第九章 反乱
「門を閉じよ! 反逆者どもを中に入れるな!」
衛兵たちの怒号が響き渡る。
龍守が外に出た時には、すでに皇宮は混乱の坩堝の中に叩き込まれていた。
「これはまた、派手にやったな。初臣らしくもない」
「侯爵閣下! よかった、まだこちらにいらしたのですね! どうかご指示を……どうも西苑軍の安比将軍が反乱の首謀者のようでして……」
「ああ、そのようだな」
陽も落ち、いつの間にか沸き出た雲に覆われて空には星ひとつ見当たらない。それにも関わらず、多くの松明の灯りによって、皇宮は宵闇の中で傲然とその姿を浮かび上がらせている。
「そこのお前、名は」
「はっ、東苑軍所属の由比と申します」
若い武官は龍守の元に駆け寄ると、ぴしりと姿勢を正す。
「由比、今ここで兵は何名動かせる」
「はっ、およそ三百ほど……」
「ほう、意外といるではないか。では文官たちなど戦えぬ者はどうしている」
「それが突然のことにて、皆混乱しており……」
「ならばまずそちらを避難させるぞ。場所は……太極殿だ。兵を二十ほど割いて誘導にあたらせろ」
「た、太極殿ですか。しかしそれは余りにも畏れ多く……」
「緊急事態だ。事は一刻を争うのが分からんか」
「は……はっ、畏まりました!」
由比は近くに居た兵士に龍守の指示を伝え、それを聞いた兵士は周囲の兵をきっちり二十人連れ外廷へ向かって駆けていく。
安比家の狙いは葛城乙彦。皇宮と同時に公爵邸も襲撃しているだろうが、主戦力は当然こちらだ。公爵邸の方は鷹比古の配下と那岐山家の私兵を送ってあるため問題はないだろう。
「皇帝陛下はどちらにいらっしゃる?」
「日華殿にいらっしゃると思われます。おそらく紅蘭皇女もご一緒かと」
「南陽皇子と翠蓮皇女は」
「お二方は、後宮のそれぞれの宮に」
「では肝心の葛城公爵は」
「それが、どちらにいらっしゃるのか……。反逆者どもが公爵の名を叫んでいるので、身を隠しておられるものと……」
「……」
奇妙な違和感を感じ、龍守は我知らず眉根を寄せ、指先で唇を叩く。
「居場所が分からんのでは、守るものも守れんな。……まあ良い。とりあえず皇宮を守るか」
「皇宮の門は一箇所のみでございます。おそらく持ち堪るとは思いますが……」
「俺ならお前たちが門に気を取られている隙に、塀を登って侵入する」
「は……は!? しかしあの高さですし、周りには深い堀が……攻城兵器でもない限り……」
「行けるさ、あの程度」
塀の高さは四丈ほど、堀の水もこの季節なら十分に泳いで突破出来るだろう。
「俺に出来るなら向こうにもやる奴がいる。もし侵入するとしたら……西からだ。弓に長けた者を中心に五十ほど見繕って向かわせろ」
内部からなら、足場を使って塀の上まで登れるはずだ。
「塀の上から警戒し、堀を泳いで来た者、塀を登ろうとする者たちに矢を射かけろ。それから──」
頭の中で兵の数を勘定している間にも、門を破ろうとする兵士たちの叫び声が響き渡る。
「突破されるのも時間の問題だな。……敵が侵入してきたら、相手が門を通ったと同時に仕留めよ。いかに数が居ようとも、あの狭い門では一度に入ってはこれんからな」
さすが皇宮というべきか、守りには特化した造りになっている。
「東と北には……二十ほど向かわせよ。皇宮は俺たちで必ずお守りするぞ」
「はっ!」
龍守の指示を伝えるため門に向かって走り出す由比の背を見送りながら、龍守は星のない夜空を見上げる。
(他に警戒すべきは火だろうな。狙いが葛城乙彦なら、後宮を標的にする可能性もある)
本来ならば皇帝以外の成人男子を拒むはずの後宮を、葛城乙彦が我が物顔で歩いているのは周知のことである。
(そちらに兵を回せば、門の守りが足りなくなる。後は葛城家の私兵に汗をかいてもらうしかないな)
「門が破られた! なんとしてもここで食い止めろ!」
そうこうしているうちに、事態は動き出した。龍守は腰の剣を抜き払い、迷わず剣戟の中へと飛び込んで行った。
*
時は少し遡り、龍守が皇太后の来訪に辟易していた頃。織瀬はひとり、翠蓮宮の自室で書物に埋もれていた。
兵法書に歴史書、そして明瑠に頼んで華彰から借り受けてもらった薬学書に医学書──。およそ深窓の姫君が読むにふさわしいとは言えないが、織瀬は四苦八苦しながらも書物を読み解いていく。
(前世では安比将軍に皇宮から連れ出された後、連合軍のなかで過ごしたけれど……。自分の知識の無さを歯痒く思うことばかりだった……)
安比初臣の異母弟である路保の提案する作戦が下策だと直感的に感じてはいても、対案を示すことが出来ない。戦で傷を負った兵たちを手当てしようにも、何が適切な処置か分からない……。
(あのように悔しい思いはもうしたくない。那岐山侯爵が反乱を防いでくれれば、前世のように陣中で過ごすことなどないだろうけれど……。備えはしておくに越したことはないわ)
そして意を決して、暗号のような用語が並ぶ兵法書に手を伸ばそうとした、その時。
遠くから地の震えるような音が聞こえ、卓の上の燭台をがたがたと揺らした。
「何事……!?」
文机の前から立ち上がり、扉に向かおうとしたその時、菊理と明瑠が緊張した面持ちで部屋に飛び込んで来た。
「姫様、大変です!」
「安比家の兵と西苑軍が、皇宮を取り囲んでおります!」
「……何ですって?」
二人の言葉に、織瀬は眼を見張る。
(なぜ……反乱は明後日のはずでは……。まさか、私の行動のせいで未来が変わった……?)
