第9話
お読みいただきありがとうございます。引き続きお楽しみいただければ幸いです。
また、いいね!や感想をいただきありがとうございます。
1941年(昭和十六年)12月10日14時18分。『レパルス』撃沈の報が南遣艦隊旗艦の『鳥海』に伝えられた。
「そうか・・・。『レパルス』が沈んだか」
“鬼瓦”と表現される怖い顔のまま、南遣艦隊司令長官の小沢治三郎が呟いた。
「長官、おめでとうございます。ですが・・・」
参謀長の沢田虎雄がそう声をかけると、小沢が「分かっている」と答えた。
「まだ『アダムス』が残っている。これを沈めない限り、南方作戦は頓挫する」
小沢の言葉に、沢田が頷く。
「仰るとおりです。・・・しかし、こちらの波状攻撃でも沈まないとは・・・。自国の戦艦と思えば誇りに思うべきなのでしょうが、敵として立ちはだかるのであれば、これほど手強い相手になるとは思いもしませんでした。
・・・こう言ってはなんですが、『陸奥』は怪物ですな」
沢田の言葉に、小沢が呟く。
「怪物か・・・。まるでフランケンシュタインが生み出した怪物だな」
「フランケンシュタイン?」
小沢の呟きに対してそう反応した沢田。そんな沢田に小沢が以前読んだイギリスの小説『フランケンシュタイン』について解説した。
「・・・なるほど。では、長官は『陸奥』を怪物と見なし、その怪物を生み出した日本をそのフランケンシュタインなる大学生に見立てておられるのですか。確かに、フランケンシュタインの婚約者や友人、弟を殺した怪物は、我が方の航空機を落とす『陸奥』・・・いや『アダムス』にふさわしいですな」
小沢の解説を聞いた沢田が納得したような声でそう言った。しかし、小沢は何故か首を傾げた。どうやら沢田の言葉に納得していないような様子であった。
「・・・長官?私が何か変なことを言いましたでしょうか?」
「・・・いや、そんなことはない。そんなことはないが・・・、参謀長の話を聞いて、何故か『陸奥』をフランケンシュタインが生み出した怪物に例えることに違和感を感じたのだ。参謀長には申し訳ないが・・・」
戸惑いながら小沢がそう言うと、沢田も困惑した表情を顔に浮かべた。そんな2人に、『鳥海』艦長の渡辺清七が話しかける。
「恐れながら・・・、本来ならば艦長たる立場の私が口を挟むべきではないと思うのですが・・・」
そう話しかけてきた渡辺に、小沢が「構わないよ」と声をかけた。
「これは雑談だ。司令部に関することではないからな。艦長の存念を聞かせてもらいたい」
小沢の言葉に、渡辺が「それでは申し上げます」と言って自分の考えを述べる。
「小官が思いますに、『陸奥』はフランケンシュタインの怪物と違うところがあります。それ故、長官は違和感を感じたのではないのでしょうか?」
「違うところとは?」
「フランケンシュタインの怪物と違い、『陸奥』は受け入れられておりました」
渡辺の言葉に、小沢と沢田の両目が大きく開かれた。渡辺が話を続ける。
「内地からの情報では、『陸奥』は『アダムス』としてドイツの戦艦『グナイゼナウ』や『シャルンホルスト』、そして『ビスマルク』と戦っております。特に『ビスマルク』との戦いでは、その撃沈に貢献しました。『陸奥』は戦うことで英国民からの信頼を得ていたのだと思います。
そして、その信頼はシンガポールからの情報からでも読み解くことができます。『アダムス』として入港した際のシンガポールでの熱狂的な歓迎ぶりは、報道から見ても明らかです」
渡辺の話に、小沢と沢田は黙って聞いていた。渡辺がさらに話を続ける。
「それに・・・。船乗りというものは古今東西、自分の乗っている船に愛着を持つものです。特に、海軍の艦艇ではその傾向が強く現れます。我が海軍でも艦対抗のカッター競争や料理対決を行うことで、同じ艦の将兵の団結力を強めようとします。そしてそれは、他国の海軍でも同じことです。
