第8話
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1941年(昭和十六年)12月10日13時20分。美幌海軍航空隊所属の九六式陸上攻撃機8機がZ部隊を攻撃した。
8機は雷撃で『レパルス』を攻撃したものの、魚雷すべてを回避させられた。
その情報は、第二十二航空戦隊を通じて南遣艦隊旗艦の『鳥海』に伝えられた。
「今のところ敵艦隊への攻撃は、『アダムス』に対して雷撃1、爆撃3命中、といったところですか」
参謀長の沢田虎雄が司令長官の小沢治三郎にそう言うと、小沢が首を横に振る。
「シンガポールの航空偵察の件もある。航空機による戦果の確認は見間違いが多いと聞く。そう素直には受け入れられんな」
小沢の予想通り、この時まではまだ『アダムス』には命中弾は出ていなかった。至近弾の爆発や水柱を命中と誤認したものだった。
小沢が沢田に命令を下す。
「参謀長、二十二航戦に伝達。『帰投した陸攻に再出撃を命じよ』とな。それと、『鬼怒』と『由良』を通じて全潜水艦に敵艦隊の位置を随時送るよう、手配してくれ」
「潜水艦を攻撃に加えるのですか?」
「航空隊の健闘を信じてはいるが、より必勝を期するには、潜水艦も送り込むべきだろう。もはや、水上艦では敵艦隊の撃滅は無理なのだからな」
実はこの日の朝方、小沢は第二艦隊旗艦『愛宕』にいる近藤信竹より、「水上部隊ノ追撃ヲ断念ス」という電文を受けていた。これは、南方部隊の艦艇、特に駆逐艦の燃料が不足しつつあることが原因であった。
「我々は、もはや航空機と潜水艦しか手駒がない。ここで『アダムス』と『レパルス』を仕留めなければ、南方作戦が頓挫することはないにしても、著しく遅延することになる。南方資源を早期に確保することが我等の役目。それを成し遂げなければならない」
小沢がそう言うと、沢田は黙って頷いた。その時だった。1人の兵士が戦闘艦橋に飛び込んできた。それは通信室に詰める通信士の1人であった。
その通信士が小沢に大声で言う。
「味方航空機より電文を傍受しました!読みます。『ワレ、敵艦隊発見ス。1348』です!」
『鳥海』が傍受した通信は、鹿屋海軍航空隊所属の一式陸上攻撃機26機を率いる隊長機から発せられた無電であった。
一式陸上攻撃機26機は複数のグループに分かれて『アダムス』と『レパルス』へと向かった。その中の1機の機長である梅沢正志一等飛行兵曹は、『アダムス』への雷撃を命じられた。
「あれが『ビスマルク』を沈めた『アダムス』か」
そう言いながら操縦桿を少し下げて一式陸攻の機体を降下させた。それまで乗っていた九六式陸攻と違い、重さを感じる操縦桿を副操縦士の久保五郎海軍二等飛行兵曹と共に動かしながら、機体を海面に近づけさせていく。
「・・・あの船、速いですね。『長門』はもう少し遅いと思うんですが」
久保がそう言うと、梅沢が「そうか?」と返した。確かに、『アダムス』と思われる戦艦は艦首に大きな波を立てて突き進んでいた。高速で航行しているのは確かであろうが、訓練で見た『長門』の全速力とあまり変わっていないように思えた。
「さほど変わっていないと思うが・・・」
梅沢がそう言った時だった。彼等が乗っている一式陸攻の近くで爆発が起き、機体が沈み込む。
「くっそっ!」
梅沢と久保が必死になって操縦桿を握ってバランスを取ろうとした。その2人の耳に、伝声管を通じて副偵察員の佐藤勝敏海軍飛行兵長の声が入ってくる。
「3号機、4号機がやられました!」
佐藤の報告に、梅沢は舌打ちした。続けて爆撃席に座っている射爆員の山下長利海軍三等飛行兵曹の声が耳に入る。
「機長!雷撃進路から外れてます。右5度願います!」
「右5度!」
「ドンピシャです!ヨーソロー!」
山下の声を聞きながら、なんとか雷撃コースを維持する梅沢。機体の周りを爆発が起き、そのたびに機体が揺れた。更に敵戦艦に近づくと、今度は機関砲の曳光弾が飛んできた。訓練で見たことのある自軍の25ミリ機関銃よりも太い光が、すべてこちらに向かってきているように見えた。梅沢はその恐怖を強い精神力でねじ伏せ、重い操縦桿を操った。
そして待ちに待った山下の言葉が梅沢の耳に入る。
「投下用意!・・・てーっ!」
その言葉が聞こえた直後、機体がフワッと浮かび上がろうとした。しかし、梅沢と久保が操縦桿を前に倒してそれを抑え込みつつ、機体を滑らすように敵戦艦の後方に向けた。
梅沢は敵戦艦の艦尾から離れた場所を通ろうとしたが、低空で大きく旋回することができなかったため、そのまま敵戦艦の船尾の上を通過するように離脱した。