一瞬頭の中が真っ白になりかけるが、呆けている場合ではない、と織瀬は自分を叱咤する。
「それで……西苑軍以外の近衛軍は応戦しているのよね?」
「はい。幸いというべきか、あのクソや──もとい那岐山侯爵がまだ皇宮に留まっており、近衛軍の指揮を取っているとのことです」
「明瑠……あんた今クソ野郎って言いかけたでしょ。いつもあたしの喋り方にケチつけてるくせに……」
今朝がたの密会時の顛末を菊理から聞いて以来、明瑠の中での龍守の好感度は急落しているらしい。
「一度は門が破られそうになったけど、あの金髪野郎が押し返して、まだ中には安比公爵家の軍は入って来てないみたいです。あと西側の塀を登ろうとしてた奴らがいたみたいだけど、弓兵隊が防いだって」
「そう……」
織瀬はほっと胸を撫で下ろす。
てっきりあの叙任式の後私邸に戻ったものと思っていたが、まだ龍守が皇宮に残っていたことは嬉しい誤算と言えるかもしれない。前世での彼の戦ぶりを見る限り、自身はやや無謀な行動を取りがちだとの印象はあるものの、指揮能力については確かである。
(だけど、何か違和感がある……)
織瀬は着物の胸元をぎゅっと握りしめる。
前世ではこの時、安比家の軍は葛城乙彦の首こそ獲り逃すものの、皇宮の奥深く──ここ後宮にまで侵入してきているのだ。そこで安比将軍に、葛城家を除くためにともに来て欲しいと請われ、半ば強引に織瀬は皇宮から連れ出された。後宮を出る際に見た、炎に包まれる翠蓮宮の姿は未だに眼に焼きついている。
「陛下と葛城公爵は、どちらにいらっしゃるの?」
「陛下は日華殿にいらっしゃるようです。葛城公爵は所在不明とのことで……おそらく公爵邸に戻ったものと思われますが……」
「そう……」
(何かがおかしい……。那岐山侯爵を皇宮に留まらせておいて、自分はいない……? これまではほとんど公爵邸に帰ることなく、皇宮を私邸のようにしていたというのに……)
葛城乙彦には邸に妻子がいるのだが、妹である皇太后と比べて影が薄い。葛城公爵自身も自分に妻子がいることなど忘れているのではないか──などという揶揄も、そこかしこで囁かれている。
(前世では、この反乱で多くの官吏が殺されて……。待って、その官吏たちは……!)
前世で反乱に巻き込まれ命を落とした官吏たちの名を思い浮かべ、織瀬の顔から血の気が引いた。
(私はなんて馬鹿なの、昨日官人録に眼を通した時に気づくべきだった……!)
