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中編Ⅰ

中編をⅠとⅡで区切っております。Ⅱが少々短めです

 翌日。朝自室にて貴文がもう一度儀式をして出勤すると、変わらずライドはそこにいた。住み込みで働くことになったので、昨日は一度荷物を纏めに帰してもらったのだ。店の奥にて、今後の話合いが始まった。


「面接はありませんが、二ヶ月の試用期間を設けます。そこでお互いを見極めましょう」

「分かりました、宜しくお願いします」

「それとその敬語! 一緒に働くのなら要りません。基本的に僕、年上に(へりくだ)った態度とられるの嫌いなんですよ」


 その逆が嫌いだという者はよく聞くが、丁寧な対応の年上が嫌いとは意外だ、と貴文は眉を上げる。年齢の上下関係を重視するタイプだろうか。


「分かった、じゃあ敬語は外すよ、店長」

「呼び方も拘らないのでライドでいいですよ。僕も気安くタカフミさんって呼びます。余り肩肘張られるとこっちが疲れちゃいますので、気楽にいきましょうっ」


 そんなやり取りをしていた時だった。カウンターに置いてあった小さな呼び出し用のベルが突然鳴り出したのだ。ライドがおっと声を上げる。


「お客さんが来ますね。丁度良いです、まずは仕事の一連の流れを見学してもらいます」

「ああ、頼む」


 ベルが9秒間鳴り終えると、何の前触れもなく店内に一人の若い女性が立っていた。儀式で出入りするので、店にはドアが無いのだ。


「……い、異世界……?」


 呆けている女性を二人で歓迎する。ライドが席へ案内し、飲み物を用意してドッペルゲンガーの概要を伝える。ここまでは貴文の時と同様だ。


「では、どんな役職に就きたいかをご相談しましょう!」

「は、はいっお願いします!」


 緊張しているのか、女性は声が裏返っている。ライドは大きな本棚の中から、魔法書のような本を一冊取り出した。開いてぺらぺらと捲ってみせる。


「これがカタログになります。先ずはご自身がどういう方針で生きたいか考えて、そこから絞っていきましょう」

「はい……。私、異世界の物語でよく登場する、治癒能力のある僧侶になってみたいんです。元々看護を勉強していたんですが、途中で挫折して専門学校を退学しちゃって。日が経つにつれ後悔するけれど、でももう看護師にはなりたくなくて。甘えだと分かっているんですが、せめて異世界で、人を治す仕事に就きたいんです」


 俯く女性。看護師になれなかったことへの引け目だろうか、自嘲気味に口角を上げようとしているようだった。

 テーブル越しにライドが女性の手を取り、柔らかく両手で包む。


「いいえ、甘えなんかじゃ有りませんよ。何事も適材適所です。貴方には、貴方の世界は向いていなかった。ただそれだけの話なんです。大丈夫、似た悩みを持たれる方もいましたが、今は皆さん本当に生き生きしていらっしゃいます。何かあれば全員で支える。そういう暖かい世界ですから、安心して下さい」


 勿論、アフターケアも万全ですよっ、と茶目っ気たっぷりのウインクを幼さの残る少年が返せば、女性は笑みを見せてくる。この店主は自分の容姿の価値をよく分かっているようだ。

 僧侶としてどの程度の実力か、何処に済んでいるのか、旅をしているのか、家族や恋人、友人関係はどう在りたいか。その後細かな部分までカタログや地図と睨めっこしながら二人で決めていくのを、貴文は眺めていた。

 そして最後に。


「では、御代についてお話させて頂きますね。貴方の全財産か、記憶を覗かせてもらうか、どちらかを選んでください」

「どうせ異世界に行くんですから、全財産でお願いします。少ないですが、お店で活用して下さい」

「ありがとうございます」


 契約が完了した。

 こちらの準備を整えるのに一日かかるという事で、女性は一度ライドの転送魔法で帰宅する。


「俺の時も思っていたんだけど、どうなっているんだその力」

「えっへっへ。凄いでしょう?実はこの店と2つの世界を繋いだりだとか、お客さんを異世界に送り出したりとかも全て僕の魔法なんですよ。僕は元の世界で、ああ、タカフミさん達の言うところの異世界で、魔導学者という役職だったんです。特に次元計算を元にした転送がトップクラスでして! 次点で記憶の操作なんです。御代にしているのは修行の一環ですねっ」


 貴文は凄いでしょうと胸を張る店主様にへえと覇気の無い相槌を打つ。確かに凄いのだろうが、余りに凄すぎて実感が沸かない。


「それより、次は提携先に今の受注内容を連絡するんだろう?」

「はい、タカフミさん、さっき教えた通りの手順でお願いしますね。オーさんは気難しい人なので、何かあれば僕が代わります」

「ああ、やってみる」


 二人で店の二階に上がる。案内されるがまま辿り着いた部屋へ入ると、そこは書庫のようだった。一階の本棚とは違って全て棚差しだが、それでも収まりきらない本達が床に散乱している。これらは全て役職のカタログと、今までの顧客情報なのだそうだ。