その際、彼は敵戦艦の姿を後方から一瞬だけ見ることができた。巨大な連装砲塔を背負い式に搭載し、後檣と第3砲塔の間にカタパルトと水上機を載せているレイアウトは、訓練でよく見た『長門』と同じレイアウトであった。
―――こうやって見ると、本当に『アダムス』は『長門』の姉妹艦なんだな―――
そう思いながらも、梅沢は敵戦艦の追撃の射撃をかいくぐるように、低空で一式陸攻を飛ばすのであった。
梅沢機の放った魚雷は『アダムス』の右舷に命中し、バルジに大穴を開ける程の爆発を起こした。さらに、梅沢機と共に雷撃した一式陸攻の魚雷1本が命中、爆発を起こした。『アダムス』の船体が震える。
「被害状況報せ!」
羅針盤艦橋でハリントンが受話器に向かって叫んだ。電話の向こうにいるジョン・キーン副長が答える。
「右舷に命中しました。重油が漏れ出ています!また、今の衝撃で一部の区間の電気が落ちました!現在状況を確認中!」
キーンの報告に、ハリントンが「了解!」と声を上げた。
「ダメージコントロールを急げ!」
そう言って受話器を置いたハリントンに、見張り員の大声が届く。
「新たな敵機来襲!方位85!2機がこちらに向かってきています!」
「取舵!」
ハリントンが向かってくる機体と対面になるように舵の指示を出す。操舵手が「アイアイサー」と言って操舵輪を思いっきり回した。『アダムス』がしばらく直線で進んだ後、回頭を始めた。
バルジに貯められた重油を血のように流しながらも回頭する『アダムス』は、まるで手負いになりながらも狩人に立ち向かっていく猛獣のように敵機へ艦首を向けた。しかし、完全に敵機に向かう前に、その敵機から魚雷が投下された。海面に現れる2本の雷跡を双眼鏡で見ながらハリントンが舌打ちする。
「ちっ、遅かったか。だが、まだ間に合う」
要は魚雷とすれ違えれば良いのだ。このまま回頭すれば当たらないはず。そう思いながら、ハリントンは祈った。しかし、その祈りは届かなかった。
魚雷2本のうち、1本は『アダムス』の艦首が生み出す波の衝撃によって爆発したものの、もう1本が艦首に衝突して爆発した。爆発した魚雷によって生み出された水柱が、『アダムス』の艦首に崩れ倒れた。
「やられたか・・・!」
バルジによる水中防御がなされていない艦首に魚雷が当たれば、船体に海水が流れ込むことになる。一応、水密区画が細かくなっており、海水が船体全体に流れ込むことはないのだが、それでも浸水と艦首の抵抗が大きくなることで速度低下が生じることは予想できた。
ハリントンが唇を噛み締めている中、伝声管から声が伝わった。それは、ソナー室からの報告だった。
「こちらソナー室。ソナーが故障しました」
「・・・了解。ソナーの修理はしなくて良い。どうせ高速移動中は魚雷の音なんか聞こえないんだから」
ハリントンがそう命じると、ソナー室からは「アイアイサー」という声が帰ってきた。ハリントンが伝声管から離れると、フィリップスが話しかけてくる。
「艦長、まだやれそうか?」
フィリップスの質問に、ハリントンが「当然です」と頷いた。
「魚雷を何本かくらいましたが、機関部をはじめ艦の中枢はまだ無事です。ダメージコントロールが上手く行けば、まだまだ戦えますよ」
「そうか。それは頼もしい。だが、『レパルス』は難しいかもしれない」
フィリップスの言葉に、ハリントンが「えっ?」と声を上げた。フィリップスが話を続ける。
「先程の攻撃で、『レパルス』は3本の水柱が確認された。速力が落ちている。あれではシンガポールまで持たないかもしれない・・・」
フィリップスはそう言うと、苦悶の表情を顔に出しながら下唇を噛んだ。
「そんな・・・」
ハリントンはそう言いながら『レパルス』に双眼鏡を向けた。双眼鏡を介して見えた『レパルス』はまだ前進していたが、しかも大きく傾いていた。
そんな『レパルス』に、3機の航空機が低空で近づいてくるのが見えた。一方、『レパルス』から機銃弾が放たれたが、その数は少なく、あまりにも頼りがいのないものであった。
敵機のうち、2機がバランスを崩して海面に突っ込むのが見えたが、残りの1機が『レパルス』の艦橋スレスレで飛び越した。その直後、3本の水柱が『レパルス』の艦橋よりも高く上がったのが見えた。
その3本の水柱が崩れて無くなった後、『レパルス』はみるみる速度を落とした。そして動きを止めた時には、すでに傾いた部分が海面に洗われるまでになっていた。
