29.襲撃者
お腹いっぱいになった子どもたちは、はしゃぎ疲れて眠ってしまった。
これだけ子どもがいると、なんか保母さんになったみたい。
「子どもの寝顔ってなんでこんな可愛いんだろ。ね、神父くん」
「食事ばかりか子どもたちの面倒まで見てもらって、なんて礼を言ったらいいかわからない」
「袖振り合うも、ってことでよくない?」
「そうか」
ならせめて、って神父くんは私の手を取って、指先に軽くキスをした。
その所作があまりに自然で一瞬時が止まったけど。
「神父がセクハラするのは神様バチギレ案件なんじゃないの?」
「す、すまない。軽率だった」
「いーよ。最初っからエセ神父っぽくはあったから。えっと……あったあった」
「何をしている?」
「何って、見ればわかるっしょ。ほうき持ってる」
「それはわかるが……」
「こんだけ子どもがいるのに、男手一人だと掃除も洗濯も回んないでしょ。手伝うからちゃっちゃと終わらせよ」
「待て、さすがにそこまでやってもらうわけには」
「慈善活動!!」
立場上、奉仕を掲げられると弱いらしい。
神父くんは困惑しながらも強く言い返せないでいた。
『物好きめ』
「いーのいーの。ご飯食べさせて帰りますじゃ寂しいもんね」
いっちょやったりますか。
井戸水で洗濯。
洗濯物を干したら教会の掃除。
ほうきと雑巾がけだけでも、だいぶキレイになったんじゃない?
「ていうか、なんでこの教会ってこんなボロボロなの?」
「そもそもかなり昔にこの教会は廃れている。誰もいないならと、各地を放浪していたおれが勝手に住み着いたところに孤児だった子どもたちが集まってきた。キノンだけはおれより先にここにいたが」
「へぇ」
神父くん放浪者だったんだ。
『おぬしと同じじゃな』
旅人と放浪者は違うんだよ。
イディオンでも別職業扱いだったんだから。
『何がどう違うのじゃ?』
旅人は一応、出身として国に属してる。
身分証もあるし。
けど放浪者は身分を持たないから、どの国にも属さずに完全な自由の下に行動出来るってわけ。
その分、いざってときの後ろ盾が無いし、身分証も発行出来ないからいろいろ不便なの。
イディオンだと、放浪者はドМ向けの縛りプレイだったくらい。
「なんで放浪者になったのかは聞かない方がいい?」
「楽しい話じゃない」
「じゃあいいや。……ん?! ってことは不法滞在じゃないこれ?! なにが神父だふざけんな! 罪を悔いろだとか上から物言いやがってコノヤロー!」
「ま、待て! 今は違う! 神父になったのは建前だが、ちゃんと身分証もある!」
そのロザリオ飾りだろ最早。
『存外愉快な奴じゃな』
「ったく。ほら、次は燻製するよ。やることいっぱいなんだからちゃっちゃと動け」
「わ、わかった」
何者とかは関係無いか。
エセ神父でも子どもたちのことは大事にしてるっぽいし。
それにまあ、悪い人でもなさそうだし。
『ふむ』
信長がなんか意味深に頷いたけど……なに?