そして、二十二航戦からの報告では、『アダムス』は粘りを見せています。無論、長門型戦艦だった故の強靭さもあるのでしょうが、乗組員が『アダムス』・・・いえ、『陸奥』に愛着を持っていたからこそ、彼等は一致団結して『陸奥』を沈めまい、としているのではないのでしょうか。
・・・『陸奥』は、フランケンシュタインが生み出した忌み嫌われた怪物とは違うと思います」
渡辺の言葉に、小沢が「そうだな」と言って頷く。
「『陸奥』は、決して忌み嫌われたがゆえに絶望し、我々と戦ったわけではない。英国を守らんとして戦った戦艦だ。たまたま我等の敵となったが、乗組員は英国への愛国心と、英国民からの信頼に応えるがために戦っているのだ。
・・・先程の発言は撤回しよう。『陸奥』は醜い化け物ではない。誇り高き英国の戦艦だよ」
「長官の仰るとおりです。『陸奥』の、そしてその乗組員の敢闘に報いるべく、我等も正々堂々と戦いを挑みましょう」
沢田がそう言って、小沢が頷いた時だった。戦闘艦橋に『鳥海』の通信士が飛び込んできた。その通信士が、通信参謀に1枚のメモを手渡して再び戦闘艦橋から飛び出していった。通信参謀がそのメモを読み上げる。
「読みます。『ワレ元山海軍航空隊。コレヨリ攻撃ス。1445』
14時45分。元山海軍航空隊の九六式陸攻9機がZ部隊の上空に現れた。
元々、この部隊は索敵攻撃を仕掛けるべく早朝から出撃し、散々索敵した挙げ句、やっと見つけた敵艦1隻に爆撃をする予定であった。しかし、それは燃料不足でシンガポールに引き返している『テネドス』であった。それに気がついたため、9機は攻撃を中止し、改めて索敵をしたところ、敵艦隊発見の報を受けて現場へ向かったのだった。
爆装の九六式陸攻9機が編隊を組み、高高度から『アダムス』への水平爆撃をしようとしていた時、1機の九六式陸攻の上部機銃員が太陽の中から黒い点が湧き出てくるのを目撃した。
「じょ、上空より敵機来襲!」
そう言って機関銃を上方に向けようとしたものの、先に敵機から銃撃を食らってしまった。
この時、九六式陸攻を襲ったのは英連邦オーストラリア空軍所属のブルースター・F2Aバッファロー戦闘機11機であった。バッファローは7.7ミリ機銃で九六式陸攻を攻撃した。7.7ミリという小口径機銃での攻撃だったため、九六式陸攻はすぐには落ちなかったものの、繰り返しの攻撃で1機また1機と落ちていった。
たまりかねた第3中隊は、とうとう爆弾を捨てて遁走、近くの積乱雲の中に逃げ込むことになった。こうして、『アダムス』に対する爆撃は阻止されたのだった。
バッファローによる空中戦は、『アダムス』の大部分の乗組員には知られていなかった。何故ならば、低高度から接近してくる雷撃仕様の一式陸攻の編隊への対応に忙しかったからであった。
「味方機、逃げる敵の編隊を追っています。新たな敵の編隊に気がついていない模様です」
レーダー室に繋がる伝声管から、レーダー手の声を聞いたハリントンは思わず歯噛みをする。
「ガッデム!なんで追撃するんだ!まだ敵機は残っているぞ!」
そう声を上げたハリントンに、フィリップスが話しかける。
「・・・私と同じ考えを持っていたのだろう。『大型の双発機が低空で雷撃をするわけがない』と。だから空軍のパイロットは海面にまで目を向けなかったのだろう」
フィリップスが諦めたような口調でそう言うと、ハリントンは唖然となった。そんなハリントンに、フィリップスが尋ねる。
「艦長。まだ回避はできそうか?」
「・・・難しいと思います」
