第4話
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「・・・その後、英国本土では『アダムス』・・・『陸奥』は英国国民の士気を高める一方、ドイツ海軍に恐れられる存在となった、ということか・・・」
宇垣纒が読み終えた資料をテーブルの上に置きながらそう言った。その様子を見ていた藤井茂が口を開く。
「・・・『アダムス』の戦歴については、新聞報道を基に作っております。恐らく、戦意向上のために話を盛っている可能性もありますが・・・」
「とはいえ、『ビスマルク』撃沈の話はロンドンの駐在武官だけでなく、ベルリンの駐在武官からも報告があった。それに、ドイツ海軍に『アダムス』撃沈の命令がヒトラー総統から下された、という報告も来ている。『ビスマルク』撃沈に『アダムス』・・・『陸奥』が関わっているのは間違いないだろう」
山本五十六がそう言うと、黒島亀人が笑いながら山本に言う。
「『ビスマルク』撃沈の報が届いた時、長官は秘蔵のシャンパンを皆に振る舞われましたな」
「それはそうだろう。日本人が作った戦艦が、ヒトラーが自慢していた欧州最強の戦艦を沈めたのだ。祝杯を上げるのは当然であろう」
山本が嬉しそうにそう言うと、三和義勇が渋い顔をする。
「長官。仮にも盟邦の戦艦が沈められたのです。あまりそう言うのは・・・」
「分かっている。ここだけの秘密だよ」
山本がそう言って片目を瞑った。そんな山本に、宇垣が話しかける。
「長官。この情報、南方部隊に送らなくてもよろしいのですか?」
宇垣がそう言うと、山本が「ふむ」と言って両腕を組んだ。そして少し考え込むと、口を開く。
「・・・一応、改装後の『アダムス』の兵装を伝えておこう。それと、艦長のハリントンなる者の経歴もだ。確か、それも資料にあるのだろう?」
「あ、はい。これも新聞記事から得た情報ですが、お手元の資料の最後に載っております。彼は少佐時代に大正十一年(1922年)の4月に来日し、回航員の一人として『陸奥』に乗っています。その後は『アダムス』の砲術長となり、中佐に昇進。さらにその後は『アダムス』から離れて駆逐艦や軽巡洋艦の艦長、戦艦の副長を務めた後、昭和十五年(1940年)の9月に『アダムス』の艦長になっております」
藤井が山本にそう答えると、三和が口を開く。
「・・・陸上経験のない、根っからの船乗りか。そして日本から英国まで『陸奥』を回航したのか。どうやら、『陸奥』の癖を良く知っているのかもしれない。厄介な男ですな」
「・・・そういった事も伝えておこう。小沢君(小沢治三郎のこと。南遣艦隊司令長官)や松永君(松永貞市のこと。第二十二航空戦隊司令官)も、『陸奥』の艦長がどういった人間か知ることで、敵の弱点を見つけられるかもしれない」
山本がそう言うと、藤井は「承知しました」と言って頷くのであった。
1941年(昭和十六年)12月8日。南雲忠一海軍中将率いる機動部隊がアメリカ合衆国ハワイ準州オアフ島の真珠湾にあるアメリカ合衆国太平洋艦隊の基地及び停泊中の艦艇を奇襲。後世において太平洋戦争と呼ばれる戦争が勃発した。
が、その奇襲が行われる2日前の12月6日には、すでに英空軍と日本陸海軍の航空機による戦闘が始まっていた。
そして真珠湾攻撃が始まる2時間前に、南遣艦隊の支援の下、日本陸軍がマレー半島の各地に上陸を開始。対英戦闘を開始した。
「参謀長。潜水艦から敵情の報せはないか?」
南遣艦隊旗艦の重巡洋艦『鳥海』では、司令長官の小沢治三郎海軍中将が参謀長の沢田虎雄海軍少将にそう尋ねていた。沢田が首を横に振る。
「いえ、『鬼怒』と『由良』からは報告はありません」