燻製が終わり、一通り身の回りのことが済んだ時にはもう夜。
流れで晩ご飯も一緒に食べて、じゃあそろそろ帰るってなったら。
「やぁだー!」
「お姉ちゃん帰っちゃダメー!」
子どもたちに泣きつかれた。
『懐かれすぎじゃろ』
私子ども人気高いんだな。
自分でもびっくり。
「お前たち、迷惑をかけるな」
「や゛ーーーー!!」
あーギャン泣きの子ども可愛い〜♡
母性をくすぐられるとはまさにこのこと〜♡
「すまない。子どもたちは抑えておくから、今のうちに、ぐふっ」
神父くんの顎に暴れる子どものパンチがクリーンヒットした。
「お姉ちゃん一緒に寝るのー!!」
「お泊りするって言ったー!!」
「お泊りは言ってないけど、また明日来るよ。そしたらみんなで一緒に遊ぼ」
「ぐすっ、ほんと?」
「ほんとにほんと?」
「うん。約束……」
『約束っす!』
「…………」
「どうかしたか?」
「え、あ、ううん……なんでもない」
「近くまで送ろう」
「大丈夫大丈夫。私こう見えてもしっかりしてるから。あ、送り狼的なやつだった? 神父くん結構ムッツリなんだ〜」
「なっ?! ち、違う! おれは!」
「ニッシッシ、冗談だって。そんじゃ、おやすみ」
神父くんと子どもたちに手を振って、私は教会に背中を向けた。
『おぬし、先ほどゴブチのことを思い出したじゃろ』
宿に戻ってぼうっと窓の外を眺めてると、信長がそんなことを言った。
「……心読むなって」
『たわけ。わかるわ』
「……約束って言って、ちょっとビクってなった。また約束守れなかったらどうしようって」
わかってる。
あれはイレギュラーだ。
だけど防げたイレギュラーでもある。
『後悔に意味など無い。わしらはそれを胸に抱き前に進むのみ。そして何度でも言うが、あれはおぬしのせいではない』
「ん……」
『……それよりおぬし、あの神父と妙に仲良くしておったな』
「ほぇ?」
『仲睦まじげであったし、距離も近かったのではないか? おぬしまさか、ああいう男が好みなのではあるまいな?』
「なに急に? べつにフツーだったくない?」
『いいや普通ではない。おぬしはただでさえ人の懐に入り込むのが上手いのじゃから、距離感を間違えればあの神父が妙な気を起こさんとも限らぬ。以後注意せよ』
なんでそんなこと言われなきゃなんないの。
マジ意味わからん。
たしかに私は全人類が争っても私一人だけは皆が愛してくれるような尊い美少女だけど。
「信長ってたまに変なこと言うよね」
『わしはおぬしを心配してじゃな』
「はいはい。ありがちゅ」
寝よ寝よ。
次の日教会に行くと、すぐに子どもたちに囲まれた。
「お姉ちゃんおはよー!」
「おはよう!」
「はーいはい。おはようー」
朝から元気だねぇ。
良きかな良きかな。
「おはよう」
「おはよう神父くん。ん? ニシシ、神父くん朝弱め? 寝癖ついてるよ」
「んっ、いい、自分で直す」
髪に触られるの嫌なタイプだったか。
『じゃから、おぬしは……』
なに?
「あ、見てよ神父くん。ほーら」
「木材?」
「早起きして森で木こりしてきた。これで子どもたちの遊び道具作ろうと思ってさ」
「そんなことまで出来るのか?」
「フフン、友だちに木工のやり方教えてもらったからね」
あと柵とかもいろいろ直そう。
「そ、れ、と〜、じゃーん! みんなにお洋服買ってきたよ〜!」
「わぁー!」
「可愛い〜!」
「こんなに……」
「ウェッヘッヘ、セール品だけどね。あ、これは神父くんのね。神父服ばっかだと疲れるでしょ」
普通の白シャツだけど、イケメンが着たらそれでも映えそう。
「……ありがとう」
「ニシシ。さ、今日も一日はりきっていこー! おー!」
のこぎりも採寸も必要無しの剣捌きで木材を斬っていく。
さすが魔王の権能。
曲線から細かいところまで、どんな形も思うがまま。
やすりをかけたみたいな滑らかな表面
積み木にジェンガ、ボウリング、あとリバーシも作ってみた。
「器用だな」
『器用じゃな』
「プッ」
二人揃って同じことを言うもんだから、思わず笑っちゃった。
「色あった方が可愛いよね。神父くん、塗料買ってきてくれない? お金渡すから。ついでに何かお昼ご飯も」
「お前、簡単に人に金を……」
「持ち逃げされるとか思ってないって。キノン、神父くんと一緒に行っておいで。お手伝い、出来るでしょ?」
「う、うんっ!」
二人が買い物に行ってる間に、柵を直しちゃうか。
あと井戸の滑車の紐もボロくなってたから交換しよ。
『釘やら紐やら出費が嵩むのう。道中狩った魔物の資金も早くに尽きそうじゃな。おぬし、自分の服を買う金もつぎ込んだのじゃろう?』
まーね。
ま、でもいいんじゃない?
