第10話
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鹿屋海軍航空隊の一式陸攻5機が放った魚雷は、『アダムス』の右舷に4本の水柱を上げた。しかし、実際に直撃した魚雷は3本であった。そのうち2本はバルジに当たったが、残り1本は艦首に命中した。ただでさえ魚雷が1本当たった艦首に再び魚雷が当たったのである。
ちょうどその時、艦首で応急処置を行っていたダメコンチームが魚雷の爆発に巻き込まれて壊滅。そのため、前回の命中と相まって艦首の応急処置が全くできなくなってしまい、浸水を防ぐことに失敗。大量の海水を艦首から呑み込むことになった。
さらに、バルジに流れ込んだ海水のために艦に傾斜ができたため、転覆を防ぐために反対側のバルジに注水が行われており、その分の海水のために艦が沈み始めていた。
「・・・分かった。引き続き修復に全力を上げてくれ」
応急処置の指揮を執っているジョン・キーン副長と電話で話していたハリントンが、受話器を置いてフィリップスに報告する。
「電気系統に重大なダメージが発生しているようです。艦の後方に電気が行っていないようで、消火ポンプが動かせない状態です。そのため、カタパルトや艦載機の消火が難しい状況です。それと、X砲塔(3番砲塔のこと)の装薬庫の温度が分からなくなったようです。どうやら、魚雷や爆弾の命中により、遠隔監視装置が壊れたようです。現在、装薬庫にダメコンチーム1班を派遣し、状況を確認するようです」
ハリントンがそう報告すると、フィリップスがハリントンに尋ねる。
「・・・装薬庫の温度が分からない?大丈夫か?甲板上の艦載機が火災を起こしているのだろう?」
「大丈夫です。我が海軍の火薬はSC(無溶剤コルダイト)火薬です。高温の環境下でも爆発しません。砲塔が爆発して爆沈、なんてことは、この『アダムス』に限ってありえませんよ」
ハリントンがそう答えると、フィリップスが「了解した」と返した。
「とりあえず、轟沈ということはなさそうだな。しかし艦長。シンガポールに帰れるかどうかは別問題だ」
「はい、長官。しかしながら、機関もタービンもまだ動いております。スクリューと舵に損傷の可能性があり、操舵に不安がありますが、まだ航行は可能です。
・・・まあ、艦首の損害を広げないよう、後退で進むしかないのですが・・・」
ハリントンがそう言うと、フィリップスが「ふむ」と言って考え込んだ。そしてハリントンに言う。
「・・・艦長。私は君に『生命を預けろ』と言った。しかし、無駄に生命を捧げろ、とは言ってない。これからは、乗組員の生命を守ることを第一に考えよう」
フィリップスの言葉に、ハリントンは両目を大きく開いた。なぜならば、フィリップスの言葉に「総員退去」の意味が含まれていることがハリントンに分かったからだ。
ハリントンがフィリップスに返す。
「・・・分かりました。もしもの時は乗組員の生命を第一に考え、命令を下します。ですが、この『アダムス』が沈むとは限りません。敵の爆弾は甲板を貫かず、魚雷もバルジで防いでいるのですから。最後の最後まで、艦の保全に努めます」
ハリントンの言葉に、フィリップスは頷いた。その後、フィリップスが他の参謀達と会話を交わしている間、ハリントンはレーダー室に繋がる伝声管に向かって声を出す。
「レーダー室。敵機の反応は?」
「ありません。それと、味方機と思われる反応もなくなりました。南西の方へ行ったようですので、おそらくシンガポールに帰還したものと思われます」
「分かった。引き続き、監視を頼む」
「アイアイサー」
レーダー室からの声はそれで終わった。会話を終えたハリントンの耳に、フィリップスと参謀達の話が聞こえる。
「『レパルス』ですが、駆逐艦『エレクトラ』と『ヴァンパイア』によって生存者が救助されています。暫定数ですが、700名を救助できたそうで、その中にはテナント艦長も含まれているそうです」
「分かった。ご苦労だった」
フィリップスがそう答えたのを聞いたハリントンが、フィリップスに話しかける。
「テナント大佐はご無事でしたか」
「ああ。彼は素晴らしい操艦を見せてくれた。迫る魚雷を躱していくのがここからでも見えた。彼のような素晴らしい船乗りは死なせるにはもったいない」
フィリップスはそう言うと、右腕を伸ばして右手をハリントンの左肩に置く。
「そして、それは君も同じだ。ここまで『アダムス』が保ったのは、君の操艦と素晴らしい判断のおかげだ。君も、もしもの時は恥じることなく脱出したまえ」
フィリップスがそう言うと、ハリントンは首を横に振る。
「長官。この『アンジー』はまだ沈むとは決まっていません。必ずやシンガポールに帰してみせますよ」
