2.私と魔王
「はぁ、はぁ、ここまで来れば……」
『うむ。まあよかろう』
なんでこんな偉そうなのこの声。
「で、あなた誰? 姿が見えないけどどこにいるの?」
『その前に答えよ。ここはゲーム、イディアルオンラインの世界で相違無いか』
『へ? あ、たぶん』
『たぶん?』
「まだわかんないし。服とか魔物はイディオンっぽいけど、確かめることが多すぎて」
『ふむ』
「こっちの番でいい? あなたは誰?」
『織田上総介平朝臣信長』
なっが。
「長すぎて覚えられないんだけど。織田……何? てか織田ってなんか織田信長っぽくない?」
『その織田信長じゃ』
「ほぇー」
『そのリアクション、おぬしまるで信じておらぬな』
「だって」
急に織田信長とか意味不明すぎるし、ゲームとかリアクションとか今の言葉知ってるし、あと女の人の声だし。
『ふん。おぬしが信じられぬのも無理はない。わしも自分の存在が半信半疑なのも確かじゃ。しかし、わしはまごうことなく、かつて本能寺にて落命した織田信長本人。らしい』
「らしい?」
『どうやらわしは、現代の人間によって作られたAI……人工知能というやつのようじゃ』
はぁ……次はAIと。
「信長って昔の人でしょ? なんでそんな知識まで持ってるの?」
『妙な気分じゃ。わしの知識でないのに、わしの知識のような。分厚い本が頭に外付けされているような。おそらくは開発者がそのように作ったのであろうな』
「女の人の声なのは?」
『作った者の趣味であろう』
そうですか。
なら仕方ないか。
『多様性というやつじゃな』
心の声聞こえてるのね。
「で、なんでそんなAI信長が私と一緒に転生?してるの?」
『知らぬ。気付いたときにはおぬしと共にこの世界におったからな』
「ていうか声だけするのどうにかならない? これじゃ一人で喋ってるみたいだよ」
『わしにはどうしようも出来ぬ。元より肉体があったわけではない』
「ふーん?」
なんかナビゲーションキャラみたい。
『それよりおぬし、これより先どうするつもりじゃ?』
「どうって?」
『あの狼の強さはこの世界では最下級に属するのであろう? あれ如きに背を向けていては、この先すぐ死ぬぞ』
「それは……」
『先ほどは我が手を貸してやったが、如何せんどうもおぬしは頼りない』
「うっさい! 私は戦いとか争いとかとは無縁の世界で生きてたの!」
『世界で括ればわしとおぬしは同じ世界で生きておったわ』
揚げ足取って……
めんどくさいなこの人……人か?
「そういえば、さっきは何かした? 木の棒なのにめちゃくちゃよく斬れたんだけど」
『なに、大したことではない。おぬしがあまりに不甲斐ないのでな、わしの力を少し貸してやったまでじゃ』
「力を貸す?」
『このゲーム……イディオンではスキルというものがあろう。わしはおぬしのスキルという扱いのようじゃ』
「マ?」
『マじゃ』
現代語使う信長なんか嫌だな。
『【第六天魔王】というらしいぞ。ユニークスキル、というのはよくわからんが。わしに相応しき立派な』
「ユニークスキル?!」
『ぬう?! な、なんじゃ?!』
スキルはイディアルオンラインを構成する中でも重要なファクターの一つ。
スキルの練度はそのまま能力の高さを示し、レアリティの高いスキルをエクストラスキル、その中でも特別レアリティが高く数万人に一人しか発現しないスキルをユニークスキルと位置付けている。のに。
「こんなのが、ユニークスキル……」
『処すぞたわけ』
「冗談だって。で、どんなことが出来るスキルなの?」
『しかと傾聴せよ。なんとじゃな、剣が強くなる』
「……………………は?」
『剣が強くなるのじゃ』
変な声出た。
剣が強くなる?
ユニークスキルなのに?
剣が強くなるだけ?
「他には?」
『知らぬ』
「……つっかえ」
『なぬ?! 貴様このわしをして木偶の坊と言ったか?!』
「なーにが第六天魔王? 名前だけイカちぃのにただの剣術スキルじゃん。街でスクロール買えばそれで覚えられるっての。マジで期待はずれ。街についたらソッコー売却決定」
『それだけではないわ! 武芸百般に秀でたわしじゃぞ! きっと他にも凄まじい権能が……ほれ、【鑑定】! あれもわしの権能じゃろ!』
「街で買える」
『ぬうう! だいたい貴様が弱すぎるのがいけないのであろうが! わしの権能を十全に発揮出来ぬおぬしの脆弱さを棚に上げて、なにがつっかえじゃ阿呆! そこになおれ手打ちにしてくれるわ!』
「やれるもんならやってみろっての! 実体も無いなんちゃって信長のくせに!」
『わしを呼び捨てるな様を付けろ小娘! 未通女の分際で好き放題言いおってからに! 手打ちにするぞ名を名乗れ名を!』
「斎藤蝶羽だよなんか文句あんのかコノヤロー!」
『斎藤……蝶羽……』
んぁ?
なにその微妙なリアクション。
『斎藤の、蝶か……。ふん、小癪な』
「なにが?」
『もうよい。いつまでもこんなところで道草を食っているわけにもいくまい。さっさと街を目指せ』
「なんで急にそんな感じ? ていうかどっちが街かもわかんないんだけど」
『歩けばいずれ何処ぞへ着く。道とはそういうものじゃ』
迷い道って言葉知らないのこの人。
『いいから歩けたわけ』
「街についたら絶対売却してやる」
AI織田信長とかいう、なんかよくわからないのと出会って。
木の棒一本手に、私はまだ何も知らない世界を行くのだった。