第6話 「ヒナ裏の少女達の理解者」藤江さんとの出会い
妖精フェアルから魔法の力を持った腕輪を授けられ、その力で体を売る世界へ流れていってしまう少女達の力になろうと思った優花と葵は、少女市場と呼ばれるヒナ裏で体を売って暮らす少女達と接することで徐々に考えに変化が生まれつつあった。「彼女達の背景には家に居場所がなくなった少女達を体を売る世界へと誘導する社会的なシステムがある」と感じるようになった二人は、その構造を明らかにしようと歩みを進めていく。
この日も自分達にとって何か“答え”になるものを見つけられないだろうかと考えて優花と葵はヒナ裏に来ていた。しかし団地で出会って以来、いつもここで見かけていたアイナがここ数日ほどいないことが気にかかっていた。
そこで近くにいたエリに優花はたずねてみた。
『アイナさんこの何日かほど見かけないけど、何かあったのかな?』
エリはひどく顔を曇らせた。
「ああ、アイナね・・・ちょっといろいろあったみたいで」
エリの言葉や表情から、アイナの身に何か良くないことが起きたことは感じたが、あえて優花は続けて聞いた。
『どういうことがあったか教えてもらってもいいかな? どうしても話しにくいことなら無理にとは言わないけど』
「あいつね、何日か前に4・5人ほどの男に連れ去られてさ。部屋に閉じ込められてずっと暴行されてたみたいで。昨日なんとか逃げ出してここに戻ってきたけど、それからずっと怯えていて今は藤江さんのところに行ってるよ」
『・・・藤江さん?』
エリの口から聞いたことがない名前が出たので優花はたずねた。
「え、あんたらここに来てるのに藤江さんのこと知らないんだ。そういえばあんたらはまだ藤江さんと顔を合わせたことなかったか」
『名前も初めて聞いたし、たぶんまだ会ってないと思う』
「藤江さんはね、ヒナ裏にいる私達みたいな女の支援活動をしてる人だよ。藤江さんのところに行けば必ず飯は食べさせてくれるし、寝るところがないときなんかは藤江さんの事務所に泊まる子もいるね」
「ここにもよく来るし、ヒナ裏にいる子は大抵みんな藤江さんとは話をしたことはあるはずだよ」
「事情があればずっと受け入れてくれるしね。それでアイナはここに戻ってきてから藤江さんのところに行ったんだ」
『そうなんだ。その藤江さんに会わせてもらうことってできる?』
「いいよ。ここに来てるのに藤江さんのこと知らないほうが変だしね。私が案内するよ」
そう言うと、エリは優花と葵を藤江さんが運営する事務所へと案内してくれた。ヒナ裏から徒歩で5分ぐらいのすぐ近いところに事務所はあった。
「あら、エリちゃん、いらっしゃい」
エリの顔を見ると30歳ぐらいに見える女性が声をかけてきた。事務所の中にはスタッフに見える女性が5人ほどいて、それとは別に普段はヒナ裏にいるような雰囲気の女性達も10人ほど中にいた。
「うーっす。藤江さん、噂の二人を連れてきたよ」
どうも先ほどエリに声をかけたのがこの団体を運営している藤江さんだったようだ。
『噂の二人って・・・私達のこと?』
「はじめまして。買春男を簡単に吹き飛ばす格闘少女としてみんなあなた達のことを話してるわよ」
『あはははは、そうなんですか;』
二人は以前にイオリを拉致しようとしている男達を手の甲だけで吹き飛ばしたことからヒナ裏の界隈ではすっかり有名になっているようだった。
『あの、アイナさんがここにいると聞いて来たのですが』
「アイナちゃんならあそこにいるわ。アイナちゃんもあなた達のことを話してたわよ」
藤江さんは優花と葵をアイナのいるところへと案内してくれたが、アイナは部屋の隅で虚ろな表情をしながらじっと座っていた。
『アイナさん・・・』
「あ、あんた達来たんだ・・・」
アイナはとても普通に話ができるような状態には見えなかった。
「藤江さん、ごめん。泊まらせてもらってご飯まで出してもらって。世話してもらってるばかりで・・・。本当は自分で稼がないといけないのに・・・」
アイナはひどく申し訳なさそうな顔で言ったが、藤江さんは優しく語りかけた。
「いえ、いつまでもここにいていいのよ。むしろヒナ裏に戻る必要なんてないの。あなたの年齢なら本当は大人の世話になるのが普通なんだから。あなたの生活を守るべき大人がそれを放棄したのが悪いのであって、あなたは堂々と大人である私達の世話になっていいのよ」
「ありがとうございます、でも・・・」
「今はまだ無理に話さなくてもずっと横になって休んでいてもいいからね」
藤江さんはアイナにそう言うと、優花と葵をテーブルへと案内した。