織瀬は自らの至らなさに唇を噛みながらも、懸命に顔を上げる。そして侍女たちに向かって、半ば叫ぶように呼びかけた。
「明瑠、菊理! 着いてきてくれるかしら。那岐山侯爵のところへ行くわ」
「……は!?」
「ちょっと、何言ってるんですか姫様! あの金髪野郎のところって……戦の真っ只中ですよ!?」
「安比家の軍はまだ内部まで来ていないのでしょう? ならば今しかないわ。戦況なんてどう変化するか分からない……今那岐山侯爵のところに行かなければ、取り返しのつかないことになる」
「そんな、また訳の分からないことを……!」
「安比家の狙いは葛城公爵ではないわ。とにかく着いてきて頂戴!」
そう言って織瀬は侍女たちの横をすり抜け、扉に手をかけた。
「いけません、姫様! 侯爵に伝言があるなら私か菊理が……!」
「駄目よ、事は一刻を争うの! もし万一危険な事があれば……その時は貴女たちが守ってくれるでしょう?」
「なっ……」
微笑みながら振り返った織瀬を見て、菊理と明瑠は揃ってぽかんと呆気にとられた。続いて、今のこの状況に全くもって似つかわしくないその柔らかな笑顔に、苦笑がもれる。
「ああ……そういうところですよ、姫様」
「しょうがないなぁ、守ってあげますよ! 本当に変なところで強情なんだから!」
溜め息まじりに顔を見合わせると、侍女たちはすでに薄暮の中を駆け出した織瀬の背を追った。
*
あちこちで金属同士のぶつかり合う音が響き、兵士たちの怒号が耳をつんざく。かすかに漂う生臭い鉄のような匂いに、織瀬は息を呑んだ。前世でも何度も嗅いだ匂いだが、これだけは決して慣れることはできないだろう。
背後に侍女たちを引き連れて周囲に視線を巡らす織瀬に気づいた近衛兵が、必死の形相で叫ぶ。
「お前は……皇宮の女官か!? ここは危険だ、早く太極殿へ──」
「貴方、那岐山侯爵がどちらに居るのかご存知ありませんか?」
あえて落ち着いた口調で、織瀬は近衛兵に訊ねる。
「至急お伝えせねばならぬことがあるのです。ご存知でしたら──」
織瀬の声は、殺到してきた数人の敵兵たちの叫びにかき消される。
「不味い、お前たち早く逃げ──」
「おい、女官がいるぞ!」
「いいねぇ、思わぬ戦利品だ!」
「姫様、あたしの後ろに!」
「必ずお守りいたします」
豪奢な鎧を纏った敵兵たちは、下卑た笑い声を立てながら剣を振り上げる。彼らから織瀬を守ろうと、菊理と明瑠、そして近衛兵が前に出たその瞬間、突如敵兵たちが動きを止めた。
「……?」
織瀬たちが怪訝な表情を浮かべるのとほぼ同時に、敵兵たちは放心したような様子で足元から崩れ落ちた。
「──龍守だったら、門前で絶賛大暴れ中みたいだぜ」
敵兵の背後から投げられた聞き覚えのある男の声に、織瀬は眼を瞬かせる。
「貴方は、隼人殿……?」
「よっ皇女サマ。そこのじゃじゃ馬侍女だけじゃなくて、あんたも実は武闘派だったりすんのか?」
軽口に見せかけてはいるが、隼人の口調には織瀬を非難するような響きが滲んでいた。しかし、ここで怯むわけにはいかない。
「隼人殿、私を那岐山侯爵のもとへ連れて行ってください」
「おいおい正気か? あいつが今居るのは最前線だぜ。剣のひとつも振えねぇようなお姫様が行ったら、即殺されるか手籠にされるか──」
「私のことなどどうでも良いのです。とにかく侯爵のところへ案内してください。お願いいたします」
鳶色の瞳を真っ直ぐに見返してから、織瀬は深く頭を下げる。
「姫様、何を……」
「……あんた、馬鹿なのか? 皇族なんだから、頭なんか下げずに命令すりゃいいだろ。……あーくそッ、分かったよ!」
隼人は瞳と同じ色の短髪をぐしゃぐしゃと掻き回すと、織瀬たちに向かって人差し指を突きつける。
「しょうがねぇから連れてってやるよ! ただし守るのは姫さんとそっちの大人しそうな侍女だけだからな! じゃじゃ馬は自分で何とかしろ!」
「ちょっと、誰がじゃじゃ馬だこら! 主人以上にムカつくわねあんた!」
「菊理、お願い怒らないで……! ありがとうございます、隼人殿」
織瀬は再び会釈をすると、ぽかんと今までのやり取りを見つめていた近衛兵へと眼を向ける。
「貴方も、私を守ろうとしてくださってありがとうございます」
「えっ……あ……」
しどろもどろになりながら、近衛兵は地に膝を着こうとする。
「もっ、申し訳ございません。皇女殿下とは知らず、ご無礼を……」
「跪拝など良いのです。それより、どうか皇宮を守ってくださいね」
そう微笑みかけると、織瀬は隼人へ向き直る。
「ではお願いいたします、隼人殿。私を那岐山侯爵のもとへ」
*
門の外から沸き出てくる兵士たちの人数は、明らかに減っていた。事前に調べていた安比家の兵力や西苑軍の人員の情報が正しければ、反乱は鎮圧に向かっているといって良いだろう。
「那岐山侯爵! 西側からの侵入は食い止めました! 北と東も問題ありません!」
「よくやった。あとはここにいる奴らを片付けるだけだが……」
伝令兵の言葉に頷きながら、龍守は襲いかかってきた敵兵数人を一瞬のうちに叩き伏せる。地に倒れる兵たちを見下ろしながら、龍守は形良い眉を寄せた。皇太后の酒のせいか、今になって思考が鈍るような感覚がする。
(冬院家の兵が混じっているにしては、手ごたえがない。葛城乙彦の行方も未だ知れぬし……こいつらの目的は乙彦を除くことではないのか……?)