 中心の床にぽつんと電話機がある。アンティークな金色だ。

 貴文はその受話器を取って、指定の番号を指で回す。数度のコールの後、それは繋がった。


「はい」

「私、異世界役職店『ドッペルゲンガー』のササガワです。お世話になっております。オーさんはいらっしゃいますでしょうか」

「んん?オーは私だが、新人だと?そんな話は聞いていない」

「昨日採用となったばかりでして。電話口でのご挨拶の程、ご容赦下さい」

「怪しい奴め、店主からの証明が無ければお前と仕事はせん!馴れ馴れしくオーさんなどと呼ぶな!」


 オーさん以外の呼称を知らないんだが、と貴文は口元を結んだ。受話器越しにみるみる激高していく声にどうするべきかと困っていると、後ろから受話器を奪われた。


「こらこらオーさん、うちの新人いじめないで下さいよぉ。人を見て勤務態度を変えるの止めて下さい!」


 貴文から声は聞こえないが、何やら動揺の気配がする。このオーさん、かなり気が強いようだが、ライドには頭が上がらないのか。貴文が観察しているとその後少し言葉を交わして、受話器は元に戻ってきた。


「もしもし」

「……用件を言え」

「はい、今日の依頼についてです。女性が一人、役職は僧侶を希望しています。年は21歳。気候の穏やかな地方都市に住み、恋人と友人達がいて欲しいそうです。稼ぎはそれなりに裕福。実力はBクラス相当でお願いします」

「分かった。他に用件は」

「いえ、本人の希望条件は以上です」


 言い切る前に電話は切れていた。ライドが呆れを浮かべる。


「全く、相変わらずあの人は傲岸不遜ですねえ。すみませんタカフミさん。嫌な思いさせちゃって」

「いや、大丈夫。ライドが助けてくれたしな。それに今後長い付き合いになるかもしれないんだ。このくらいじゃへこたれないよ」


 貴文は就業経験がないので年の離れた人に怒鳴られることも今までなかった。正直ちょっと怖かったものの、年下の上司にあまり心配を掛けたくなくて、強気に笑ってみせる。目論見通り、ライドはほっとした顔を浮かべた。


「大まかな仕事の流れは以上です。基本的に僕等は半年に一度の視察以外現地に行かないので、本当に仲介がメインなんです。後は顧客情報とカタログを整理してはい、お終い! ね、簡単でしょう?以降は向こうが魔法やら権力やらで、手筈を整えてくれます」

「異世界流の仕事ってどんな難題だろうと身構えていたから、思ったより俺達の世界と似通っていて安心したよ」

「やっていけそうですか」

「なんとかな」


 少年は、嬉しそうに笑った。


 * * *


 それからは只管、慣れる為に仕事を熟す日々だった。異世界で新しい生活を望む者は毎日やって来る。


「戦士になりたいんだ!それで強いモンスターを倒して感謝されたい!」

「貴族の仲間入りをして、毎日豪華な暮らしをしてみたいの!」

「今の世界なんてもう嫌。何処か静かな場所で、何不自由無く暮らしたい」


 あの儀式は微妙に手間が掛かるので、一日の訪問客はそう多くないが、一人だと休む暇が無い。貴文はライドが人手を求めるのも分かる気がした。

 ちなみに何故儀式はあの手順なのか貴文が尋ねたところ、それっぽいからだそうだ。大変気まぐれというか、見栄っ張りというか。

 そして、上司と部下という関係だけでは寂しいからと、お互いの話も少しした。貴文が高校で友人を庇い、いじめの標的にされたこと。当の友人には見捨てられたことで心が折れて退学したこと。名門校を中退したことで、両親は貴文に興味を無くしたこと。実家から仕送りを送ってもらいながら一人暮らしをしていたこと。出会って間もない相手に話す内容じゃないが、それでもライドは真摯に耳を傾けてくれたことに、貴文は内心で小さく感謝した。

 貴文はライドの事も聞いた。どうやら家族は鬼籍に入っているらしい。ライドが外出している間に、何者かに殺された。しかしライドは魔法使いとして、学者として非常に優れており、幼い頃から家族と疎遠気味だった為、あまり実感が沸かないと苦笑していた。家族と会う暇があれば、魔法の研究をしていたらしい。今はその集大成として、この異世界役職店を起業したのだとか。

 どこか寂しそうに語るまだ14歳のこの少年に、貴文は何だか兄貴風を吹かせたくて。その日の夜はライドの寝室に突撃して強引に枕投げに持ち込み、そのまま二人揃って雑魚寝した。