『私達もヒナ裏にいる子達のために何かをしたいと思ってるんですけど、どう接したらいいかまだわからなくて。みんながどういう気持ちなのかもよくわかってないから、傷つけることを言ってもいけないし。どうすればいいかお話を聞かせてもらってもいいですか』
「ええ、私が言えることだったら何でも」
藤江さんは少し考えてから二人に話し始めた。
「んー、二人は『北風と太陽』という話は知ってる?」
『あ、聞いたことがあります。北風と太陽が旅人のコートを脱がせようと競争する話ですよね』
「そうね。ヒナ裏にいる子達はね、言ってみれば心が分厚い氷でできたコートで覆われているような感じなの」
「その分厚い氷は時間をかけてゆっくりと太陽の光のように溶かしてあげるしかないのよ」
「あの子達は『自分達はこの生活から出られるわけがない』って、誰にとは言わずそう思い込まされてしまってるの。あの子達の心を覆っている厚い氷を少しずつ溶かし切れたときに、『私は普通に生きようとしてもいいのかもしれない』ってやっと思い始めてくれるの」
「・・・本心で言えば、ヒナ裏にいる子達を全員今すぐここで引き取って体を売るのをやめさせたい。でも、そういう北風みたいな方法を取っても、絶対にあの子達は心を開いてくれないし、結局はまた同じ道に戻ってしまうの」
「だから最初はたまにここに顔を出してご飯を食べに来てくれるだけでもいいと思ってる。そうしているうちに少しずつ『藤江の話を真面目に聞いてみてもいいかな』と思ってくれるようになることもあるから」
『あの、私からすると、ここで保護してもらえて藤江さんが生活を支えてくれるなら、無理にヒナ裏で体を売ってお金を稼がなくても、もっと気軽にここで保護してもらえばいいんじゃないかなとも思うのですが、どうしてそうしない子が多いんでしょう』
「うん、普通に暮らしている人にはそう見えると思うわ」
「人を動物にたとえるのはあんまり良くないんだけど・・・たとえば外で厳しい生活を送ってきた野良の子猫を保護しても、何ヶ月も人間を威嚇し続けて心を開いてくれないことは珍しくなかったりするわ。なぜならその子達は周りにあるものを全て警戒しないと生きてこれなかったし、他者を信頼することで報われた経験がないから」
「ヒナ裏にいる子達はある意味ではそういう子猫達よりももっとひどい境遇で生きてるの。自分を守ってくれるはずの親から虐げられ、そこから逃げてヒナ裏に来ても周りにいるのはあの子達の立場の弱さにつけ込んで金で食い物にする人達ばかり。その立場の弱さを見て手を差し伸べようとする人なんてほとんどいない」
「そしてアイナちゃんのように『ここにいる女達は襲ってもどうせ警察には言わない』と足元を見られて性犯罪に遭う子も少なくないわ」
「そんな人間の一番醜い部分を見せつけられ続けて、それでいざ誰かが手を差し伸べたとしてもすぐに心を開くことなんてできないのよ」
『そうなんですね・・・。人を信用することを怖がってしまってるんですね』
藤江さんの話を聞いて、優花は自分が想像していた以上にヒナ裏にいる少女達が過酷な心理状態に置かれていることを改めて痛感していた。
「ヒナ裏にいる子達はね、生まれて一度も優しくされたことがない子も多いのよ。だから『自分が大事に思われている』という実感を知らないことも少なくないの」
「だってこれまであの子達が接してきたのは自分を傷つける親や、自分の立場の弱さにつけ込んでくる買春男ばかりだったのだから」
「だから・・・大事にされるという感情を向けられても、『私に大事にされる価値はあるの?』と思ってしまって素直に受け入れることができないことが少なくないの」
『そっか・・・。「自分は大事に思われてもいいんだ」って、そう感じられるようになるのにも長い時間がかかるんですね』
「そう、心を覆っている分厚い氷が溶けてきてやっと、それを受け入れられるようになってくるの」
ここでそれまで二人の会話を静かに聞いていた葵が口を開いた。
「あの、ヒナ裏にいたけどこの事務所で暮らすようになって、そして普通の生活に戻って行った子もいるんですか?」
「ええ、ここで活動してから5年ぐらいになるけど、最初はヒナ裏にいたけどここで数年ほど暮らして普通の生活に戻っていった子は20人以上はいるわ」
「ヒナ裏にいる子達は学校に通う機会もなかった子も多いから、勉強も教えてあげたりして高認や資格を取れるようサポートしてあげたりすることも多いわね」
「そうなんですね。でもそこまでサポートするのって大変だったりしませんか?」
「『自分はいずれ普通の生活に戻るんだ』って決心してここで暮らすようになってくれれば、それほど大変とは思わないわね。それよりも心を開いてもらうまでが何より大変ね」
さっきからずっと何かを聞きたそうにしていた優花がたずねた。
『あの、アイナさんを連れ去って男達はちゃんと逮捕されたんですか?』
