42.リーゼベルク
リーゼベルク=ルーガスト。
野に咲く一輪の花のような可憐な美貌を持った、王国きっての才媛は今、私の向かいの席でジトりとした目を向けている。
すごい、未だかつて女の子にこんな顔をされたことがあったかな。
「改めて殿下、これは斎藤蝶羽と」
「知っています。聞いていましたし、卿との立ち合いも見ていましたから」
ずっと感じてた視線はやっぱりこの子か。
それにしても、誰かに似てるような。
……気のせいか。
「よろしくねリーゼベルクちゃん」
「ちゃ、ちゃん?」
「長いしリゼちゃんって呼ぶね。私のことも蝶羽って呼んでいいから。ねえねえさっきのってどうやったの? 【透明化】とか【擬態】のスキルじゃなかったと思うけど」
「あなたのような無礼な人に話すことなんてありません」
「えぇ、めっちゃ嫌われてる……。ゴメンってー。おっぱい触ったの謝るからぁ。あ、ちっちゃいって言った方? 大丈夫どんなおっぱいでも需要は」
「そういうことを言ってるのではありません!!」
怒られた。
『女子の機微に疎い奴よ』
我こそが女子だが?
「アレクセイ卿、やはり護衛は必要ありません! こんな方の手を借りるなんてお断りです!」
「し、しかしですな殿下。万が一ということが」
「自分の身は自分で守れます! だいたい、腕が立つと言っても少し剣が上手い程度じゃありませんか!」
カッチーン。
「なんだと王女様コノヤロー。少しだぁ? その身体に私という偉大さを刻み込んでやろーか? あぁん?」
「あなたのような下賤な方の手など必要ありません。この話は聞かなかったことにしてください」
「そういうわけにはいかないでしょ。もう聞くとこまで聞いちゃってんだってこっちは。そうですか大変ですね頑張って、なんて見捨てられるほど器用じゃないっての」
「デリカシーが無い方と四六時中一緒だなんて、命を狙われる以上に気が休まりません。私のことは放っておいてください」
「可愛くないの」
「可愛くなくて結構です!」
ありゃ、出てっちゃったよ。
難しい性格してるね。
『明らかにおぬしの態度が問題じゃろ』
ちょっとおっぱい揉んだだけすぎる。
『おぬしが見知らぬ女子に乳を揉まれたらどう思う』
もっと揉んでいーよ♡って言う。
『異常者』
もっぺん言ってみろお前。
「まったく、困ったものだ」
「ほんとに。どういう教育受けたらああなるんだか」
「主にお前に対して言ったつもりだが。しかし、気を悪くするな。殿下とてあまり同年代の者との接し方には慣れておらぬのだから」
「慣れてない?」
「立場と境遇故に、親しい友人は数えるほど。社交界に顔を出すことも滅多に無い方だからな」
「ふーん。でも、あの調子なら命を狙われてもたくましく生きていけそう」
「気丈に振る舞われておるのだ」
そんなもん?
あの子スキル使ってたし、結構なやり手だと思うんだけど。
「とにかく、護衛の決定は私の裁量に任されている。しっかり役目を果たしてもらうぞ」
「それはわかりましたけど、具体的な期間は? ずっと拘束されるのはさすがにゴメンですよ?」
「一月、頼まれてくれ。その間の衣食住は保証する」
「一月っていうのは?」
「新たな王の戴冠がある。それまでに殿下を守ってほしい」
あんまり日数が無い気もするけど、あの子を女王にする準備は進んでるってことか。
「了解です」
「明日には王都に戻られる。お前も同行してもらうぞ」
今日やっとフォーグルに着いたばっかりなのに。
慌ただしいったらない。
『そういう星の下に生まれておるのじゃろうよ』
信長は、よいではないか、って続けた。
『停まらず、留まらぬ。じつにおぬしらしい』
私は思わず笑ってしまった。
「私たちらしい、でしょ」
臨時でメイドになって、そのまま護衛に雇われた私は、翌日リーゼベルク、アレクセイ他、三十人弱の騎士を引き連れ王都に向けて出発した。
「さっすが王族の馬車。ふかふかでお尻痛くない」
今まで徒歩か乗り合いの馬車で移動してたけど、この快適さを知ったらダメになっちゃいそう。
「何故あなたも馬車に」
「え? こんな可愛い子に歩けって? やーんリゼちゃん鬼〜」
「そ、そうは言っていません! 護衛の件なら断ったはずです」
「私の雇い主はアレクセイさんなんで。リゼちゃんの命令聞く必要ありませーんベロベロベロ〜」
「その呼び方も態度も不敬です!」
『それはそうじゃろ』
そうかな?
