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戦艦アダムス〜マレー沖海戦異聞〜  作者: ウツワ玉子


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第1話

クリックしていただきありがとうございます。


拙作『大坂の幻〜豊臣秀重伝〜』の筆が進まず、気分転換に書いた仮想戦記を書いてみました。『レーニンの毒饅頭』とは別の世界線のWW2を舞台にした中編小説です。


ご一読していただけたら幸いです。

 1941年(昭和十六年)12月2日。その日のシンガポールは、スコールの季節でありながらも珍しく晴れていた。そんなシンガポールの北側、マレー半島とシンガポール島の間に挟まれたジョホール水道に、6隻の軍艦が入った。

 イギリスの王立海軍(ロイヤル・ネイビー)所属の駆逐艦である『エクスプレス』、『エレクトラ』、『エンカウンター』、『ジュピター』の後ろから、2隻の大型軍艦が続いた。1隻はレナウン級巡洋戦艦2番艦の『レパルス』。15インチ連装砲を前部に2基、後部に1基載せ、三脚檣(トライポッド・マスト)の後ろに2本の煙突を背負うその姿は、シンガポールや対岸のジョホールからもよく見えていた。

 そんな『レパルス』の後ろから、もう1隻の軍艦がゆっくりと進んでいた。北大西洋の荒波を26ノットで力強く押し進んだ艦首は、今では波の少ないジョホール水道をまるで宮殿の廊下を静かに歩く淑女のように進んでいた。

 しかし、その軍艦は16インチ連装砲を船体の前部と後部に2つずつ背負式に載せており、船体の中央には太い煙突1本を背負っていた。さらに煙突の前に置かれた低く無骨な塔型艦橋の力強い姿に、軍艦を見ていた人々には淑女ではなく威風堂々と歩く騎士を思わせた。


「あれが、あの『アダムス』か・・・」


「ドイツの『ビスマルク』を沈めた戦艦か・・・」


 シンガポール側でジョホール水道の軍艦を見ていた見物人達が、口々にそう言うと、自然と歓声が湧き上がった。あるイギリス人紳士が口笛を吹きながら被っていた帽子を取って大きく頭上で振り回すと、めったに騒がないイギリス人淑女も白い手袋をはめた右手を挙げて振った。イギリス人達が騒ぐと、今度はインド人やマレー人、中国人達も歓声を上げながら6隻の軍艦に手を振った。

 シンガポール側だけでなく、ジョホール側からも歓声が上がる中、巡洋戦艦『レパルス』と戦艦『アダムス』は、その歓声に応えるべく汽笛を鳴らした後、ジョホール水道に面する軍港、セウター港へと入っていった。


 イギリス海軍が有する極東の大軍港であるセウター港に入った『アダムス』の羅針盤艦橋では、艦長のウィリアム・ハリントン海軍大佐が投錨作業を行っている甲板の様子を眺めていた。


 ―――18年ぶりだな、シンガポールは。あの時は『アンジー』を日本から本国へと回航している途中に寄ったのだが、まさか『アンジー』で再びシンガポールに来れるとは思っていなかった―――


 そんなことを思っていたハリントンの耳に、隣に立っていた副長のジョン・キーン中佐の声が聞こえてくる。


「良かったですね、艦長。我々は歓迎されていますよ」


 キーンの言葉に、ハリントンは視線を港に移した。そこでは、多くの人々が集まっている様子が見えた。

 ハリントンが首からぶら下げている双眼鏡を持ち上げて覗き込むと、双眼鏡を通して港で手を振っている人々がはっきりと見えた。

 イギリス海軍の制服を着ている人が多いのはもちろん、工廠の作業員と思われる人々、陸軍の制服を着ている人々や空軍の制服を着ている人々も見えた。中には女性や子供の姿もあった。おそらく港や工廠の周辺に住む家族なのだろう。

 そんな人々を双眼鏡で見ながら、ハリントンが口を開く。


「・・・皆、不安だったのだろう。日本の脅威はこのシンガポールにも及びつつあるからな」


 ハリントンがそう言うと、キーンは頷いた。だが、キーンの隣に立っている航海長のヘンリー・グリフォン海軍少佐が自嘲気味に笑いながら言う。


「しかし、この『アンジー』はその脅威を与えている日本で生み出された戦艦なんですがね」


 グリフォンがそう言うと、間髪を入れずにハリントンが言う。


「生まれなんかどうでもいい。大事なのは、この船を動かす人の意思だ。乗組員が一丸となって祖国を守る。そういう意思があれば、人々は分かってくれるさ。それに、我々は祖国に仇なす敵を屠る力と意思があることを、ドイツが誇っていた戦艦『ビスマルク』を沈めたことで証明したではないか」


