「子供にはまだ早い」
真昼さんを押し倒しちゃう力くらいはあるんだけどな。
パジャマに着替えもしないでベッドに入っちゃう真昼さんが、寝惚けた声で言う。
「伊織がそこにいてくれると、安心して眠れるの」
真昼さんの静かな寝息を聞きながら、額にキスして灯りを消して、玄関のドアを開ける。
鍵をしっかり閉めて、マンションの通路を自転車に向かって歩き出す。
ちぇっ!酔っ払い!今度酔いつぶれたら襲っちゃうぞ。
夜の静かな街に自転車を走らせながら、真昼さんの寝顔を思い出したりしてる僕って、お人好し。
27歳の真昼さんと17歳の僕は、いつか大人同士になる。
待ってて、屈託のない真昼さんのままで。
自転車を立ち漕ぎしながら、家に向かってただ走る。
・・・いけね。明日の試験、実力勝負か?
何か一言声をかけていただけると、幸いです。
軽すぎ!なんてお叱りはご尤も。