ハリントンの言うとおり、『アダムス』の運動性能は著しく低下していた。というのも、魚雷3本が直撃し、さらに多くの水平爆撃による攻撃で、艦齢20年に近い船体に多くの歪みが生じていた。そして、その歪みから浸水が起きており、多くの海水が『アダムス』になだれ込んでいた。
特に、先の元山海軍航空隊による水平爆撃は、命中弾は少なかったものの至近弾を多く与えており、結果、爆弾の爆発による水柱や衝撃で高射砲や機関砲が故障、もしくはこれらを扱う要員に死傷者が発生していた。そのため、対空砲火が著しく減少していた。さらに、後檣とX砲塔(3番砲塔のこと)の間にあったカタパルトと艦載機のスーパーマリン・ウォーラスが燃えており、火災が広がりつつあった。
しかし、ハリントンは諦めていなかった。彼が伝声管に向かって声を上げる。
「砲術!聞こえるか!?」
「ちゃんと聞こえてますよ!」
射撃指揮所につながる伝声管から、砲術長のジョージ・サーモン海軍中佐の声が聞こえた。ハリントンが話を続ける。
「弾幕が薄くなっている。もっと濃くならんか?」
「無茶言わんでください!幾度の爆撃で高射砲は使い物にならなくなってるんですから!後は残ったポンポン(多連装2ポンド砲のこと。40ミリ機関砲とも)か6インチ砲で何とかするしかないんですから!」
サーモンの反論に、ハリントンは唇を噛んだ。が、すぐに伝声管に向かって声を上げる。
「・・・主砲は使えないか?せめて雷撃機は防ぎたい」
ハリントンの問いかけに、サーモンが沈黙した。しかし、すぐに笑い声が返ってくる。
「・・・敵の輸送船にいつでもぶっ放せるよう、すでに砲弾と発射薬は主砲に詰めてますよ。日本の小うるさい蝿共にぶっ放しますか?」
「ああ、日本人に、『アンジー』の本気を見せてやろう」
ハリントンがそう言うと、サーモンから「アイアイサー」と明るい声が返ってきた。ハリントンが羅針盤艦橋に聞こえるように大声を上げる。
「主砲発射準備!」
ハリントンの言葉に、羅針盤艦橋にいた乗組員全員が明るい声で「イエッサー!」と声を上げた。と同時に、ハリントンがマイクを持って艦内に主砲発射準備を報せた。
「・・・艦長。本当に主砲を発射するつもりか?航空機に撃っても当たらないのでは?」
フィリップスがそう言うと、ハリントンが「分かっています」と返した。
「しかしながら、この船は戦うための船です。戦うすべがあるならば、最大限活かすべきです。それに、16インチ砲弾の生み出す水柱は、低空を飛ぶ航空機には強力なアッパーカットになりますし、当たらなくても敵を驚かせることにはなります。それで操縦や照準を狂わせることも可能かと。それに・・・」
そう言うとハリントンはにやりと笑う。
「・・・長官。『ビスマルク』をぶっ飛ばした『アンジー』のストレート、一度くらい見たくはありませんか?」
この時、『アダムス』に雷撃を仕掛けようとしていたのは、鹿屋海軍航空隊所属の一式陸攻5機であった。その5番機に乗る機長の松尾智幸海軍一等飛行兵曹は、『アダムス』の前方にある主砲塔2基が動いていることに気がついた。
「き、機長。敵戦艦の主砲が動いています。あれって・・・」
隣に座っている副操縦士の林康之海軍二等飛行兵曹が信じられない、と言いたげな表情で話しかけてきた。松尾が応える。
「・・・敵は機銃しか撃ってきていない。しかもその数も少ない。おそらく主砲でこっちを迎え撃つつもりなのだろう」
「マジっすか・・・。40センチ砲で飛行機を落とせるわけないでしょうに・・・」
林がそう言うと、松尾が安心させるように言う。
「心配するな。あれはただの脅しさ」
「そ、そうですよね。戦艦の主砲が、俊敏に動く航空機に当たるわけ無いですよね」
林が自らを安心させるようにそう言った。松尾もその意見に同意するように「ああ」と言った。