身体が妙に熱を帯びているように感じられるのは、剣を振るったからばかりではないだろう。ある意味毒以上に厄介なものを飲まされたな、と龍守が舌打ちした時、
「この、穢らわしい贅閹の息子め!」
「貴様のような者のせいで、橘花国は──!」
それぞれに罵りの言葉を発しながら、敵兵たちが突進して来る。しかしその兵たちは、龍守の一撃によって、瞬く間に地面と接吻を交わす羽目となった。
「……少し静かにしていろ。俺は今考え事をしているのだ」
五月蝿そうに金髪を掻き上げながら敵兵たちを睥睨する龍守を目の当たりにして、伝令兵はあんぐりと口を開けた。
「驚きました、こんなにもお強いなんて……。那岐山侯爵は詩歌や舞踊に造詣が深い方だと伺っていたので、てっきり武術は型通りのものを修めているだけかと……」
「これは自慢だがな、一応俺は武官試で次席だったのだぞ? その年は首席が任官を蹴ったものだから、実質俺が首席のようなものだがな。……ちなみに、その馬鹿な首席の男は今では俺の──」
「龍守ぃ〜〜! お前に客だぞ〜〜!」
龍守の言葉は、突如響いた大音声によってかき消された。
「なっ、何だ? あの男……」
伝令兵は唖然とし、龍守は溜め息を吐きながら額を押さえる。
「……あれが、今話した馬鹿な男だ」
*
「何だよ、もうあらかた片付いてんじゃねぇか。つまんねぇの」
「隼人、お前どこから入ってきた。太極殿で足止めされた後、皇宮の外で待つように言われていただろう」
「おう、だから塀をよじ登って来たんだ……よっ!」
会話を交わしながらも、隼人は龍守の背後に近づこうとする敵兵に槍を突き刺した。苦悶の声を上げてくずおれる兵に一瞥もくれずに、龍守は隼人を睨みつける。
「どこの塀を登って来た」
「北側。最初は西が近いと思ったんだけど、何か近衛兵がうじゃうじゃいてメンドそうだったから北にした」
「……警備体制の見直しと近衛兵の鍛え直しが必要だな。それで、俺に客とは──」
「ちょっとそこの馬鹿男! 姫様と明瑠は守ってやるって言ってたでしょ!」
今度はこの場に似つかわしくない女の声に、龍守の問いかけは遮られる。
「なのにひとりで勝手に突っ走って! あんたの雑な戦い方のせいで、あたし雑魚の相手ばっかさせられたんだけど!?」
「あ、悪りぃ悪りぃ。でも弱いの相手のほうが楽だろ?」
「メンドくさいのよ、数ばっか多い雑魚は! 大物一匹のが楽!」
「お前は……皇女の侍女か」
そこでようやく隼人が引き連れて来た者たちの存在を悟り、龍守は紅い眼を見張る。
翡翠色の瞳が、真っ直ぐに龍守を見つめていた。
「翠蓮皇女、何ゆえこのようなところにいるのです。……隼人、お前は馬鹿なのか? なぜこんな危険な場所に皇女を連れて来た」
「いや、俺はただ頼まれてだな──」
「申し訳ございません、那岐山侯爵。私が隼人殿にご無理を言ったのです」
深く頭を下げた後、織瀬は胸の前できゅっと両手を握り合わせる。
「何としてもお伝えせねばならぬことがあるのです。安比家の目的は葛城公爵ではありません。……いいえ、それ以前にこの反乱は……」
「安比家の目的とは何なのです?」
心中の焦りを上手く言葉に出来ず言い淀む織瀬に、龍守が促すように声をかける。
「安比家の目的は皇族……ひいては陛下の御身を手中にすることです」
「……成程、そういうことか」
龍守はひとつ舌打ちすると、伝令兵へ指示を飛ばす。
「お前、飛燕と言ったな? 俺は今から翠蓮皇女とともに、陛下のいらっしゃる日華殿へ向かう。この場の指揮は東苑軍の加々美将軍に任せるゆえ、その旨を諸将に伝えろ」
「はっ、かしこまりました!」
飛燕と呼ばれた伝令兵は、ほんの僅か頬を喜色に染めると、すぐに表情を引き締めて駆け去って行った。その背を見送りながら、隼人がうんざりしたような声を上げる。
「うわぁ……お前、ついに男まで誑し込むようになったか……」
「気色悪いこと言っていないでお前も来い。良いですね、翠蓮皇女?」
「は、はい。隼人殿も来てくださるなら心強いですが……」
そこで織瀬は不安そうに龍守を見上げる。
「その、私の言葉を信じてくださるのですか」
「信じるというよりも、それなら辻褄が合うというだけの話です。さあ、今は一刻も惜しい。日華殿へ向かいながら話の続きを。それで私の理解が正しいかの答え合わせができます」
「分かりました。ありがとうございます、那岐山侯爵」
再び深く頭を下げる織瀬に、龍守は苦笑する。
「今朝も申し上げましたが、皇族がそう易々と頭を下げるものではありませんよ。……隼人、お前は後ろを守れ。菊理と言ったか、お前は先行して日華殿の様子を探って来い」