『鬼怒』も『由良』も軽巡洋艦ではあるが、この時はそれぞれ第四潜水戦隊、第五潜水戦隊の旗艦を務めており、麾下の潜水艦部隊を指揮していた。南遣艦隊には他にも第九潜水隊が増援として送り込まれており、これらの潜水艦部隊が哨戒と偵察のためにマレー半島の海域に送り込まれていた。
沢田の報告を受けた小沢は、少し考えた後、沢田に命じる。
「・・・『鳥海』及び七戦隊の水偵(水上偵察機のこと)を以て、マレー半島南部を哨戒させる。英艦隊の出撃に備えさせよ」
小沢がそう言うと、沢田は「分かりました」と答えた。続けて小沢に尋ねる。
「二十二航戦(第二十二航空戦隊のこと)には伝えなくても?」
「松永君なら、すでにシンガポールを偵察するべく、飛行機を飛ばしているだろう」
小沢の言葉に、沢田が「確かに」と同意した。それからしばらくの間、2人は黙っていたが、不意に沢田が口を開く。
「・・・英艦隊は来ますでしょうか」
「・・・来〜るぅ〜絶対来る〜ぅ」
“鬼瓦”とあだ名されている小沢が、そのあだ名の由来となった怖い顔のまま変な歌を歌い出した。そのため、沢田だけでなく周囲にいた参謀達がギョッとした顔を小沢に向けた。
小沢が顔を前に向けたまま、無表情で言う。
「・・・即興で作った歌だ。気にするな」
そう言われても気になるんですが、という言葉を呑みつつ、沢田が小沢に話しかける。
「・・・い、いえ、そういう意味ではなく、いつ来るか、という意味で聞いたのですが・・・」
沢田がそう言うと、小沢は少し首を傾げた。そして顔を沢田の方に向ける。
「・・・すでに2日前には敵の索敵機が我が方と接触している。いつ来てもおかしくはないのだが、潜水艦からの発見の報告がまだ来ていない。航空機による偵察をしてみないと分からぬが、少なくとも近くには来ていないだろう。仮にシンガポールにまだいるとなると・・・。こちらに来るのは夜だな」
小沢の言葉に、沢田や参謀達が息を呑む。
「そうなると、夜戦ですか・・・」
沢田が緊張気味にそう言うと、小沢がニヤリと笑った。“鬼瓦”の笑顔に、沢田は獰猛さを感じた。
「夜戦上等。帝国海軍のお家芸を開戦初日で見せつけることができるのだ。水雷屋として腕の見せ所だな」
後世では『海軍きっての知将』『航空主兵論を主張した、先見性のある名将』という評価のなされる小沢であるが、元々は水雷戦を得意とする将であった。
沢田の目には、冷静沈着な知将である小沢が、夜戦での水雷戦の指揮を執ることに興奮しているように見えた。しかし、小沢の表情がすぐにいつもの怖い顔に戻る。
「とはいえ、せっかく指揮下に航空部隊がいるのだ。できれば、英艦隊は航空機で撃滅したい。特に、敵戦艦『アダムス』は航空攻撃で沈めたい」
「『アダムス』を、ですか。しかしあれは・・・」
「日本の戦艦『陸奥』だということは知っているよ、参謀長。しかしな、英国海軍唯一の40センチ砲戦艦であり、かの『ビスマルク』を沈めた武勲艦であり、連合艦隊旗艦である『長門』の姉妹艦を航空機で沈めることができれば、海戦史における転換点になる、と俺は思うんだ。そして、山本長官もそれを望んでおられる」
「・・・そうでしょうか?」
沢田がそう言って疑問を呈したが、小沢は「そうだよ」と返した。
「そうでなければ、ハワイに航空母艦を主軸とした機動部隊を送ろうとはしないよ」
小沢がそう言って笑うと、沢田は納得したように頷いた。小沢が話を続ける。
「とはいえ、敵が見えなければ航空機だろうが夜戦だろうが関係ない。まずは索敵をしっかりと行い、敵を発見しなければ。敵を見逃し、輸送船団と陸軍部隊を『アダムス』の40センチ砲で吹き飛ばされるようなことにならないようにしなければな」
表情を引き締めてそう言う小沢に、沢田達は一斉に頷いた。