 ハリントンの言葉に、キーンが同意するように頷く。


「艦長の言うとおりです。それ故、我々はあのようにシンガポールの人々に歓迎されているのです。日本の戦艦としてではなく、ヨーロッパ最強の戦艦、として」


 キーンがそう言うと、グリフォンが「確かに」と頷いた。すると、ハリントンの目の前に置かれていた電話が鳴った。ハリントンが受話器を取ると、甲板士官の声が流れる。


「艦長。投錨作業とブイへの接続作業が完了しました。それと、各艦と港より、ランチがこちらに向かって来ております」


「分かった。出迎えの準備を急がせろ」


 ハリントンがそう指示を出して受話器をおいた。そしてキーンとグリフォンに顔を向ける。


「各艦の艦長と司令長官が来られる。出迎えに行くぞ」


 ハリントンがそう言うと、グリフォンが「やれやれ」と言いながら溜息をつく。


「なんだって『アンジー』で艦隊の会議なんてやるんですかね」


「そりゃ、旗艦で艦隊の会議をするのが当たり前だからだろう」


 キーンがそう言うと、グリフォンが肩を竦める。


「副長。『アンジー』が旗艦になれるわけないじゃないですが。20年近くこの船は王立海軍にいますが、旗艦になったのは1回だけ。しかもたった半年で旗艦を『キング・ジョージ5世』に取られたんですから」


「だが、東洋艦隊には戦艦は1隻だけ。この『アンジー』以外に旗艦になれる船はないだろうが」


「『レパルス』がいるでしょう。あれは巡洋戦艦ですから。私は『レパルス』になるのに10ポンド賭けますね」


「乗った。『アンジー』に20ポンドだ」


「支払いは硬貨でお願いしますよ。紙幣だとドイツ野郎(フリッツ)が作った偽物を掴まされかねませんからね」


 グリフォンとキーンがそんな言い合いをしていると、ハリントンが歩きながら嗜める。


「2人共、そんなのは後にしろ。フィリップス提督を出迎えるぞ」


 ハリントンがそう言うと、キーンとグリフォンはあわててハリントンの後をついていくのであった。





 それから1時間後、『アダムス』の羅針盤艦橋の下にある作戦室には、東洋艦隊司令部をはじめ、東洋艦隊に属する艦艇の艦長や副長などのイギリス海軍の士官が大きなテーブルを囲んで座っていた。

 さほど広くない作戦室に、シンガポールに駐屯している艦の士官達が椅子に座ったり壁沿いに立っていた。その人の多さのため、ただでさえ熱帯のシンガポールの気温で暑くなっていた作戦室は、更に暑く感じられた。


 ―――暑いな。北海にいた時は寒さが嫌で『暖かい海で戦いたい』と水兵達と愚痴っていたが、まさかこんなに暑い海で戦うとは思っていなかった。

『アンジー』には弾薬庫用の強力な冷房装置があるのだから、少しでも冷気を艦内に届けられたらいいのに―――


 ハリントンがそんなことを思っていると、一人の男が声を上げた。それは、東洋艦隊司令長官のトーマス・スペンサー・ヴォーン・フィリップス海軍大将であった。

 162センチメートルという低身長ながら、熱帯用の白い制服の上からでも分かるような引き締まった体つきは、まさに海の男という感じであった。


 ―――コネで出世した事務屋、と聞いていたが、とてもそうは見えないな―――


 ハリントンがそう思いながら、フィリップスの発言を聞く。


「諸君、私がトーマス・スペンサー・ヴォーン・フィリップスだ。この日をもって東インド戦隊、中国戦隊、オーストラリア戦隊は廃止され、新たに東洋艦隊が発足する。知ってのとおり、ドイツの同盟国となった日本がフランス領インドシナに兵を駐屯させた。あれのお陰で東南アジアはもちろん、ビルマやオーストラリア、ニュージーランドが日本の侵略に怯えている。我らの役目は先程言ったアジアにある英連邦構成国を防衛することである。

 諸君がこんな蒸し暑いところで戦わされることに文句があるのは知っている。が、文句があるなら日本に言ってほしい」


 フィリップスがそう言うと、ハリントンが応える。


「ええ、そうしましょう。『アダムス』の名前の由来になったウィリアム・アダムスは、日本でサムライになり、ショーグンに対して直接意見したとか。今はショーグンはいませんが、代わりにエンペラー(天皇)に文句を言ってやりますよ」


 ハリントンの言葉に、フィリップスをはじめ、その場にいた者達が笑った。ひとしきり笑った後、東洋艦隊参謀長のアーサー・パリサー海軍少将が口を開く。


「長官が仰ったとおり、本国は東洋艦隊を編成し、我等を送り込んだ。東洋艦隊はそれまでの東インド戦隊、中国戦隊、オーストラリア戦隊に加え、本国艦隊や地中海艦隊から出された艦からなる艦隊だ」


 パリサーの言葉に、皆が頷いた。そんな中、巡洋戦艦『レパルス』の艦長であるウィリアム・ジョージ・テナント海軍大佐が発言する。


「しかしながら、シンガポールにいる艦艇はほとんどがドック入りかドック入りを待つ艦ばかり。すぐに動けるのはそう多くないのでは?