「おう、任せろ」
「ちょっと、何であんたがあたしに命令──」
「お願いね、菊理」
「……分かりましたよ。明瑠、姫様をお願いね!」
むくれたまま、菊理は織瀬たちの前から姿を消した。
「明瑠とやら、お前は戦えるのか?」
龍守の問いに、明瑠は静かに頷く。
「菊理ほどではありませんが、一応は」
「ではお前は翠蓮皇女の傍らへ。……私が先行いたします。参りましょうか」
さっと身を翻す龍守の背を、やや早足で織瀬は追いかける。
「那岐山侯爵、戦えぬ者は──文官や女官たちはどうしているのですか」
「太極殿に避難させております」
「ではその中に、今から私が言う者たちがいるか分かりますか」
そこで織瀬は、十数名の文官の名を口にした。その名を聞き、龍守は朧げながら織瀬が言わんとするところを悟る。
「それは皆、葛城公爵への反感を公言している者たちですね。……避難した官吏たちの名までは把握しきれておりませんが、今のところ文官の死者・行方不明者の報告はございません」
龍守の返答を聞き、織瀬はほっと胸を撫で下ろす。
「官吏たちを守ってくださったこと、感謝いたします。……時に那岐山侯爵、葛城公爵の行方が未だ知れぬというのは確かですか」
「そのようです。この状況下で陛下と皇太后、紅蘭皇女が皇宮に留まっているにも関わらず、葛城公爵の所在が不明というのは──」
「不自然だ、と……貴方もそう思うのですね」
「ええ。安比家の者は皇族に危害を加えぬと思っているやもしれませんが、末端の兵たちは何をするかわからない。殊に、冬院家の私兵には異民族の出の者も多いと聞きます。果たして奴らに皇族に対する敬意が存在するか……。表向きにはこの三人の存在が葛城公爵の権力を支えているというのに、自分だけ身を隠すなどありえない。考えられるとすれば、私の見立てが間違っており葛城公爵は実は臆病者であったのか、もしくは安比家の兵力を侮っているのか、あるいは──」
「安比家の反乱を逆手に取って皇族を排除し、自分が玉座につく気でいるか……ですね」
織瀬の答えに、龍守は満足気に頷く。
「それが最も蓋然性が高いでしょう。裏で橘花国を牛耳るのにも飽きてきたところへ、たまたま安比家の反乱計画を知ることとなった」
「安比家に間諜のひとりも送っていれば、決して難しい話ではありませんね。今までは、葛城公爵にも肉親の情はあるものと思っていたのですが……」
「天秤にかけた結果、自身の欲望の乗った皿が傾いたということでしょう。ですがそうなると、後宮にいらっしゃる南陽皇子も危険ですね。今からでも近衛兵を割くべきか……」
「……今は、陛下の御身を第一に考えるべきかと。それに、珀亜──南陽皇子にも私の侍女たちと同じくらい腕の立つ護衛が付いておりますから、差し当たっては問題ないと思います」
「そうですか。翠蓮皇女がそう仰るなら信じましょう。……ところで隼人、お前は先程から何をにやついている?」
背後で笑みを浮かべながら織瀬たちの会話を聞いていた隼人に、龍守は鋭い一瞥を投げる。
「いや、別に? つーか暇だな、敵いねぇじゃん」
「当たり前だ。俺が直々に指揮をしていて、こんなところまで侵入されてたまるか」
「ま、そりゃそうなんだけど……。でも運が良かったな姫さん、龍守が皇宮に残ってて。こいつ一人で突っ走りがちだけど、意外と兵法とか詳しいんだぜ。龍守がいなかったらヤバかったんじゃねぇか?」
「そうですね。確かに侯爵がいてくださって助かりました。叙任式の後は邸に帰ったと聞いていましたから……」
「そうそう。その予定だったから俺たちも外で大人しく待ってたんだけど、一向に出てこねぇと思ってるうちに日が暮れちまって……一体どこで油売ってやがったんだよ龍守? 鷹比古なんか心配で部屋中歩き回るし、倶知比古はぶつぶつ暗い想像呟いてるしで大変だったんだぜ。皇宮に残るなら伝令くらい寄越せよ」
「……俺のせいではない。あやうく人身御供にされるところだったのだ」
「え?」
「は? 何だそれ、どういうことだよ」
「翠蓮皇女の前で話すことではない。とにかく先を急ぐぞ」
そう言い捨てて歩調を速める龍守だったが、その足が不意に止まった。
「那岐山侯爵?」
「どうした、龍守」
「隼人、何やらきな臭くないか?」
「うん?」
龍守の問いかけに、隼人は鼻をひくつかせ、はっと眼を見張った。
「おい、やべェぞこれ──」
「姫様逃げて!」
色を失った隼人と、不意に現れた菊理が叫ぶのがほぼ同時だった。轟音とともに、宵闇に火柱が立ち上る。
「な……!?」