まあどうしてもって言うなら。
「紳士っぽくエスコートだって出来ますよ、姫」
「ふふふ、不敬です!!」
「へぶち!!」
ちょっと顎クイしただけなのに思っきしビンタされた……
『ことごとく愉快な奴め』
王都までは約一週間ほど。
途中、宿場町を経由しながら進むことになる。
「まあとりあえず安心してよリゼちゃん。私が居るからには、リゼちゃんを傷付けさせたりなんてしないから」
「口だけなら何とでも言えます」
「強情なお姫様だことで。ねーねーアレクセイさん」
馬車の窓から顔を出して、横を馬で走るアレクセイさんに訊ねる。
「命狙われてるのに、こんな目立つ馬車で移動するんですか?」
「むしろこの方が襲撃者を誘き寄せやすい。殿下には危険な目に遭わせてしまうが」
「私がそうするよう命じました。多少の危険は承知の上です」
『危険を顧みず、自らを餌に下手人を暴こうとするか。立派な心構えじゃ。戦国の女を彷彿とさせる』
珍しく信長が手放しで褒めた。
気位が高い子ってイメージだったけど、それだけじゃないんだ。
「リゼちゃんも、第二王子が王位に就くのは反対なんだね」
「仮にも身内です。恥をあげつらうようなことはしたくありませんが、弟……セイブルは、王として祀るにはあまりに凡庸です。いえ、凡庸という表現でも足りません。そもそもが為政者の器ではないのです」
「弟か。じゃあ、槍玉に挙げるのはつらいね」
「……王家に生まれた者として、是は是、非は非と弁えているつもりです」
「そっか」
私は一人っ子だし、家もフツーだったから、あんまわかったようなことは言えない。
でも、そう言うリゼちゃんの顔はちょっとだけ寂しそうに見えた。
「……よっこいしょっと」
「なっ、なんですか?!」
「次の休憩まで長いし、ちょっと仮眠〜」
「だからってなんで人の膝で!」
「ニッシッシ、お姫様のロイヤルな膝枕なんてこんな時じゃないと味わえないし〜♡ まあまあ苦しゅうない苦しゅうない♡」
「意味がわかりません! あなたには護衛の役目が!」
「大丈夫大丈夫。私、やる時はやる女なんで」
グッ、と親指を立てたら、リゼちゃんは呆れたように視線を窓の外にやった。
「頭撫でながら子守唄とか歌ってくれてもいいんだよ」
「しません」
ツンツンしちゃって。
けど頭を転がされることもなさそうなので、私はそのままお昼寝させてもらうことにした。
――――――――
「すぅ、すぅ……」
「本当に寝た……。なんなんですかこの人は……」
『大目に見てやってくれ。こういう奴なのじゃ』
と言っても、わしの声は届かぬじゃろうが。
しかし、弟……か。
柄にもなく思い出してしまったわ。
我が弟のことを。
『あれもまた愚かな弟であった』
哀れな最期を辿るほどには。
「すやぁ……」
このお家騒動、此奴はどう立ち回るつもりなのか。
まあ、何も考えていないのであろうが。
いや、何も変わらぬか。
その時やりたいことを。
わしらの立ち位置は一貫して変わらぬが故に。
『…………?』
またどこからか視線が。
小娘……ではない。
この刺すような気配は、いったい。
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