 それに、本来ならば来るはずだった航空母艦の『インドミタブル』がジャマイカ沖で座礁して来れなくなっているし、巡洋艦は皆インド洋にて船団護衛に借り出されている。動けるのは『アダムス』と『レパルス』、それに我々と共に来た駆逐艦の数隻だけです」


 テナントの言葉に、士官の何人かは渋い顔をした。少しだけ作戦室の雰囲気が暗くなったが、それを吹き飛ばすようにフィリップスが声を上げる。


「本国もそれぐらいは分かっているだろう。それ故に、『アダムス』をシンガポールに送り込んできたのだ」


 フィリップスがそう言うと、皆が一斉にフィリップスを見た。フィリップスが話を続ける。


「『アダムス』はただの戦艦じゃない。元は日本の16インチ砲搭載戦艦ナガト級の2番艦だ。『アダムス』と真正面からやり合える日本の戦艦は『ナガト』しかない。

 それに、『アダムス』は『ナガト』と違い実戦経験がある。あの『ビスマルク』を撃沈した実績がある。日本軍にしてみれば、最悪の相手であろう」


 フィリップスの言葉に、作戦室の雰囲気が明るくなった。そんな中、パリサーが口を開く。


「・・・ただ、懸念事項が2つあります。1つは、アメリカからの情報では、日本は16インチ搭載の高速戦艦を建造していること。もう1つは、フランス領インドシナ南部の飛行場に航空機を集めていることです」


「それについては懸念することはない。我等が持つ16インチ砲搭載戦艦が『アダムス』だけなように、日本海軍が有する16インチ砲搭載戦艦は『ナガト』だけだ。そして、『ナガト』が相手にしなければならないのは『アダムス』だけではない。ハワイには『メリーランド』がいるし、更にアメリカ西海岸には、大西洋に配備されていた『コロラド』が向かっているのだ。我が国とアメリカの16インチ砲搭載戦艦が太平洋や東南アジアに配備される以上、『ナガト』だけではなく新型戦艦も抑えることができよう。

 それに、本国からは大西洋の守りには建造が進んでいるキング・ジョージ5世級戦艦を配備する、と言ってきた。キング・ジョージ5世級戦艦を配備できれば、余剰となるクイーン・エリザベス級戦艦やリヴェンジ級戦艦をこちらに送り込んでくることは間違いないであろう。主力艦の数ならば、日本に負けることはない。

 それと、航空機には我等の空軍が対応する。すでに空軍の司令官であるプルフォード少将とは話をつけている。空の心配はいらない」


 フィリップスの言葉に、皆がホッとしたような顔をした。テナントが馬鹿にしたような顔をする。


「まあ、日本人がまともな航空機を作ったり、まともに航空機を飛ばせるとは思いませんな。気にすることでもないでしょう」


 テナントがそう言うと、その場にいた者達が馬鹿にしたような笑い声を上げた。そんな中、笑わなかったハリントンが小さいながらも重みのある声を上げる。


「・・・貴官等は、その馬鹿にしている日本人が作った戦艦に乗っているのだが?」


 ハリントンがそう言うと、皆が笑うのを止めた。皆が黙っている中、パリサーが口を開く。


「・・・しかしな、ハリントン大佐。この船はノルウェーでの戦いでドイツ空軍の爆撃を喰らったが、大した被害を受けなかったではないか。ロサイスでの修理も短期間で終わった、と聞いている。

 あのドイツ空軍の爆撃ですら沈まなかった『アダムス』が、日本軍ごときの爆撃で沈むとは思えぬのだが」


 パリサーがそう言うと、ハリントンは口をへの字に結んで黙ってしまった。その様子を見ていたフィリップスが口を開く。


「諸君。ハリントン大佐の言いたいことは、『敵を侮るな』ということだ。たとえ、どんな相手であろうとこちらが隙を見せれば、こちらが負けることは有り得る話だ。

 特に、日本はかのトーゴー提督(東郷平八郎のこと)を生み出した国だ。侮る事のできる相手ではない」


 フィリップスが顔を引き締めてそう言うと、皆の表情も引き締まった。続けてフィリップスが言う。


「諸君。我等がここに来たのはこの地を守るため。残念ながら、トーゴー提督を生み出した国が我が国に牙を向いてきた。だが、我が国もかのドレイク提督やネルソン提督、他にも数多くの歴史に名を残す提督達を生み出してきた。海ではどこの国にも負けない。その気概をもって、彼の国の野望を打ち砕くのだ!」


 フィリップスがそう激を飛ばすと、ハリントンの耳に、作戦室いっぱいに響く「イエッサー!」の声が届くのであった。


次の投稿は2月15日7時を予定しています。

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― 新着の感想 ―
①ワシントン軍縮条約を日本が素直に呑んだ。 ②ネルソン級は建造されていない。 ③ビスマルク追撃戦でPOWは参戦していない。 そんな世界線でしょうか?
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