鳴動する大地に、堪らず足がよろめく。目前に迫っていた日華殿の姿が、瞬く間に土煙に覆われる。
「翠蓮皇女!」
素早く身を翻した龍守が織瀬に覆い被さり、そのまま二人は地面に倒れ込んだ。織瀬を庇うように回された腕によって身体への衝撃はほとんどなかったものの、突然のことに状況が飲み込めず織瀬は身を強張らせる。
「何が……一体何が起こったのですか……」
「爆発です。この匂いは、おそらく火薬かと」
「火薬……そんな……」
それは、数年前に他国から持ち込まれたものだった。まだ橘花国においては量産するまでに至っていない技術であったが──。
「くそっ、初臣だか乙彦だか知らんが……道理を知らぬ馬鹿者が……!」
そう吐き捨てると、龍守は身を起こし織瀬に向かって手を差し伸べる。
「翠蓮皇女、ご無礼を働き申し訳ございません。お怪我はありませんか」
「は、はい。私は大丈夫です……ですが……」
徐々に広がっていく炎を目の当たりにし、織瀬の顔から血の気が引いていく。
「あそこには……日華殿には陛下がいらっしゃるのです。それに、もしかしたら紅蘭も……」
「ご安心ください。陛下たちは私がお救いします。……おい、お前たち。皇女を安全なところへ──」
織瀬の侍女たちに呼びかけようとして、龍守は急に言葉を途切れさせた。不思議そうに眼を瞬かせる織瀬だったが、龍守の視線の先で座りこむ菊理の姿を目の当たりにして、はっと息を呑む。
「菊理!? 貴女、その腕……!」
「飛んできた瓦礫がちょっと当たっただけです。問題ないですよ」
「何を言っているの、そんな大怪我で……!」
傷口を押さえる菊理の手が真っ赤に染まり、顔色も見る見るうちに蒼ざめていく。
「明瑠、菊理の手当てを……!」
「かしこまりました!」
「ちょっと、あたしのことなんてどうでも良いから、早く姫様を安全なところへ……!」
「だったら少し黙っていろ! 応急処置をしたら避難する!」
そう叫びながら躊躇いもなく自身の着物の裾を切り裂いて、明瑠は菊理の傷口の周りにそれをぐるぐると巻きつける。
「明瑠、傷口を圧迫すれば良いかしら」
「ええ、お願いします。姫様」
「明瑠! あんた姫様に何やらせて……!」
「貴女の手当てが最優先なの! いいから少し黙って頂戴!」
叱りつけるような織瀬の口調に、菊理は大人しく口を閉じる。
そんな織瀬たちの様子を一瞥して、龍守は隼人に声をかける。
「応援を待っている時間はないな。行けるか隼人」
「おうよ。任せろ」
胸を叩いてにやりと笑う隼人に笑みを返し、龍守は織瀬を振り返る。
「翠蓮皇女。その侍女の処置が終わったら太極殿のほうへ。そちらなら安全です」
「待って! もう日華殿に入るのは無理っ……!」
痛みに顔を顰めながら、菊理が叫んだ。
「火種は複数仕掛けられてる。迂闊に近づいたらあんたたちも吹っ飛ばされるわよ!」
「そうは言っても陛下を見捨てる訳にいくまい。いくら安比家に財力があろうとも貴重な火薬をそう使えるとは思えんし、ただの火ならば水を被って突破すれば──」
「あんた馬鹿なの!? その見た目で脳筋とかありえないんだけど!」
「菊理、落ち着いて。傷口が広がるわ……!」
興奮する菊理を宥めると、織瀬はすっくと立ち上がった。
「明瑠、菊理をお願いね。私は那岐山侯爵と隼人殿と共に陛下のところに行くわ」
「姫様!?」
「何言って……!?」
「那岐山侯爵。炎に飛び込まずとも日華殿に入る道はあります。こちらへ!」
織瀬は迷いなく駆け出した。
「翠蓮皇女!?」
「おいおい、マジかよ」
それぞれに驚愕を口にしながらも、龍守と隼人は織瀬の背を追った。
やがて日華殿の裏手にある祠に辿り着き、何やら祠に手を這わせる織瀬に龍守たちは怪訝な眼差しを向ける。
「何をなさっているのですか、翠蓮皇女」
「ここから中に入れるのです。確かここの絡繰を……こう動かして……出来ました!」
小さく声を上げると、織瀬は両手で祠を力一杯押した。
「んっ……」
しかし大きな石で作られたそれは、女の細腕ではびくともしない。
「翠蓮皇女、こういったことは我らにお任せを。行くぞ、隼人」
「おう」
腕捲りをしながら、隼人が祠に両手をつく。その隣に龍守が並び、声をかけ合わずとも同じ瞬間に二人は祠に力を加えた。やがて鈍い音が響き、祠の下に隠されていたものが顔を覗かせる。
「これは……」
人ひとりが通り抜けるのがやっとというくらいの穴が、地中の暗闇の中に穿たれている。
「日華殿の内部へ続く隠し通路です。私が先導いたしますからこちらへ!」
恐れるそぶりもなくそこへ飛び込む織瀬に続き、龍守と隼人も漆黒のなかへと身を踊らせた。