藤江さんはその質問を聞くと軽く唇を噛みながら答えた。
「ヒナ裏にいる子達はね、性犯罪とかの被害に遭っても警察に相談しに行く子はほとんどいないのよ」
『え、何か事情があるんですか?』
「警察に相談しに行ったら、まず自分が売春したということで補導されちゃうからね。それだけならまだしも、親に連絡が行ってしまうし、警察が彼女達を親元に帰そうとしてしまうから。あの子達にとっては、親のところに帰るのだけは絶対に避けたいのよ」
「結局・・・警察はヒナ裏の子達を『家出して売春している非行少女』としてしか見てなくて、『家に帰せば万事解決』みたいに思ってる人が今も多いのよ。だから私はヒナ裏にいる子達をただの摘発対象として扱うのはやめてほしいっていつも言ってるんだけど・・・」
「ここに来る男達はヒナ裏にいる子達がそう簡単には警察に相談しに行かないことをわかってるから、それを見越してアイナちゃんが受けたような犯罪が多発してしまうの」
『そんな・・・』
あまりに救いの無い現状を聞いて優花と葵の二人は絶句していた。その後、ひとしきり二人は藤江さんと話した後、外が暗くなってきたので帰ることにした。
「あなた達はまだ自分達がヒナ裏にいる子達にどう接したらいいか迷ってるみたいだけど、同年代だからこそヒナ裏の子達が話してくれることも少なくないと思うの。だからそこはもっと自信を持っていいと思う。どうしても私達だと、ヒナ裏の子達には“大人の説教”に思えてしまうところがあるから」
「私が手伝えることや聞きたいことがあったらいつでもここに来てくれたらいいから。遠慮しないで」
『はい、わかりました!ありがとうございます!』
優花と葵は深々と頭を下げて礼を言った。
「あ、最後に一つだけ」
藤江さんが思い出したように声をかけた。
「ヒナ裏にいる子達を元気づけるつもりでも、絶対に『生きていればいいことがあるから』という言葉だけは言わないであげてほしいの。『生きてればいいことがある』なんて言葉は、それなりに幸せな子には響いても、ヒナ裏の子達からしたらただただ心をえぐられる言葉にしかならないから」
優花と葵が帰ろうとすると、事務所で他の子達と談笑していたエリも出てきた。
「じゃあ藤江さん帰るね。パン10個ほどもらっていくね」
「どうぞどうぞ。3人ともまたいつでも来たらいいからね」
優花と葵は二人で話しながら歩き、気付くともう自分達の家の近くまで戻ってきていた。
「この前、ヒナ裏での生活から出るためのハシゴみたいなのがあればって話をしたけど、藤江さんの活動がそのハシゴになってると言えそうだね」
『うん、でも、藤江さんも言ってたように、「そのハシゴをのぼって外に出よう」と思ってもらうまでが難しいんだね・・・』
「でもこうやって藤江さんに会えたことで、視界が少しクリアになったというか、私達が何かするためのヒントをもらえたような気はするね」
これまでヒナ裏で体を売って暮らす少女達の気持ちをなかなか理解しきれなかった優花と葵だったが、ヒナ裏で支援活動を行う藤江さんと話すことで二人はまだおぼろげながらも少女達の気持ちに少し触れることができたように感じていた。そして最初に団地で出会ったアイナの精神状態が戻ることを、さらには彼女がいずれヒナ裏から出ようという決心をしてくれることを祈りつつ二人は家へと帰っていった。
(第7話に続く)
登場人物紹介
赤嶺優花:本作の主人公の一人。魔法力を宿した赤い腕輪を手にした中学2年生。感情の起伏がやや大きいが、意志はとても強い
速見葵:本作の主人公の一人で、優花の親友であり同級生。魔法力を宿した青い腕輪をつけている。性格は優花に比べるとやや冷静
フェアル:魔法の力を宿した腕輪を優花と葵に託した妖精。魔法の腕輪をつけている人にだけ姿が見える。優花と葵と出会って以降はつねに二人に同行している
藤江さん:ヒナ裏で体を売って暮らす少女達の支援活動をしている。優花と葵の相談役にもなっている
アイナ:優花と葵が団地で出会った少女。家出をしてヒナ裏で体を売りながら生活していたが、ひどい性犯罪に遭い、現在は藤江さんのところで保護されている
イオリ:父親から数年に渡る性的虐待を受けてヒナ裏に流れてきた少女。拉致されそうになっているところを優花と葵に助けられた
エリ:母親からネグレクト/育児放棄的な虐待を受け続けたことでヒナ裏に来た少女。優花と葵が彼女の母親と対面した
用語紹介
ヒナ裏:現代日本でのトー横やグリ下のような、体を売りながら生活する家出少女が集まる場所。少女買春をしようとする男も多数来ている
(註:ヒナ裏の名前は「日なたの裏にある場所(=日の当たらない場所)」という意味から)