それで喜んでくれる子たちがいるんだから。
それに、私の服なんていつでも買えるんだし。
『今はそれでよくても、おぬしがいなくなったときどうする。いつまでもここにいるつもりではあるまい。衣食住を調えようと、砂上の城はすぐに壊れるぞ』
そうだよねぇ。
『気まぐれな世話焼きで、此奴らを悲しませぬようにな』
わかってる。
ちゃんと最後まで面倒見るよ。
私に出来る範囲で、だけど。
「あぁ? 見ろよ兄貴。こんなボロ小屋に女がいるぜ」
あ?
「あの神父、ガキのお守りに疲れて娼婦でも呼んだか?」
ガラが悪い男が二人。
礼拝に来た……って、そんなわけないか。
「誰? 何か用? 神父さんならあいにく留守だよ。用があるなら聞いとくけど」
「えらく威勢のいい女だな」
兄貴って呼ばれた男が、作ったばかりの柵を蹴り壊した。
「おい、その足どけろ。みんなで一生懸命作ったんだ」
「こんな無駄なもんをか? ボロ小屋にゴミ増やしてどうすんだ?」
「ま、なんにせよ神父がいねぇなら楽でいい。おいウォレス」
「あいよ」
男が子どもたちに手を伸ばそうとしたから、私は思わずそれを払った。
「何のマネだ? 女ァ」
「こっちのセリフだっつーの。汚え手で子どもに触んな」
「カハッ、汚えのはそのガキ共の方だろ。そんなゴミでもおれらが再利用してやるって言ってんだよ」
「再利用?」
「売るんだよ。物好きの金持ちに」
「売る、って……まさか、お前ら奴隷商か?」
「チッ、邪魔してんじゃねぇよ女」
イディオンでもそういう設定はあったけど……実際目の当たりにすると嫌悪感がすごい。
奴隷なんてまったく縁の無い世界で生きてたからか。
「ひぃふぅみぃ、こんだけいりゃゴミでもまともな金になる。全員拐って行くぞ」
「あいよ。そういうわけだ女。そこどけ。なんならお前ごと売っちまおうか。若い女ってだけで、使い道はいろいろあるからな。なに安心しな。変態親父でも媚びれば優しく……ぐおっ?!」
あ、つい手が……じゃなくて足が出ちゃった。
『金的に一撃。やるのう』
あんまり気持ち悪いんだもん。
「くそっ、この……っ!!」
「とっとと失せろクソ野郎共。存在が不快なんだよ。ここは子どもたちの家だ。お前らみたいなのがうろついていい場所じゃない」
「てめぇ、おれたちに手ェ出してただで済むと思ってんじゃねぇぞ!!」
「粋がんなよ粗チン野郎。そのまま再起不能にしてやろーか」
「ひっ?!」
刀に手をかけた瞬間。
「動くなよ女」
もう一人の方……いつの間に子どもたちのところに……
「動いたらガキを殺す。おれたちは金が手に入りゃそれでいい。一人二人減っても問題はねぇんだ」
子どもたちにナイフなんか向けやがって……
いや待って、あのナイフって……早風のナイフ?!
『スキル付きの武器か』
【加速】……発動後数秒だけAGIを倍にするスキルだ。
「刀を捨てろ」
「……っ」
「ガキの命が惜しくはねぇか」
「ま、待って!」
刀をベルトから抜くと、信長が声を上げた。
『蝶羽、この距離ならば一足で飛び込み奴を斬れる。言いなりになる必要は無い』
わかってる。
けど、それだと子どもたちがケガするだろ。
『命は無事で済む!!』
無事に助けるっていうのはそうじゃないだろ!!
「早くしろ」
「…………」
『蝶羽!!』
私は唇を噛んで刀を地面に放った。
「それでいい。そのままおとなしくしてろ。ウォレス、ガキ共を連れて行け」
大丈夫……チャンスはある。
あのナイフだけ気を付けてれば……あいつが一瞬でも子どもたちから離れれば……
「待ってくれよ兄貴。ナメられっぱなしじゃ気が済まねぇよ。ガキ共と一緒に商品にしようと思ったがやめた。女に産まれたことを後悔させてやる、よっ!!」
ウォレスは下卑た笑いを浮かべながら、私を思い切り殴りつけた。