*
広い殿舎のなかには、佐穂彦以外の人の気配はない。もう幼いというには無理がある年齢だが、そうとしか言いようのない様子で齢十四の皇帝は啜り泣いていた。
遠くから兵士たちの恐ろしい叫び声が聞こえてくる。何やら建物が崩れ落ちるような音が響き、焦げ臭い匂いまで漂ってくる。
この場に留まってはいけないということは分かっているのに、では自分はどうしたら良いのかということが、佐穂彦には全く分からなかった。
「母上……朕はどうしたら……」
その時、突然室内に置かれていた始祖神の祭壇が、がたがたと揺れ動き始めた。
「ひっ……!」
声にならない悲鳴を上げ、佐穂彦はその場に尻餅をつく。
「いやだ……来ないで……助けて……」
「陛下! 良かった、こちらにいらしたのですね……!」
思いがけず耳に飛び込んできた、清冽な谷川のせせらぎのような声音に、佐穂彦は涙に濡れた顔を上げる。驚いたことに、祭壇の下からまるで女神のような姉が姿を現した。
「翠蓮姉上……」
「陛下、よくぞご無事で……」
「怖かった……姉上……いつの間にか、朕ひとりだけになっていて……」
「そんな、近侍の者たちはどうしたのですか?」
「分からない……みんないないんだ……」
「何という……!」
翡翠色の瞳を曇らせる美しい姉に、佐穂彦は迷わず抱きついた。
「陛下」
「翠蓮姉上……怖かった……朕は……朕は……」
咽び泣く佐穂彦の背を、一瞬躊躇ったものの、織瀬は優しくさする。
「大丈夫です、陛下。新しい近衛将軍とその部下のかたが、陛下を助けに来てくれましたから」
「近衛将軍……」
「ええ。本日の叙任式でお会いになられたかたですよ。那岐山侯爵です」
「なぎやま……」
そこで初めて佐穂彦は姉の背後で膝をつく二人の男の姿を認め、ひっと息を呑んだ。
「嫌だ……姉上……」
「陛下、ご安心ください。那岐山侯爵は陛下のために、ここまで命を張って助けに来てくださったのです。……時に陛下。こちらに紅蘭はおりませんか?」
「紅蘭姉上……?」
佐穂彦は涙に濡れた眼を瞬かせる。
「多分、いると思う……。胡蝶の間に……」
その言葉に、織瀬は目を見張る。
「そんな……!」
織瀬は佐穂彦を支えたまま、思わず龍守のほうを振り返った。龍守は織瀬を安心させるようにひとつ頷くと、
「胡蝶の間とは先程爆発が起こった場所の近くですね、翠蓮皇女」
「はい。ですがあの状況ではとても避難など……」
「私が救出に参ります。……隼人、お前は陛下と翠蓮皇女を連れてその通路から脱出しろ」
「はあ? ちょっと待てよ。第二皇女は俺が助けるから、お前が姫さんたちと一緒に──」
「お前のような無骨な男が行って、紅蘭皇女が大人しく着いて来ると思うか? いいからさっさと行け。これは命令だ」
そう言い放つと、隼人の返事も待たずに龍守は部屋を飛び出して行った。
「おい、待てよ龍守……ッ! ああくそッ、あの野郎こういう時だけ命令とか言いやがって……!」
「隼人殿。陛下は私がお連れしますから、侯爵のところへ行ってください」
「そういう訳にいかねぇんだよ、あんなんでも一応主君なんだから……! 畜生、とりあえずさっさと逃げるぞ姫さん!」
がしがしと短髪を掻き回しながら、隼人は織瀬を促す。
「いくら地下通路っていったって、上でゴタゴタが起こったらどうなるか分からねぇからな」
「はい。参りましょう陛下」
「嫌だ。怖いよ、外に出たくないよ姉上……」
「陛下……!」
「あーくそッ、メンドくせぇガキだな!」
織瀬に縋りつく佐穂彦を無理矢理に引き剥がすと、隼人はまるで米袋でも担ぐようにその玉体を肩に乗せた。
「嫌だ……嫌だ離せっ……!」
「うっせぇ暴れんな! 死にてぇのかよお前は! このままここにいたら、お前もお前を助けに来た姫さんも死んじまうぞ!」
「……!」
隼人の一喝に、佐穂彦はびくりと肩を跳ねさせて動きを止める。
「よし、ようやく大人しくなったか。さっさとお前を外に出して、龍守の後を追わねぇと……。行くぞ姫さん」
「はい」
焦りのためかかすかに顔を強張らせる隼人に続き、織瀬は再び地下通路へと戻っていった。
*
絢爛たる装飾が施されていたであろう建物は瓦礫と化し、そこここで立ち上る煙によって視界が遮られる。頭の中に鷹比古の配下が描いた日華殿の見取り図を思い浮かべながら、龍守は駆ける。
ここまでの間に、人の姿は全く見かけなかった。皇族がまだ中にいるというのに、近侍の姿さえ見えぬのは不可解極まりない。
(こうなることを予め知っていて逃げ出したのか? それともただ単に皇族を見捨てた……?)