12月8日午後2時。『アダムス』艦内の作戦室では、東洋艦隊司令長官トーマス・フィリップス海軍大将を中心に、東洋艦隊司令部施設のスタッフ及び麾下の艦隊の艦長、副長が集まって会議を行っていた。
その中には当然、『アダムス』艦長のウィリアム・ハリントン海軍大佐も含まれていた。
「極東軍司令部に入った情報によれば、すでに日本軍がマレーとタイの国境付近に上陸を開始しているそうだ。すでにコタバルの飛行場と連絡が取れなくなっており、占領された可能性がある。また、タイとの国境にある野戦陣地が突破されたらしい。国境線の陸軍部隊と連絡が取れなくなっている。恐らく、タイ側のシンゴラかパタニあたりに上陸したのだろう。
そして皆も知っているが、シンガポールが空襲を受けた。敵機は日本の大型双発機だ」
東洋艦隊参謀長であるアーサー・パリサー海軍少将がそう言うと、続けてフィリップスが口を開く。
「我々ができることは3つ。1つはシンガポールを出撃して上陸している日本軍を攻撃すること。もう1つはシンガポールを出撃してトリンコマリー(セイロン島にあるイギリス海軍基地)に撤退するか。最後の1つはシンガポールを出撃してフィリピンに行き、アメリカのアジア艦隊と合流するか、だ」
フィリップスがそう言うと、『レパルス』の艦長であるウィリアム・テナント海軍大佐が即答する。
「当然、日本軍を攻撃するべきです。我等がここにいるのは、侵略者から祖国を守るため。撤退など論外です」
テナントがそう言うと、その場にいる全員が頷いた。フィリップスが苦笑しながら言う。
「まあ、そうなるな。野暮なことを聞いてすまなかった。では、諸君。日本軍をぶちのめしに行こう」
フィリップスがそう言うと、全員が「イエッサー!」と返した。それを受けてパリサーが今後の予定を説明する。
「出撃する艦は『アダムス』、『レパルス』、『エクストラ』、『エクスプレス』、『テネドス』、そしてオーストラリア戦隊の『ヴァンパイア』だ。それ以外の艦はまだドック入りの最中で動けないか、インド洋での哨戒活動や船団護衛の最中だ。今動かせられるのはこれだけだ。これ以降、この部隊をまとめて『Z部隊』と称する。
Z部隊は本日夕刻に出撃。10日にコタバルとシンゴラに停泊していると思われる敵船団を攻撃する」
パリサーの説明を聞いたハリントンが手を挙げる。
「質問です。夕刻とは遅すぎませんか?すでに機関は動かしています。1時間もあれば出撃可能ですが」
「空軍の援護を受けるために、極東軍司令部と調整しなければならない。それが終わるまでは機関待機だ」
パリサーがそう答えると、ハリントンは不満そうな顔をしつつも「分かりました」と言った。パリサーが声を上げる。
「他に質問は?なければ解散」
そう言うと、その場にいた者達は一斉に立ち上がった。
フィリップスとパリサーが極東軍司令部でロバート・ポッファム空軍大将と会見をしている間、ハリントンは副長のジョン・キーン海軍中佐と羅針盤艦橋にて出撃準備を整えていた。
といっても、早朝に日本軍の空襲があったため、すでに午前中には出撃準備を終わらせており、あとはフィリップスとパリサーが帰ってくるのを待っているだけなのだが。
「艦長。少し早いですが、アフタヌーンティーにしませんか?」
キーンの提案に、ハリントンは腕時計を見る。
「・・・まだ15時ではないか。早すぎるぞ」
アフタヌーンティーはイギリスでは16時から17時に行うのが普通である。15時にアフタヌーンティーを行うのは、ハリントンの言うとおり、確かに早すぎた。
「司令長官と参謀長が戻ってきたら、すぐに出港でしょ?その前にさっさと飲んでしまいましょう」
