4.前作と新作の差異
馬車に拾われた三十分後、はじまりの街ファスティスに到着した。
高い壁で覆われた異世界テンプレの街並み。
イディオンそのままの景色が私の前に広がった。
『感無量という顔じゃな』
こっちに来て戸惑うことばっかりだったけど、それでもイディオンは私がやり込んだ神ゲーだ。
その世界に私はいる。
こんなに感動することは滅多にないと思う。
「お手をどうぞ」
馬車から降りる際、女の子をエスコートしてみた。
りんごのお礼のつもりだったけど、一瞬私の手を見ただけでスルーされた。
それから女の子は、リューズさんに会釈して足早に人混みの中へと消えていった。
「変な子」
『おぬしほどではない』
「うっさい。リューズさん、どうもありがとうございました。今は手持ちが無いんですけど、このお礼は必ず」
「ハハハ、気にしないでください。どうしてもと言うなら、懐に余裕が出来たら何か買ってください。私はだいたいこの辺りを回って行商していますから。それじゃ」
リューズさん、いい人だったなぁ。
優しいイケオジって感じで。
『わしの方がイケておったが?』
「そんな美少女ボイスで何言ってんだ」
『天下人ぞわし』
今は自称信長のパチモンAIだろ。
「さて」
『まずは地図と情報じゃな』
「それより先にやることがある」
『?』
「スキルショップでこのつっかえスキル売ってお金にする」
『お゛ぉい!!』
ユニークスキルっていうなら最低でも百万ゴールドはくだらない。
どんな性能にしても、レアリティが高いっていうだけで価値が高いのだ。
「百万ゴールドあったらとりあえずご飯食べて、装備整えて……」
『売る前提で話を進めるでないたわけ! おぬしわしがおらなんだらただの一般人なんじゃぞ! わかっとるのか!』
「えーっとスキルショップはたしか……」
『聞けェ!』
ふぅ、やっとこのうるさい声ともさよならだ。
と、思ったら。
「あれ? スキルショップが無い」
場所って合ってるよね?
街並みはイディオンそのままだったし。
「これが前作と新作の差異?」
でも、ここまで一緒でショップだけ無いなんてことある?
そうだ、誰かに話を。
「あの、すみません」
「ん? なんだい?」
「ここにスキルショップがあったと思うんですけど」
「スキルショップ? なんだいそれは?」
「何って、スキルの売買が出来る……」
「ハッハッハ、そんな店があるわけないだろ。スキルは天からの授かりもの。そんな夢のような店があるなら、おれが行ってみたいくらいだよ」
通りがかったおじさんは笑いながら行ってしまった。
「スキルは天からの授かりもの……」
たしかに魔物を倒したり、一定条件を達成すれば入手出来るスキルもあるけど。
なんか変だ。
とにかくいろいろ見て回ってみよう。
そしたら何かわかるでしょ。
……で、結局。
「わからないことがわかった」
イディオンは元々レベル制だったのに、レベルどころかHPやMPのステータスの概念も無い。
となると、当然武器や防具にもステータス補正が無い。
ユニークスキルどうこうっていうか、そもそもスキルを持ってる人がほとんどいないっぽい。
これはもしかして……
『前作新作の前に、そもそもここはゲームの中ではなく、イディオンに酷似した異世界ということになるな』
「うん、そうだと思う」
共通してるところは多いけど、要所要所が違ってるみたい。
「ステータスの概念が無いってことは……職業補正も無さそう」
『職業補正?』
「イディオンは職業でステータスにバフがかかったり、入手出来るスキルも変わってくるの」
『ほう』
「これでもイディオンでは美少女魔剣士としてちょっとは有名だったんだから」
『笑止』
ぶん殴ってやろーか。
『で、これからどうするのじゃ?』
「職業補正が無いなら転職してもなぁ。とりあえず役所で登録するのがいいかな」
身分証が無いのも困るし。
『うむ、それがよかろう。さっさとせい。疾きこと風の如くじゃ』
「それ違う人のだろ」
そんなこんなで、役所にやって来た。
ここでは身分証の発行やイベントの告知など、生活に役立つ情報を入手出来る。
「こんにちは。ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「身分証の発行と地図をお願いしたいんですけど」
「かしこまりました。では、こちらの用紙に記入を」
名前、歳は十七、っと。
『わし赤ん坊』
死んだときは五十手前だったろ。
住所は不定……親縁無し……
「職業……」
「まだ就いていないなら無記入で結構ですよ」
無記入もバツが悪いしな……
「旅人って書いてもいいですか?」
「はい、もちろんです。旅人も立派な職業ですから」
『立派とな』
旅人はイディオンでは職業の一つだ。
AGIとLUKに上方補正がかかるけど、戦闘力がイマイチで人気は無かったんだけど、ステータスが無いこの世界なら関係無し。
「旅人、っと。スキルを書くところもある」
「スキル持ちの方は滅多にいませんし、身分証に記載するわけでもないのですが一応形式なので。こちらの水晶で所持スキルを確認も出来ますよ」
ちょっと触ってみよ。
「わあ、すご――――――――ッ!」
お姉さんは騒ぎそうになった口を押さえた。
スキルは個人情報だからね。
「も、申し訳ありません。ユニークスキルなんて始めて見たもので。感動です」
「アハハ、どうも」
『もっと誇らんか』
うるさい。
他に所有してるスキルは無し、と。
「はい。では記入は以上となります。身分証を発行してまいりますので、少々お待ちください」
受付のお姉さんは、ものの数分で戻ってきて、一枚のカードを差し出した。
「斎藤蝶羽様、この度身分証の発行が完了いたしました。身分証の維持には、月末に税金の納付が義務付けられております。それに応じない場合、身分証の取り消しがございますのでお気を付けください」
身分証はギルドの登録や口座の開設など、都度使用することになる必須アイテム。
これで何を始めるにしてもひとまず安心、と。
「こちらがご希望の地図です」
一枚目はルーガスト王国の。
二枚目は世界地図。
どちらも差異はあるけど、私が知ってるのとだいたい一緒みたい。
「それと……」
「はい?」
「これ、私の家の住所です。もしよかったら、今夜お食事でも……」
受付のお姉さんに家に招かれて食事を共にした。
あと泊まらせてもらってぐっすり寝た。
同じベッドで。
何言ってるかわからない?
私も。