どちらにしても、皇宮は人材不足のようだ。そんな者たちさえ雇わねばならぬほどに。
(当然だが安比家の兵はここまでは来ていないな。ということはつまり──)
龍守の推論を裏付けるように、霞の中から鋭い刃が襲いかかって来た。瞬時に剣を抜き放つと、龍守は事も無げに自分に向けられた殺意を叩き落とす。
「お前……草の者だな」
「ちっ……」
龍守に向かって暗器を投げつけた男は、舌打ちひとつだけ残して白い靄のなかに姿を消した。
(混乱に乗じて刺客を放ち、皇族を暗殺させる。そしてその罪は安比家に被せて自分は被害者面をする算段か、葛城乙彦)
袖口で鼻と口を覆いながら先へ進むものの、徐々に煙が濃くなってくる。堪えきれず数度激しく咳き込んでしまい、これでは敵に自分の居場所を知らせるようなものだと己を罵ったが、不思議と周囲に殺気は感じられなかった。
(安比家の目的は翠蓮皇女の推測通り皇族の奪取だろう。先程の刺客が安比家側の者なら皇族を害すことはなかろうが、葛城乙彦の手の者ならば皇族の命が危ない。……翠蓮皇女と陛下には隼人が付いているから問題ないが、早く紅蘭皇女を見つけねば)
龍守の脳裏に、翠蓮皇女の翡翠色の瞳が過ぎる。皇帝から紅蘭皇女が胡蝶の間に居ると聞いた時のあの表情──龍守を振り返った翠蓮皇女は、純粋に妹の身を案じる姉の顔をしていた。
(紅蘭皇女と皇太后が、翠蓮皇女を毛嫌いしていることは確かだ。大喪の礼や宴の席で紅蘭皇女は、翠蓮皇女に対し明らかに嫌悪を滲ませた視線を送っていた……)
安比家の意図や葛城乙彦の企みを看破した翠蓮皇女が、まさか異母妹からの敵意に気づいていないとは思えない。
(俺が翠蓮皇女なら、そんな妹など放っておくだろうに……。お人好しが過ぎて危ういな)
だからこそ、翠蓮皇女が自ら妹を助けに行くなどと言い出す前に、龍守がその役目を引き受けたのだが。
そのようなことを思っている間に、龍守は胡蝶の間の近くまでたどり着いた。爆発の名残を感じさせる匂いが鼻をつく。
「紅蘭皇女! いらっしゃいますか!」
火薬の匂いは嗅ぎ過ぎると中毒を起こしかねない。火の手も迫っていることもあり、一刻の猶予もないことは明らかであった。
「紅蘭皇女──」
「その声は……もしや那岐山侯爵ですか!?」
白煙のなかから、まるで紅い羽を靡かせた蝶のような少女が飛び出して来た。
「ああ……私を助けに来てくださったのですね! 嬉しいわ、皆私を置いてどこかに行ってしまって……」
躊躇いもなく龍守に縋りつき、紅蘭はさめざめと泣き始めた。わざとらしく豊満な胸や下肢を押し付けてくる仕草に、龍守は閉口する。しかし龍守の意志とは裏腹に、むせ返るような女の匂いに思考が鈍りかける。
(くそっ、皇太后め。やはり媚薬を盛ったな……!)
せっかく危機を脱したというのに、ここで間違いを起こすなど洒落にもならない。龍守はやや乱暴に紅蘭を引き剥がすと、その足元に膝を着いた。
(紅蘭皇女は妹と言っても翠蓮皇女と同じ年に生まれている。十七など俺から見ればまだまだ子どもだ。何と忌々しい……!)
皇太后の薬に対して以上に、そんなものに翻弄される己自身を罵倒しながら、龍守は口を開く。
「紅蘭皇女、日華殿に火の手が迫っております。私がお守りいたしますから、急ぎ避難を」
「では、那岐山侯爵。私を抱き上げてくださらない?」
「……は?」
「爆発で驚いて、転んでしまって……足を痛めてしまいましたの。これでは歩けませんわ」
母親と同じ婀娜っぽい視線を送る紅蘭に、先程走って俺に抱きついて来ただろうに、と思わず突っ込まなかった自分を、龍守は心中で賞賛した。