そう言って笑うハリントン。そんなハリントンを見て、フィリップスも微笑んだ。しかし、その微笑みの中には、どこか哀しみを感じさせた。
そんなハリントンに、伝声管からの声が聞こえた。すぐに伝声管に近寄り、話しかける。
「ハリントンだ。どうした?」
「レーダー室です。対空レーダーに反応。方位17度。距離93マイル(約150キロメートル)。複数の大型機と思われます」
「了解。引き続き監視を頼む」
そう言ってハリントンは伝声管から離れる。
「長官。どうやら敵は諦めてないようです。とどめを刺しにきたようです」
ハリントンからそう聞かされたフィリップスが、溜息をつきながら指示を出す。
「・・・各艦に、対空戦闘準備を発令せよ。それと艦長。総員退去に備えるようにしてくれ」
この時、『アダムス』に向かって飛んでいたのは、10機の九六式陸攻と一式陸攻であった。
これらの機体は、美幌海軍航空隊、元山海軍航空隊、鹿屋海軍航空隊の予備機として仏印の各基地に残されていた機体や、前日の夜間攻撃の際に索敵機として長時間飛んでいたり故障して引き返したりした機体をかき集めて編成した混成部隊であった。
また、先に攻撃した部隊からの報告で、水平爆撃は『アダムス』の装甲を打ち破れないことが判明したため、全機雷装となった。
さらに、敵戦闘機の迎撃を受けたことが伝わったため、護衛の零式艦上戦闘機9機がついていた。
「午前中の攻撃隊が再出撃するのにまだ時間がかかる。もし再出撃となったら、薄暮か最悪夜間攻撃となってしまう。もしそうなったら、『アダムス』を取り逃すことになるやもしれない。
この戦い、航空機が勝つか戦艦が勝つかという以前に南方作戦の成否が懸かっている。諸君が夜間の出撃で疲労困憊なのは分かっているし、元『陸奥』だった戦艦を沈めることに抵抗があるやもしれない。しかし、あえて出撃を命じる。敵戦艦『アダムス』を撃沈せよ」
第二十二航空戦隊司令官の松永貞市海軍少将の激を受けた10機の九六式陸攻と一式陸攻の乗組員達は、一路『アダムス』を目指して陸攻を飛ばしていた。
「・・・眠い」
鹿屋海軍航空隊に属する一式陸攻の1機を預かる機長の菅原文雄海軍飛行特務少尉は、隣でそう言いながら欠伸をする池田輝義海軍一等飛行兵曹の声を聞いた。
「なんだ、仮眠を取ったんじゃないのか」
「まあ、取ったといえば取ったんですが、眠ろうとするたびに戦果を言いに来る奴がいるでしょう?気になって気になって・・・」
池田の言葉に、菅原が苦笑する。
「まあ、そうなるよな。俺も興奮のあまり、寝ていないんだよ」
菅原の告白に、池田も思わず笑った。そんな2人の耳に、伝声管を通じて通信員の中西健人三等飛行兵曹の声が流れる。
「機長。隊長機より電文。『コレヨリ降下ス。攻撃目標、鹿屋、敵戦艦右舷。元山、美幌、敵戦艦左舷。高度2(20メートル)、距離60(600メートル)』」
「・・・高度も距離も規定よりも短いじゃないですか。九六式ならともかく、足の速い一式にそれ言います?」
中西から伝えられた命令を聞いた池田が、不満げに口を尖らせながらそう言った。菅原が笑いながら言う。
「必勝を期したいんだろう。それに、貴様と俺の腕ならそのくらい屁でもないだろう」
「まあ、そうなんっすけどね・・・。でも、一式は鹿屋の2機だけです。右舷だけ魚雷2発でいいんですかね?」
「右左舷同時雷撃で確実に仕留めたいんだろう。それに、一式と九六式は速度に差がある。別々に攻撃させたほうが良いんだろうよ」
菅原と池田はそう言い合いながら、操縦桿を少しずつ倒し、自機の高度を下げていった。
そして、薄雲の下に出ると、目の前の海にぽつんと黒煙を上げている点が見えた。
「あれが『アダムス』か」
そう呟きながら菅原が双眼鏡を覗いた。双眼鏡を通して見えたものは、後ろ半分を黒煙で覆われた1隻の船であった。
「敵戦艦の動きがほとんどないな。どうやら、我々でとどめを刺せそうだ」
菅原がそう言うと、池田の声が耳に届く。
「・・・俺達で戦艦を沈めますか」
緊張気味の声でそう言った池田に、菅原が「俺達じゃない」と答えた。
「この戦いに参加したすべての飛行機乗りが沈めるんだ」
そんな会話をしていた菅原と池田が操る一式陸攻が所定の高度20メートルに達し、『アダムス』までの距離がおよそ2キロメートルに達した時、『アダムス』の塔型艦橋の側から太い曳光弾が1本の線としてこちらに向かってくるのが見えた。ただ、それは敵の機銃が1基しか稼働していないことを意味していた。
また、舷側には1回だけだが複数の閃光が光った。直後に菅原の乗った一式陸攻の後ろに黒煙と水柱が立った。が、それらは菅原機を軽く揺さぶるだけであった。