しかし、ゆっくりと砲門をこちらに向けてくる『アダムス』の様子は、艦の後ろが火災を起こしていることも相まって、まるで地獄の業火を背負う怪物の目がこちらに向けられつつあるように見えた。
―――戦艦って、あんな恐ろしいものだったか?―――
対艦攻撃の訓練の際、戦艦に向けて飛行機を飛ばしていたが、その時は特に恐怖心を感じることはなかった。高高度からの水平爆撃訓練の時は小さな船に見えたし、低高度での雷撃訓練の際も、全速で航行する戦艦を見て、飛行機のスピードと比べてトロ臭く感じていた。
しかし、実戦で、しかも主砲を旋回している戦艦の姿に、松尾は恐ろしさを感じた。
―――戦艦に殺意を向けられている・・・。あの殺意はなんだ?英国に仇なす者への敵意か?それとも、自分を売り飛ばした祖国への恨みか?―――
そんなことを思いながらも、松尾は林と共に操縦桿を動かす。2人の耳に伝声管を通じて射爆員の遠藤浩一海軍二等飛行兵曹の声が入る。
「ヨーソロー、ヨーソロー」
すでに雷撃コースに乗った自機を真っ直ぐ飛ばす松尾の目に、『アダムス』の16インチ連装砲の砲門が見えた。ピタリとこちらを狙っているように見える砲門は、まるで「お前を逃さない」と見つめる目に見えた。
「・・・そう睨まれても、俺達ももう引き返せないんだよ」
そう言って乾燥した唇を舐める松尾。そんな松尾の耳に、遠藤の声が入る。
「よぉーい、てーっ!」
遠藤の声と同時に一式陸攻がふわりと上がりそうになった。反射的に松尾と林が操縦桿を下げ、上昇を抑えようとしたまさにその時、2人の目に『アダムス』の前部に搭載されている16インチ連装砲4門の砲門から閃光と黒煙が発するのが見えた。
その一瞬、松尾は死への恐怖に襲われた。と同時に、感覚の異変を覚えた。すべての音が聞こえなくなると同時に、目に映るものすべてがゆっくりと見えた。自機が今まで感じたこともないくらいに遅くなり、自身の動作も遅くなった気がした。
そして、松尾の目には、確かに『アダムス』から放たれた巨大な砲弾が複数こちらに向かってくるのが見えた。ゆっくりと、それでいて確実に近づく砲弾に、松尾は思わず叫んだ。いや、叫んだつもりだった。なぜなら、松尾には自身の叫び声が聞こえなかったのだ。
松尾は巨大な砲弾を見つめ続けた。砲弾は松尾の機体の左右を挟むようにして通り過ぎていった。松尾が操縦席のガラス越しに砲弾の行方を追い続けようとした時、機体に衝撃が走った。その瞬間、松尾の感覚が正常に戻った。耳に林の叫び声が入り、体の動きが早くなったと感じた。と同時に、操縦桿を反射的に動かし、機体がバランスを崩さないように努めた。
「だ、大丈夫か!?皆!?」
松尾が自身でそう叫んだのを聞いた直後、松尾の耳に仲間の声が届く。
「佐藤、異常なし!」
「遠藤、異常なし!」
「は、林も異常なし!操縦系統にも異常なし!」
他にも後部機銃座にいる柴田勝男海軍飛行兵長からも異常がない旨の報告があった。
彼等の一式陸攻が低空のまま『アダムス』から離れてしばらく経った後、後方を見張っていた柴田の声が伝声管に流れる。
「・・・敵艦に水柱4本確認。命中したと思われます」
「了解」
松尾がそう返すと、林が話しかける。
「でもまあ、まさか敵艦が主砲を撃つとは思っても見ませんでした。一応、他の機にも被害はなさそうですが・・・」
「そうだな。だが、敵もそれだけ必死だったんだろう。とはいえ、40センチ砲を向けられた時は生きた心地がしなかったぞ」
「全くですな」
林がそう返すと、機内に笑い声が響いた。それは、生死の境を飛び、生を掴んだ者達だけが発することができる笑い声であった。
そして、彼等の乗った一式陸攻は、笑い声を乗せながら僚機と共に北へと向かうのであった。
次の投稿は2月22日21時を予定してます。




