7.追憶の武将
約一時間、グレイウルフを始め、アルミラージ、キラービーなど、迷いの森に出現する魔物を狩り続けた。
「切れ味が落ちないのもスキルの影響?」
倒した数は百は超えたけど、【アイテムボックス】がいっぱいになる気配は無い。
試しに森の中の湖の水を丸ごと収納してみたけど、それでも容量を圧迫することはなかった。
『自信を振りまいていたはだけはあるな。軽やかで鮮やかな太刀筋。拙さはあるが、なかなか目を見張るものがある』
「フフン、でしょ?」
フルダイブゲームはなんといっても身体が資本。
プレイヤースキルが色濃く反映されるから、ベテランほど文武に優れた人が多かった。
かくいう私も毎日ランニングしてたし。
「素材いっぱい。これだけあったら一週間は食いっぱぐれないかな」
『衣服と住処を勘定に入れておればな』
「わ、わかってるし」
諸々引くと安定して生活出来るのは二、三日くらい?
心もとないな。
「やっぱりファスティスで稼ぐのは無理があるか」
この辺りは物価は安いけど稼ぎも少ない。
特別強い魔物も出ないし。
「セクアンダか、せめてサーディアまでは行きたいけど」
『なにか問題があるのか?』
「イディオンの世界観だと、次の街からは魔物の強さが跳ね上がるんだよ。だからみんな、ファスティスでレベル上げとか素材集めで準備を整えるの。イディオンプレイヤーの最初の壁ってやつ」
それもスキル次第で上手いことやれる。
なのにスキルショップが無いからそうもいかない。
「ていうか変なんだよね。普通これくらい魔物を倒したら、一つ二つはスキルを覚えられるはずなのに」
なーんて、今さら差異を言及しても始まらないか。
「ちょっと遅いけどそろそろお昼にしよっか」
今日のお昼はバゲットサンド〜。
『細いわりに健啖家じゃなおぬし』
「んぁ? 普通じゃない? いただきまーす」
んーおいしい。
『うまそうじゃな。わしも身体があればのう。これでは腹も減らねば眠くもならぬ。まるで幽霊じゃ』
「言い得て妙」
せっかく転生したのにね。
『なんとかならぬのか』
「なんとかって言っても……喋るスキルなんてイディオンでも聞いたことなかったし。私にもわかんないよ」
『そうじゃろうな』
「ん」
言葉が切れる。
しばらく無言が続いて、押し込むみたいにサンドイッチを食べて立ち上がった。
「ごちそうさまでした。もう少し狩っていくね」
返事は無い。
眠ったわけでもないのに。
喋りたくないときだってあるか……人間だもん。
結局夜まで狩りを続けたけど、その間信長は一言も発さなかった。
暗くなった森の中、月明かりが差す空を見上げながらふと思った。
私たちはなんでこの世界に転生したんだろう、って。
もしこれが滅びゆくこの世界を救うため、なんて大義名分があったのなら、少しは意義を感じていたのかもしれない。
生きる意義を。
だけど実際はそうじゃない。
神様の気まぐれみたいに転生したけど、何をしたらいいのかまるでわかってない。
このまま一生、こうして生きていくのかな。
目的も意味も無く、お金を稼いでその日を過ごして。
そんなの……
「生きてるって、言えるのかな」
私は、私たちは、何のために生きればいいんだろう。
「もう少し」
そろそろ帰ろうと思ったけど、足は森の奥へと向いた。
一心不乱に刀を振ってれば、こんなモヤった気持ちが少しは晴れるかもしれないって。
どれだけ時間が経ったんだろ。
月が高い……もうすぐ日付けが変わろうとしてる。
身体は疲れてるのに、ずっとモヤってるのツラい。
「今日は野宿か……」
今から街に帰る元気も無く、私は巨木のうろで一晩明かすことを決めた。
その矢先。
「?!」
まさかうろの中に穴が空いてるなんて。
おむすびみたいに転がって、やっと止まったときにはすり傷だらけ。
「いったたた……もう……」
どこここ……やけに開けた空間みたいだけど……
暗くてよく見えない。
『小娘』
「うわっ?! びっくりした……急に声出さないでよ」
『呆けるな。今すぐ立て』
「はあ?」
いやに真剣な声。
言われたとおり立ち上がると、途端に明かりが灯った。
私たちの近くから、円を描くように向かいまで。
「篝火……?」
炎に照らされて影が揺れる。
「なにあれ……? 陣羽織の、鎧武者……?」
追憶の武将……見たことない魔物だ。
『小娘、後ろに扉がある。目を逸らさぬまま下がりこの場を退け』
「退けって言っても……」
『あれは相手にしてはならぬ。死にたくなければ言うことを聞け。今すぐ下がれ! 退け小娘!!』
信長の怒号。
同時にガシャンと具足の音が一つ。
揺らめく篝火の炎に、銀の刃が煌めいた。