 * * *


 今日は二週間に一度の電話掛けだ。普段の『オーさん』とのやり取りとは違って、これまで異世界に行ったお客さんにその後を報告してもらうのだ。


「最近の調子は如何ですか?」

「貴族としてのマナーは勉強中だけど、養子にしてくれたお父様の事業も軌道に乗っている。人生で今が一番幸せだわ!」

「お陰様で静かな生活が出来ています。自給自足は大変だけれど、人がいない生活がこんなに気が楽だなんて。昔の私に教えてあげたいくらいです」


 反応は概ね良好だ。やはり自身で望んだ世界というのは、それだけ満足感も得やすい。これも偏に、外の世界の人間を暖かく迎え入れてくれる住民達のお陰だろう。貴文は己の世界で争う人達に、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ、と息を吐く。

 今の貴文は試用期間だからということで、まだ実際に異世界への視察は行けていないけれど、その時が来たらこの店の従業員として、彼等から見た異世界の人間を代表して、お礼を言って回りたい。ライドと一緒にあちこち歩き回るのも良さそうだ。

 さて、物思いに耽るばかりではいられない。仕事をしなくては。貴文は本日最後の電話掛けに取りかかった。


「おぉ! 順調だよ! 仲間も増えて強いモンスターを倒せるようになってきたし、村に行くと勇者一行ってことで持て成してくれるし!」


 良かった、此処も問題無さそうだ。後ろが賑やかなので、飲んでいる最中かもしれない。貴文がそう思って手短に済ませようとした時だった。


「ただ、魔王が何時まで経っても見つからないんだよ。冒険も結構続けてるし、そろそろ情報の一つや二つくらいはあっても良いはずなんだが」

「魔王?」

「ああ、そういやあんたは俺がこっちに来た後店で働き初めたんだったか。俺、役職を決める時の要望で勇者になって魔王を倒す冒険に出たいって頼んだんだ。店主さんも二つ返事だったし、必ず何処かに魔王が居る筈なんだが、一向に姿を見せねえ。余程恐ろしい存在なのか、村人達も口を噤むんだよ」


 魔王か。貴文の世界の物語では確かにありがちだが、言われてみれば居るかどうかも知らなかった。手にしていたメモに魔王、と書き加える。


「店主に確認して、次の連絡時にお教えしますね」

「おお、頼んだぜ!」


 受話器を置く。次回までにはまだ日があるが、早めにライドに尋ねておくことにした。


「魔王について教えて欲しい、ですか?そりゃ何でまた」


 夕食のビーフシチューを頬張りながら、ライドが目を瞬かせる。貴文が電話掛けでのやり取りを掻い摘まんで話すと、ああと納得してみせた。


「今日の勇者が言っていた要望が通るなら、魔王自体は存在するのか?」

「いますよ、魔王。ただ比率がねえ」

「比率?」


 はい、とライドは人差し指を一本立てる。説明をする時の癖なのだろう。


「勇者というのは言わずもがな異世界における花形、人気役職です。うちの店から何人も輩出される訳ですが、それに比べて魔王は現在一人だけなんですよ」

「一人!?」

「そうなんです。加害願望を持っているお客さんもいますし、魔王を望まれることもあります。ですが一生恨まれ、命を狙われ続ける覚悟を持てる人は少ない。その上でかなりの労力が掛かる役職ですからね。そこを詳しく説明すると、魔王を断念したり、より手頃な悪党を選択する人が圧倒的なんです。更に勇者と魔王の比率に怖じ気づいて、希望者が減ってしまう悪循環も形成されつつありますので、実質いないんですよ、本気で望む人が」


 「それに、魔王がそんなに沢山いたら世界が滅んじゃいますよ~」とライドはへらへら笑うのと合わせてフォークを揺らす。確かにそうだ、と貴文は思い直す。それだけ居たら今度は世界が成り立たない。


「だから存在はしますけど、出会える確率は限りなく低いです。勇者の中には、魔王に会えず一生を終える人もいます」

「それって店の契約上はどうなんだ」

「問題有りませんよ。僕等はあくまで新しい人生の最初を補助するのであって、それ以降は自己責任ですからね。店としては、たった一人の魔王を失って、やりがいがなくなることで勇者の役職希望者が減る方が痛手です」


 得心がいった。そういう事情ならば仕方がないだろうと貴文は頷く。たった一人の魔王というのは一体どんな猛者なのかは気になるところだが。いずれ会えるだろうか。

 ビーフシチューを食べ終わったライドから欠伸が漏れる。


「悪い、長話が過ぎたな。今日は残業だったし、夜も遅いからもう休め」

「あ、今子ども扱いしましたね。僕もうそんな年でもないですよ。でもそれとは別に眠いのは事実ですね。大人しくベッドに入ることにします」


 頬を膨らませながらも階段へ向かう。今日の食器洗い当番は貴文なので、ライドの分も重ねて流し台へ持っていこうとした時だった。


「タカフミさん」


 ライドが段差に片足を掛けて貴文を振り返る。


「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 何気ない日常となりつつあるやり取り。少年はくすぐったそうに微笑み、今度こそ自室へ向かったのだった。

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