そう言うと、キーンは指を鳴らした。すると、主計科の水兵が銀色の盆の上に、藍色のティーポット1つと、同じ色のティーカップを複数乗せてやってきた。その後ろからは、同じく主計科の水兵が、銀色の盆の上にスコーンを乗せた皿を大量に乗せてついてきた。
2人の水兵が先にティーカップとスコーンを乗せた皿を渡し、ティーカップにティーポットから紅茶を注いだ。周囲に紅茶とミルクの香りが漂った。
羅針盤艦橋にいた者達にティーカップとスコーンが渡り、全員のティーカップに紅茶が注がれたのを見たハリントンが、ティーカップを口に運ぶ。
「・・・うん、美味い。フィリップス長官にお出ししたセイロンも美味かったが、やはり紅茶はアッサムだな」
そう呟いたハリントンだったが、ふとあることを思い出し、キーンに尋ねる。
「ところで、敵について何か新しい情報はないか?」
「ないですね。通信は相変わらず大量に飛び交ってますが、真偽不明な情報ばかりです。それに、陸軍の暗号を解読できる通信士がいません。まあ、これはマラヤ司令部か極東軍司令部からの情報が来るまでお預けですね」
キーンが肩をすくめながらそう言うと、ハリントンは口につけていたティーカップを離す。
「先程の会議では、パリサー参謀長から日本艦隊の最新情報を聞かされていない。敵は増援の艦艇を送っていないのだろうか?『アダムス』が来ていることぐらいは日本も知っているだろう。事前の情報では、敵の戦艦は『コンゴウ』ただ1隻。何故『ナガト』を送ってこないのだろうか?」
開戦前、東洋艦隊はフランス領インドシナに集結中の日本艦隊について、コンゴウ型戦艦1隻、アタゴ型重巡洋艦3隻、カコ型重巡洋艦1隻、ジンツウ型軽巡洋艦2隻、駆逐艦10隻と認識していた。その後の調査で、モガミ型巡洋艦も来ていることも察知していた。
ハリントンの疑問に対し、キーンが首を傾げて答える。
「あれだけ派手に宣伝しましたからねぇ。追加の戦艦はあって然るべきだと思うのですが・・・・まさか、『アダムス』には『コンゴウ』だけで十分と思っているのでは?」
「ありえない。『コンゴウ』はイギリスで建造された戦艦・・・いや、元は巡洋戦艦だったか。イギリスの優れた造船技術で建造されたとはいえ、1911年(明治四十四年)に建造開始で、竣工したのは1913年(大正二年)だぞ。『アダムス』より10年も先にできたオールド・シップなんだ。しかも主砲は14インチ(35.6センチメートル)砲。『アダムス』の装甲を破れる砲ではないことは日本軍も分かっているだろう」
「・・・ひょっとして、日本人の美意識というやつでは?向こうはイギリス製でこちらは日本製。日本人は、お互いの国で作った戦艦を出し合って決闘させたいのでは?」
キーンが皮肉げにそう言うと、ハリントンは鼻を鳴らす。
「サムライ流の決闘か?それはそれでロマンがあるが、今は20世紀だぞ。ショーグンのいた時代じゃあるまいし。付き合わされる兵士からしたらたまったもんじゃないな。
・・・まあ、いい。『コンゴウ』だったら負ける気はしない。16インチのストレートで殴り飛ばしてやるさ」
ハリントンがそう言った時だった。1人の下士官が羅針盤艦橋に入ってきた。その下士官が敬礼しながらハリントン達に言う。
「報告します。フィリップス長官が極東軍司令部より帰ってまいりました」
報告を受けた後、フィリップスが参謀達を連れて羅針盤艦橋に入ってきた。その中にはパリサー参謀長の姿がなかった。
「・・・長官。参謀長は?」
ハリントンの質問に、フィリップスが答える。
「参謀長はシンガポールに残すことにした。彼には空軍との連絡を任せることにした」
次の投稿は2月17日21時となります。今後も毎日の投稿を目指します。