―――機銃1基やケースメート式の副砲だけでも立ち向かうか。さすがはロイヤルネイビー。あっぱれな戦いぶりだ。だが、こちらも必死なんでね―――
そう思いながら操縦桿を操る菅原の耳に、伝声管を通じで爆撃手席に座っている射爆員の井上一夫海軍二等飛行兵曹の声が流れる。
「左3度・・・。ヨーソロー、ヨーソロー」
井上の声を聞きながら、操縦桿を固定する菅原。その時、不意に池田の声が聞こえた。
「・・・主砲は動いてませんね。電信では主砲発砲の報せがあったのですが」
「こちらの攻撃で故障したか、無駄だと思って止めたか。どちらにしろ、飛行機相手に主砲は効率悪いからな。1機も落としていないんだから、撃つだけ無駄さ」
そう言っていると、耳に井上の声が流れる。
「距離100(1000メートル)を切りました!よぉーいっ」
井上の声を聞いた菅原が、魚雷投下レバーに手を置く。そして、
「てーっ!」
という井上の声と同時に魚雷投下レバーを引いた。機体がふわりと上がりそうになるが、菅原と池田が操縦桿を押して機体を上げないようにする。
そのまま低空で『アダムス』の艦首方向から離脱しようとする自機を操りながら、菅原はふと『アダムス』の艦橋を見た。艦橋の外にいた見張員と目があったような気がした。
―――あの見張員は『ビスマルク』を撃沈したときもあそこにいたのだろうか?まさか半年で自分達が撃沈される側になるとは思ってなかったのだろうな―――
そんなことを思っている菅原の耳に、池田の声が入ってくる。
「前方、味方機。すれ違います」
その声に、菅原が視線を艦橋から前方に向けた。そこには、反対側から魚雷を投下し、艦首方向に離脱しようとしている九六式陸攻が数機見えた。
「少し高度を上げる」
菅原がそう言って操縦桿を操った。菅原機と九六式陸攻は、互いを見つつ進路を調整し、危険のない距離ですれ違った。
「小川!敵戦艦はどうなった!?」
菅原が伝声管を通じて尾部銃座にいる小川敦久海軍飛行兵長に尋ねると、すぐに返事が聞こえた。
「敵戦艦右舷に水柱2本。左舷に水柱3本。合わせて5本・・・いや待ってください!さらに艦尾左舷に1本の水柱を確認しました!」
小川の報告が伝声管に流れて各員に伝わると、一斉に歓声を上げた。
「やりましたね!6本も魚雷を喰らえば、戦艦といえど保ちませんよ!」
池田が弾んだ声でそう言うと、菅原が「そうだな」と答えた。そんな中、中西の声が伝声管に流れる。
「機長。隊長機より電文。『鹿屋ハ敵戦艦ヲ偵察セヨ』です」
「了解、と伝えといてくれ」
菅原がそう返すと、池田が嫌そうな顔を向けてくる。
「我々が残るんですか?本当に美幌の連中は人使いが荒いんだから」
「文句言うなよ。確実に仕留めたことを証明しないと、先には進めないんだから。まだまだ南方作戦は続いていくんだぞ。
それに、英国最強の戦艦を航空機で沈めることができたかどうかを確かめなければならないんだから」
菅原がそう言うと、2人は操縦桿を動かし、再び『アダムス』へ向かうのだった。
『アダムス』はすでに瀕死の状態だった。右舷を襲った魚雷2本は右舷バルジに命中し、左舷を襲った3本の魚雷が左舷バルジに命中した。特に、右舷1本と左舷2本の魚雷が機関部に近い場所に命中して爆発したため、その衝撃でタービンと発電機が破損した。結果、『アダムス』は完全に動きを止められた。
また、最後に艦尾左舷を襲った魚雷1本が『アダムス』のスクリューと舵を完全に破壊した。
そして、さらに悪い状況が発生していた。
「艦長。X砲塔の装薬庫で火災です。ダメコンチームが防火シャッターを開けたところ、急に発火したそうです。もはや手を付けられません」
ダメージコントロールを行うために司令塔にいた副長のジョン・キーンが電話を通じて報せてきた。ハリントンが受話器に話しかける。
「分かった。装薬庫に注水しろ。装薬が爆発することはないが、大火災になっては元も子もない」
「よろしいのですか?もう『アンジー』は大量の海水を飲み込んでます。ここで注水すれば、沈下が早まりますが」
「構わない。これからの戦いは、如何に早く安全に乗組員を退去させるかだ。大火災を起こさせて死傷者を増やしたくない」
ハリントンの言葉に、キーンが息を呑む音が聞こえた。続けてキーンの声が聞こえる。
「・・・そ、それでは艦長・・・」
「仕方あるまい。総員退去だ」
「・・・分かりました。これよりカッターや救助筏の準備を指示します」
「急げ。この艦はそう長くは持たないぞ」
ハリントンはそう言って伝声管から離れると、フィリップスの方を見る。
「長官」
「分かっている。ここまでやられたのだ。もう十分だ。予定通り、総員退去を実行してくれ」
次の投稿は2月23日7時の予定です。




