8.明日死んでも後悔しないように
運が良かった以外の何物でもない。
あとコンマ数秒刀を抜くのが遅かったら、私の首は今頃その辺に転がっていただろうことを、鍔迫り合いの最中で考えた。
『呆けるでない!! 動け!!』
「!」
鍔迫り合いを止め大太刀を振りかぶった一瞬、逃げるならここしかない。
可能な限り身体を低く……脇を抜ける……
『それでは間に合わぬ!!』
は?!
今振りかぶるモーションだっただろ……!
何もかも速すぎ……
『鞘じゃ!!』
首目掛けて振り下ろされた大太刀を鞘で防ぐ。
完全に防ぎきったとはいかず、鞘は真っ二つに、私は致命傷こそ回避したものの衝撃波で地面を転がった。
「つっ……!」
『なんじゃあれは……森で見た魔物とは格が違う』
「知らない魔物だけど、絶対にこんな序盤の街で出てくるようなやつじゃない」
『退路は断たれた。どうする』
どうするも何も……
「黙ってやられるわけなくない?」
未知の強敵……だからなに?
勝てばいいだけ。
大丈夫やれる。
やる。
やれる?
コンティニュー有りのゲームじゃないのに?
負けたら終わり。
次なんて無い。
"死"――――――――
あれ?
刀を構える手が震える。足も。
身体硬い。重い。
息ってどうやるんだっけ。
『小娘!!』
気付いたら迫ってる大太刀。
ギリギリで反応出来ても受けるか避けるかで精一杯。
「っああ!!」
こっちから攻撃しても簡単にあしらわれるのに。
レベルが違いすぎる。
『勝とうなどと考えるな! 逃げ延び生きよ! さすれば自ずと道は拓ける!』
簡単に言うな立ってるだけでいっぱいいっぱいだっての。
「こんなことになるなら、ポーションちゃんと用意しとくんだった」
『よいか小娘、おぬしでは勝てぬ! わしが奴の太刀筋を見極める! おぬしは走ることに全力を注げ!』
逃げれば勝ち?
生きてたら勝ち?
そうだよね。
そうだよ。
うん、ガチで……意味わからん。
「それが、織田信長の言葉?」
『なに……?』
「泥まみれになっても逃げて、敵にみっともなく背中を向けて、そんなのが魔王って呼ばれた奴の言葉? 本当に、それが信長のやりたいこと?」
『うつけが……今を冷静に判断せよ!! 勝てぬ相手に恥も何も無いじゃろうが!! 死ねばそれまで!! 後には何も残らぬのじゃぞ!!』
何も……うん、何も無かった。
でも、だから……
「だから……何かを手にしたくて戦うんじゃねーのかよ!!」
痛いのはやだ。
死ぬのは怖い。
今だってギリギリ。
勝ち目なんて無いのかもしれない。
「諦める理由なら無限にある……けど、それを口にしたら終わっちゃうだろ!!」
『……!!』
「何もしないでみっともなく生きるより、精一杯頑張って胸を張って生きた方がいいに決まってる!! 何も無くて死ぬつらさを、私たちは誰よりも知ってるだろ!!」
せめて最後くらいはカッコよく。
そんな玉砕精神で突っ込んだ私は、目に映りすらしない大太刀で呆気なく斬られた。
『小娘!! おい、しっかりせぬか!! 小娘!!』
声が遠い。
熱い。
あの時と同じだ。
身体が死に向かってるこの感覚。
『この、大うつけが……一端の言葉を吐きおって……』
だって、信長があんまりダサかったんだもん。
『生きることの、何が悪い……』
違う。
生きてなんかない。
信長も、私も。
『生きて、おらぬじゃと』
私たちは死んで、転生したけど、それだけだ。
何もしてない。何にもなってない。
そんなの生きてるって言わない。
信長の生涯を語れるほど詳しくないけど、私が知ってる織田信長って武将は、最期の一瞬まで大志と野望を抱き続けた偉大な人だ。
『……!』
それがペラペラと薄い御託貼り付けて、逃げろだ生きろだしゃらくせぇ。
是非に及ばず?
うるせぇよ。
見事、天晴、そんなありきたりな言葉で締め括んな。
私が本能寺にいたら、人生見限ってんじゃねーよって殴ってたかもしれない。
今からでも殴れるかな、なんて。
『小娘……おぬし、立って……』
信じられないけど、事切れそうな意識で私の身体は起き上がった。
傷、痛い……
ガチで死にそう……
「はぁ、はぁ……信長、言ったよね。やりたいことはあの時終わったって。私はさ、信長ほど大したことはしてないし、信長ほども生きてない。だから偉そうなことは言えないけど……やりたいことやるのに、終わりなんてあるの?」
『……!』
「信長は天下統一のために脇目も振らずに頑張ったんでしょ。死んじゃったけどさ、それは夢でも幻でもないじゃん。信長が目指したものは、たしかにちゃんとあったんじゃないの?」
『わしが、目指したものは……』
――――――――
わしは天下を取りたかった。
日の本を平定し、わしの国を作りたかった。
それがわしの、民の幸せであると信じて疑わなかった。
しかし意にそぐわぬ者の謀反で討ち死にし、わしの意志は炎に焼かれた。
終わった……そう、終わったのじゃ。
なのに此奴は。
『小娘、聞かせよ』
「なに?」
『何故おぬしは、わしにそこまで言える。何故そうまで言ってくれる』
「さぁ」
一拍置いて、笑った。
「口うるさいしノリ合わないけど、一緒に転生したんだもん」
その悪戯な笑み。
爛漫で気品も無い。
奴とは似ても似つかぬのに、何故面影を見たのか。
「そんなのもう、運命じゃん」
わしはあの時終わった。
生も望みも何もかも。
残ったのは後悔だけ。
じゃが、この世界に落ちてきた意味があるのなら。
此奴と共に在ることが天の運命であるのならば。
『小娘が生意気なこと言いおって。そういうおぬしはどうなのじゃ。人に言うだけ言って、おぬしはいったい何がやりたい。何になりたい』
「今すぐ答えは出ないからさ、それを探す旅を始める……なんてのはどうかな? 自分探しの旅……って言うとちょっと恥ずかしいけど」
『自分探しの旅じゃと?』
「楽しそうじゃない? 転生者二人好き勝手に生きてみるの。やりたいこと何でもやって、なりたいものにも何でもなってさ。世界一自由にこの世界を楽しんでやろうよ。明日死んでも後悔しないように、今を好きに生きようよ」
冒険、商売、酒池肉林。
勇者、傭兵、魔法使い。
この世界でならどんな理想も現実に出来ると言う此奴の言葉に、わしは不覚にも心を討たれてしまった。
『悪くない。ならば尚の事、こんなところで死ぬわけにはいかぬのう』
これは燃え盛る本能寺で終えるはずであったあの日の続きということになる。
『蝶羽』
「!」
『このわしに火を付けた責任は取れよ。おぬしは言ったな好き勝手に生きようと。ならば……ならばわしも付き合うとしよう! やりたいことをやり、なりたいものになろう! おぬしとわしならそれが出来る!』
根拠は無い。
確信も。
しかし、たしかにわしの心臓は脈動していた。
「いいね、ブチアガってきた。なら……こんなところで死ぬわけにはいかないよね! 勝ちたいも、やりたいことだ!」
『うむ! この信長の力存分に使いこなし、見事この窮地を脱してみせよ!』
「うん!!」
瞬間、錠が外れる音が聞こえた。
魔王の力が覚醒する。