ハリントンが何も言わずに双眼鏡を覗いていると、『レパルス』の艦橋あたりから発光信号が光るのが見えた。暗号化されていない平文だったので、ハリントンはその信号の内容を読み取ることができた。
『レパルス』に総員退去の命令が発せられたことを報せる内容だった。
14時00分。美幌海軍航空隊の九六式陸攻17機が戦場に到着した。
その中の1機である斎藤千紘海軍飛行兵曹長の機体に、隊長機からの無電が入る。
「・・・機長。隊長機からです。『敵戦艦”レパルス”沈黙。目標、敵戦艦”アダムス”』です」
電信員の和田正和海軍三等飛行兵曹からそう聞かされた斎藤に、副操縦士の星野秀久海軍一等飛行兵曹が話しかける。
「・・・機長。『アダムス』に50番(500キロ爆弾のこと)が通用しますかね?あれ、『長門』の2番艦でしょ?」
「まあ、砲塔は無理だと思うが、機関部上の甲板装甲なら、ひょっとしたらいけるんじゃないかな・・・。あそこは『長門』の弱点だったし。ただ、英国も対策として装甲を追加しているかもしれないなぁ」
そう言いながら操縦桿を動かす斎藤の耳に、伝声管を通じて爆撃手席にいる射爆員の生田信勝の声が入る。
「敵戦艦発見。1隻は止まってますが、もう1隻はまだ動いてます」
「その動いているのが『アダムス』だ。よく狙えよ」
斎藤がそう返すと、生田から「了解」と返事が来た。続けてコースの指示が来る。
「右7度願います」
「了解。右7度」
「ヨーソロー。そのまま・・・あ、風に流された。左2度」
「左2度」
「行き過ぎです。右1度」
「右1度ヨーソロー」
「ヨーソロー!」
生田からの声が聞こえた時、不意に隣にいた星野から声が上がる。
「ま、前の中隊が爆弾を投下しています!」
星野の声を聞いた斎藤が伝声管を通して生田に言う。
「生田!」
「まだ投下地点に達してません!前の奴らが早すぎるんです!というか、そろそろ投下地点ですよ!左2度!」
「くそっ!左2度ヨーソロー」
そう言って斎藤は星野と共に操縦桿を動かした。すぐに斎藤の耳に生田の声が入る。
「よぉーい、てーっ!」
生田の声と共に、機体がふわりと上がった。が、その直後に機体に衝撃が襲った。近くで高射砲弾が爆発したのだ。斎藤がバランスを崩さぬようにコントロールする。
「畜生め!」
揺れが収まったのを見計らって罵声を漏らす斎藤だった。だが、斎藤の機体を襲った衝撃はその1発ですんだ。しばらく飛んだ後、無電が入る。
「・・・隊長機からです。『戦果ヲ確認セヨ』です」
和田の声に、斎藤が「了解」と答えると、編隊から抜けるように旋回した。
「高度を下げる。戦果を詳しく確認する」
斎藤がそう言うと、星野が「了解」と返した。2人で操縦桿を動かし、高度を下げると、目の前に海に浮かぶ船が複数見えた。
1隻は完全に足が止まり、1隻の駆逐艦が横付けしているのが見えた。もはや沈没は確実だと思われるほど、船体が傾いていた。また、周囲には駆逐艦がもう1隻、近づいていた。
「あれは『レパルス』か。あれならもう撃沈は確実だな」
そう呟いた斎藤に、双眼鏡を覗いている星野が話しかける。
「・・・機長。もう1隻の戦艦が見えます。・・・後部甲板から黒煙が上がってますが、足は止まっていません。速度はおよそ10ノットぐらいでしょうか。とにかく動いています」
「・・・50番では装甲を貫かないか。80番(800キロ爆弾)があれば良かったんだが・・・」
「あれ、確か空母の連中が持ってったんでしたっけ?なんで空母の連中が全部持ってったんですかね?」
「さあな・・・」
80番こと800キロ爆弾は、『長門』の徹甲弾を改造した徹甲爆弾であった。これらの爆弾は真珠湾に停泊中のアメリカ戦艦に使う予定であったため、すべてが南雲機動部隊に配備されていた。そしてこのことは、斎藤や星野には全く知らされていなかった。
―――『陸奥』を沈めるために長門型戦艦の徹甲弾を改造した80番が必要とは、皮肉もいいところだ―――
そう思いながら斎藤が伝声管に声をかける。
「和田。電文を頼む。『敵戦艦”レパルス”撃沈確実。敵戦艦”アダムス”効果不十分』」
斎藤がそう命じた後、斎藤は操縦桿を動かして機体を北に向けた。仏印に戻るためであった。
機体を動かしながら、斎藤は視線を外に向ける。
―――敵艦を沈めることはできなかった。だが、悔しいという想いはない。むしろ、ホッとしている。やっぱり、『アダムス』が日本の戦艦だったから、なんだろうな―――
そう思う斎藤を乗せた九六式陸攻は、高度を上げるのであった。
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